第92話 誘導と新天地
龍車に半日以上揺られて、ようやく目的地が見えてきた。
ミルナさんに誘われるがままに辿り着いた王国の隣国。
元はアグレイド共和国、そして今の名をアグレシア帝国。
レセンブルグ王国とは違い、帝政をとっている国だ。
一般的に帝国と聞くと、強大な軍事力や武力を背景に支配している国というイメージだが、ここアグレシア帝国は少し違うらしい。
というか、ざっくり言ってしまえば俺たちがいたレセンブルグ王国の王様が皇帝になったという感じだ。
そこら中で争いが起こっているわけでもないし、強い=高身分ということもない。
なんなら王国と並ぶほど安全で治安もいい国だ。
だが、やっぱり帝国というだけあって戦いは一目置かれているらしい。
街にあるコロシアムでは、そこで闘うことが娯楽とされている。
また、政権交代は基本的には現皇帝が指名するものの、その結果や現在の政治に納得がいかない者は反乱や下剋上を起こし、力ずくで皇帝に成り上がることも認められているらしい。
そもそも、この帝国自体が最初は小さい国家の集まりだった共和国から争いがあった末に1つに統合された歴史もあり、そういった一面があるのだろう。
だが、そんな過去がありつつもこんなにも治安が維持されているのは現皇帝のすごいところだろう。
ここだけの話、レセンブルグの国王であるグレイルですら、皇帝の素顔は見たことがないらしい。
卑弥呼かよ。
恐るべし、帝国。
もちろん、違う国とだけあって窓からの景色は全てが新鮮で、王国とは全然違う。
まず、建物の半数が宙に浮いていて、まるでSF映画のようだ。
東京のようにたかいビルはないものの、浮いているのも合わさって町がかなり立体的だ。
迷う自信しかない。
しかも、浮いているおかげでその下にも店や家、さらに大通りや広場が立ち並んでいる。
まさしくゲームの中だ。
そうやって外を眺めていると、突然窓から見える景色が暗くなった。
俺の乗っている龍車にかぶさるように、何かの影が覆いかぶさったのだ。
この龍車の上に、何かが現れたらしい。
気になったら即行動だ。
走る龍車の窓を開け、体を乗り出すように無理やり上空に目を向ける。
「ちょ、危ないよミカワ君!」
そうやって注意してくるミルナさんの言葉を無視し、突如現れた影の正体を突き止めた。
「ド……ドラゴン!?」
そこには、大きく羽を広げた生き物の姿があった。
長い足と尾があり、その羽を羽ばたかせながら上空を鳥のように飛んでいる。
だが、一番の驚きはその大きさだ。
羽を広げた姿は10メートル以上あるのではないだろうか?
何にせよ、実際に目に入ってくる景色が信じられなかった。
「ワイバーンだね。確かにレセンブルグでは見ないけど、帝国にはいっぱいいるよ。ああ見えて意外とおとなしいから、帝国で龍車と言うとワイバーンのことを連想する人が多いね」
だそうだ。
ドラゴンにせよワイバーンにせよ、実際にザ異世界みたいな生き物を見ると興奮する。
めちゃくちゃカッケェ。
思わずバランスを崩さないように、慎重に体を龍車の中へと仕舞った。
中世のような街並みの王国に対し、帝国は未来都市という感じがある。
そこで、久々に実感した。
ーーこれが異世界か。
魔法ありきのこの世界だからこそ発展した文化。
それらに魅せられながら、テンションはどんどん上がっていった。
……異世界に来て、初めて純粋に楽しめてるかもしれない。
今すぐにでもこの龍車の中から飛び出し、あの町を探検してみたい。
浮いてる家とか、ゲームだけの特権だったはずなのに!
「そんなに楽しんでくれるんだったら、君を誘ってよかったよ」
「だってまるでゲームの中の世界なんですよ? 本当に誘ってくれてありがとうございます!」
「いいよ、気にしないで。それより、ゲームって?」
もちろん、俺とミルナさんの2人が帝国へやってきた理由は冒険をするためなんかじゃない。
旅行だ。
観光だ。
遊ぶためだ。
最高じゃん。
あんな辛い事とはしばらくおさらばして、単純に楽しむのが目的だ。
彼女もそう言っていた。
……ん? さては、これってデートなのでは?
と、少しだけ思わなかったこともないが、多分それはない。
いや、言い切ってしまおう。
絶対にない。
きっと、ミルナさん及び王国側は、気を使ってくれているのだ。
聞いたところによると、王国での俺の扱いは客人らしい。
仮だとしても俺のことを招待している
そんな中、あの事件が起こった。
国側はその後処理で忙しくなるのに加え、移動など制限がかかってしまう。
だから、客人扱いしている俺のことを一時的に国から出した形なのだろう。
確かに、騎士団も王様も忙しい中であの城に居座るのも申し訳ない。
そのようなわけで、俺とそして騎士団であり俺と知っている中のミルナさんと旅行という形になったのだろう。
何より、ミルナさんが俺のことを好きなはずないしな。
それに、俺には心に決めた人がいるのだ。
贅沢な話ではあるが、デートするとしたら悠菜とがいい。
俺が帰らなければならない一番の理由であり、存在だ。
「ミカワくんってさ、好きな子とかいるの?」
その質問がミルナさんから飛んで来た時、ドキッとした。
顔に出ていたりしたのだろうか?
はたまた思考を読まれたとか?
だが、聞かれた以上答えなければ空気を悪くしてしまいそうだ。
かと言って、嘘をつくのも申し訳ない。
……別に隠すようなことでもないのだが。
「まぁ、一応」
「やっぱり? どう? 付き合ってるの?」
「いや、付き合えてはいませんね。思いを伝えることもないまま、この世界に来ちゃったので」
「あ……、ごめん。そうだよね、君は別の世界から来たんだもんね」
「いや、気にしないでください。俺は必ず戻ります。それに、異世界まで来て何も収穫が無かったら、悠菜に怒られそうなんで」
「へー、ユウナさんって言うんだ。なんだかレイナに似てるね」
……それを言うならミルナさんも似ていると思うが。
だが、思えば悠菜のことを思い出すのも久しぶりだ。
ここ最近はずっと忙しく、そんな暇が無かった。
それにーーいつの間にか、俺は悠菜の力を借りなくても戦えるようになっていた。
前までは戦う前には必ずと言っていいほど、彼女の名前を口に出していたのに、最近はその習慣も無くなった。
それだけ必死だったのだろうか。
それとも、この世界でも守りたいものを作ったからなのだろうか。
けれど、改めて俺の最終目標を確認できた。
俺は、絶対に日本に帰る。
そして、今度こそ悠菜に思いを伝えよう。
絶望はいつだって突然やってくるーーそれを知ってしまったから。
「ならさ、君も帝国でたくさん楽しまないとね! お土産話、たくさん持って帰ってあげないと!」
「そうですね」
「この世界のことを、ただ辛いものだったとは思ってもらったくないんだ」
「…………」
そんな彼女の言葉に、俺はなんて返せばいいのか分からなかった。
殺されかけたのも、死にかけたのも、今となってはどうだっていい。
ただ、俺以外の人たちが傷ついていって死んでしまうのが、心に深い傷として刻まれている。
そして、俺が傷つけたという事実も。
ミルナさんは黙っているが、騎士団の一人から聞いたところだと、彼女が殺さないように拘束したゾンビたちは、ほとんど全員殺されてしまったらしい。
サンプルとして、何体かは捕らえられたそうだが、結局ゾンビを人間に戻す方法は存在しなかったのだ。
思い返してみればそうだった。
あのゾンビたちは、一度人を殺してから死体に魔力を流してゾンビにする。
したがって、たとえゾンビではなくなったとしても、彼らは死体にしかならないのだ。
それらに命を戻そうとすると、またあの事件が起こてしまう。
……もしかしたら、あの事件を起こした張本人も、生き返らせたい誰かがいて、その誰かのためだけに禁忌を犯してしまったのかもしれない。
だとしても、俺がそいつを許すことはないが……気持ちは分かってしまう。
わかってしまうのが怖い。
結局のところ、俺はまだあの事件から立ち直れていないのだ。
帝国に来て、それらを忘れようとしてるわけじゃない。
逃げようともしていない。
全く持って違う。
俺は、向き合うためにここへ来た。
実際に救った命のことを考えるために。
誰かの死にも向き合えるように。
逃げたところで、何にもならない。
いつかは向き合う時が来る。
なら、いっそ今向き合ってしまえ。
耐えられなくとも、何らかの結論を出せるように。
俺なりの考えを持てるように。
そのためにも、帝国で心機一転だ。
この世界を嫌いにならないように、……ついでに元の世界に帰る手がかりを見つけられるように。
しばらくして、長らく止まっていなかった龍車がようやく停止した。
それと同時に、地龍の鳴き声が響く。
「到着になります。では代金を」
「はいはーい、ありがとうございました」
こうやって何もかも彼女に支払っていると、自分がヒモのように感じてしまうから辛い。
だが、これも国の経費から出ているのだ。
俺が払うわけにもいかない。
というか、俺が払える金額なのか大分怪しい。
日々納税してくれている王国民に感謝しながら、龍車を飛び降りた。
これが異世界! これが帝国!
今日から数日の間、ここに滞在することになる。
目に映る景色は、全てが見慣れないもので、全てがワクワクさせてくれる。
「さぁ行くよ! ミカワくん! 今からとびっきり楽しい時間を過ごすよ!」




