六日目(6):悪党と黒い狼、そのいち
「狼だー!」
飛び出してすぐに、遠くから声と悲鳴が上がった。
俺はうめいて、自分の感覚を思い返す。
(くそ、やられた。こいつらただの狼じゃない。魔物だ)
神託がこんな直前まで効かなかったというのは、おそらく神話の流れでは感知しにくい存在なのだろう。通常の獣ではない。
とにかく俺はすぐ、隊列中央にあるクランの馬車へと向かった。
クランはちょうど、馬車から身を乗り出して状況を確認しているところだった。
「おお、ライ殿。状況はどうなっております?」
「狼型の魔物の群れが襲ってきてる! 前後挟撃で、いま後方はスタージン神官が食い止めてくれてる」
「なんと。ではライ殿は前方ですか?」
「ああ。ただ、スタージンの見立てだと数が多すぎるので、撤退が吉だってさ」
「……やむを得ませんな。
では撤退指示はこちらからします。ライ殿、危険な仕事ですが前の守りはお任せしますよ」
「わかった!」
すぐに前に走り出す。
と、そのすぐ前で悲鳴が上がった。
「なにっ!?」
見ると、狼たちが数匹、そのあたりの馬車を襲っていた。
俺は即座に剣を抜いて、
「おりゃーっ!」
すぐ前の一匹を切り捨て、次の一匹に剣を向ける。
……違和感があった。
(なんだ、この感触は!?)
「こら小僧、右だ!」
「え? うわあ!」
がきん! と俺があわてて振った剣が狼を弾き飛ばした。
そのまま隙に乗じて突進してきたもう一匹の狼を冷静にかわして、すれ違いざまに切り倒す。
(やっぱりおかしい! 『夜走り』を斬ったときとぜんぜん感触が違う――!)
「こいつら、魔物じゃないのか!?」
とまどいつつも剣を構えて、最後の一匹を冷静にいなし、隙を見て正面から首をたたき切った。
ふう、と一息。
「よし、よくやったぞ小僧!」
「いや、助けてもらったのは礼を言うけど、できれば手伝って欲しいんだけどな、おっさん」
俺はおっさん、つまりは馬車の中にいるサフィートに言った。
サフィートはふんぞり返り、
「馬鹿め! 神職が魔物なんぞに触れてよいはずがなかろう! そういうわけで防御は任せるから全力で我々を守れ、小僧!」
「いや、おまえがそういう主義だってのは知ってるけど、働いてくれよ。たぶん怪我人とかも出るだろうし、それの治療くらいならできるだろ?」
「うむ! できるがいまは無理だ。襲撃で驚いて腰が抜けたからな!」
「なんでおまえはそんな情けないことにいちいち偉そうなの?」
俺はジト目で言いつつもあたりを見回す。
中央部まで進出してきた狼はこの三体だけのようだった。後は、いまも悲鳴が響いている、最前面が問題だ。
俺はすぐに駆け出し、心の中で毒づいた。
(魔物じゃないってだけじゃないな。もっとおかしいことがある)
俺もここ数日でいろいろ理解したことがある。神話の力の使い方、そしてその特徴。
魔物は『神話の欠落』だという。細かいことはわからないが、つまり魔物は神話の力にとても弱い。
本来ならば、バルメイス神の神格を持っている俺の近くに寄っただけで、魔物は吹き飛んでしまってもおかしくないのだ。だが、現実にはそうではない。
普通の生き物以上に硬い手応え。そして、うっかり気を抜くと外してしまいそうな奇妙な感触。
なにもかもがおかしかった。少なくとも、ただの魔物ではない。
前方を見ると、雷撃が狼を一匹、大きく吹き飛ばしたのが見えた。
「やっぱリッサは戦ってるか!」
俺は走る速度を上げる。到着後すぐ戦っても息を切らさないギリギリの速さだ。
すぐに状況は見えてきた。
最前列の馬車はもう反転している。おそらくはリッサがとっさに撤退の判断を下して御者に指示を出したのだろう。そしてその馬車から少し離れたところで弓をつがえるリッサと、左斜め後ろから飛びかかろうとする狼が見えた。
「ライナー以下省略食らえ!」
俺の言葉と共に放たれた光がその狼を薙ぎ、狼はぎゃん、と叫んで後退した。
(くそ、やっぱフルネーム名乗らないと攻撃力は出ないか!)
「ライ! 来てくれたんだ!」
「おう、いまクランが指示を出して全馬車反転中だ。終わり次第撤退する!」
「後ろは大丈夫なの?」
「スタージンがなんとかしてくれてるはずだ」
あいつの腕がどれほどかは知らないが、おそらくは問題ないだろう。そもそも撤退を進言したのはスタージン自身だ。後ろ側の安全を確保できる自信はあったと考えていい。
……いや、もちろん予想外に狼が強くて苦戦する可能性はあると思うが。それでも、あの瞬間に『撤退』という判断を瞬時に下せる手練れがそうそう不覚を取ることもないだろう。
だから問題はこちら。
「ライ、この狼がおかしいの、気づいてる?」
「ああ。魔物でもないし普通の獣でもない。なんだこれ」
「わかんないけど、とにかく私の秘儀はあんまり有効じゃないみたい。それに数も多い」
「そうだな。とはいえここは普通に時間を稼ぐしかないか、っとお!」
いきなり飛びかかってきた狼を剣でいなす。
「迅雷!」
即座に追撃の矢が狼に飛ぶ。が、当たった狼はぎゃんと叫んで吹っ飛ぶだけ。
普通なら丸焦げか、あるいは神の力で消滅しているところだが、この黒い狼にはなぜかあまり効いていない。
「雷網陣!」
リッサが飛びかかろうとした狼を三体まとめて雷が作る網にかける。ばちばちと肉が焦げる音と悲鳴が響いたが、これも足止めにはなっているものの、致命傷にはなっていそうにはない。
俺はふたたび飛びかかってきた狼の首を剣でたたき切って、吐息。
「物理攻撃が一番効く感じだな、こいつら」
「そうでもないよ。……外す可能性がなさそうな矢が、さっきからちょくちょく外れてるの。なにか、魔術の守りがあるんじゃないかな」
「かもしれない。あるいは……」
俺は、ふと頭の中にひらめいた言葉を、首を振って打ち消した。
(あり得ないだろう。狼の一体一体が、すべて神力を持っているなんてこと……)
『雷網陣』(バインディング・ネット)
種別:秘儀 習得難易度:25 知名度:C+ 普及度:C-
雷でできた網で相手の動きを止めつつダメージを与える術。
感電状態を与えつつ行動制限もかけるので非常に強力で、魔物たちを一網打尽にする他、普通の狩猟にも使える。対人戦にも使用でき、一時的に敵の一部を損傷しつつ行動不能にする強力な技だが、いかんせん習得難易度が高い割に網の大きさがそこまでではないため、開けた場所での対多数戦では使いにくい。




