閑話(2):無地の燎原、外観
「ここに来るのも久方ぶりだな」
シンはそう言って、小さくのびをした。
目の前には、巨大なすごろくのような形をした不思議な土地がある。
このすごろくのマスのひとつひとつは、超巨大でかつ刻々と姿を変える、幻覚の塊である。
なぜそんなものがあるかというと『世界がないから』だ。
無地の燎原と呼ばれるその地は、かつて『逆神格』と『彷徨える魔王』による、神話世界の未来を決定づける決戦の舞台となり……その結果、世界を構成する要素そのものが破損してしまった。
そして世界がないから、それを補うように無限に幻覚が自動生成される。それがこの燎原の正体だ。とんでもない魔境であり、常人が足を踏み入れたが最後、絶対に帰って来れないだろう。
もちろんそれは常人の話。
「うっはー! 話に聞いてたけど思ったよりやべーぞオイ! なあなあミスフィト、あれ割れる?」
「無理に決まってんだろ。一応見徹はできるが、五マスが限度だ。
……そう考えるとあのじいさんは凄腕だな。いったいどうやって、十マス目なんぞにアジトを作ったんだ?」
「まあ、それもなんらかの奥義の類だろうね。
しかも、神話時代のゴレムを配置してるって話だ。そうとう珍しいだろうに、よくもまあ奮発したなと思うよ」
「ゴレムってあれ? 正しい手順を踏んで停止させないと大爆発する奴?」
「ああ。それ自体が相手の攻撃への嫌がらせになっている、厄介な神話兵装だよ」
「うひゃー……生きて帰ってこれっかなあ、あたしら」
「どうでもいいけどその髪はなんなの? 君、さっきまで黒髪だったよね」
「お、聞く? 聞いちゃう? あたしのこれに興味がおありだってのかい、シンさんよ!」
「う、うん。まあ……」
「じゃーん! こいつがこのプチラさんの新兵装! 強力衝撃吸収かつらでっす! 竜にかじられてもダメージがないレベルの超絶対物防具だよ!」
「なんでそんなカラフルなの? ていうかこれ何色?」
「虹色! だってあたしは虹小人だからね!」
にぱっ、と笑う、虹色の髪の少女。プチラという名前だということはさっき知った。
馬鹿みたいな外見だが、シンは当然ながら、この少女が非常に高位の魔人であることを看破していた。もちろん、横にいる青みがかった体毛の獣人――ミスフィトもだ。
名前を聞いたことはなかったが、無名ながら凄腕というのも少なくない業界ではあるので、そこはシンもあまり気にしていない。
むしろ、問題なのは。
「正直、ついてくることはなかったんだけどな。カイ・ホルサの技術系統はこの燎原と極めて相性がいい。一人でなんとかなると思っていたんだけど」
「そう言うなって! ていうか正直あのじーさんの近くにいたくねーんだよ! なんか利用価値がなくなったと判断されたら即座に粛清されそうだし!」
「まあ、その感覚は正解だけどね。グラーネルが何人もの弟子を使い捨てにしてきたのは、僕自身が見てきたことだ。
……だからこそ、最初から関わらない方がよかったんだけどな」
「忠告ありがと! だけどもう遅いわガハハ!」
ヤケになって笑うプチラ。横でため息をつくミスフィト。
最初からこの二人と仲間だったら楽しかったのにな、と思いつつ、シンは最後の一人に目を向ける。
いや、正確には本体ではないが。
「ん? どうしたね?」
「君もだ。わざわざ無事だった人形をよこす必要はない。引っ込んでいていいよ、レイクル」
「おや、つれないねえ。だけどせっかく戦力があるからねえ。ちょっとカイ・ホルサに恩を売っておくのも一興かと思ってね」
「恩。恩ね」
「おや、その言葉は不快だったかな?」
「いや、そういうわけでもないんだが……」
「?」
レイクルの操る人形が、いびつに首をかしげる。
シンは冷たくその人形を見て、ため息をついた。
「正直、笑止だ。君ができるのは弱いものいじめだけだろう。戦力としては最初からカウントしてないよ」
「…………」
レイクルの人形は、表情を変えた。
……元から粗雑な、人間の原形をとどめていない人形である。表情が読めるわけでもなかったが、不愉快だったのだろう。
とはいえ、シンにとっては、訂正する理由もないのだが。
「ま、迷惑ではないだろうから、好きにやらせてもらうよ。それでいいだろ?」
「ああ。別に構わない」
どう転がったとしても、レイクルはせいぜい人形一体を損する程度である。相手の中に夢幻刀儀の使い手はシンを除くとセンエイくらいだし、そのセンエイもおそらく、今回の攻略には直接参加はできない。
つまり、フォローせずに自滅したとしても、それを妖術師にとがめられないで済むということだ。その意味では、少なくとも邪魔にはならないだろうというのがシンの判断だった。
「とはいえ、気になるねえ。くくっ」
「なにがだ?」
「いやなに、昨日使ったんだろ? 例の真儀とかいう奴を」
「ああ。使わないとフレイア相手にはまともに戦えなかったからね。それがなにか?」
「僕が聞いたところによると、あれを使うと位置がバレるそうじゃないか、君。
バレたらまずいんだろう? カイ・ホルサは神話の時代からずっと、大巨人のお尋ね者だ。ヤバい奴が追ってくる――もう近くにいるかもしれないぜ?」
「それがなにか? もう使わなければいいだけの話だろう」
「できるのかね、あんたが。真儀も使わずに、あの精鋭どもを相手にするなんて――特に、サリ・ペスティを相手にするなんてことが」
「心配してくれてありがとう」
シンは笑顔で、心にもないことを言った。
「だがその心配の必要はないよ。そもそも僕の方がサリとは付き合いが長いからね。戦力としての査定も、たぶん君よりは詳しくできているんじゃないかな?」
「…………」
「だから君の手助けは最初から不要だ。来たいなら来てもいいが、僕からはなにも期待しない」
「ちっ」
レイクルは舌打ちして、そして黙った。
代わりに手を上げたのが、獣人ミスフィトである。
「で、具体的にはどうするんだ。一応、罠の類は使うんだろう?」
「ああ。そういえばミスフィト、君には心得があったな。
じゃあ君の手だけは使わせてもらおう。最初の罠の具合を確認するところから始める。手伝ってくれるかい?」
「承知した」
「はいはい! あたしもあたしも! ついてっていい?」
「好きにしてくれ。ただ退屈だと思うよ」
「だーいじょーぶだって! いざとなったらプチラさんは適当に洞窟散歩してるから!」
にっ、と笑うプチラ。寡黙に仕事の準備を始めるミスフィト。一人沈黙するレイクル。
まあ、正直なところ、シンの目的には誰も必要がないが。
(ミスフィトとプチラ。この二人が死ぬ展開には……あまりなって欲しくないものだね)
と、心の中でつぶやいた。




