第45話 揺らめく翠
いよいよ作戦が動き出す。
俺の割り当てられた別動隊は、西の墓地を目指して進軍していた。
歩けども歩けども、変わり映えのしない景色。
この先に墓地があるなどとは到底思えないが――そこは天下の千里眼だ。
疑う余地はない。
「やーっぱすげぇわ、ギルドのA級は! こんな広いダンジョンを一瞬で見渡せちまうんだろ? 俺だったらボスを探しながら、エリアの隅から隅まで歩き回ってるところだぜ!」
「……ちょっと……洒落になってないからやめてよね…… 付き合わされるこっちの身にもなりなさいってのよ」
豪胆に笑う木羽と、げんなりした毒島。
その対比が、逆に場の緊張を際立たせていた。
だが木羽の言葉も一理ある。
ボスを探すなら足を使え――それがダンジョン攻略の基礎だ。
千里眼は、その常識を真っ向から覆す異能。
世界的に見ても、使い手は数人しか確認されていないのだから。
部隊を先導する執行部隊のリーダー、灰原が振り返る。
「御剣さんはソロ専門とお聞きしましたよ。どうですか、今回の攻略戦は。これ程の大規模作戦、過去に経験は?」
「……ありませんね」
――嘘も方便だな。
過去の失敗を、わざわざこの場で掘り返す必要も無いだろう。
「僕も参加するのはイエローゲートが大半でして、正直少し恐いです。しかもリーダーなんて大役を任されて、緊張しておりますよ。ハハハ……」
灰原の視線が彷徨い、俺の腰で止まる。
「……珍しい短剣ですね」
「魔道具ですよ。妖刀血狂――俺の相棒です」
「相棒ですか……言い得て妙ですね! 武器に愛着が湧くの、分かります……! 執行部隊も魔道具が主力ですから。僕なんて、短剣を見ると目付きが変わるとよく言われます!」
気づけば灰原の左手には、輝く刃。
派手な装飾のクリスナイフを手の内で転がし、軽く指先で弾く。
「僕も、この子と一緒に死線を潜って来ましたので」
その鮮やかな手つきに、思わず見入ってしまう。
《別動隊の皆はん! そろそろ墓地に到着しまっせ。モンスターもウヨウヨしとりますから、気を引き締めなはれや!》
畝本からの通信が入った瞬間、部隊の空気が一変する。
緩んでいた表情が一斉に強張り、靴音が重くなるのを感じた。
――――
進むほどに、場の瘴気が濃くなっていく。
空気が淀み、肺に入るたびにざらついた不快な感触が残る。
大地は干からび、茶色い草木が力なく地面を向く。
気づけば周囲には、墓標の列が立ち並んでいた。
「悪趣味な光景だ……」
モンスターしかいないこの土地で、いったい何を埋葬するというのか。
その疑問が脳裏をかすめた瞬間――
物陰から、複数の視線。
「ギギギギギィィィィッツ――!!!!」
ゴブリンの群れ。
だが、通常個体ともホブゴブリンとも違う。
皮膚の色も、骨格も、どこか歪だ。
生き物というより、失敗作の粘土細工を無理やり動かしているような、不気味さ。
部隊は進行を止め、最前線に灰原が躍り出る。
「敵襲です! 各々、この場に固まりつつ散開! 各個撃破をお願いします!」
「了解――!!」
灰原の指示を受け、すぐさま鶴翼の陣が展開される。
翼の両端に配置された探索者が先制攻撃――スキルを放つ。
「切り裂け、真空の剣――!」
「炎龍よ、焼き払え!!」
突風が空気を振動させながら奔り、炎が龍の形を成して大地をうねる。
熱気が肌を刺し、枯れた大地が舞い上がる。
「ギイイイイイッツ――――!!!!」
逃げそびれたゴブリン数匹が、風と炎に巻かれて息絶える。
「やっぱ藤堂さんのを見た後だと見劣りすんなあ、ちくしょう。自信失くすぜ……」
「泣き言言わない! つぎ来るよ!!」
飛び交うスキル。
戦場は瞬く間に混戦へと変わった。
俺は短刀を構え、小瓶の毒を垂らす。
刃が淡く薄緑に染まった。
「どの程度効くか、試してみるか――!」
手近な一匹を補足。
懐に飛び込み、一閃――
「ギギイッツ!!」
ゴブリンの脇腹を掠め、そのまま奥へと離脱する。
刃の先端には僅かな血痕が付着した。
浅い。
――いや、硬いな。
斬りつけたゴブリンがよろめく。
通常個体なら、ここらで異変が出る頃合。
だが――
「ギイイイイイッツ!!!!」
怒りの形相を浮かべるゴブリン。
両腕を振りかぶり、叩きつけてくる。
衝撃で、近くの墓標が吹き飛んだ。
(毒が効かない……? いや――)
よく見れば、わずかに動きが鈍っている。
しかし決定打には程遠い。
「グギャアアアアアアア!!!!」
怒りに狂い、飛び掛かるゴブリン。
俺は動きを見据え、短刀を握り直す――
「ギィィィッ――!?」
――その胴体に、鞭が巻き付いた。
「がら空きってね♥」
こちらを見やり、チロりと舌を出す毒島。
「ギギギィイイイイッツ――!?」
毒島が軽く引き絞るだけで、ゴブリンは宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられる。
「ギイッ……ギイ、ギイッ……!!!!」
鞭が体表を這い、そのまま首元へと絡みつく。
「君らかったいからさあ、疲れるんだよね~ このまま絞め殺しちゃうよん!」
いとも簡単に、気道を締め上げて行く。
ゴブリンは口から泡を吹き、首ががくりと落ちた。
「はい、一丁上がり♥」
その直後、背後で轟音。
「うるああああああああっつ!!!!」
木羽の怒号が空を裂き、地面が陥没した。
衝撃波が鼓膜を震わす。
「おらおらどうしたぁ! もっとかかって来いよぉ!!」
潰れたゴブリンの肉片を払うと、木羽は次なる獲物を探して雄たけびを上げた。
更に後方では、黎明ギルドの攻防。
「来るんじゃねぇよ、この野郎がああああああっつ!!!!」
班目の右手が冷気を解放し、ゴブリンの足元を瞬時に凍らせる。
「早くとどめ刺してくれよぉ! 柏木さん!!」
「そう騒ぐな、班目――」
続く連撃。
柏木の斧が、ゴブリンの肩を捉え――
「うおおおおおおおっつ!!!!」
ゴキゴキ、と骨が砕ける音。
凡そ人の腕から生じているとは思えぬ怪力――あれもスキルの恩恵か。
一匹、また一匹と、数を減らすゴブリン。
俺は短刀を左手に持ち替え、右手にレイピアを構える。
狙うは群れからはぐれた一匹。
「グギィ……?」
奴だ――
迷いなく、踏み込む。
「はああああああっつ!!」
突きが幾重にも分身し、ゴブリンの胴に孔を穿つ。
それでもまだ、生きている。
「しつ、こいんだよおおっつ――!!」
六連撃。
ようやくの手応え。
命を刈り取る感覚が、手のひらに滲む。
うつ伏せに倒れたゴブリン。
穿たれた孔からドプりとひとつ、血が逆流する。
肺に溜まった空気を深く吐く。
たかがゴブリン一匹に、ここまで手間取るとはな――
じゃり……
背後に、気配――
「グギィィィィッツ――!!!!」
「バレてんだよクソがぁあ――!!」
振り向きざまに小瓶を投げつけ、レイピアで叩き割る。
「ギィイイイイイイッ――!!!!」
眼球の粘膜を焼かれ、ゴブリンが絶叫する。
その隙に、突き刺す。
眼孔から脳天を貫く一撃。
「グ……ギ……ギィ……」
ゴブリンは白目を剥いて、そのまま後ろに倒れた。
戦闘が終わった。
「はあっ……はあっ……!」
乱れる呼吸を抑えながら、改めて戦果を確認する。
俺が倒せたのは、たったの二匹。
ギルドの面々はスキルで圧倒し、木羽は涼しい顔。
班目ですら善戦した。
「……クソっ!」
焦燥が、脳裏を焦がす。
胸の奥に渦巻く感情。
言うなればそれは――
粘ついた黒い乾留液がこの身を駆けずり、心臓をゆっくりと包み込んだ――そんな不快感。
俺は地獄から生還した。
何の武器も持たぬ、ガキの俺が。
泥水を啜り、ゴブリンの死肉を喰らい。
奴らの動き観察し、罠を張り、急所を覚え、拷問し。
――この両手を、血で真っ赤に染めて。
そうして三年間を生き延びた。
だが、所詮はこの程度なのか?
脳裏に浮かんだのは、魔眼を差し出した時の桐生の言葉。
『私はね……才能のある者が、凡庸の檻に閉じ込められているのが、我慢ならないんだ』
凡庸……
俺があの地獄で磨き上げた全てが――この魔窟では無価値……ただの凡庸に成り下がるのか?
弱さがまだ、俺の中に巣食っている。
「一真っち、平気? ってか、うえぇぇぇっグロぉ! 顔面溶けてんじゃん……これも一真っちの毒薬? 相変わらず容赦ないね~」
毒島がゴブリンの死体を足蹴にし、顔をしかめる。
「でもでも! レッドゲートって言っても、そこら辺の雑魚は大したレベルじゃないよね♥ 一真っちも余裕みたいだし、このままどんどん行っちゃおっか!」
右腕を高く掲げる毒島と対照的に。
俺の心は冷えていた。
余裕?
この様でか?
――こんな所で躓いて。
この先どうやってこいつらを、殺し尽くすと言うのだろうか?
「朱里……」
ウエストポーチの奥で、エメラルドの光が一瞬、瞬いた。
まるで俺の迷いを、嗤っているかのように。
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