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コロッセオの影なき連鎖(アレーナ・アンブラ) 第三話:『第一の消絶・消えた建築家』

コロッセオの影なき連鎖アレーナ・アンブラ

第三話:『第一の消絶・消えた建築家』

よろしくお願いします

コロッセオの影なき連鎖アレーナ・アンブラ

第三話:『第一の消絶・消えた建築家』


地下遺構『ヒポゲウム』で起きた『狂った昇降機』の不気味な暴走事件から、さらに三週間の月日が静かに流れていた。 季節はすっかり晩秋へと差し掛かり、コロッセオを吹き抜ける風は頬を刺すように冷たく、古代の巨大な石造アーチ群は、日に日に長さを増す薄暗い影をアレーナの砂場へと大きく落としている。


地下に仕掛けられていた不気味な黒い粉末――『高濃度魔導塩』の分析と、コロッセオ内の立ち入り制限地域の再調査を進める間、俺たち探偵一考はコロッセオに近接する古代の回廊一角に陣取り、厳重な警戒態勢を敷いていた。 二つの「小さな事件」を経て、公爵殺害の裏に隠された巨大な殺意の構図は少しずつその輪郭を現し始めていたが、同時に六人の容疑者たちの間の疑心暗鬼と恐怖も、限界まで膨れ上がっていた。


「ふにゃあ……」


俺の膝の上で、純白のシャム猫『ウララちゃん』が寒さに身体をすくめるようにして丸くなり、サファイアブルーの瞳を微かに開いて俺を見上げた。


「よしよし、ウララ。すっかり風が冷たくなったな」


俺は白黒のモノクロームに固定された万能スキル【画家ピクチャー】の静謐な視界の中で、ウララちゃんの柔らかい首元をそっと指先で撫で回した。


ウララちゃんは心地よさそうに「ごろごろ……」と音を奏で、俺の手に額をすり寄せる。


「レオナルド! 憲兵隊の警備配置の確認が終わったわ。これで最上層の四階アーチエリアは、完全に外部から孤立した状態になっているわよ!」


銀の甲冑を鳴らして応接間に飛び込んできたのは、探偵助手のフランチェスカだ。 その腕には、ふさふさとした極上のグレーの毛並みを纏ったペルシャ猫の『キララちゃん』が抱きかかえられている。


「みゃあ!」


キララちゃんはウララちゃんを見つけると、お腹の白い毛並みを誇るように胸を張り、高貴に首筋を伸ばして鳴いた。


「ふにゃあん!」


ウララちゃんも負けじと俺の膝の上で立ち上がり、サファイアの瞳を細めて鋭く応戦する。 三ヶ月が経過しても、二匹の美しき猫たちのライバル関係は一向に衰える気配がない。


「ダ・ヴィンチ先生、修復建築家のマルチェロ氏の身辺整理と、彼が隠し持っていた二枚目の図面の解析が完了しました!」


ルカが透き通る結晶の身体を青白く輝かせながら、羊皮紙の束を手に駆け込んできた。 俺のもう一人の直属の助手である結晶族の少年ルカは、その体内の共鳴能力を全開にして、コロッセオ内に残る微小な音波の残響を日夜計測し続けていた。


「マルチェロか……。あの日、地下で昇降機が暴走した時、彼が見せた動揺は尋常ではなかったからな。ルカ、彼の図面に何が描かれていた?」


俺が問うと、ルカは神妙な面持ちで図面をテーブルへ広げた。


「先生の予想通りです。彼が描いていたのは、単なる建築の修復図面ではありませんでした。コロッセオの最上層――四階アーチの特定の作業室から、アレーナ中央へ向けて『音波を集束させる角度』を計算した、完璧な音響設計図です。彼はあの日、公爵閣下が倒れた時刻、まさにその四階アーチの小部屋に滞在していました」


「なるほど……。音波の矢を解き放った『発信点』にいたのは、やはり修復建築家のマルチェロだったわけか」


「レオナルド! それじゃあ、公爵様を殺した真犯人はマルチェロだったの!?」


フランチェスカが見えない長剣の柄に手をかけ、目を丸くして身を乗り出した。


「いや、まだ断定は早すぎる。彼は『音波を集束させる仕掛け』を作った張本人かもしれんが、公爵の体内に『音響誘発毒』を仕込むことは不可能だったはずだ。それに、彼自身が誰かに操られていた可能性も高い。フランチェスカ、ルカ、今すぐマルチェロをここに呼べ。彼を直接尋問し、この構図パースペクティブの最後の欠片を埋めるぞ」


「はい、先生!」


ルカとフランチェスカが頷き、部屋を出ようとした、まさにその時だった。


「ひええええええっ! 助けてくれえええっ! マルチェロ様が、マルチェロ様が狂っちまったっす!!」


廊下の奥から、喉を引き裂くような情けない悲鳴を上げながら飛び込んできたのは、行商人のコップだった。 彼は犬耳をペタリと倒し、顔を涙と汗でぐしゃぐしゃに濡らしながら、俺の服の裾にしがみついてきた。


「落ち着け、コップ! マルチェロがどうしたというのだ!」


「よ、四階アーチの作業室っす! あそこは普段、アーチの隙間から帝都の街並みが一望できる部屋なんっすけど、マルチェロ様が作業室の中に木製の頑丈な点検用ブラインドと扉を全部閉め切って鍵をかけて……引き籠もっちゃったんっすよ! 急に頭を抱えて『聞こえる、聞こえる! 悪魔の鐘が俺を呼んでいる!』って叫び始めて、部屋の中で大暴れし始めたんっす!」


「何だと!? 全員、四階アーチへ急ぐぞ!」


俺はウララちゃんをコートの胸元へ素早く収め、フランチェスカ、ルカ、そして騒ぎを聞きつけて集まってきた少年探偵団のトビー、リリィ、ガウルと共に、コロッセオの最上層へ続く不気味な長階段を駆け上がった。


コロッセオ最上層――四階アーチの作業室。 そこは本来、石造アーチの開口部からコロッセオ全体と帝都の街並みを一望できる風通しの良い部屋だったが、今は木製の頑丈な点検用シャッターが降ろされ、出入口の重厚な扉には内側から木造のかんぬきが掛けられて、完全に密閉された暗い密室と化していた。


周囲には、異変を察知して駆けつけた他の容疑者たち――公爵秘書のルチア、警備隊長のベネデット、地下水路技師のガルバ、骨董美術商のジュリア、若き神官フェビオが、青ざめた顔で扉を取り囲んでいた。


「マルチェロ! 開けろ、マルチェロ! 一体中で何をやってるんだ!」


巨漢のベネデット隊長が太い拳で扉を激しく叩きつけるが、返ってくるのは室内からの異常な狂乱の叫び声だけだった。


「嫌だ……嫌だ嫌だ! 来るな、悪魔め! 俺はただ、指示された通りに図面を描いてアーチの石を削っただけだ! 俺が殺したんじゃない、俺じゃないんだあぁぁぁっ!!」


室内から聞こえるマルチェロの悲鳴は、まるで目に見えない拷問を受けているかのように甲高く、そして凄惨に響き渡っていた。


「マルチェロさん! 開けてください! 僕たちの声が聞こえますか!?」


ルカが透き通る結晶の手を扉に当て、内部の振動を感じ取ろうとするが、次の瞬間、ルカの顔色が激変した。


「だ、ダメです先生! 部屋の中から、信じられないほどの高周波の共鳴振動が溢れ出しています! まるで部屋全体が巨大な音の圧力釜になっているみたいです!」


「何だと!? フランチェスカ、ベネデット、扉を叩き破れ!」


俺が叫ぶと同時に、ベネデットが体当たりを敢行し、フランチェスカも見えない長剣の柄で閂の接合部を力任せに打ち据えた。


ドドンッ! ガシャンッ!


激しい音と共に重厚な扉が内側へ弾け飛び、俺たちは一斉に密室の中へと躍り出た。 部屋は閂が下ろされ、アーチの窓も重い木製シャッターで閉ざされた完全な「密室」だった。 しかし、そこで俺たちが目撃したのは、正気を完全に失ったマルチェロの絶望的な姿だった。


「うああああっ! 聴こえる、頭の中で骨が砕ける音がするうぅぅっ!!」


マルチェロは両耳から鮮血をダラダラと流しながら、自分の頭を激しくかきむしり、千鳥足で部屋の中をのたうち回っていた。 強烈な音波の拷問を受け、激痛とめまいで今にも泡を吹いて倒れそうな状態でありながら、彼は耳奥で鳴り響く拷問の恐怖から逃れようと必死だった。


「マルチェロ殿、落ち着け! 俺の声を聞け!」


俺が制止しようと踏み出した瞬間、半狂乱となったマルチェロは、叫び声を上げながら壁際の木製シャッターへ向かってがむしゃらに体当たりした。


「ひぃぃぃっ! お許しを、お許しをぉぉぉっ!!」


バキガシャンッ!!


強烈な衝撃で古びた木製シャッターと外側の手すりが外へ向かって派手に砕け散り、遮られていた帝都の壮大な街並みとアレーナのパノラマが一瞬で目の前に広がった。 だが、勢いのついたマルチェロの身体は止まらない。 彼はそのまま崩れ落ちるようにして、コロッセオの最上層、地上数十メートルの高空から、吸い込まれるようにアレーナ(砂場)の真下へと身を投げ出してしまったのだ!


「止まれ、マルチェロ!!」


「キャアアアアアアッ!!」


ベネデットとガウルが手を伸ばして制止しようとしたが、一歩及ばず、秘書のルチアと美術商のジュリアが甲高い悲鳴を上げた。


俺たちが急いで開け放たれたアーチの端へ駆け寄り、下を覗き込んだその瞬間――。


ヒュゥゥゥゥ……ズドォォォォンッ!!


凄まじい衝撃音がコロッセオ全体に響き渡り、マルチェロの身体はアレーナ中央の冷たい石畳の上へと激しく叩きつけられた。 赤黒い血が砂の上に瞬時に広がり、彼の身体は二度と動かなくなった。


閉ざされた密室からの狂乱と、内側から窓を突き破っての転落死。 これが、コロッセオを舞台に開幕した連鎖殺人の「第一の消絶」だった。


作業室の中に重苦しい静寂が訪れ、誰一人として言葉を発することができないでいた。 容疑者たちは全員ガタガタと震え上がり、互いに距離を置いて恐怖の視線を交わし合っている。


「な……なぜだ……。なぜマルチェロは急に狂って、自分から飛び降りたんだ……?」


警備隊長のベネデットが、引きつった声で呟いた。


「呪いです……! やっぱり、古代の神々の祟りなのです! 公爵閣下に続いて、コロッセオを汚した者が一人ずつ狂わされて殺されていくのだ!」


若き神官フェビオが青い数珠を握りしめ、ガタガタと膝を突き合わせて叫んだ。


「黙りなさい、フェビオ! 呪いなどという曖昧なもので人が死ぬわけがありません!」


秘書のルチアが叫び返すが、彼女自身の指に嵌められた大きな銀の指輪を持つ手も、恐怖で激しく震えていた。


その時だった。


「……先生、見てください! 壁が……部屋の壁が変です!」


助手のルカが、自身の結晶体を強く発光させながら、作業室の奥の石壁を指差した。 破られたシャッターから射し込む外光に照らされたその壁面には、古代ローマ時代に描かれたとされる美しい幾何学模様の「モザイク画」が飾られていた。 しかし、俺たちが目撃したのは、常識では考えられない怪奇現象だった。


モザイク画に使われていた鮮やかな「赤の顔料」だけが、まるで生き物のように沸き立ち、急速にその色合いを失っていく。 朱色や深紅に彩られていた石の表面が、一瞬にして乾いた灰色へと変色し、次の瞬間――。


パチパチパチッ! フシューッ!


変色した赤い顔料の部分だけが微細な粉末と化し、まるで壁が爆発したかのように、真っ赤な粉となって部屋全体へと猛烈な勢いで吹き飛んできたのだ!


「きゃっ! なにこれ!? 壁から赤い粉が噴き出してきたわ!」


フランチェスカが驚愕してキララちゃんを抱きかかえ、見えない長剣で粉末の波を払おうとした。


「みんな、息を吸うな! 壁の顔料が化学分解を起こして飛散している!」


俺が警告すると、トビーやリリィ、ガウルたちは素早く服の袖で口元を覆い、壁から距離を取った。


これこそが、第三の小さな事件――『消える色彩の壁』だった。


壁から噴き出した赤い粉末は、まるで部屋の中に閉じ込められていた不気味な熱気を吐き出すかのように空中に舞い散り、やがて床へと静かに積もっていった。 赤い顔料だけが完全に消滅したモザイク画は、まるで骨組だけが残されたかのような、無残で不気味な灰色のデッサンへと変貌していた。


「ふにゃあ!」


俺の胸元でウララちゃんが激しく威嚇するように鳴き、サファイアブルーの瞳をその舞い散る赤い粉末へ向けた。


「みゃあおん!」


キララちゃんも不快そうに長い毛並みを逆立て、お腹の白い毛に赤い粉がつくのを嫌がってフランチェスカの腕の中で身を縮めた。


「レオナルド……どうして壁の赤い色だけが、急に粉になって吹き飛んだの? これも魔法や呪いの仕業なの?」


フランチェスカが不安そうに尋ねてきた。


「いや、魔法でも呪いでもない。これは『共振音波による顔料の結晶構造の破壊』だ」


俺は万能スキル【画家】のモノクローム視界を研ぎ澄ませ、床に積もった赤い粉末と、部屋のアーチ構造の交点を炭筆で指し示した。


「ルカ、お前がさっき感知した高周波の共鳴振動……あれはこの部屋の特定の壁面に塗られていた『水銀系朱色顔料シナバー』の分子構造を極限まで加熱・膨張させる特定の音波だったのだ。真犯人は、マルチェロがこの部屋に閉じこもるのを見計らい、外部から特定の音波をこの密室へ向けて集中照射したのだよ」


「音波で顔料を加熱・分解させた……!? だから、壁の赤色だけが急に粉になって吹き飛んだというのですか!?」


ルカが目を丸くして驚いた。


「そうだ。そして……その強烈な共振音波は、壁の顔料を破壊すると同時に、室内にいたマルチェロの三半規管と脳髄を直接攻撃した。マルチェロが『耳の中で骨が砕ける』と叫んで錯乱したのは、目に見えない音波の拷問によって脳を直接攻撃されたからだ。彼は激痛とめまいで泡を吹きそうになりながらも、その恐怖から逃れようと無我夢中で窓のシャッターを突き破り、そのまま転落してしまったのだよ」


俺の冷徹な解明に、室内にいた全員が息を呑み、恐怖で言葉を失った。


俺たちはすぐさま最上層から下り、アレーナ中央に横たわるマルチェロの遺体の検分を行った。 落下の衝撃で激しく損傷した遺体。 しかし、俺が【画家】の目を研ぎ澄ませ、彼の首元を走査した瞬間、俺の視界の中にくっきりと「それ」が浮かび上がった。


マルチェロの首筋の皮膚には、公爵の遺体と全く同じ、焼印のような『黒い矢印』の形をした不気味なアザが、鮮明に浮かび上がっていたのだ。


「あっ……! 公爵様と同じ『黒い矢印』のアザだわ!」


フランチェスカが息を呑んで指差した。


「やはりな……。マルチェロは真犯人ではなかった。彼はコロッセオの音響構造を改修させられ、音波を集束させる図面を描かされただけの『最初の仕掛け人』に過ぎなかったのだ」


俺が静かに告げると、秘書のルチアが青ざめた唇を震わせながら問うてきた。


「仕掛け人……? では、マルチェロにその図面を描かせ、公爵閣下を殺害させた『本当の真犯人』が、口封じのためにマルチェロを殺したというのですか!?」


「その通りだ、ルチア殿。真犯人は、マルチェロが自分たちの計画の全貌を俺たちに話してしまうことを恐れ、先手を打ってこの密室殺人を実行した。マルチェロの首元に残されたこの黒い矢印は、彼が最後の瞬間に浴びた『音波の焦点のベクトル』そのものだ」


俺が言い放つと、容疑者たちの間に漂う空気は、もはや単なる不信感を超え、死の恐怖そのものへと変貌していた。


「ひ……ヒィィィッ! 次は……次は俺たちの誰かが殺されるんだ! こんなところに居られるか!」


地下水路技師のガルバが半狂乱になって叫び、持っていた工具袋を投げ捨てて、地下へと続く暗い階段へ向かって脱兎のごとく駆け出していった。


「待ちなさい、ガルバ! 一人で行動するのは危険よ!」


フランチェスカが呼びかけるが、ガルバの耳には届かない。 それどころか、ガルバの逃走を皮切りに、恐怖に耐えかねた他の容疑者たち――骨董美術商のジュリア、警備隊長のベネデット、神官フェビオまでもが、蜘蛛の子を散らすようにしてコロッセオの地下遺構や暗い回廊へと逃げ散っていってしまった。


「ああっ! みんな逃げちゃったよ、おじさん! 追いかけないと!」


トビーが焦って叫んだ。


「慌てるな、トビー。地下遺構への出口はすでに自警団と憲兵隊によって封鎖されている。彼らが逃げ込めるのは、暗く冷たい地下水路の迷宮の中だけだ」


俺は落ちているマルチェロの壊れたメガネを拾い上げ、胸元のウララちゃんを優しく撫でた。


「だが……真犯人の仕掛けた罠は、すでにあの地下水路の中で静かに息を潜めている。急ぐぞ、フランチェスカ、ルカ。これ以上の犠牲者を出す前に、あの迷宮の闇を打ち破るのだ」


「はい、レオナルド!」 「承知しました、先生!」


ウララちゃんが「ふにゃあ」と力強く鳴き、キララちゃんが「みゃあ」と応える。 二匹の美猫の輝く瞳を道標に、俺たち探偵一考は、さらなる惨劇の舞台となる冷たく暗い地下水路の深淵へと、迷いのない足取りで突入していくのだった。

みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?

少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。

励みになりますので、☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。

これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

パラレルワールドで魔法と多種族の住む異世界でスキル無しで探偵します。

ローマ編も追加しています。17時投稿です!

よろしくお願いします。

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