六日目(10):サリ・ペスティについて、そのいち
ともあれ、せっかくだからこの機会に聞いてしまおう。
「サリは『虐殺者』って名乗ってたんだけど、なんか由来とかあるの?」
「もちろんだ。正式名称は『逆さ螺子の虐殺者』。ここから南西にだいぶ行ったところにある『逆さ螺子山地』に現れた、魔王テゥトトトトトリリムを単独討伐したときにつけられた名前だな」
「てぅ……なんだって?」
「テゥトトトトトリリム。ああ、名前を省略するなよ。この名そのものが封印の意味を成しているんだから」
「封印って、もう討伐されたんなら意味なくない?」
「おっと、そうはいかないんだなこれが。
どれ、ちょいと解説してやろう」
センエイは言って、少し姿勢を正した。
「ライくんは、魔王についてどこまで知ってる?」
「魔物にとっての神みたいなもんだって聞いた。邪格とかいうのを持ってて、神格みたいに作用するんだと」
「だいぶ不正確だな。ハルカめ、さてはライくんを汚染しないように最低限の知識しか教えなかったな。
よかろう。ではまず簡単におさらいしよう。ライくんは、神格をどんなものだと思っている?」
「神話の力、未来を都合よく操作する能力……みたいなイメージなんだけど」
「近いが、ちょっと違う。神格というのはね、その本質は『投票権』なんだよ」
「投票権?」
「おうよ。言葉自体は知ってるな?」
「いや、ええと、一応。なんか多数決とか取るときの奴……だと思うんだけど」
とはいえ、あまり馴染みのない概念である。
そういえば、遠い国だと役人を投票で選ぶような制度もあるという話だったが……このあたりの地方では、とんと見かけない制度だ。
「リッサくんは?」
「え、投票……ですか。一応、古いファトキアの政治制度では軍の統率者を民の投票で決める制度があったって聞きましたけど。そういう話でしょうか?」
「そう、それに近い。ただし決める対象は『世界の姿』。そしてこの投票権は著しく不平等でね。『魂の保有量』に応じて投票の重みが増すようにできているんだ」
言われて、少しだけ俺は理解ができてきた。
「つまり、神とか大巨人は魂の保有量が多いから世界に口出しできるってことか?」
「そういうこと。理解が早くて助かるよ、ライくん。
さて、そうなると次に邪格だ。これは『ねつ造された投票権』だな。本来なら存在しないところから投票権を持ってきている」
「それが、魔王の特徴だと?」
「いや、そうじゃない。だからライくんの最初の言葉はかなり不正確だ。実のところ、邪格をでっち上げるだけなら方法はいくつか知られていて、魔人でもそれなりに修行を積めば可能だ。だけど魔王はそれだけじゃない。邪格の根拠として、確定した異世界の情報を神話に刻み込んだ『神話の傷』。それが魔王の正体なんだよ」
「異世界?」
「おうよ。そもそも世界における魂の量は確定してる。だから投票権を増やそうとすれば、違う世界から投票権を持ち込む必要があるだろう?
そうして神話世界に刻まれた異世界が根拠として生み出されるのが『魔王』だ。この異世界は古びるほどに世界に根付き、結果として魔王は古ければ古いほど力を発揮できるようになっていく」
「なるほど。じゃあ、その異世界に行ったりもできるのか?」
「やめとけ。行こうとした奴は山ほどいるが、生きて帰った奴の話を聞いたことがない」
「あ、はい」
思わず居住まいを正す。この話が本気でヤバい話であると、改めて思い知った。
センエイは肩をすくめて、
「話を戻すが、つまり魔王という『生物』にはあまり意味はなくてな。神話に刻まれた『異世界』こそが真の問題なんだよ。ある意味、そちらこそが魔王の本体だと言ってもいい。
だからこそ、魔王と呼ばれるものは本質的にどうやっても倒せない。生物として殺すことはできるんだが、しばらくすると復活するのさ。これはほぼ例外なく、魔王と呼ばれる存在に共通する特徴だ」
「うわ……! だから、討伐されても油断できないのか!」
話がつながった。
「そういうことだ。魔王テゥトトトトトリリムの知界年代――つまり『異世界』がこの世界に刻まれたのは千八百年前くらい。世界を焼き尽くした大災厄からゆるやかに復興しつつあったこの地に、突如として現れた虫。それがこの魔王だ」
「どんな魔王なんだ?」
「基本的には、一匹の人間くらいの大きさの女王アリとして顕現する。女王アリは食事をして、単性生殖で卵を産んで働きアリを産むんだが……最初はうまくいかなくてな。一日に産める卵の数は十個くらいで、そのほとんどは死産だ。
ところがこれが厄介なんだが、うまく生まれることができた場合、その中の十匹のうち一匹くらいが、同じ女王アリなんだ。そして女王アリが倍になれば、繁殖効率は倍増する」
「あ、なんか嫌な予感がしてきた」
「その予感はたぶん正しいだろうね。しばらくすると働きアリが増えて餌の供給が安定してな。そうすると女王アリは死産しなくなって、結果として一日ごとにこのアリの群れは規模が倍になる。そして周囲の草木や動物を食い尽くして大繁殖した末に、巣穴から出歩ける圏内に餌がなくなって死滅する。
――発生した場所から一定範囲を確実に砂漠化して絶滅する、容赦のない『自然災害』。それが、この恐るべき『魔王』の実態だ」
「聞くだけでうんざりするような厄ネタだな……」
状況を想像して、俺は顔をしかめた。
一日に倍。一見してわかりにくいかもしれないが、俺はとある逸話でこれがヤバいことを知っていた。最初は信じられないほど格安、ただし一日ごとに報酬を倍にするという契約を交わした商人が、十日後には千倍の報酬を請求して相手を破産させたという、恐ろしい話があるのだ。
人間大のアリがその速度で増殖するとか、考えたくもない。
「どのくらいの範囲が絶滅するんだ?」
「実はさほど広くない。というのも、二回目の発生時に気の利いた大巨人が、自らの身命を賭して放った神威で封印してね。だから現在では、この『群虫の魔王』は発生地点から一定距離以上離れることができない。
そこに人里が入っていなければ話は簡単で、放っておけば自然に絶滅するだけなんだが……逆さ螺子山地の場合には、人里が含まれていた。そしてこういう場合、アリが地上で目撃されるようになってからではほぼ手遅れなんだが、近くの大都市に助けを求める書状が届いたのは目撃されてから三日後。推定される群れの規模は十万近くで、もうどうにもならなかった」
「…………」
「誰もが尻込みした。公認魔人たちは全員、手遅れだから集落を捨てるべきだと進言した。仕方なく書状を持ってきた村人は非公認の魔人に持ちかけたが、やはりビビって誰も引き受けなかった――サリ以外は」
「サリは……引き受けたのか」
「最初は詐欺だと思われたらしいな。依頼金だけもらって逃げる気だとその場の誰もが思ったし、魔人たちの中で良心的な奴は村人を止めたりもしたらしい。
だけど村人からすれば、自分の故郷が助かる唯一の道だ。わらにもすがる思いで全財産に近い金を支払って、サリに依頼した」
「それで、サリは役割を果たしたんだな?」
「ああ、そうだ」
センエイは、誇らしげにうなずいた。
「ライくんもリッサくんも、もうサリの戦い方は目にしたんだろう? 彼女がやったことは……というか、やれることはあれだけだ。一日で倍増する十万を超えた人間大のアリの群れを、増加速度を上回る速さで正面から殺し回って、三日三晩かけて絶滅させたんだ。
それが『逆さ螺子山脈の戦い』。サリ・ペスティが『虐殺者』と言われるようになった、伝説の戦いさ」
『群虫の魔王』テゥトトトトトリリム
知界年代:千八百年前後 邪格等級:四級 個体危険度:55/78/37 討伐難易度:S+
備考:神威『ラットクレープ漸近結界』によって封印中
内容は本文の通り。
極度に危険な魔王であり、ただの働き蟻ですら一匹で小さな街の守備隊を壊滅させられる程度の戦力となる。女王アリの戦闘能力は高くないが、増殖能力は脅威の一言。さらに巣が育てば女王アリのまわりを強力な親衛隊アリが囲み、手がつけられなくなる。
計算上、サリが依頼を引き受けた時点では、一日でこのアリを六万体近く殺さないと絶滅どころか増加を停止させることすら難しかった。後でこの事件を知った専門家たちは、ほぼ例外なくサリ・ペスティは強力な霊魂技師であり、すでに存在していた神威による封印を強化・応用して魔王を殺戮したと考えている。その真実、つまり『ただの簡易魔法剣の作成と遠隔操作しか使えない魔法剣士が、広域展開中のアリの群れを三秒に二匹のペースで三日三晩殺し続け、ついには絶滅させるに至った』などという馬鹿げた事実を知っているのは、いまのところごく少数の知り合いだけである。




