六日目(5):悪党と神の力
かつて『くらやみ森』に『紫の街道』を建築したという古代王国は、英雄王が倒れた後、後継者争いで三つに分かれたと言われている。
そのうち一つの都はもちろんファトキアだが、もう一つの都がこの先にあるヴァントフォルンだ。『北を仰ぐ巡礼所』と呼ばれているのは、そのさらに北部にある遺跡群が神々の建造物だったからだそうだが……この前ハルカから聞いたところによると、それは古い名前。最近では北部の開拓が進んだこともあってその名は忘れられつつあるんだとか。
ともあれ。つまり『紫の街道』というのは、古代王国の三つの都のうち二つをつなぐ重要街道である。そしてその終点が近づいたこのあたりでは、街道の整備状況は俺の故郷よりだいぶよくなっている。
森の中は相変わらず薄暗くてまるで見通せないが、街道の中を歩いている限り視界は良好。
「よっ、と!」
最後尾の方の荷馬車に乗り込み、一息。
「ふー、やれやれ。これで落ち着いていられるな」
「おや、来客ですかな?」
「ん?」
言われて顔を向けると、そこにはスタージンが座り込んでいた。
いつもの、神殿の中にいてもお手伝いさんにしか見えない軽装である。とはいえ今日はさらに腕まくりしていて、二の腕が露出している。身体のでかさを加味してもちょっと無視できないほど太い腕だった。
「なんだ、おまえリッサたちと離れていたのか?」
「ええ、まあ。ちょっと気になることがありましたもので」
「へえ……?」
追求していいものか若干迷って、俺は特に触れないことにした。
スタージンは、ふー、と吐息し、
「このような平穏な旅は久々ですな」
「戦争に巻き込まれてたからな。その前は竜退治だったし」
「その前も魔物に襲われておりましたな」
「……そういや、そうだったな」
そもそもの始まりとして、俺は『夜走り』に追われて住んでいた街を飛び出したのである。それからたった六日でこれだ。
ちょっと魔物に追われる程度ではもはやトラブルと思わなくなっている自分が、少し怖い。
「で、その様子だとポエニデッタ神官からわざわざ離れてきたご様子。なにかありましたかな?」
「面倒くさい説教から逃げてきただけだよ」
「なるほど。それはまた彼女らしい」
「あいつ、忘れてたけど神官なんだよな……って、よく考えたらおまえもか」
「ええ。とはいえ手前は浅学非才にして未熟の身。他人に説教できるほどの徳は残念ながら持ち合わせておりませぬが」
「謙遜してるけど、おまえ実はけっこうな大物だって話を聞いたんだけど。なんだっけ、バグルルの同僚だったとかなんとか?」
「おや、バグルル先輩の同僚は大物というご認識ですか」
「いや、そういう話では……ない、んだけど」
単に細かいところを俺が忘れているだけだが、なんか二つ名とかもあるって聞いた気がする。
スタージンはほほえみ、
「まあ、どちらでもよいでしょう。それに大物というならあなたもではないですか、ライナー・クラックフィールド様」
「なんだよ。おまえもリッサみたいなことを言うんだな」
「おや、それは奇遇。ですがおそらく、それは違う意味でしょう」
言われて、俺は少し考える。
「この剣の話か?」
「左様でございます、神の代理」
言って、スタージンはうやうやしくお辞儀をした。
俺は頭をかいて、
「つってもなあ。この剣はただ拾っただけだし、俺の手柄みたいに言われてもピンと来ないんだけど」
「そこはそれ。努力ではなく成果が求められるのが人の世ですので」
「なんか、そう言われると一気に世知辛い話になるな……」
「ともあれ。おそらく魔人たちは理解していると思いますが、パリーメイジ神官補やポエニデッタ神官は、あまりピンと来ていないでしょう。
ですがあなたの状態は驚くべきことです。そもそも、かの『生贄』、つまりは岩巨人族の姫が対等と認めるほどの神格の主がいきなり降って湧いてきたのです。とんでもない異常事態ですよ」
「そうは言ってもなあ。俺、バルメイスの名前とかまるで知らないし、どんな神かもわからないんだけど。代理として振る舞えと言われても困るぞ」
「はい。まあ手前どもも、あまりに忠実な代理として振る舞われるとそれはそれで困ります」
「…………。
もしかして、バルメイスって困った神だったり?」
「はははそれは手前の口からはなんとも。華々しき戦神でありながらなぜか信仰者が少ないところで察していただければ」
「言ってるようなものでは?」
ジト目で問う。
まあ、グリートやナーガの反応から見てもだいたいわかっていたことではあるけど……バルメイス、そうとうな暴れ神だったようだ。
「つまりまとめると、この剣にはあんまり深入りすべきじゃないってことだな?」
「それがよろしいかと思います。ライナー様も、いきなり降って湧いたバルメイス神の人格に乗っ取られるのは本意ではありますまい?」
「ライでいいぞ。どうせリッサもそう呼んでるんだから」
「はは、では以降はライ殿とお呼びしましょう」
「……で、乗っ取られるとかあるの? マジで?」
「なにしろ前代未聞ですからな、ライ殿の状態は。なにがあってもおかしくありません。
魔人たち、特にハルカ殿が現状なにも動いていない以上、すぐになにかがあるというわけではないのでしょうが……剣の力を限界以上に発揮しようとした場合、保証はできませぬな」
「了解。忠告ありがとよ」
おそらくは『専門家』であろうスタージンの言葉だ。真剣に捉えた方がよいのだろう。
……そういえば、と、俺はナーガの言葉を思い返していた。
とんでもない穢れだか呪いだかが俺の身体に張り付いているとかで、その場でキスイには簡単に祓ってもらったのだが……もしかするとそれも、バルメイスの剣の使いすぎに起因しているのかもしれない。
一応スタージンにもそれは伝えておくべきだろうか。そう思って俺は口を開き、
「静かに」
「え?」
「……ライ殿。なにか奇妙な気配を感じませんか」
言われて、俺はスタージンの視線の先、つまり荷馬車後部の窓から外を見た。
一見して特になにも問題のない、のどかな街道の光景。
だが、胸騒ぎがする。
「神託は使ってもいいよな?」
「はい。お願いできますか?」
「了解」
俺は意識を集中し、神話の流れをたどる。
その結果。
「すぐ来るぞ! 黒い狼だ!」
「数は?」
「わかんない。三十くらいか、もっとか。前後挟撃される」
「承知。では最後尾は手前が守るので、ライ殿はまずは隊商主に報告を。
数が多すぎるため、撤退が吉かと思われます」
「わかった、じゃあここは任せる!」
言って、俺たちは馬車から飛び出した。




