第53話 悪と躍進
「ゲイル」
「なんだ?」
「この先の道、覚えてるか?」
「そうだな。短くは無かったが、入り組んではなかったはず」
「分岐は?」
「ここから、11-ーいや、12個か? けど、この先から出口に繋がってる場所はない」
「そうか。だとしても、急いだ方が良さそうだな」
「俺も思ってたとこだ。安全策だけじゃ見つかるような相手じゃねぇ。ほんと、めんどくさいなお前らは」
その言葉が、俺に対する愚痴だということに気づいたのは少し経ってからだった。
相変わらず、風景が変わりもしない道をひたすら進んでいる。
もちろん、俺に対する境遇も変わらないままだ。
幸い、持っていた荷物の中で身に着けているパーカーだけは取られていないので、この洞窟内での寒さにも耐えることができる。
だが、下に来ている服は半袖なので、決して寒くないわけではない。
そのせいで、さっきはそれを馬鹿にされてしまった。
……まぁ、そうなるよな。
おとなしく、日本で売ってた服に執着せず、この世界に普通に売っている長袖を着ておくべきだった。
……そういえば、俺はこの後どうなるのだろうか?
このくらい場所から出た後は、どんな生活がーー
そこで、気づいてしまった。
後ろを歩く彼らは、俺達の全く身に覚えのない、持っていないものを探しているのだ。
もし、そのことがバレでもしたら……
いや、そもそも、レイナと彼らが会ったその時点で、おそらくバレる。
そしたら、少なくとも俺は無事では済まない。
どうする? 彼女を犠牲にしてでも逃げ切るか?
けど、今の俺には武器がない。
いや……待てよ。
もしかすると、俺に隠していただけで、彼女が持っていたのかもしれない。
彼女は、この洞窟に何回が来たことがあると言っていた。
そうだ。なにも、彼らが盗られたのは今日だとは限らないじゃないか。
もともと、彼女は悪人で……
そこで思考を中断した。
そのことを、今は考えたくなくなった。
後ろを振り向けないまま、行動もかなり制限されている。
そのせいで、思考と正面の景色を行ったり来たりしていた。
しかし、考えるたびに彼女への不信感が大きくなっていき、憎悪も増していく。
そして、それが増えていくほどに、疲れていく。
そして、考えるのをやめる。
その繰り返しだ。
だが、しょうがない。
全て彼女が悪いんだ。
彼女のせいで、今俺はこんなことになってるんだ。
だから、どうしようもない。
以前の、彼女のことを信じるーーと言っていた自分が、とても馬鹿らしく感じる。
そんな自分に、教えてやりたい。
彼女は悪であり、人を騙す。
そうやって、生きているのだ。
きっと……きっとーー
そういう意味では彼女が言っていたことは合っていたのかもしれない。
他人は信用できない
その通りだろう。自分が騙していたのなら。
もう嫌だ。
こんな地獄から、抜け出したい。
ここに来てから、こんなことばっかだ。
早く、戻りたい。
「このちょい先に崖、そのすぐ後に分かれ道だ」
「……やっぱり、急いだほうがいいな。ゲイル、魔力は大丈夫そうか?」
「完全じゃないが、大分回復はしてきた。多分大丈夫だ。……それより、コイツはどうすんだ?」
「しゃあない。連れて行く」
「おい、本気かよ!?」
「私たちにも保険は必要だ。それに、多分いい材料にもなる」
「まじかよ、あれ結構疲んだけど……」
「頼んだよ。優秀なゲイルなら楽勝だろ?」
「……結局人頼みかよ」
俺をよそに、後ろにいる2人がどんどん話を進めていく。
言葉を崩しながら、所々略して短くしながら、楽しそうに話している。
そんな会話を聞いていると、胸が締め付けられた。
どこか悲しく、どこか悲しい。そんな感情が湧き出てくる。
俺にも、こんな仲間がいたらーー
と、心の中で無意識に思っていた。
いつも、足りないものばかり欲しくなり、羨む。
そのせいで、既に持っているものすら疎かになってしまう。
こんな世界に来てから、本当に失うものばっかりだ。
ーーもう、この手の中には、何も残っていない。
だから、思わず憧れてしまう。……そんな関係に。
例え、それが恨むべき相手なのだとしても。
「おい、少年。止まりな」
その言葉が聞こえたのは、まさにくだらないことを考えている中だった。
言われたとおりに、動かしていた足を止める。
……もしかして、何かやらかしたか?
怪しまれるようなことはしていないはずだが、思考に集中しすぎたせいで注意力が欠けていた。
もしかしたら、彼女が不快に思う行動をとってしまったのかもしれない……。
なかなか次の言葉が飛んでこないせいで、緊張が高まる。
嫌というほど感じた背中を冷やす感覚が蘇り、息すらも出せないほどに体を硬直させる。
「手を頭の後ろに回せ」
遅れて、その言葉がやってきた。
海外の警察が良く使うイメージの、アレだ。
言葉が続いたのにホッとするのも束の間、まだ容疑は晴れていない。
むしろ、これからが本番だ。このポーズをとらないといけないということは、やっぱり何かやらかしたのか?
覚えのない事が、余計に恐怖を掻き立ててくる。
すっかり固まってしまった手をどうにか恐怖心で動かし、頭の後ろに付けた。
謝れば……許してもらえるのか?
いや、でも……喋るなと言われているし。
どうすれば、許してもらえるんだ?
危害を加える気など全く無いのに、それをどうやっても伝えることができない。
言葉があるのに、通じ合えない。
それが、何よりも辛く、残酷だ。
手を後ろに回した後、その瞬間が来ないかの不安で、目を開けられなかった。
ただ、相手の次の行動を待つだけだ。
すると、微かな足音が響いた。
明らかに、俺へ近づいている。
一歩、さらに一歩聞こえるたびに耳に大きく響いていく。
耐えられないような恐怖が、意識を朦朧とさせていく。
何も、考えられない。
ただ、この感情に耐えるのでやっとだ。
そしてーー俺の真後ろで、足音が止まった。
気になるのに、振り向くことができない。
目すら、恐怖で開けられない。
心臓の鼓動がいつも以上にうるさく感じる。
後ろから近づいてくる気配を感じながら、祈る。
誰に向けているのから怪しい、命乞いを、内心で繰り返していく。
「一時的だ。恨むなよ?」
そんな声が聞こえてきたが、安心できるわけない。
その直後、両手首が締め付けられた。
魔法か道具かはわからないが、後ろ手に拘束されてしまった。
これだけでも、体はかなり不自由になってしまった。
少し動かしてみても、全く緩む気配がない。
などと思っていると、そのまま彼女の腕が背中と膝の後ろに触れーー体が持ち上げられた。
「ちょっと借りるぞ」
そう言って、御姫様抱っこのように担ぐと……
「ありゃ、これじゃ剣が振れないな」
そう言って、器用に背中に回され……
「悪いゲイル、紐で括り付けてくれ」
「うわ、めんどくせ」
あれえよあれよとおんぶ紐のように女の背中にくくりつけられてしまった。
紐がももや腕に触れ、さらにそこに体重がかかることで、紐が余計に食い込んでくるせいで結構痛い。
完全に扱いが囚人だ。
ここまでくると、不快というよりも恥ずかしい。
これが女子だったらまだ絵になったのかもしれないが、残念ながら俺は男だ。
しかも、よりによっておんぶという形……
本当に最悪だ。
だが、あくまでも自由を封じられたのは腕だけだ。
この状態だと、魔法を使おうと思えば使えるし、頑張ればこの女にも簡単に危害を加えられそうだがーー
「あ、そうそう。今なら私を殺せるかもしれないが、今私を殺すとお前は死ぬぞ?」
と、念を押すように言われた。
何がどうなれば俺が死ぬのかわからないが、俺は人を殺したくなんかない。
そのため、大人しく頷いておく。
「じゃあ、行くぞ」
「少年、ちょっくら絶叫体験だ。泣くなよ?」
そう言い残し、彼女は腰から刀を抜いた。
それを右手に構え、そのまま走り出す。
一瞬、風が吹いたように感じた。
だが、こんな洞窟の奥深くで、風が吹くわけない。
彼女の肩あたりから、前を向いてみるとーー視界が安定しなかった。
どこも変わりないような遺跡の壁が、焦点の合わないほどに速く流れて行くように見えた。
ーー俺を背に抱えたまま、彼女は凄まじい速度を出して走っていた。




