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コロッセオの影なき連鎖(アレーナ・アンブラ) 第四話:『第二・第三の消絶・地下水路の惨劇

コロッセオの影なき連鎖アレーナ・アンブラ

第四話:『第二・第三の消絶・地下水路の惨劇』


最上層の密室で起きた修復建築家マルチェロの凄惨な怪死事件から、およそ一週間の月日が静かに流れていた。 十一月の半ばを過ぎ、帝都を包む空気は本格的な冬の到来を告げるように冷え込み、コロッセオの巨大な石造アーチには寒々と澄み渡った冷気が吹き抜けている。


マルチェロの死後、パニックを起こしてコロッセオの暗い地下迷宮『ヒポゲウム』および地下水路網へと逃げ込んだ容疑者たち。 地上への出口は憲兵隊と自警団によって固く封鎖されているため、彼らは地下の広大な暗闇のどこかに身を潜めているはずだった。

しかし、地下水路は古代ローマ時代から続く複雑極まりない水脈と構造を有しており、捜査は難航を極めていた。


「ふにゃあ……」


俺のコートの胸元で、純白のシャム猫『ウララちゃん』が寒さに鼻先を丸め、サファイアブルーの瞳を少しだけ覗かせて可愛らしく鳴いた。


「よしよし、ウララ。暗く冷たい地下捜査だが、頼りにしているぞ」


俺は万能スキル【画家ピクチャー】の白黒のモノクローム視界を維持したまま、ウララちゃんの柔らかな頭をそっと撫でた。


「先生、地下水路の第3区画の排水ゲートまで到達しました。これより先は、光が完全に途絶える未調査区域です」


そう言って、自身の結晶体をボウと青白く発光させたのは、俺の直属の探偵助手である結晶族の少年ルカだ。 彼の澄んだ身体から放たれる共振光は、モノクロームの視界の中で、周囲の不気味な濡れた石壁や排水溝の立体的な輪郭を美しく浮かび上がらせていた。


「レオナルド! 私の方も準備完了よ! ガルバたちが逃げ込んだ水路の奥から、不穏な魔力の匂いが漂ってきているわ!」


銀の甲冑を鳴らし、見えない長剣を腰に構えて踏み出してきたのは、もう一人の探偵助手であるフランチェスカだ。 その腕には、ふさふさとした極上のグレーの毛並みを誇るペルシャ猫の『キララちゃん』が抱きかかえられている。


「みゃあ!」


キララちゃんはウララちゃんを見つけると、お腹の白い毛並みを誇るように胸を張り、高貴に首筋を伸ばして鳴いた。


「ふにゃあん!」


ウララちゃんも負けじと胸元から顔を出して立ち上がり、サファイアの瞳を細めて激しく応戦する。 緊迫した地下の暗闇であっても、二匹の美しき猫たちの絶妙なライバル関係は健在だった。


「おじさん、気をつけてね。後ろからトビーやガウルたちも松明を持ってついてきているけど、この地下の水路、なんだか変な匂いがするよ」


少年探偵団のハーフエルフの少女リリィが、背中の弓を握り締めながら、鋭い鼻をひくつかせて眉をひそめた。


「ああ、リリィ。水と湿気の匂いに混ざって……どこか甘ったるい、アーモンドに似た異様な香りが微かに漂っているな」


俺が炭筆を構えながら冷徹に告げた、その時だった。


――バシャァァァンッ!!


「ひええええええっ! 助けてくれえええっ! 出た、出たぞ! 水の中に悪魔がいるっす!!」


水路の暗闇の先から、喉を引き裂くような叫び声と共に飛び出してきたのは、行商人のコップだった。 彼は膝まで冷たい水に浸かりながら、必死の様相でこちらへ向かって走ってくる。


「コップ! 落ち着きなさい! 一体奥で何が起きたの!?」


フランチェスカが駆け寄り、怯えるコップの肩を強く掴んだ。


「警備隊長のベネデット様と、神官のフェビオ様が……! 奥の水溜まりの広場で、急に二人とも倒れちまったんっすよ!!」


「何だと!? ルカ、フランチェスカ、急ぐぞ!」


俺たちはルカの結晶光を先頭に、不気味な甘い匂いが充満する地下水路の奥へと一気に足を進めた。


到着した場所は、地下水路が複雑に交差する円形の巨大溜め池エリアだった。 頭上の石天井からは水滴がぽたぽたと落ち、冷たい水面が薄暗い暗闇の中で不気味に揺れている。 そして、その溜め池の浅瀬と水際で、俺たちは絶望的な光景を目撃することとなった。


「ベネデット隊長……!? フェビオ神官……!?」


ルカが息を呑み、自身の結晶光を二人の倒れている場所へ向けた。


浅瀬の冷たい水の中に顔を沈めて倒れていたのは、元剣闘士の警備隊長ベネデットだった。 大柄で頑丈な身体を誇っていた彼だったが、その巨体は完全に物言わぬ屍となっていた。 不思議なことに、彼の遺体には一切の傷も血痕もなく、まるで苦しまずに眠りについたかのように「一滴の血も流さずに窒息死」していた。


そして、そのすぐ脇の石畳の上で倒れていたのは、若き神官フェビオだった。 フェビオの死様は、ベネデットとは正反対の凄惨を極めていた。 彼は崩れ落ちた壁の松明トーチの火を浴びるようにして倒れており、その顔面と腕の皮膚は、まるで灼熱の油を注がれたかのように激しくただれ、赤黒く焼け焦げて絶命していたのだ。


「そんな……! ベネデット隊長とフェビオ神官が、二人同時に不審死を遂げるなんて……!」


フランチェスカが言葉を失い、見えない長剣を握る手を激しく震わせた。


周囲の影からは、恐怖で完全に正気を失いかけた残る容疑者たち――公爵秘書のルチア、地下水路技師のガルバ、そして骨董美術商のジュリアが、壁にしがみつくようにして震えていた。


「ひ……ヒィィィッ! 呪いだ! フェビオ神官は松明の光を浴びた瞬間に、悲鳴を上げて顔が溶け落ちたんだ! ベネデットは水に足を浸した途端、急に喉を押さえてそのまま倒れたんだよ!」


技師のガルバが半狂乱になって叫んだ。


「光を浴びた瞬間に皮膚がただれ、水に足を浸しただけで血も流さず窒息した……?」


俺は【画家】のモノクローム視界を研ぎ澄ませ、二人の遺体と、周囲の水面、そして壁の松明を冷徹に走査した。


「……なるほど。これは一見すると相反する二つの怪死に見えるが、仕掛けられたトラップの根源はたった一つだな」


「先生、どういうことですか!?」


ルカが透き通る顔を向けて尋ねてくる。


その回答を示すかのように、四半刻前に起きた「第四の小さな事件」が、俺たちの目の前でその牙を剥いた。


「おじさん、見て! 水路の水が……水の色がおかしいよ!」


トビーが松明の火を水面へ近づけた瞬間だった。


それまで透き通っていた地下水路の水が、松明から放たれる熱と光を浴びた途端――。


ジュワァァァァッ……!


まるで生き物のように蠢き始め、一瞬にしてドロドロとした「不気味な漆黒の粘液」へと変質していったのだ! 黒く濁った水面からは、先ほどよりも一層強い、甘いアーモンドの匂い――致死性の毒気が、もうもうと煙となって立ち上り始めた!


これこそが、第四の小さな事件――『黒く燃える水』だった。


「きゃああっ! 水が黒く変わって、煙が上がってきたわ!」


フランチェスカが叫び、後ろへ飛び退いた。


「みんな、下がるんだ! あの黒い水面から立ち上っている煙を吸うな!」


俺の警告に、トビーやガウル、リリィたちは素早く服の袖で鼻口を覆い、黒い粘液から距離を取った。


「ふにゃあ!」


俺の胸元でウララちゃんが鋭く鳴き、サファイアブルーの瞳を激しく輝かせた。


「みゃあおん!」


キララちゃんもフランチェスカの腕の中で長い毛並みを逆立て、お腹の白い毛を揺らしながら、暗闇の奥へ向かって怪しい光の残光を睨みつけた。


「ウララ……キララ……。お前たちには見えているのだな?」


二匹の美しき猫たちの瞳が捉えていたのは、暗闇の中で揺らめく不自然な「青と赤の残光」だった。


「ルカ、お前の結晶光を、あの黒い水面と天井のアーチの交差点へ集中照射しろ!」


「はい、先生!」


ルカが自身の身体を限界まで発光させ、青白い光の束を漆黒の水面へと叩きつけた。 ルカの光と、ウララ・キララが感知した青と赤の残光が交差した瞬間、モノクロームの視界の中に、水路全体を網の目のように覆う「目に見えない光と水質の屈折ライン」が鮮やかに浮かび上がった!


「見えたぞ……! 犯人が仕掛けたラインの全貌が!」


俺は炭筆を掲げ、空間に引かれた死のベクトルを指し示した。


「レオナルド、ベネデットとフェビオは、一体どうやって殺されたの!?」


フランチェスカが尋ねてくる。


「フランチェスカ。この地下水路の水には、あらかじめオットーの事件の時にも使われた『精錬魔導塩』と、光に反応して急激に気化する『遅効性の青酸光毒素』が大量に溶かし込まれていたのだ」


「光毒素……!?」


「そうだ。ベネデットは、水の中に脚を浸したことで、皮膚から吸収された微細な毒素が血液中の酸素供給を一瞬で遮断し、血を流すことも苦しむ暇もなく内性窒息を起こして即死したのだ。そしてフェビオは……彼自身が持っていた松明の光と熱が、水面に溶けていた毒素を爆発的に気化(加圧反応)させ、その高温の毒性蒸気を直に顔面に浴びたことで、皮膚がただれて絶命したのだよ」


俺の冷徹な解明に、室内にいた容疑者ルチア、ガルバ、ジュリアは、顔面を蒼白にしてガタガタと震え上がった。


「な……なんということだ……。水も、光も……すべてが僕たちを殺す仕掛けになっていたなんて……!」


ルカが言葉を失って震えた。


「そうだ、ルカ。真犯人は、地下水路の水質と、壁の松明による光の屈折率を完璧に計算・操作し、逃げ込んできた容疑者たちを一人ずつ確実に仕留める『物理と魔導の自動処刑場』を作り上げていたのだよ」


俺は地面に横たわるベネデットとフェビオの遺体へ歩み寄り、彼らの首元を走査した。 【画家】のモノクローム視界の中に、やはりくっきりと「それ」が浮かび上がる。


二人ベネデットとフェビオの首筋には、公爵やマルチェロの遺体と全く同じ、焼印のような『黒い矢印』の形をした不気味なアザが、鮮明に刻まれていた。


「やっぱり……! 二人の首元にも『黒い矢印』のアザがあるわ!」


フランチェスカが息を呑んだ。


「ああ。これで連続殺人は加速し、第二、第三の消絶が完了した。残る容疑者は……秘書のルチア、技師のガルバ、そして美術商のジュリア、お前たち三人だけだ」


俺が冷酷な視線を向けると、三人はもはや叫ぶ気力すら失い、絶望の淵で膝を折り折った。


「ひ……ヒィィィッ! 助けて……助けてくれ、探偵! 俺はもう嫌だ、死にたくない!!」


技師のガルバが地を這いながら許しを請う。


「フフ……安心しろ。真犯人の狙う『次の消失点』は、すでに俺のキャンバスの上に描かれている」


俺は胸元のウララちゃんを優しく撫で、二匹の猫たちが指し示す「青と赤の残光」の伸びる先――コロッセオの地下から地上へ続く、太陽の光が射し込む最後の出口階段を見据えた。


「行くぞ、フランチェスカ、ルカ。犯人の描いた不快なシナリオも、いよいよ終幕クライマックスが近づいている。これ以上の惨劇は、俺の審美眼が許さない」


「はい、先生!」 「承知しました、レオナルド!」


ウララちゃんが「ふにゃあ」と高く鳴き、キララちゃんが「みゃあ」と応える。 探偵一考は、残された容疑者たちを保護しながら、暗く毒に満ちた地下水路を抜け、光と影が交錯する次なる殺意の舞台へと、迷いなく突き進んでいくのだった。

みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?

少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。

励みになりますので、☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。

リアクションボタンもよろしくお願いします

これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

パラレルワールドで魔法と多種族の住む異世界でスキル無しで探偵します。

ローマ編も追加しています。17時投稿です!

よろしくお願いします。

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