六日目(1):悪党、手伝う
戦いというのは、終わった後の処理の方が往々にして大変なのである。
……というのが、ハルカの言。ちょっとうがち過ぎな発言にも思えたが、しかし今回は確かに、戦後処理は大きな問題だった。
指揮官であるチリギリを捕らえたとはいえ、さっきまで敵だった二千人以上の兵隊がまだ普通に集落の外にいるのだ。そして指揮官を捕らえたからといって、彼らが『生贄』であるキスイの命令に従うかと言えば、必ずしもそうではない。
チリギリによる『生贄』の弑逆未遂事件は彼らに相応の動揺を与えてはいたが、その内部の意見はおそらくバラバラだ。主流派はカシルの言葉に従っておとなしくしている方向のようだが、いまからでも『生贄』を捕らえてしまえば逆転できる、と考えている不穏分子は当然いるだろう。対策は怠れない。
そんなわけでものすごく忙しいことになった集落の中で、俺も当然のように仕事に駆り出されていた。
「結局、俺の所属ってすげー曖昧だよな。なんでこんなに働いてるんだか」
「自業自得だろ。特に今回、おまえは活躍しすぎた。名目上は隊商の護衛だとはいえ、岩巨人からすれば『生贄』を守って帰還した英雄。俺たちからしてもいっぱしの戦力だ。遊ばせておくのはもったいない」
俺の愚痴のようなつぶやきに、律儀に言い返したのはコゴネルだった。
観察していてだんだんわかってきたのだが、どうやらこのコゴネルがあの魔人たちのリーダー的存在らしい。コゴネルより強い奴はいるが、責任感かリーダーシップのどちらかが足りない。それにコゴネル自身もペイが言っていた通り、普通に有能で器用で、だいたいなんでもできる。適任なのだろう。
「で、これからなにしに行くんだ?」
「情報収集。まだわからないことが多すぎる。さっきセンエイがボロボロの体で帰ってきたが、シンは行方知れず。おまえらと戦ったっていうフレイア・テイミアスの情報もからっきしだ。せめてこちらでできる限りのことをしておかないと、最悪不意打ちで全滅しかねないだろ」
「そりゃそうだな。で、具体的にはなんの情報を集めるって?」
「俺たちが持つ、敵が確実に予想していなかった幸運がひとつだけある。敵とつながっていた相手を一名、五体満足かつ友好的に味方に引き入れることに成功したんだ。これはおまえの手柄だぞ、ライ」
「? ……ああ、つまり、そういうこと?」
「そうだ」
コゴネルは言った。
「カシル・ヴァロックサイト。……いや、岩巨人にこの呼び方はまずいんだったか? ともかく、彼女から話を聞こう。一つでも多くの情報が欲しい」
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「そうは言うがな。私が持っている情報などたかが知れているぞ?」
軍隊の野営所は、集落の外、森の中にある。
いや、正確に言うと森の中に洞窟への入り口がひっそりとあって、その洞窟の内外にある空間を活用して野営しているのだ。
そこで指揮を執っていたカシルは、俺たちが来るや否や会談と称して人払いをして、そして疲れた顔で茶を用意して飲み始めた。どうやら、休憩の口実に使われてしまったらしい。
「しかし、どうやってこんなところにある洞窟を見つけたんだ?」
「そこはそれ、その妖術師殿の情報網だよ。
神話の時代、神と大巨人はいろいろなところで戦ったが、特にこのあたりは地中の要塞の跡が多いんだ。それらは古代のネットワークで、はるか北側にある我らが帝国ともつながっている。
だが、さすがに帝国からここまで離れたらまともな地図は手に入らないからな。そこを工面してくれたのがあの妖術師殿、というわけだ」
「そういえば言ってたよな、そんなこと」
このあたりの地図を提供してもらった、という話は、たしかに聞いた気がする。
カシルは頭をかいて、
「ともかく、当座の食料を得る方法を考えないといけなくてな。遠征のための資材にも限界がある。いまはみんな混乱しているから反乱の気配はないが、このままだとそれも怪しいところだ」
「キスイの威光だけじゃ腹は膨れないってことか」
「言いたくはないが、そういうことだよ」
カシルは渋面で言った。
「ここにいる兵の八割は傭兵、残りはチリギリの領民からの募兵だ。どちらもチリギリが成功してこそ報酬を得られる立場だが、失敗が決まった以上は赤字確定だ。
傭兵は、前金をもらっているからまだなんとかなる。だが、領民は悲惨だろうな。チリギリはこの遠征のために帝国の法をいくつも踏みにじっている。勝てば全部チャラにできる算段だったのだろうが、その目もなくなった。彼は重罪人として裁かれ、おそらくはその補償に領土からなにもかもが巻き上げられるだろうな」
「うーん……」
そう考えれば、『生贄』に反逆してでも実利を得ようとする連中が出てくるのも不思議ではない。
せめて相手にも利益が出れば、おとなしくなってくれそうなものなんだが……
「なんとか稼げる方法はないのか? ほら、洞窟緑竜を殺して肉を売りさばくとか」
「おまえむちゃくちゃ言うな。竜なんて本来、死人なしで狩れる相手じゃないぞ。
それに無駄だろうよ。たとえ死ぬ気で戦って竜を狩って金貨二万枚とかになったとしても、こちらには二千人いるんだぞ? 等分すれば金貨十枚だ。せいぜいその場しのぎにしかならん」
「うああ、確かに!」
そう考えると確かに、人数の多さというのは大いなるネックである。
カシルはため息をついて、
「まあそういうわけで、うちはいま今後の身の振り方を考えるので精一杯だ。質問には答えるが、あまり長く時間は取れんぞ」
「それでいい」
コゴネルはうなずいた。
「こちらも多くのことを聞きたいわけじゃない。俺たちが今回引き受けた仕事は、その妖術師、グラーネルの討伐でね。情報が欲しい。少しでも多く」
「そうは言ってもなあ。基本的に敵の籠絡の対象はリーダーであるチリギリだ。あいつに聞いたらどうだ? 適当に痛めつければ全部吐くだろ」
「あれはうちの捕虜って言うより、岩巨人たちの捕虜だからな。俺たちで好き勝手に拷問するってわけにはいかないんだよ」
「そうか。しかし私もあの薄気味悪いじいさんのアジトには数回行ったが、地下のワープゲート経由だったからな……ああ、ただ、予測ならできないことはないか」
「位置の予測ってことか?」
「ああ。ワープゲートの配置から想像できる方角、それに加えて普通は見つからない場所となれば、私にも推測がつく。おそらくそちらも多少は予想できているんじゃないか?」
「……ってことは、つまり、あそこか」
「そう。あそこだろう」
「いや、二人で納得してないで教えろよ。どこだよ」
俺が口をはさむと、コゴネルはため息をつき、カシルは苦笑した。
「ここから少し北に、やっかいな土地があるらしくてな。私が予想する限り、あの妖術師のアジトはそこにある。きっと攻めるのには苦労するだろう」
「どんな風にやっかいなんだ?」
「私も深くは知らんよ。それこそ外法師たちの領分だ。そうだろう? コゴネル殿」
「ああ」
コゴネルはうなずいた。
「無地の燎原。神話の時代の古戦場だ。……こいつは、困ったことになったぞ」




