三日目(6):悪党と神話の流れ
「そもそも、ライさまは神話についてどのくらいご存じなのでしょう?」
キスイの言葉に、俺は正直に答えた。
「まったくと言っていいほど知らない。さっき、一緒に来たリッサの奴に女王を知らないって言ったらあきれられた」
「リッサとは……ああ、ええと、リクサンデラさまですか。
まあ、わたしは祭り役ですし、リクサンデラさまは神殿の所属ですから。世間の常識と逆にずれているかもしれませんね」
「いや、どうだろ……俺が不真面目すぎるだけかも」
なにしろ、神殿の日曜祭礼の説教をまともに聞いていた試しがない俺である。
「リッサが言うには、俺の剣の持ち主であるバルメイスが上級神で、女王はさらに上の主神級、って話だったが」
「ああ、聖教式ですね」
「聖教式? なんか聞いたことあるなそれ。なんだっけ?」
「ほら、この地方の神殿って、ファトキアの大聖堂が仕切ってるじゃないですか。
そのファトキアが定める神・大巨人の格付けをファトキア式、もしくは聖教式と呼ぶんです。我々岩巨人にはあまりなじみがないですけど」
「そっか。地域差があるんだな」
「まあ、岩巨人の方だと逆に、女王以外の神や大巨人にはほとんどまったく触れないのがほとんどですから、こちらはこちらで極端なんですよね。
なので地域差を超えて話す時には、トマニオ等級を使うのが一般的ですね」
「トマニオ等級って?」
「聖典の街。ここから遙か南東にある聖地トマニオに伝わる、最も伝統ある神・大巨人の格付け法です。
トマニオの伝承によれば、この世界には表の世界としての我々が住む世界の、その裏に『聖典世界』と言われるもうひとつの世界があるんです。そして、トマニオにはその入り口である無限図書館と行き来できる扉がある……と、言われています」
「それ、本当なのか?」
「どうでしょうね? わたしも、実際に行ったわけではないので。
ただ、その無限図書館に行くと、我々の世界で起こったことや、これから起こることの予言が満ちあふれているそうで、選ばれた聖典の巫女が、その予言を整理して神託として持ち帰るんだそうです。そして、その神託によって定義されたのが、トマニオ式神託等級。略して、トマニオ等級って言うんです」
話しながら、俺たちは複雑な壁画が描かれた通路を歩いて行く。
「トマニオ等級だと女王は二級、バルメイス神はたしか、三級じゃないでしょうか」
「それってどのくらいすごいの?」
「うーん……どう言えばいいんですかね」
キスイは少し考えてから、
「そうですね……普通の人間は、特に等級は振られていないんですけど。あえて振るとすれば、十級です。
神殿で必死で修行して、徳を高く積んだ方が聖人と呼ばれるようになって、そこでようやく九級。ここからトマニオの正式な等級に載ることになります」
「なにか特典あるの?」
「世界が味方につくんですよ」
「……?」
よくわからなくて、俺は首をかしげた。
キスイはうーん、と考えて、
「なんて表現すればいいんでしょうね。つまり『神話』っていうのは、過去、現在、未来に渡る『世界の流れ』そのものなんですけど。
その『神話』の力を、長い修行の果てに得た人が『聖人』って言われるわけです。九級や、八級にまで至る方もいらっしゃいます。その結果としてどうなるかと言うと……」
「どうなるかと言うと?」
「ええと……すごく俗っぽく言うと『ラッキーになる』んです」
「え?」
唐突に出てきた、ものすごいふんわりワードに俺は戸惑った。
「ですから、『神話』は『未来』を記述しているんです。だからわたしも、神話の流れを見て未来予知をしたりできたわけですけど。
神格等級を持っている人は、その『神話』に愛されているわけです。だから神話は、未来をそのひとにとって都合がいいようにねじ曲げるんですよ」
「その結果が、『ラッキーになる』ってわけか……」
「そうです。遠くから矢で狙撃されたけどたまたま突風が吹いて逸れたり、近くから襲ってきた敵がたまたまけつまづいて転んだりします」
「そういう具体例を出されると、なんか地味だな」
「まあ、聖人と言っても結局は『人』ですからね。ただし、七級、つまり『亜神』と呼ばれる領域に足を踏み入れた方々にまでなると、この『ラッキー』というのが物理的に作用し始めます」
「物理的に?」
「自分のまわりの運命を塗り替える『防御壁』を張れるようになるんですよ。『イェルムンガルド外殻』と言うんですけど……その場では、自分を傷つける可能性のあるあらゆる行為が禁止されます。下級の魔物は触れただけで蒸発しますし、人間でも下手に入り込もうものなら吹っ飛ばされますよ」
「派手になってきたな!」
やばい、ちょっと見たい気がする。
「キスイもそれ、張れるのか?」
「頑張ればなんとか。とはいえ、わたしはまだ未熟ですので。
修行のおかげで、四級まで神格を上昇させることはできるようになりましたけど……呼吸に換算して、五回が限度です。それ以上の時間は、わたしの身体が保ちません」
「そういうものか」
「はい。ですが、ライさまは……」
「?」
キスイはちょっとためらいがちに、言った。
「才能なんでしょうか……常に神格を保っておられるように見えるんですよね。わたしはそれができないので、すごいと思います」
「そうなの?」
「六級くらいの神格が常に取り巻いてます。最初に会ったときも、いまも。どうしてそうなっているのかは、わたしにもわかりませんけど……わたしには、できないことです」
言われて、俺は自分の身体を見回してみた。
……特に変わらない、いつもの自分の身体である。
「自覚がないなあ。そもそも、俺、バルメイスの剣置いてきてるんだけどな」
「へ? ……ああっ!? ホントだ、持ってない……!」
「え、そんなに驚くこと?」
目を見開いて言ったキスイに、ちょっと引き気味に返す。
キスイは興奮した口調で、
「それは驚きますよ! わたしでは到底できないことですから!」
「え、でもそっちもアレ、いまはしてないじゃん。例の手枷」
先ほど出迎えてもらったときにしていた大きな鉄の手枷を思い返しながら言うと、キスイは苦笑した。
「あれは『生贄』の正装であって、女王の神器じゃないですよ」
「あ、そうなの?」
「はい。神器はこっちです」
じゃらっ、と、キスイは服の下からペンダントを出してみせた。
「これを身につけてないとわたしは大巨人としての力を振るえません。でも、ライさまは違うんですね」
「まあな。というか、呼び出せば手元に来るからな、あの剣。そういう差があるんじゃないかな」
「なるほど……! そういうタイプの神器なら、いろいろ違うのかもしれませんね」
深くうなずく、キスイ。
なんか自分を納得させてる感のある口調だったが、俺は見なかったことにした。
「それで、さっきからけっこう歩いてるけど、どこに向かってるんだ?」
「ええ。ちょうど着きました。いま、わたしの力で明かりをつけます」
キスイは言って、ペンダントに手を当ててなにかを唱えた。




