三日目(8):悪党と宴席、そのいち
そして、夜。
「はい、それではみなさん、食前のお祈りを……」
「いっただっきまーす!」
「待てこらクソガキ」
がしぃ! と、フライングしようとしたマイマイの顔面をペイがわしづかみした。
「むきゃー!? なによペイ! おなかすいてるんだから邪魔しないで!」
「お祈りって言われただろが。おまえも魔女ならこういうときのいっぱしのマナーをだな」
「グリートくん、ごー! こいつやっつけちゃえ!」
「へ? おおおおおいらがですか!?」
「ほう……やるか妖精。ん?」
ぱきぺきと指を鳴らすペイ。びびり散らすグリート。その隙をついて食べ物に手を伸ばそうとしたマイマイ。それを止めるコゴネル。
俺はため息をついて、
「当然ながらあれは無視していいぞ、キスイ」
「あ、あはは……はい。
では、各自、己が魂を預けるものに感謝の祈りを」
「おいしい酒に祈りを!」
「センエイ、くだらないヤジをやめなさい」
「そういうハルカはなにに祈ってんだ?」
「氏族の祖霊ですが、なにか」
「……あー。森小人ってそれ系だっけ」
後ろで馬鹿やってる二人組も無視して、俺はとりあえず目を閉じた。
(しかし俺はなにに祈ればいいんだろうな……悪党の神とか?)
いるかどうかもわからない概念になむなむしていると、キスイの声が聞こえた。
「では、堅苦しいのはここまでとして、宴を始めましょう。――いただきます!」
「「「「いただきまーす!」」」」
「おっしゃああああああ! 酒だ! まずは酒! いちばんいい酒を頼む!」
開始と同時に酒樽に突っ込んでいくセンエイを見て、キスイは俺に耳打ちした。
「えっと、ライさま……あのひと大丈夫ですか? 岩巨人のお酒、ちょっと人間には強いんですけど……」
「俺にはわからんけど、まあ大丈夫だろう。あいつが暴れ出してもなんとかできる奴がこの中にいるし」
「うん。ほっとくと暴れ出すから、そのときのために待機してる」
ふんす、と俺の横でサリが胸を張った。
ていうか、この言い方だとサリ、予知したんだな……そしてやっぱ暴れるのか、センエイ。
まあ、それはともかく。
(俺、あんまり酒、強くないんだよな。どうすっかな……)
こういう時に酒に強い連中に巻き込まれるとろくなことにならない。そう思って俺はあたりを見回したのだが……リッサがけっこうな大ジョッキをんぐんぐしているのを見て、あいつには近づかないことにした。
次いでスタージンとバグルルをちらりと見て、やはり視線をはずす。なんかもう空ジョッキが山になってた。あれはヤバい。
かといって未だに乱闘騒ぎをしているマイマイとペイとコゴネルには近寄りたくない。シンが無難かなと思って目をやったらちゃっかりセンエイと飲み比べをしていた。横にはいつの間にか移動したサリが、完全に気配を消したままスタンバイしている。
他、クランという手も考えたが、そもそも俺は魔人や神官連中と違って普通の隊商のメンバーとはそこまで親しくなっていないのだ。こういう場でご一緒するのはちょっとまだ抵抗がある。
そんなわけで、俺は知り合いの中では比較的無難と思われる人間のところに行くことにした。
「おや少年、よりによってこんなところでいいのですかな?」
「ここがいちばん静かに食事ができそうなんでね。混ぜてくれ、テン」
言いながら、俺はテンの向かいにどかっと座った。
と、隣にいた女が、じろりと俺を見た。
「横にいる私にはなんの気遣いもなしですか。なってないですね、少年」
「気遣って欲しかったのか? ええっと……ハルカだっけ」
「当然でしょう。……まあ、名前を覚えていたことだけは評価してあげます」
言いながらハルカは、テーブルに置かれた数人前のサラダ盛り合わせを一人で独占するかのように抱え込んでもっしゃもっしゃしていた。
あー、そういえば森小人って肉、食わないんだっけか……
「なんですかライナー少年。まるで私が奇行でもしているような視線ですね」
「いや、別に。一応俺にも森小人の知り合いはいるし、そいつも野菜ばっか食べてたなと」
「それはまた偏食ですね。栄養状態が心配です」
「……いや、おまえが言う?」
「勘違いしないように。私をはじめとして、森小人の大半は別に菜食主義者というわけではありません。単に、肉のくさみが極端に苦手なだけです。
だから香辛料をたくさん使った料理や、においを消すほど大きく加工した肉なら食べられるんです。ですが……ここにはなさそうなので」
「あー、たしかに」
岩巨人の料理を見渡しながら、俺はうなずいた。
たしかに、どっちかっていうとここにある肉料理は、素材の味をそのままって感じだしな……
と思っていると、すっと俺の前に皿が置かれた。
「少年、とにかく食べなさい。こういうときはまず腹を満たすのが優先です」
「お、おお、悪いな。じゃあ遠慮なく」
「そうです。年齢から推察して少年はいまが成長期。この時期になにをどのくらい食べたかで最終的な背丈の伸びが決まりますので、背を伸ばしたかったらまずは食べなさい」
「マジで!?」
「森小人の栄養学をなめないように。統計もあります」
小さく不敵に笑って、ハルカ。
マジか。ドカ食いしなきゃ。と思っている俺に、正面のテンが笑って、
「森小人族、肉嫌いのせいで偏食が多いですからなあ。それを補うために、栄養についての知見がとても発達しているのですよ」
「あ、そういう」
「そして基本的にそれらは森小人のデータを元にしているので、人間だと誤差があります。まあ、縦に伸びるか横に伸びるかはそのへん次第ですなあ」
「…………」
俺がちらりとハルカを見ると、しれっと視線を外してサラダをかっ込んでいた。
逃げやがったな、この野郎。




