第52話 否定と悪
首に、消えない圧迫感がある。
常に死の恐怖に晒されているが、痛みに支配されるよりかははるかにマシだ。
まぁ、刺された右手や細かい傷は治療してもらうことなく、そのままだ。
そのせいで、やはり結果的に死の恐怖と痛みが隣り合わせになってしまっている。
よりにもよって。
「もうちょっと速く歩きな。のんびりしてる暇はないんだ」
「はい……」
後ろから聞こえてきた声に返事をすると、首が少し締め付けられた。
か細い息しか喉を通らなくなり、次第に肺へ空気が送られなくなる。
ただでさえ、この洞窟の中は空気が薄い。
そんな中で、この苦しみがくる。
この短時間だけでも、酸欠に陥ってしまう。
「ゲイル、やりすぎだ」
「罪人には、このぐらいがちょうどいいだろ」
「こいつは奴隷じゃないんだ、無意味に痛みつけるなよ」
「ユカ……お前がそれ言うかよ?」
「まぁまぁ、ひとまずやめてやりなって」
そんな会話が終わるとともに、喉への苦しさが無くなった。
冷たい空気を口いっぱいに吸い、肺へと送っていく。
再び、大きく息を吸うと、咳が出た。
立ち止まらないように注意しながら、口を押さえて何度も咳き込む。
俺が、彼らに生かしてもらった条件はこうだ。
1.知っている情報を全て話すこと
2.隷属魔法? か何かで行動を制限させること
3.進む時は先頭を歩き、後ろ(彼らがいる方向)を振り向かないこと
4.質問は全て返答し、上記のいずれかを破ったら最悪殺すこと
はい。ほとんど奴隷ですね。
隷属魔法という物騒な魔法については、首を圧迫する首輪みたいなのがそれだ。
魔法発動者の好きなタイミングで、首を絞めることができると言う拷問魔法。
こんな魔法が世の中に溢れていると恐ろしくもあるが、問題になっていなさそうなことを考えると、何かしらの条件があるのかもしれない。
嫌な魔法だ。
だが、そのおかげで、俺は今生きている。
拷問をした時には、すでに死にかけていたらしく、細かい傷以外は治療してくれたらしい。
それはありがたいが……
しかし、これでまた痛めつけられるのかと思っていたら、特にそんなことはしてこなかった。
男の方は性格が荒いのか、さっきの戦いのことを根に持っているのかはわからないが、今のように不審な行動があると首を絞めてくる。
適度に苦しくなる程度に。
一方、女の方は冷静で、こうやって男の行動を止めてくれたりもする。
だが、彼女には少し不気味さがある。
冷静で、男の方みたいに感情の起伏があまりないが、いくら何でもそれが少なすぎる。
この世界では、常識が違うのかもしれないが、仮にも人を刺すときにーー笑顔のまま表情を変えない人がいるのだろうか?
拷問をしておいて、怖いる1つ変えずに、何事も無かったかのように過ぎる。
それを、異常ととらえてしまうのは俺だけなのだろうか?
はっきり言って、気持ち悪い。
もしかすると、俺はやばい人たちに捕まってしまったのだろうか?
……いや、冷静に考えると、あんな派手な戦いというリスクを犯してまでそんなことするメリットはない。
考えすぎだ。そうであってほしい。
けど、なんとなく理由はわかってしまった。
きっと、ただ、必死だっただけだ。
俺が生きたいと願うように、彼らも何かを取り換えうことを望んでいる。
状況は、全く同じなんだ。
そう考えると、途端に辻褄が会ってしまう。
感情的な彼も、きっと俺達が盗ったのだと思っている。
むしろ、俺がそう説明したーー誤解させた。
なら、大切なものを盗られて、しかも返ってきていないとなれば、当然起こる飲む無理はない。
ーー大切なものを失くす辛さはよく知っている。
冷静な彼女は、そんな状況であっても、それをどうにか取り戻そうと思考錯誤している。
彼女たちからして、情報を握っているのは俺だけなのだ。
はたして拷問の時、俺はしっかりと彼女を見ていただろうか?
目には涙が浮かんでいて、はっきりとは見えずにいた。
そんな中で、俺はどうして笑ていると捉えたのだろうかーー?
……わからない。
もしかすると、ただの勘違いなのかもしれない。
恐怖から滲み出た、錯覚だったのかもしれない。
ただ、ためらいもなく人を傷つける彼女を異常だと思っていただけでーー
やっぱり、同じじゃないか…………
俺だって、自分のためにと、人をーー彼らを傷つけた。
あんなに躊躇っていたのに、あんなに恐れていたのにも関わらず。
まるで、何かに乗っ取られていたかのように。
思い出すと、自分のしていたことが信じられない。
彼女達は、必死になって、俺と同じように、同じ罪を重ねていた。
ーー大切なものを、取り戻したい気持ちは、よく知っている。
後ろから明るいランタンで照らされているせいで、俺の正面にだけ不自然な影ができていた。
周りは明るいのに、俺の視界は濁ったように薄暗いままだ。
そんな中、硬い地面を一歩一歩踏みしめていく。
彼女からは、死なないようにするとは言われている。
だから、きっと彼らは恨むはずの俺という敵を、獣のような敵から殺されないようにしてくれるのだ。
この世界でも、きっと人を殺すことは悪とされていて。
けど、そうしなければいけない時もあって。
俺は、彼らは、殺し合いをした。
そして、お互いに、殺さない理由を見つける。
誰だって死にたくはないが、殺したい人はいる。
俺は力が、技術が、何もなかっただけで……
もし、あの時、俺が強かったらどうなっていたのだろうか?
俺も、俺が恐れるような、人殺しになっていたのだろうか?
横目で隣を見ても、もう答えてくれるパートナーはいない。
後ろの2人も、出会い方が最悪だっただけで、悪い人間じゃないんだろう。
2人とも、意外と常識人で、信頼し合って……
それが、今は余計につらい。
俺と、彼らは仲間じゃない。
俺は奴隷のような、人質のような存在で、そんなものには加われない。
じゃあ、今の俺と、レイナはーー
そこから先は、考えられなかった。
考えようとすると、思考が途切れ、ぼーっとして進んでいた。
俺が裏切ったように、彼女もまた裏切った。
俺は悪くない。
だが、同時に彼女も悪くない。
そうだ。
最初からじゃないか。
お互いが信頼できずに、自分のことを第1に考えていた。
俺はそれを、どこかの小説か何かで読んだ、パーティーだと、仲間だと思い込んでいたにすぎない。
俺らは、所詮、仲間なんかじゃなかったんだ。
俺は、彼女を信頼していた。
俺は、彼女が、彼女のようにーー優しいと信じていた。
俺は仲間だと思っていたのに、きっと彼女は違うと知っていた。
何故?
なんで、彼女はそれを言わなかったんだ?
なんで、彼女はそれを拒んだんだ?
積もっていく疑問が、次第に軽く握った拳に力を入れていく。
爪が食い込んでいても、気づかない。
仲間じゃないと気づいていたら、もし仲間だったらーー
いつからか、ずっとそう考えている。
そして、それは、1つの感情を作り出していた。
ーー聞いてやりたい。
俺たちは、仲間になれなかったのか?
そんなに、俺を拒みたかったのか?
俺は……そんなに騙されやすかったのか?
俺も、彼女も、間違っていない。
生きるために、そうしなければならなかった。
だが、俺がこんな目に遭っているのは紛れもなく彼女のせいだ。
彼女が、生きようとしたからだ。
ーー全部、彼女が悪い。
俺が勘違いしてたのも、こんなとこに来たのも、全部……
許せない。
許したくない。
ずっと、原因は彼女にある。
彼女さえーー
その時、足音の音が変わった。
視界に意識を戻すと、どこか見覚えのある、紺色をした人工物の通路の中にいた。
温かさを感じない壁が、より一層肌を冷やしていく。
「ほら、ここからは歩きやすくなるぞ」
この景色が目に入った途端、その声が脳裏に蘇った。
歯を食いしばって、どうにかそれを思い出さないようにする。
そのどこか優しさを含んでいたような言葉を、今は早く忘れたかった。
それでも、まるで俺に何かを訴えているかのように、頭の中を響いていく。
まるで、何かの間違いを教えてくれているように。




