三日目(10):悪党、部屋を替わる
「らーいーくーんっ」
「のわあっ」
後ろからがばあっ! とつかみかかってきたセンエイを、俺はかろうじてかわした。
宴の後、部屋に帰ろうとした矢先にこれである。こいつは……
「なんだよなんだよこいつ全然飲んでねーじゃん。飲み直しだ! 来い!」
「うるせえ黙れ。おまえとは違うんだよ」
「おーおーそうかよ。ちびのくせにモテまくりの男は違いますねーだ」
「ちびのくせは余計だ。ていうか、なんだって? モテ?」
「おうよ。尻尾はつかんでるんだよ。おまえがあのかわいい『生贄』ちゃんと二人でしっぽりしてたことはばっちりリサーチ済みなんだからな」
「……言っておくが、神話の話を聞いてただけだぞ?」
「だーれが信じるんだよボケ」
「いや、ていうか……おまえ、サリとリッサだけに飽き足らず、キスイにまで手を出す気?」
「テメエいま被そうとしてる節操なしキャラをこっちに向けてくんじゃねえ! 私はサリ一筋だっての!」
「どの口がそれを言うんだよ」
「このプリティでキュートな私の口が信じられねえってのかよ人でなし!」
「うっわ……」
「絶句するなよ! 私もいま言ってて形容詞に違和感あったよ!」
わめきちらす酔っ払い。普通に迷惑である。
センエイはくねくねと気持ち悪く動きながら、
「ふふふ、しかしここでライくんと『生贄』ちゃんが既成事実を作るのは好都合なのだよ。私がサリの心に忍び寄る絶好のチャンスになる」
「おまえ、その桃色思考なんとかならないの?」
「黙れ小僧。酸いも甘いもかみ分けた大人な私のぱーへくつぷらんだとこうだ。傷心に凍えるサリの心、そこに現れる一筋の光!
『ライのばか……』『ほっとけよあんなやつ。しょせんそういう男だったんだよ』『センエイ、ありがとう。あなただけがわたしの支えね』……ふふふ、いける、いけるぞ、今度こそサリは私の、っておいこらどこ行った無視すんなガキ!」
「いや、付き合ってられなくて……そういう妄想は部屋帰ってやれ」
「なんだなんだおうこら喧嘩か喧嘩売ってんのかちびすけ!」
「煩い」
ごがぎんっ! と音がして、センエイの頭が顔面から地面に突き刺さった。
「が、もが……きゅう」
「あー、サリ、ご苦労さん」
「別に苦労はしてない。黙らせればいいだけ」
サリはいつも通りの無表情で言って、それから視線を俺に向けた。
「ライ、リッサが呼んでた」
「え、マジ?」
「うん。なんか話があるって。早く行った方がいい」
「ふ、ふふ……サリ、やはりその男は信用が……私こそがおまえの……」
「とりあえず、この酔っ払いはわたしが部屋に放り込んでおく」
言ってサリはひょいっとセンエイの身体を抱えて、そのまま去って行った。
すっかりセンエイ係である。かわいそうなので今度どこかでなにか飯でもおごってやろう。
「っと、さて、リッサだっけか」
つぶやいて、俺はリッサがいるだろう部屋の方へと向かうことにした。
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「で、おまえはなにをしてるん?」
「介抱です」
ジト目で言った俺に、ドッソは静かに答えた。
その腕には完全に酔い潰れたジロロが抱かれており、「うへへぇ~い」とかなんとか奇声を上げながら見事に寝ている。
「序盤、暴れるセンエイにあきれたような目を向けていた割には、終盤は完全に泥酔してたな……」
「やむを得ません。自我を失うほど酔うことは、祭祀長としての役目の一つです」
「そうなのか?」
「彼女の自己申告ですが」
「…………。
それ、だまされてない?」
「たとえ口八丁だとしても、役目の長がそうだと言っているものを証拠もなく否定はできませんので」
「あー、政治的な話か。おまえも苦労してるな」
「いえ。この程度ならたいした苦労でもありません。では」
ドッソは一礼して、んごごごごごといびきを発するジロロを連れて去っていった。
俺はふう、とため息をついて、
「で、なんでおまえはドッソとしゃべってたん? リッサ」
「ちょっとね。この集落の人に言づてしておこうと思ったことがあったんだけど……完全に酔い潰れちゃってて」
「ああ。さっき、元『生贄』だって言ってたな。やっぱり集落では偉い立場なのか」
「まあ、彼女もそうだけど、ドッソさんもね。狩り役って言ってたけど、たぶん人間の街における警備隊長みたいな立場だよ、あの人」
「だろうな」
なにしろあの体格である。岩巨人は宴会にたくさん参加していたので一般的な体格は見たが、どいつもこいつもたしかにでっかいものの、ドッソのあのサイズほどではなかった。
あれほど規格外な奴なら、それ相応の地位にいてもおかしくはない。
「で、俺も呼び出されたと。なにかあったか?」
「ええと、申し訳ないんだけどライ、部屋替わってくれない?」
「え?」
「いや、個人的なことで本当に申し訳ないんだけど。ボクも一応高原小人族なんで、空がない環境がどうも苦手で……なので、窓がある部屋に移りたいなって」
「ああ、そういうことか。だからドッソに話してたんだな」
警備する側からすれば、最重要の護衛対象である俺の部屋を勝手に替えられたら困るだろう。だから警備担当のドッソに、あらかじめ言っておく必要があったのだ。
「いいよ、替わっても。俺は窓がなくてもなんとかなるから」
「ほんっとごめん! ありがとう!」
「いいって。じゃあ、さっさと荷物移しちゃおうぜ。それとまわりにも一応部屋替えるって言っておけよ」
「うん、わかってる。ありがと!」
リッサは言って、にっこり微笑んだ。
そんなわけで、俺は荷物をまとめて、リッサの部屋に引っ越した。
またも乱入したセンエイに変な言いがかりをつけられたり、そのセンエイを音もなく死角からサリが締め落としたりといろいろあったが、後はたいした事件もなく。
ただ、部屋を替わる直前。窓の外で揺れる森を眺めた際に妙な胸騒ぎがしたのが、少しだけ気になった。
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「ふふふ。朝はとんだ邪魔が入ったが、今度こそ逃げられぬぞ神めが!」
「残念ながら確認できなかったが、どうせここじゃろう。客間として最高級の、窓がある部屋。くくく、わらわの目にごまかしはきかぬわっ」
きぃぃ……ぽいっ。
「ふ、悪夢におびえて泣き叫ぶがよいわ! ふははははっ」
ばたん。
「ひああああああああーーーーーーーーっ!?」




