朝だけ、子どもだった
ランドセルの重みが好きだった。
重たいはずなのに、その重さだけは嫌じゃなかった。
だってそれは、
「自分のもの」だったから。
姪をおんぶしている時の重さとは違う。
弟や妹を見なきゃいけない重さとも違う。
ただ、学校に行くための重さ。
ただ、子どもとして生きるための重さだった。
朝の道を歩きながら、
私は思っていた。
「今日も、3人で登校できたらいいのに」
でも、その願いが叶う日は、
ほとんどなかった。
私が学校に行ける日は、
誰かが家に残って、姪の面倒を見たり、
家のことをしなければいけなかったから。
だから、ランドセルを背負っている日ほど、
少しだけ胸が苦しくなった。
「今日は、誰が休んでるんだろう」
そんなことを考えながら、
同じ道を歩く同級生たちを見ていた。
毎日当たり前みたいに学校へ行くその姿が、
どうしようもなく、羨ましかった。
私にとって学校は、
たまにしか行けない場所だった。
だから、行けた日は嬉しかった。
めちゃくちゃ、嬉しかった。
ただの小学生になれるから。
教室に入って、席に座って、
先生の話を聞いて、ノートをとる。
それだけのことが、特別だった。
誰かの機嫌を気にしなくていい。
足音を聞き分けなくていい。
怒鳴り声に怯えなくていい。
ただ、そこにいればよかった。
給食の時間も好きだった。
温かくて、ちゃんとしたごはんが出てきて、
みんなで同じものを食べる。
「今日の給食、美味しかったね」
そんな会話ができることが、嬉しかった。
家では、お昼ごはんも夜ごはんも、
ない日があったから。
だから、給食は特別だった。
お腹が満たされるだけじゃなくて、
心も少しだけ、満たされる気がした。
でも――
下校の時間が近づくと、
少しずつ気持ちが重くなっていく。
学校を出た瞬間、
現実に引き戻されるから。
家に帰れば、
また違う一日が始まる。
玄関のドアを開けると、
ハイハイしながら、笑顔の姪がこっちに来る。
その姿を見ると、
ほっとした。
「おかえり」って言葉はなくても、
それだけで十分だった。
私はそのまま、
姪を抱き上げる。
小さくて、あったかくて、
やわらかい体。
学校とは違うけど、
ここにも確かに、私の居場所があった。
妹や弟と一緒に遊ぶ時間も好きだった。
その時だけは、
何も考えなくてよかった。
ただ笑って、ただ遊んで、
無邪気な子どもでいられた。
ずっとこの時間が続けばいいのに、と思っていた。
でも、夜はやってくる。
日が落ちて、家の中が静かになっていくと、
少しずつ空気が変わるのが分かった。
私は、姪を寝かしつける役目だった。
小さな体をおんぶしたり、腕枕をしたりしながら、
ゆっくり揺らして眠らせる。
姪は、私じゃないと眠らなかった。
そのことが嬉しくて、
同時に、少しだけ苦しかった。
やがて寝息が聞こえてきて、
部屋の中がしんと静まる。
その時間が、一番長く感じた。
何も起きなければいいと、
ただそれだけを願っていた。
でも、そうじゃない夜もあった。
布団の中で、体を固くして、
時間が過ぎるのを待つしかない夜。
声を出したら、
すぐそばで眠っている姪が起きてしまうかもしれない。
だから私は、
何もできなかった。
何も言えなかった。
ただ、終わるのを待つしかなかった。
その時間は、
とても長くて、
とても静かで、
そして、とても悔しかった。
どうして私は、何もできないんだろう。
どうしてこんなことをされているんだろう。
そんなことを考えても、
答えはどこにもなかった。
ただ、朝が来るのを待つしかなかった。
そして次の日もまた、
何もなかったかのように、
一日が始まる。朝になると、私はランドセルを背負う。
あの重みを感じると、
少しだけ、ほっとした。
昨日の夜のことも、
家の中のことも、
ほんの少しだけ遠くなる気がした。
「いってきます」
誰に向けた言葉か分からないまま、
そう言って家を出る。
外の空気を吸い込んだ瞬間、
やっと息ができる気がした。




