閑話(9):ある勝利
「よかった。見つけられました」
わたし、サリ・ペスティは、そんな言葉をかけられてようやく目を覚ました。
左腕には『新月』が刺さっている。どうやら、暴れ出した魔物を止めることには、一応成功したらしい。
そして、目の前にいるのは。
「ハルカ……?」
「センエイの馬鹿者が、力を使い果たしてへばっておりましたのでね。私も本調子ではないのですが、迎えに来ました」
「そう。卜占でわたしの居場所を見つけたのね」
言って、ふう、と大きくため息。
ハルカはわたしの左腕から『新月』を抜き取り、
「報告はセンエイから受けています。『人でなし』のレイクル・サバーリッチ……どうやら、強敵であったようですね」
「……ごめんなさい。戦いについてはほとんど覚えてないの」
そう、覚えてなかった。
初手でいきなり精神に入り込まれ、魔物を暴走させられた。その後のことはほとんど覚えていない。
夢の中で戦っていたような感覚だった。それでも、やったことだけは覚えている。
「どうやって対処したのです? レイクルと言えば有名な外道。危険な仕事には遠くから人形を使い、ほとんど誰の前にも本体を見せない悪辣な魔人であると聞いています」
「うん。でもたぶん、あの人形の操作には距離制限があると思う」
「距離制限?」
「わたしの目の前に現れた人形の他に、この周囲に百体ほど別の人形がいた。たぶん、レイクルは人形を通じて別の人形を操作することで、射程距離を伸ばしているんだと思う」
「それで、どうしたんです?」
「片っ端から破壊した。たぶん、この洞窟にも地上にも、一日で人間が移動できる範囲にはレイクルが操作できる人形は残っていないと思う」
言葉を聞いて、ハルカは苦笑したようだった。
「『逆さ螺子の虐殺者』の面目躍如ですね。レイクルも、さすがにそれだけの人形を失っては痛手だったでしょう」
「そうかな」
「はい。ですから、この戦いはサリ・ペスティ、あなたの勝ちです。誇ってよろしいかと」
わたしは、ハルカの言葉をぼうっとして聞いていた。
実感がわかない。
レイクルの言葉を思い返す。あの、いまいましい言葉を。
(わたしが、支配されることを、望んでいる……?)
そうかもしれない。
「ハルカ」
「はい」
「ハルカは、どのくらい、この結末を予見してたの?」
言われてハルカは、少し考えて、
「三番目くらいです」
「三番目?」
「はい。悪い方から三番目」
「一番悪いのは?」
「サリが、わたしたちが巻き込まれた戦争どころではない大惨事を予知して、それを防ぐために戦って失敗する。そんな可能性を考えていました」
「二番目は?」
「サリが、弱点を突かれて敗北する可能性です」
「弱点……?」
「はい」
ハルカはしっかりと、わたしの目を見てうなずいた。
「前々から思っていました。あなたは、疲れ切っている」
「…………」
「そもそも、魔物に精神へと寄生された人間が、半年も保っていた例をわたしは知りません。たいていはやっかいなものに変異して、取り返しがつかない災厄をもたらします」
「それは……」
「それを防げているあなたの胆力と精神は、超人的と言ってもいいでしょう。おそらくは物理的な戦力よりも、それこそがサリ・ペスティの真骨頂なのだと思います。
ですが、それは無尽蔵に耐えられるということを意味してはいない。あなたはずっと……十年近くもの間、ずっと綱渡りをしてきたのでしょう。耐えきれる、ぎりぎりのところで踏みとどまっていたのでしょう」
ハルカは、そう言ってため息をついた。
「その隙を突かれれば、あるいは、と思っていました。相手側から、その苦痛から解放されるような取引を持ちかけられれば、もしかするとあなたは誘惑に屈してしまうかもしれない。そして、それはあなたにとってはむしろ幸福であるとすら言えることだから――あなたには、予知できない」
「……そうね」
「だからこそ、あなたの勝ちだと言ったんです。おそらくレイクルは、私の考える最悪の戦法を採った。あなたはそれを予知できなかった。そして……それにもかかわらず、レイクルの目的は果たされず、あなたは生き残った。私は――」
ハルカは、珍しく少し笑って、言った。
「私は、あなたの友人として、それを誇りに思います」
「…………」
「無駄話が過ぎました。少し休んだら、集落へと帰還しましょう。おそらく、もう戦いは終わっているはずです」
「ハルカ」
「はい」
「ありがとう」
わたしの言葉に、ハルカは答えなかった。
わたしは、小さく吐息して、彼女に聞こえないようにつぶやいた。
(そう、たしかにわたしは勝ったのかもしれない。けど……)
身体に刻まれた、確かな恐怖と共に、続ける。
(――次は、勝てる?)
【お知らせ】
この部でもって連続更新はいったんおしまいです。
次回更新がいつになるかは未定ですが、なるべく早く再開できるようにがんばります。
では。




