五日目(8):決戦! 岩巨人の司令官-1
以下、このときは聞く余裕がなかった、ここに至るまでの事情。
二千の兵士に対してテンの新兵器などで優勢に戦っていた集落側だったが、いくらなんでも兵力の差がありすぎる。洞窟を回って裏側から侵入する経路も簡単には防げない以上、戦いが長引けば陥落は免れ得ない。
だから魔人たちは相談の末、奇策をひねりだした。つまり、マイマイの幻術で岩巨人に偽装したコゴネルを敵陣に送り込み、口八丁で司令官を誘い出したのである。
具体的には、『生贄』を差し出すから命だけは助けてくれ、という訴えを軸に、相手の猜疑心と虚栄心をたくみにくすぐり、『司令官自身で行かないと『生贄』を奪って逃げようとする不届き者がいるかもしれない』『手柄を横取りされないためにも、司令官自身が行った方がいい』『敵はしょせんたいした数じゃないから、数十名くらいの兵士を連れて行けばどうとでもなる』みたいなことをささやいて誘導。
そして適度な大きさの、完全封鎖できる地下の広間に敵司令官と数十人の兵士たちを誘い出したところで、精霊魔法で退路を断って、伏せておいた岩巨人と魔人の混成部隊で包囲完成。
というタイミングで、ちょうど俺が合流したのだった。
「……どうしてこうなった!?」
というわけで、ちょうど俺がその広間に入ったときに聞こえてきたのが、その声である。
敵兵士は精鋭とおぼしき岩巨人が数十名。その中で最も豪華な鎧に身を包んだ、おそらくは司令官とおぼしき男の言葉であった。
この広間には入り口が三方向あるが、そのうちのひとつである俺がやってきたところには、堅固な陣地が敷かれ、ペイによって怪しげな兵器が設置されているところだった。他に目立つ戦力としては、リッサと、岩巨人の弓兵隊と槍兵隊がそれぞれ数名。
向かって右側にある、おそらくは集落側の入り口だと思われる通路のところにも、同じような陣地。そちらにはマイマイとミーチャの姿が見える。また、岩巨人たちはこちらよりも多かった。集落の防御陣地を兼ねているからだろう。
そして最後。俺から見て敵をはさんで反対側にある通路には、魔法でできたとおぼしきうっすら緑色に光る障壁が行く手を遮っていた。
その後ろで腕を組んでいるのはコゴネル。俺のことを見つけたのだろう、手を振っているのが遠目に見えた。
「あいつ、あんな派手な魔法使えたんだな」
つぶやくと、ペイが意外そうな顔で言った。
「なんだ、知らなかったのか? 確かにあいつは魔人の中じゃ地味に見られがちな精霊使いだが、オーソドックスな技術をオーソドックスに極めてる。ハルカとかセンエイみたいな規格外組を除けば、魔人の中でも最上位クラスだぞ」
「マジかよ」
改めて、人は見た目によらないと実感する。コゴネル、ちょっと目つきが悪いだけの気のいい兄ちゃんじゃなかったんだな。
「降伏しなさい! あなたたちは完全に包囲されている!」
「馬鹿め! まだこちらの方が人数が多いのだ……! まだ負けていない!」
騒いでいた司令官の男は、そこで俺たちに気づいたようだった。
「カシル・ヴァロックサイト! 貴様、裏切ったか!」
「うわあ……」
キスイが、ドン引きしたような声を出した。
「どうした?」
「いえ、ライさまは知らないと思いますけど、岩巨人の貴族を家名込みで呼び捨てって、わたしたちの文化圏じゃひどい侮辱なんですよ……」
「そうなのか」
「そこにいる小娘が『生贄』だな! 裏切っていないというのならいますぐそいつを連れてこちらに来い! この際、生死は問わぬ!」
「……あっ」
終わった。俺は確信した。
カシルは、はあ……と、ため息をついた。
「結局こうなるのか……頑張って戦っていた私は、いったいなんなんだろうな」
「ですよね……」
リッサが、苦笑しながらうなずいた。
「そういえばリッサ、おまえら神官ってこれに簡単に介入しちゃいけないんじゃないのか?」
「それもコゴネルさんのお手柄ね。風の魔法で、あの司令官が『生贄』を殺して神器を奪い取ろうとしている証拠音声を送ってくれたんで。神格持ちの危機ともなると神殿にも保護義務が発生するんで、それでボクたちも参戦することに」
「つくづく、地雷踏みまくってるな。あの敵司令官」
「カミルヘイムの君!」
カシルが叫んだ。
「あなたに問いたい――あなたは『生贄』をどうする気なのか! 岩巨人の民として『生贄』を帝国に帰還させたいという気持ちはわかる。だが現『生贄』を害そうとはどういうおつもりか!」
ざわり、と、岩巨人の兵士たちがざわめいた。
改めて、『生贄』に対する畏敬を思い起こさせられたのだろう。岩巨人の中では、『生贄』に対する信仰はまだ死んでいない。それは、この兵士たちも同じなのだ。
司令官の男も、まずいと思ったのだろう。慌てて反論した。
「ば、馬鹿なことを! こんな田舎集落が認定した『生贄』など、誰が認めると言うのだ! サーラフィージョの聖神殿にて儀式を行った娘が『生贄』である!」
「その割にはさっき、『生贄』を連れてこいって言ってたよな」
「ええい黙れ! 部外者のガキがなにを言うか!」
俺の言葉に、むきになって叫ぶ司令官の男。
だが、反論できないから罵倒に走るというのは、この種の論戦では負けを認めるも同然なわけで。
「つまり、そういうことらしいな。カシル」
「……チリギリ・カミルヘイム」
低い声でつぶやいたカシルに、司令官の男――チリギリが、うろたえたように一歩下がった。
が、そこで……剣に手をかけていたカシルを、そっと抑える手。
「ア・キスイ……?」
「それ以上は。ここは……わたしが収めます」
言って、キスイは前へ出た。
【余談】
岩巨人の名前文化について補足します。
基本的に岩巨人は家系をそれほど重視しません。インフォーマルな姓は持っているのですがそれはあくまでインフォーマルなもので、正式に名乗るときには名前だけを名乗ります。
ですが貴族は、家名を公式に持っています。この場合の家名はとにかく名誉あるものなので、敬意を込めて呼ぶときには「『家名』+『の君』」で呼ばれます。
カシルであれば、普通の呼び名は『カシル』で、目下からは『カシル様』と、最上級の敬意を持って呼ばれる際には『ヴァロックサイトの君』と呼ばれるわけです。
ところが『カシル・ヴァロックサイト』という呼び名は、『おまえの家名など平民の名前程度の価値しかない』とばっさり切って捨てた言い方になるわけです。だから岩巨人の文化だと、名誉ある貴族の権威を踏みにじるような言い方に聞こえるわけですね。
ちなみに、ヴァロックサイト家の貴族がその場に二人以上いる場合には普通は『ヴァロックサイトの君』を使いません。単純に紛らわしいのと、片方に過剰な敬意を表するのは角が立つからですね。この場合は『カシル様』というような普通の呼び名が使われるのが通例ですが、『ヴァロックサイトに連なるカシル様』という特殊な言い方などもあります。ただしこれを『家長』に言うとこれはこれで角が立ちます。この辺の規則はかなり入り組んでいるのですが、どのみちこの設定はこの小説では全然出てこないので、ただの裏設定だと思って聞き流してくださって大丈夫です、




