六日目(12):サリ・ペスティについて、そのさん
そして俺は、サリから昨日の戦いについて、その顛末も含めて聞くことになった。
「なるほど。おまえ自身が望む未来なら、客観的にはどんな破滅的な結果であろうと、それは見通せない――そう言われたのか」
「うん。そして実際、その相手の襲来は見通せなかった。
……そんなこと、考えたことなかったのに。もしかしたらわたしは、負け始めているのかも」
サリは言う。
いままでの淡々とした調子と、口調は変わらない。
なのに……俺にはなんだか、サリが泣きそうな顔をしているような気がした。
「だから、今回も見えてないだけで、なにか破滅的なことを見落としてるかもしれない。
ライを連れていきたくないってのはそういうこと。魔人たちは戦うのが仕事だけど、ライは巻き込まれただけだから。ライだけでも守らないと」
「はあ……」
俺は頭をかいた。
(昼間、こいつがやたら不機嫌に見えたのはそのせいか)
なんだか憮然として、かつ怒ったように敵を蹴散らしているように見えたのは、つまり不安の裏返し。
いままで何年も支えてきた、未来の破滅を見る能力。それが急に当てにならなくなって、不安で不安で仕方がなかったのだ。こいつは。
なら、その不安を解消するのは俺の役目なのだろう。
「べつに、完全に見えなくなったわけじゃないんだろ」
「それは……そうだけど」
「だったら気にしなくていいんじゃね? 見えないってことはたぶん、なんとかなるんだろ」
「でも、昨日は現に……」
「うん。予想外の敵に襲われて、それを見通せなかったけれども、結果としておまえは負けなかった。だから見えなかったんじゃね?」
「…………。
そう、なのかな」
自信なさげに、サリは言った。
「そうだよ。だから気にしなくていい。いつも通り、普段通りにやってれば今回もうまく行くさ」
「でも……」
「そもそも、未来予知が完全に死んだところで、それは普通の奴に戻るだけだろ。
そして未来予知能力がなくたってあんなに戦えるんだから、それで十分だろ。それでもなにかあったら、それはおまえの責任じゃなくて、俺たち全員の責任だ」
「……それは、救いにならないよ」
「なんで?」
「わたしは、わたしの力で可能な限り、助けられる人を助けたいの。だから……」
「思い上がるな」
俺はあえて強い言葉で、ぴしゃりと言った。
「思い上がるな。おまえの力から未来予知が消えたなら、それがおまえの力の限界だ。破滅を回避できなかったなら、それがおまえが最善を尽くした結果だ。
結果を受け入れろ。おまえがなにかをできるのは、おまえの手の届く範囲だけだ」
「…………」
「俺もあんまり育ちはよくねーからな。無茶やってる奴はいくつも見てきたけど……たまにいるんだよ。自分の力を過信しすぎて、できないことをしようとして自滅する奴が。
だからそれ以上を求めるな。限度をわきまえろ。俺たちは――しょせん、ひとりでできることは、限られてるんだよ」
「…………。
そう、かもしれない」
サリは言って、長い長いため息をついた。
「それでも、ライ。わたしは諦められないんだ。
わたしが生きてきたのは、しんどいけどそれでも、誰かを救えるから。だから……」
「そっか……」
俺も、そこまで言われたら、それ以上は追求できない。
俺の大悪党と同じ。どうしても譲れない矜持については……他人からは、なにも言えない。
だから俺は、別の方面で攻めることにした。
「まあ、でも俺は杞憂だと思うけどな。どちらにせよ、おまえの未来予知が失われてなければ済む話だ」
「それは、そうだけど……」
「そもそも、サリが相手に指摘されたのは『疲れているから楽になりたい』って願望を突かれた、って認識なんだよな?」
「うん」
「ならそのときは、楽になるより大切な未来を、思い浮かべるといい」
俺は言った。
「昔、偉い人が言ったそうだ。人間は欲望と義務感の狭間で生きている――だから、欲望に負けそうになったら義務感を。義務感が危うくなったら欲望を。それぞれをぶつけて、バランスを取って生きていくんだって」
「……義務感」
「そうだ」
俺はうなずいた。
「おまえが言ったことだ。おまえは諦められないって。だったらそれがおまえの義務だ。おまえは――サリ・ペスティは、諦めては、ならないんだ」
「…………」
「そんで、いつか機会を見て、おまえを嘲弄した馬鹿にやり返してやれ。
どうせたいした奴じゃねえよ、そいつは。ちゃんと自分を持ってるおまえなら、正面から――暴力ではなく、言葉でねじ伏せられるはずだ」
「そうかな」
「そうだよ」
俺は笑った。
「だから安心して、今日はもう寝とけ」
「そうだね」
サリはうなずいた。
「おやすみ、ライ」
「ああ、おやすみ」
「明日はお互い、誰も死なないようにがんばろう」
そう言って、サリはその場を立ち去った。
はあ、と俺は大きく息を吐いた。
(未だに、ピンと来ないな)
俺が知る、いつもぼーっとして、でもめちゃくちゃ強くて頼れる魔女のサリ。
センエイの語った、悪鬼羅刹のように強い伝説の英雄、サリ。
そして今日見た、迷える子供のような、頼りないサリ。
全部同一人物なのだが、なんだか全部、まったく違う人のように思える。
……たぶん、サリは魔物の暴走を恐れて、あまり人と付き合ってこなかったんじゃないかと思う。
その結果があれ。肉体的には超人のそれでも、精神的には成長しないまま。だからサリの弱点は、その未熟な心ということになる。
なるほど確かに合理的だ。敵であれば、絶対にその弱点を突こうとするだろう。
(だけど、不愉快だ)
俺はサリが強い人間だと思っている。そんなサリがそのへんの雑魚の口八丁で負けるなんて、不愉快だし、考えたくない。
だから俺は、あいつの負けたいという気持ちを、全否定してやる。
サリは諦められないと言った。だから俺は、諦めるなと言い続ける。
それが、サリの成長につながれば……たぶん、負けることはないだろう。
そんなことを考えながら俺も部屋へ帰還し、眠りについた。
――後から振り返れば、俺の認識もだいぶ甘かったと思う。
たしかに、サリが成長していけば、負けることはない相手だっただろう。だけどここはもう戦場。
サリの成長を悠長に待ってくれるほど、相手が甘いはずがなかったのだ。




