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神様の剣と懲りない悪党  作者: すたりむ
六日目~七日目:悪党と燎原の魔王
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五日目(補):王子の二重性、その帰結

 少しだけ、時間を遡る。



「逃したか……」


 シンは、若干の落胆を込めてつぶやいた。

 ここは洞窟から遠く離れた、森林地帯である。とはいえ、彼がいまいる場所を『森林地帯』とは言いにくい。激しい戦闘のためにその場所は広範囲にわたってえぐれ、木は焼け落ち、黒ずんだ大地が見えている。


「正直、予想外だったな」

「ああ、そうだね」


 後ろから聞こえてきたセンエイの言葉に、シンはうなずいた。


「確実に仕留めるつもりで、君に声をかけたんだけどな。こうなるとわかっていれば、一人で時間稼ぎだけしておけばよかった」

「思った以上にしぶとかったなあいつ。いや、ヴォルド・テイミアスがヤバいのはわかってたが……」

「そうだねえ。とはいえ……」


 シンは苦笑して、振り向いた。


「君がもうちょっと本気で手伝ってくれれば、なんとかなった気もしたんだけどな」

「いやあ、それはどうだろ。

 私の見立てでは、まだまだ相手には隠し手があったと思うんだよな。この戦力じゃ、私が全力出したところで、それでも追い払うのが限度だったろうぜ」

「だから戦(・)力(・)を(・)温(・)存(・)し(・)た(・)、というわけか」

「まあ、そうだな」


 ――両者、一瞬沈黙し、


「能わず!」

「!」


 ぢぃん! という金属音を立てて、シンの真横から飛んできた硬貨が弾けて落ちた。


「夢幻刀儀――いや、それだけではないな。価値干渉でこちらの攻撃を『斬ったことにした』か!」

「ご明察だよ、センエイ。これはバルメイス神の神威(カムイ)のまねごとだ。まあ、精度は当人に及ぶべくもないがね」

「……ライくんの剣か。そこから情報だけ盗んだな?」

「それもご明察」


 にやりと笑って――シンは、硬貨が飛んできた方に向き直った。

 果たして、そこにも(・)う(・)一(・)人(・)の(・)セ(・)ン(・)エ(・)イ(・)がいた。


「硬貨がこちらから飛んできた以上、こちらが本体であちらが幻覚――

 なんて判断はしないさ。どうせそのあたりも曖昧なんだろう、君は」

「おや、残念。引っかけられなかったか」

「……勘弁してくれないか? センエイ」

「聞けない相談だね」


 二人に分裂したまま、センエイはシンの言葉を鼻で笑った。


「『王子の二重性』。ある程度外道に落ちた身なら、誰でも知ってる話だ」

「だろうね」

「カイ・ホルサの霊統は、決まって『奥義』を求める。『奥義』――つまり、現存するあらゆる魔術系統に属さない、『新しい魔術』の起源たりうる現象をだ。そして、継承者はそれを手に入れるためには、文字通りなにも惜しまない」


 そう、それは有名な話だ。もちろん、『カイ・ホルサの剣士』なる存在をよく知っているような、闇の中の闇に住まう連中の間での話ではあるが。


「友情を育んだ友も、長く連れ添った妻も、それどころか次代の継承者が決まった後ならば自分の命でさえも――どんなささいな『奥義』でさえ、カイ・ホルサの蒐集の対象になった場合、対価は惜しまれない。

 これは人格に左右される話ではない。いわばカイ・ホルサの力と知識を引き継ぐための対価、呪いのようなものだ。シン、おまえがどんな人格者であろうと、『奥義』の蒐集のためであればおまえは平気で我々を裏切るだろう」

「その通りだ。これは僕がどうにかできるレベルの話ではない」


 シンはうなずいた。

 センエイは、軽くため息をついて、


「そこまでして――不可能を覆すために、そこまでするのか。カイ・ホルサは」

「するさ」


 即答するシン。


「二千年以上、挑み続けた不可能だ。しかもトマニオの神託には、この願いは成就せずと出てしまっている。つまり、神話世界の力はこの際、ほとんど当てにできない。

 ならば魔術はといえば、これも『不可能』という結論が出ている。最果ての街テンジクにおいて、三賢者から直接賜った言葉だ。そうなれば――」

「神秘ではなく、魔術でもない力を頼らざるを得ない、ということか」

「その通り」


 シンはうなずいた。


「そして、センエイ。君は正しい。実のところ、グラーネルはすでに僕に接触している。そのときは『奥義』の可能性をちらつかされただけだったが……」

「先の洞窟で私と別れたふりをして尾行し、そこで見いだしたな」

「やはり気づいていたか」

「気づくともさ。私の邪格のねつ造は、『観測者』の数に比例して難易度が上がるんだ。その私が『観測者』を見逃すはずがないだろう?」


 センエイの言葉に、シンは苦笑した。

 そして、そのときの光景を思い返す。


「そう、確かに見いだしたよ。レイクル・サバーリッチ――当人には見るべきところのない三下だが、あの邪格を持った人形はさすがに異様だ。さしずめ『魔狼』の類だろうが、その属性を人形に付与する技術には心当たりがない」

「だから裏切ると?」

「余(・)は(・)交(・)渉(・)に(・)足(・)る(・)と(・)判(・)断(・)し(・)た(・)」


 シンの言葉に、センエイは口を開き……閉じて、また口を開いた。


「難儀な呪いだな、それ」

「わかっていたんだろう? だからこそ、あのときサリではなく僕に声をかけたんだろうよ。いざというときに、こうして仲間と切り離して一人で『処理』できると踏んで」

「そうだ」


 センエイは言って、ぞろりと、大ぶりのナイフを取り出した。


「私は消耗を最低限に抑えて、おまえはヴォルド・テイミアスとフレイア・テイミアスを相手に全力戦闘後。さすがにこの状況では私に分があるさ」

「そう思うか。だけどね、センエイ」


 シンは言って、ぱん、と手を叩いた。


「真儀解放(クシャトリヤ・ブート)!」


 ぶおん、と空間がたわむ。

 シンのまわりの空間が、完全に異様に変質していた。シンが戦うのに最適化された世界へ。

 イェルムンガルド外殻とも異なる『世界の最適化』。シンが行うあらゆる行動は世界のバックアップを受け、後付けで『最適』だということになる。そのためならば、通常の物理法則ですら歪んでしまう。

 それを見て、センエイは口笛を吹いた。


「そいつがおまえの切り札だったよな、カイ・ホルサさんよ」

「そうだ。余が二千年かけて得た奥義の中でも、最も使いやすい――そして、最(・)も(・)呪(・)わ(・)れ(・)た(・)技が、これだ」

「ふん、よく言うぜ。それもどうせパクリじゃねえかよ」

「……否定はせんよ。だが、余には使えれば、後はどうでもいい」

「そりゃどうも。だが、私の二つ名の意味を知って、二度も目の前で技を見せるのは、さすがに迂闊じゃないか?」

「『偽物』のセンエイ・ヴォルテッカ。相手の技を一目見ただけで模写する天才――」


 シンはそう言って、苦笑。


「だが、いくらなんでも無理だろうよ。この技こそは我が霊統の真価。もし仮に模写できたとして、それは……」

「むかしむかしある場所に、世界のために生贄として捧げられた、かわいそうな女の子がいました」

「…………」


 さっ、と、シンの顔が曇る。


「まさか、センエイ」

「その女の子は努力家でした。世界のために捧げられたという事実を真っ向から受け止め、その役目を果たそうと努力して、努力して、努力して――そのためだけに、無(・)数(・)の(・)奥(・)義(・)を(・)自(・)作(・)し(・)た(・)んだ」

「…………」


 センエイは獰猛に笑った。


「名付けて『一〇八の奥義(ウパニシャッド)』。その中にひとつ、おまえの技術のルーツがあるよなあ? おまえたちの真儀そのものは模写できなくても、そっちだったら、私にもなんとかできる」

「本当にやるのか! センエイ!」

「修羅招請《クシャトリヤ・インストール》!」


 ごう、とセンエイのまわりの空気が、彼女の力を変質させていく。

 身体そのものが――否。魂そのものがまるで戦いに特化したかのように、獰猛に、異様に変容していく。


「同格の、奥義……!」

「そうだ、シン! 私の『偽物』を前に、ヒントを与えすぎたな――おかげで、ひとつ手が増えたぞ!」


 センエイは笑い、シンは口元を引き締める。

 そして。


 神秘同士がぶつかり合う、壮絶な戦いが始まった。

今回の技の解説:



1)『真儀解放』(クシャトリヤ・ブート)

種別:神威(カムイ)/奥義 習得難易度:95 知名度:D- 普及度:-

 『秘剣』の異名で知られる魔術師にして神、カイ・ホルサの霊統が持つ奥義。

 一〇八の奥義(ウパニシャッド)から「修羅招請《クシャトリヤ・インストール》」と「悪道楽土(カオス・レギオン)」の二つを借り受け、組み合わせて作られた技。まわりの空間を自分の力で浸食し、世界の法則すらも塗り替えて自分自身の戦闘能力を大幅強化する。

 この技はあまりにもカイ・ホルサ自身と結びついているため、奥義でありながら神威(カムイ)のひとつとして数えられる。故に、それが使える人間はカイ・ホルサ以外ではあり得ない。もしこれを使える誰かがいるとしたら、カイ・ホルサと世界から認識されることになるが……それはおそらく、不幸なことである。



2)『修羅招請』(クシャトリヤ・インストール)

種別:身体強化/一〇八の奥義(ウパニシャッド) 習得難易度:85 知名度:E- 普及度:E-

 上の真儀解放(クシャトリヤ・ブート)の元となった技。とある『魔王』が、神話世界の未来を決定づける戦いに備えて用意した決戦奥義の一つ。

 その実態は、自分の内部を自己改造し、戦闘のための身体に作り替えるものである。世界を浸食するのではなく、自己を変革させるだけの技なので、消費も難易度も真儀解放(クシャトリヤ・ブート)より低い。のだが……本来ならば『魔王』自身しか使えない技を無理やり他人が使っているために、大幅に劣化している。それですら圧倒的な難易度である。たとえカイ・ホルサの奥義を目にしたという特殊事情があったにせよ、これをあっさり再現できたのは『偽物』の二つ名を持つ大魔女、センエイ・ヴォルテッカだからこそ、であった。

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