閑話(1):妖術師の求めるモノ
「……というわけでね。ひどい目にあったよ」
「あはははは! なにそれめっちゃおもろい! わたしも見たかった!」
シンの言葉に爆笑したのは、フレイア・テイミアスである。
「ていうかあの子、魔人としての格の割にぱっとしないと思ってたんだけど、そんな特技あったんだねー! 『技能』に頼ってる相手には致命的ってわけだ!」
「その通り。大抵の技であれば、彼女なら見た瞬間に盗み取ってしまう。どういうからくりかは、僕も知らないんだけどね」
「わたしは多少、やり方の推測くらいならできるなあ。そしておそらく『技能』であっても、それが『呪い』と『祝福』の性質を相半ばするようなものには簡単には手を出せない、っていう縛りがあるね」
「そうだね。僕の真儀解放もそうだし、君が持つヴォルド・テイミアスとの『結婚』契約も、その類だ。彼女にはどうにもならない」
「だねえ。だからわたしは彼女に大有利。キミも大有利。そう思ってたら……よりによって、ってわけだ!」
「一〇八の奥義の原典をたぐられるとはね。おかげでさらに半日も戦う羽目になった。いまはもう、へとへとだよ」
けらけら笑うフレイアに、愚痴をこぼすシン。
と、
「……で。その若造には、確実にとどめをさしたのじゃろうな?」
言ったのは、闇の奥にたたずむ老爺――グラーネルであった。
シンはそちらを一瞥し、
「残念ながら。結果は引き分けだった」
「あり得ん話じゃのう、シン。
魔人二人が殺し合う気で相対して、邪魔も入らん状況でどちらも死なずに決着するはずがあるまい。さては手心を加えたか?」
「別にそうだったとしても非難される謂れはないけどね。僕と貴様はまだ契約関係にはない」
シンはそう言ってから、ため息をついた。
「とはいえ……ご明察、とは言っておこう。確かに、邪魔が入ったんだよ」
「何者だ?」
「僕が聞きたい。あの異様な手練れ、あれは貴様の手駒じゃないのか? グラーネル。疲れ果てていたとはいえ、僕とセンエイが逃げ散るしかなかったほどの相手だ」
「心当たりがないのう。そもそも、儂の手駒であればお主を襲う道理があるまい。お主と組んで、確実にその魔女を屠っておったであろうよ」
「まあ、そういうことにしておくよ」
言いながら、シンは内心で安堵した。
どうやら、本当にグラーネルには心当たりがないのだろう。そうであってくれた方が都合がいい。
すでにシンにとって、魔人たちを裏切ってグラーネル側につくことは既定路線である。だが、それはそれとして、この油断ならぬ相手を前に単に背中を預けるのは馬鹿のすることだと、シンは熟知していた。
切り札は多ければ多いほどよい。その意味で、あえて嘘はつかずに、しかし意図的に伝えたいことだけを伝えられるこの状況は、シンにとっては大変都合がよかった。
昨日の時点でフレイアを退場させることに成功していれば、さらに優位に交渉できたのだが……まあ、それは仕方がない。センエイが乗ってこなかった時点で、どのみち不可能な話だ。
「ふむ。しかしそうだとすると、第三勢力が存在することになるのう。
神殿か? それとも別の魔人か? 神や大巨人の関係者であればもう少し楽ができるが、はてさて」
「よくよく敵の多い生き方をしているものだね」
「なに、儂の敵とも限るまい。ほれ、そこでへばっておる若いのの敵かもしれんぞい?」
グラーネルの指さした先にいたのは……サリにボコボコにされて満身創痍の若い魔人、プチラとミスフィトだった。
二人はこちらと視線を合わせないようにしながら小声で、
「おいプチラ。このじいさんのどこが人がよさそうなんだよ。いまからでも逃げた方がよくないか?」
「うっせーなわかってんよ馬鹿ミスフィト。けどな、前金もらって尻尾巻くような三下にはそもそも仕事が回ってこねーんだっつーの。しゃーねーだろ」
「そういうところだけ妙に律儀だから儲からないんだぞ、おまえ」
「大丈夫だってどうせなんとかなるなる! サリとさえ出くわさなけりゃうちらに勝てない相手なんていねーっつーの!」
「あっはっは、若い子は活きがよくていいねえ! よし、ちょっとこのフレイアお姉さんと準備運動がてら殺し合わない?」
「勘弁してくださいお願いします!」
プチラは流れるように土下座。とても見事な姿勢だった。
「お相手なら僕がしましょうか? 美しいお姉さん」
「あー、人形遣いはパスで。キモい」
「おやつれない。残念」
肩をすくめたのは、異様な風体をした一人の男である。
シルエットだけを見れば、細身の男性に見える。しかしその顔面を除く全身は紫色の蛇皮のような表皮に覆われており、それが衣装の代わりを果たしている。顔は妙に中性的で、男とも女ともつかない。背中に付けられた二本の機械腕は、どことなく昆虫の羽を連想させた。
レイクル・サバーリッチ。闇のように深い魔人たちの裏業界の中で、さらに『人でなし』の二つ名を与えられた、底なしの外道だ。
(説明では、サリに手持ちの人形を全損されて在庫を取りにいくまではお休み、という話だったが)
おそらくそれもフェイクだろう、と、シンは思う。このレベルの相手が奥の手を隠していないと考えるほど彼はお人好しではない。
とはいえ、興味もないのだが。
フレイアもそうだが、シンもこの男にはまったく注意すべき価値を認めていない。
「ねー、そんなことよりさー、次の作戦はどうなってんのさ。なんか面白い、殺しがいのある敵とかいないの?」
「いまはまだ。次はシンの出番じゃわい」
「それなら契約の趣旨を確認させてもらおう。魔狼の特性を人形に付与する技術情報、これが貴様の出せるものでよいのだな?」
「間違いないわい。いくら儂でもホルサの系譜相手に詐欺は働かんよ。今世はよくとも次代に狙われては敵わんからな」
「それで、求める対価は?」
「ふふん、一つは知っておるじゃろう?」
「バルメイスの神剣か」
シンの言葉に、グラーネルはうなずいた。
「隊商の荷物に紛れ込ませて、うまく取り寄せたつもりだったんじゃがのう。よりによってひどいイレギュラーがあってな。なぜあれが励起したか、シン、心当たりはあるかの?」
「そこは僕にもさっぱりだよ。ライ氏がバルメイスの直系、とかそういうわかりやすい説明でもつけばよかったんだが、どうもそういう雰囲気でもないし」
「じゃろうな。あるいは筆頭祭祀の系譜か、とも思ったが、それでも神話的な結びつきが弱すぎる。となると、神剣の呪いに儂が見過ごすような小さなつけいる隙があったか、あるいは……」
「あるいは?」
「世界の方が壊れていたのかもしれんな」
グラーネルの言葉に、シンは無言。
内心では、舌を巻いていた。
(さすがは妖術師。数日、横で観察する余裕があった僕と同じ結論に、一度も見ずに到達するのか)
「ま、そのあたりはどうでもええわい。
儂の興味の対象はあくまで神話遺物じゃ。そちらが回収できればよし、そうでなければもう一つの方でも構わんよ」
「もう一つの方?」
そちらはまったく心当たりがなかったので、シンは問うた。
「あの魔人たちの中に、神話の呪物を持っている者がいるとでも言うのか? 僕には心当たりがないが……」
「ふむ。時にシンよ、黒騎士団を知っておるかな?」
「…………」
シンは少し沈黙して、
「多少は。だが、それがなにか?」
「うむ。ファトキア神殿の裏部門、神話世界のためなら文字通り『なんでもやる』、信教のための背教者どもが連なる箇所。それが黒騎士団じゃ。
そして、あそこにはかつて、面白い鍛錬法があったらしくてのう。元は東方で使われていた技術らしいんじゃが」
「東方で?」
自分にとって予想外の話につながりそうで、シンは安堵と困惑の中間のような複雑な心境で尋ねた。
グラーネルはにやりと笑い、
「すさまじい話じゃぞ。奴ら、どうも魔物を自分の身体に意図的に憑依させておったらしい」
「…………」
なにを言っているのか、すぐにわかった。
「まあ、理屈は単純じゃな。最近は魔術医療の界隈でも『免疫』という概念が研究されはじめたようじゃが……それの神話版じゃ。魔物と対抗するために、身体は『免疫』を求めて自然と神話の力を集積させ始める。
とはいえ、想像を絶する苦痛があるらしくての。屈強な黒騎士団の修行者でも、三日が限度だそうじゃ。三日経過したら、あらかじめ仕込んでおいた手段で魔物を追い出し、それで修行は完成する」
「得られる神力は?」
「たかがしれておる。神格等級で九級がせいぜいじゃな。
それでも、人には過ぎた力であろうよ。なにしろたった三日の苦行で聖者としての最低限の力を得られるんじゃからな。事故がなければ、黒騎士団は未だにそれを続けておったじゃろう」
「…………。事故が、あったのか」
「おう。秘されておるがの。なんでも、三日耐えられず魔物に身体を明け渡した修行者がおったそうじゃ。中途半端に開花した神力を得た魔物は、それはもう大変な災害だったそうじゃぞい。まあ、簡易な魔王のようなものじゃからな」
「そうだろうな」
「そしてなんの因果か知らんが、そんな苦行に七年以上耐えた魔女がおる。そうじゃな?」
「…………」
沈黙したシンに、グラーネルは底黒い笑みを見せた。
「サリ・ペスティの死体。かの『虐殺者』の身体であれば、バルメイスの神剣の代わりは十分果たせよう。剣が手に入らぬなら、そちらでもよい。お主の仕事はそれを手に入れることじゃ。
簡単じゃろう? なにしろ儂が奴らをおびき寄せたのはかの無地の燎原。『秘剣』カイ・ホルサにとってはホームとでも言うべき土地じゃ。あそこであれば、お主は容易に事を成し遂げられよう。期待して待っておるぞ、弟子よ?」




