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おくりかえすひと――異世界のつなぎ目を処理する仕事  作者: 活呑


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第1話 おくりかえすひと

 悠斗が戻ってきたのは、雨上がりの夕方だった。


 駅前のロータリー。

 濡れたアスファルトが街灯の光を歪めて映している。


 人は多い。だが、誰も悠斗を気にしていない。


 ――世界が、軽い。


 それが、最初に浮かんだ感覚だった。


 異世界で過ごした三年。

 剣を握り、魔物を斬り、仲間を失い、それでも前に進んだ時間。

 そこで得た力が、まだ体の奥に残っている。


 悠斗は、確かめるように右手を上げた。

 指先に、淡い光が集まる。

 本来、この世界にあるはずのない現象。

 空気が震え、圧縮される。

 悠斗は、誰もいない方向――ロータリー脇の古い倉庫に向けて、軽く振った。


 轟音。


 コンクリートの壁が裂け、粉塵が舞い上がる。

 遅れて、悲鳴が広がった。


「……できる」


 悠斗は呟いた。


 夢じゃない。

 戻ってきた。

 力を持ったまま。

 もう、あの世界に縛られなくていい。


「おい、何したんだ今の!」

 怒鳴り声とともに、男たちが近づいてくる。

 運悪く、その場に居合わせた連中だった。


 悠斗は彼らを見た。


 かつての自分なら恐怖の対象だった彼ら。

 異世界なら、相手にもしない人間。

 だが、今の自分には関係ない。


「来るな」

 そう言った声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。


 男の一人が殴りかかる。

 悠斗は、反射的に手を振る。

 男が吹き飛び、地面を転がった。


 静まり返る。

 悠斗は、自分の手を見つめた。


 ――これでいい。

 この力があれば、何だってできる。


「……やっぱり」

 少し離れた場所から、声がした。


 悠斗が振り返る。


 街灯の下に、男が立っている。

 黒に近いグレーのスーツ。

 くたびれたジャケット。地味なネクタイ。

 中折れ帽に、丸眼鏡。

 妙に目立たない格好なのに、視線だけがこちらを外さない。


「派手だな」

 淡々とした声だった。


「……誰だ」

 悠斗が問う。


 男は、数歩だけ近づいた。


「名前は倉橋」

 それだけ言って、右手の手袋を外す。

 手の甲に、奇妙な紋様が刻まれていた。

 円に見えるが、どこか歪んでいる。


 悠斗は、なぜか目を離せなかった。

「……何者だ」


「仕事で来た」


「仕事?」


 倉橋は、短く息を吐いた。

「君を、送り返す」


 一瞬、意味が分からなかった。

「……は?」

「元いた場所へ」

 悠斗は、笑った。

「冗談だろ。俺は帰ってきたんだ」


 倉橋は、それ以上何も言わない。

 ただ、悠斗を見る。

 評価するようでも、哀れむようでもない。


 悠斗の胸に、嫌な予感が広がる。


「ふざけるな!」

 魔力を解放する。

 異世界の力が、渦を巻く。

 街灯が軋み、空気が歪む。


 倉橋は、動かない。

 右手の紋様に、指先で触れただけだった。

「……起動」

 小さな声。

 だが、何かが変わった。


 悠斗の体から、力が抜けていく。

 消えたわけじゃない。

 ただ、重い。

 思うように動かない。

「……何をした」

「効きにくくなる」

 それだけ。


 悠斗は歯を食いしばり、力を振り絞る。

 渾身の一撃。

 魔力の奔流。

 倉橋は、それを正面から受けた。

 防御しない。

 避けもしない。

 衝撃が抜け、力が霧散する。

 倉橋は一歩、前に出た。

「ここじゃない」


 悠斗の足元に、光の円が浮かぶ。

「待て……!」

 体が動かない。

 視界が白く染まっていく。


「俺は……帰ってき…はず……」


 言葉は、途中で消えた。


 光が収束し、円が消える。

 そこに悠斗はいなかった。

 破壊された壁と、ざわめく人々だけが残る。

 倉橋は、帽子を深く被り直した。


 少し離れた場所に、白い大型犬がいる。

 視線だけが合う。

 

 倉橋は歩き出す。

 犬も、同じ速度で並ぶ。


 ――仕事は終わった。


 そのはずだった。


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