第90話 終局と結末
「どこだ?」
呆然としていた俺の元へ、レイナが駆けつけた。
彼女が家に入ってくる時、何かがぶつかったようなデカい音がした。
無理やりに玄関のドアをケチ破ってきたのだろうか?
それほどまでに、この事件の首謀者が許せないのだろうか?
……そんなに焦るほど、何かがあるのだろうか?
「どこだ?」
もう一度、同じ言葉が発せられた。
しかし、そこには先ほどよりも強い口調になっている。
そこには明らかに怒りが含まれていた。
まぁ、それもそうか。
必死に追っていたのに、今ここにいるのは俺1人だけ。
考えてみれば当然だ。
「いない」
「は?」
「消えたんだよ! 間違いなくこの部屋に入ったはずなんだ!」
「…………」
すると、彼女は黙ったままこの部屋から出て行った。
隣の部屋や上から足音が聞こえてくるに、家中を探しているのだろう。
懸命な判断だと思う。
……犯人が姿を消したように幻覚を見せたのか?
いや、それはない。
姿だけならまだしも、俺は扉が開閉するところを見ている。
それとも、俺の視界全てを変えられるすごい幻覚魔法でもあるのだろうか?
だとしても、この監獄のような家から俺たちに気づかれずに脱出するのは困難なはずだ。
……やはり、これしかない。
1番しっかり納得できる、可能性のあることはもうこれだけだ。
ーー転移魔法。
俺がこの世界に来る元凶であり、この世界での禁術の一つ。
それを使われたとしか考えられない。
あり得ないことではない。
なにせ、俺がこの世界にいるのだから。
存在しない都市伝説でも、おとぎ話の中しかない想像でもない。
そして、俺は近くまで手繰り寄せた手がかりが消えたのだ。
知らないうちに現れ、気づかないうちに手の届かないところに行っていた。
気づいた時にはもう遅い。
また一つ、帰れる可能性が消えた。
……いや、
まだだ。
こんなので、納得できるか。
こんなに町に被害を出しておいて、
何人のの命を奪っておいて、
何人もの亡骸を冒涜しておいて、
そして、俺をこんな目に合わせておいて。
許せない。
それをこんな簡単にーー逃げられただって?
ふざけんな!
その瞬間、衝動的に体を動かす。
レイナのように急いで部屋から出て、家のそこら中を走り回る。
こんな簡単に認められるか。
転移魔法? 禁術? そんなやばいものを扱える人物が、そう簡単に表れてたまるか!
潰せ、可能性を。
絞り込め、現実を。
どうにか否定しないとおかしくなってしまいそうだ。
そんなバカらしいものなんて認められれるわけない。
俺が見間違えて、きっと犯人はこの家のどこかに隠れているだけだ。
ーーでないと、釣り合わない。
また新しい部屋に入ったとき、その中央にレイナが立ち尽くしていた。
だが、それを無視してそこら中の隙間、そして扉を開けていく。
「無駄だ」
レイナのその言葉も聞かないまま、目に入るところをひたすらに探していく。
「逃げられた」
しかし、次の言葉を聞いて動きを止める。
頭は理解できてないのに、体は理解してしまったかのようだ。
「にげ……られた?」
「ああ」
「そんなの、まだ分からないだろ」
そうだ。まだ分からない。
俺はまだすべてを見切れていない。
まだ、可能性は残っているはずだ。
「ほんとか?」
「は?」
「本当に分からないのか?」
「え?」
「分かりたくないだけだろ」
「ーー!」
「お前が言ったことだ。どこを探そうがもうここにはいない。それとも、自分で見た物が信じられないのか?」
確かに、俺が見た通りでは犯人は部屋に入っていた。
俺が最初に入った部屋だ。
それを見たことは間違えない。
でも、おかしいじゃないか。
禁術がそう簡単に使われることなんてありえない。
なんでよりによってこんな、俺の周りでこんなことがーー
「時間を無駄にしたいなら好きにしろ。ここにはもういない」
俺の返答がないのをいいことに、彼女は無理やり会話を終わらせた。
そのまま俺の横を通り過ぎ、部屋から出た。
後ろから、舌打ちが聞こえてくる。
そして、彼女は乱暴に足で扉を蹴った。
硬い音に続いて、古くなった蝶番が軋む音がした。
ーーまたか
それらの音に紛れ、そんな言葉が聞こえたような気がした。
思わず振り返る。
間違いなく、発したのはレイナだ。
どういう意味だ?
そもそも、考えてみればレイナがこの事件に積極的に関わってきたのにも何かあるのだろうか?
普段なら傍観しているであろう彼女が。
それだけじゃない。俺が犯人を逃がしたと思っていた時も、彼女は必死に探していた。
全ての部屋を。
ーーまるで、今の俺のように。
俺の知らないところで何かが起こっており、そして彼女は何かを知ってる。
この騒動すらも、何かの繰り返しでしかないのか?
考えたところで分からない。
あまりにも情報差がありすぎる。
一体、何を知っているんだ?
「おー、2人そろって荒れてるね」
その声が聞こえ、意識が思考の中から現実へと戻る。
「いたか?」
「いいや、こっちはさっぱり。ってことはそっちも……」
「逃げられた」
「ありゃー、逃げられちゃったか。ま、こんなことを起こすぐらいだったら、逃げ道もちゃんと確保してるわな」
「どうだかな」
「ん? どういう意味だ?」
「……」
追いついた床の問いに、レイナは答えようとしない。
だが、その答えは俺だって気になる。
「レイナは何か知ってることがあるのか?」
「……」
俺が聞くと、レイナは額に手を当てながらも無言を貫く。
「おい、なんかあるのかよレイ」
「……あくまでも想像でしかない。宛にはならないぞ?」
「というと?」
「はぁ、多分ここに誘導させられた」
「嵌められたってことか!?」
「捉え方によってはそうなるな。けど、それに悪意があるとは限らない」
レイナの話を聞いても、一向に話の筋が見えてこない。
つまり、どういうことだ?
嵌められたって、これも計画の一つだったのか?
俺がわかっていないのと同様に、ユカも首を傾げていた。
なので、さらに説明してもらうべく口を開く。
だが、それをレイナの強い視線が遮った。
「もう少しで始まるはずだ」
一体、レイナには何が見えているんだ?
これ以上彼女にはアクションがない。
つまり、待っていれば自ずと答えが湧いてくるのか?
そう思った矢先、変化は突然現れた。
ちょうど墓地の方向から、けたたましい音量のサイレンが響いた。
耳に刺さるような、聞いているだけでもゾッとする不協和音だ。
地震速報のアラームと似ている。
「私たち、特にお前は墓地ーーこの事件の中心部にいた。そして、騎士団のことだ、このぐらいの時間になれば一掃を始めるだろ。そしてここは墓地からある程度離れた場所だ」
「つまり、私たち3人はあのフード男に安全圏まで誘導されてたって言いたいのか?」
「そうなるな」
「そんなのただの偶然じゃないのか? 墓地には騎士団も多いし、ただ単にその方向を避けただけじゃ」
「いや、よく考えてみろ。万が一点に魔法が使えたとすると、何人の騎士団がいようが関係ないはずだ。むしろ、私たちをあの魔法に巻き込むためにそっちの方が手間が省けたかもしれない」
そう言いながら、彼女は窓の外を指さした。
俺とユカは反射的にそっちを振り向いた。
サイレンはすでに鳴り止み、墓地にはいくつもの魔方陣が光輝いていた。
それらは、音を出すこともなく光を発し続ける。
だが、塀で囲われた墓地の中で、具体的に何が起こっているのかは分からないままだ。
ただ、人類が使うにはあまりににも強大すぎる魔法であることは確かだった。
しばらく眺めていると、変化が訪れた。
光輝いていた塀の中の光が、少し収まったのだ。
その瞬間、何かが空に打ち上げられる。
それは地面から15メートルほどの高さで静止し、重力が無くなったかのように宙に浮いた。
しかも、その1つだけではない。
次々にそれは浮き始め、一瞬で墓地全体を覆うほどの数になった。
それを、恐る恐る凝視してみる。
遠目から見るとただの黒い塊のように見えるが、その1つ1つに手があり、足があり、頭がある。
しかも、それらはまだ動いていた。
見間違えるはずがない。
俺たちが散々苦しめられた姿だ。
ーー宙に浮いているのは、全てゾンビだ。
その、圧倒的な光景を前に言葉を失う。
魔法って、こんなこともできるのか。
というか、一掃するって、ここからまだ何かあるのか?
俺がそう思った通り、全てのゾンビが浮かび上がった後、それらが中央へと吸い寄せられていく。
まるで、強力な磁石に吸い寄せられているようだ。
ゾンビの1体1体に魔方陣が浮かびやがり、やがて近づいてきた別のゾンビの魔方陣と繋がっていく。
それを何度も繰り返し、死体には大きな1つの魔方陣が完成した。
その魔方陣の輪の中に納まるように、ゾンビたちがぎゅうぎゅうに収められている。
ーーそこで、何をするか何となくわかってしまった。
本能が、目を閉じろと訴えかけてくる。
ここから先は見るべきではない。
これから始まるのは地獄だ。
墓地にいる全てのゾンビを頬むる、断罪の一撃だ。
見てはいけない。
なのに、体がいうことを聞いてくれない。
この圧倒的なまでの魔法に魅せられ、結末を知りたい好奇心が本能に抗う。
とても現実とは思えない景色に、瞬きの仕方すらも忘れてしまっている。
そして、目を閉じれないまま。
逃げることもできないまま、始まった。
さらにゾンビは近づいていく。
肉に他の腕が食い込み、圧力に耐えきれなくなった四肢がポロポロと地上に落下していく。
次第に体が原型を留めなくなっていき、潰れていく。
独立していた肉体が、別の肉体と混ざり合い、再び1つの肉体へと合成されていく。
そうしながらも魔法陣は縮んでいき、中身を1つの肉塊へと変化させていく。
思った通り、地獄だ。
人の形をしていたものが1つのただの丸い塊に変わっていくのだ。
その間にも四肢は砕け、変な液体が溢れ落ちていく。
そこで、ようやく目を閉じた。
閉じることができた。
これ以上は……
なんとも言えない気持ち悪さが現れ、喉の奥から酸っぱいものが込み上げてくる。
それを、口から吐き出した。
わかっていた。
この結末がどうなるか。
もっと早く目を閉じておくべきだった。
あんなにも簡単に、多くの人の形をしたものが消えた。
1つの赤黒い球体になった。
言葉にすると簡単だが、それが現実で起こってしまうと……
レイナとユカは、静かにこの光景を眺めている。
これ以上先は、もう見ていられなかった。
こうして、俺たちを散々苦しめた死者蘇生事件はあっさりと終わりを告げたのだった。




