三日目(4):悪党、神秘と出会う
岩巨人というのは、人間社会の北方に位置する広大な荒原に住まう、人間と敵対的な種族である。
「敵対的といっても、しょっちゅう戦争をしてるってほどでもない。ただ、お互いにあまり近寄ってはならないっていう不文律みたいなものがあって、岩巨人の帝国と人間社会はあまり干渉したがらないんだよね」
「そういうものか」
リッサの言葉に俺はうなずいて、それから先を行くドッソを見た。
すでに洞窟の中。暗がりなのに、不思議な苔によって薄い光に包まれ、たいまつなどがなくとも普通に歩けるその場所は、ゆるやかにカーブしながらゆっくりと上がっていく道のようだった。
「しかし……巨人族って聞いてたからでかいとは思ってたけど、あそこまででっかいとはなあ」
「いや、ライ。それは偏見だよ。
巨人族と小人族の区別は、はるか昔の神話時代に大巨人側にいた種族か、神側にいた種族か、って差でしかないの。人間より小さな巨人族だっているし、岩巨人族だって平均的には人間よりちょっと大きいくらいのはずだよ」
「じゃあ、ドッソが特別大きいのか」
言うと、先にいるドッソから答えが返ってきた。
「はい。正直に申し上げると、この集落でも私は異例に大きい方でして。よく、おまえが通れる通路を作るのは一苦労だと職人の方々から苦情をもらいます」
「大変だな」
「なに、大きいが故にできることも多いので。そこは適材適所であるかと」
涼しげな顔で言うドッソ。……正直、ここまで大きいと、ちびだなんだでいちいちからかわれている俺も、なにも文句を言う気が起きなくなる。
「で、『生贄』とか女王とかいろいろ単語が出てきたけど、俺はいまいちよくわからないんで解説してくれよ。リッサはなんか知ってるみたいだったが」
「いや。『生贄』はともかく、女王は普通に知られてるでしょ。人間社会でも大きな街なら小さな神殿くらいはあるだろうし。ライの故郷にはなかったの?」
「そんな細かいこと、俺が意識して覚えてるわけないだろ」
「はあ……まあいいわ。ちょっと解説してあげる」
リッサはため息をついて、それから話し始めた。
「まず、女王はさっきドッソさんが話した通り、岩巨人族全体から篤く信仰されている大巨人だよ。正式な名前は神殿も失伝しているけれど、神話関係で女王の名が使われたらまずこの神格を指す、ってくらいにメジャーな相手だね」
「へえ……岩巨人族全体からってのは、すごいな」
「というか、逆に岩巨人族自体が、種族のほぼすべてが女王を祭神にしている珍しい種族なんだよね。
ともかく、その信仰人数と、それに対する加護の篤さについては超一流よ。神殿にほぼ記録が残っていないにもかかわらず、等級分類では主神級。ライの剣はたしかバルメイス神のものだって話だけれど、そのバルメイス神は上級神だから、それよりさらに一級上ね」
「そうなのか」
俺はむしろ、バルメイス神が意外と上のランクだったことに驚いたのだが。
リッサは続けて、
「で、『生贄』っていうのは、岩巨人族の中で一人、選ばれた子供がなることを許される女王の代理よ」
「なんか物騒な名前だけど、由来はあるの?」
「大昔は、お役目を終えて成人したら殺されていたらしいのよね。つまり大巨人に捧げられた文字通りの生贄ってわけ。
時代が下るとその風習はなくなったけれど、神格の象徴とされるシンボルが手枷らしくてね。そのあたりと、伝統のために未だに『生贄』って呼ばれているのよ」
「なるほどな……」
「まあ、でも」
リッサはちょっと小声で、続けた。
「正直、こんなところにいるとは思わなかったけどね。昔の岩巨人の帝国では、貴族たちの中から子供を選んで『生贄』として、その『生贄』が指名した貴族……たいていの場合は父親なんだけど、その貴族が皇帝になるっていうのが習わしだったほどだから。言うなれば、『生贄』っていうのは岩巨人族のお姫様なのよ。
それも百五十年前に帝国で起こった内戦で途絶えて、いまは『生贄』を継承するための神器は行方不明。どこに『生贄』がいるかは、神殿ですら把握してない……って話だったと思うんだけど」
「そうなのか?」
俺が声をかけると、ドッソはうなずいた。
「はい。私が十年ほど前に武者修行のために人間社会を旅した際にも、知られていなかったと思います」
「そういうものか……」
「もちろん、表向きがあれば裏向きもあり。案外、神殿でも上層部は把握しておられたかもしれませんが。
そういうわけで、あまり『生贄』について大きく言いふらすことはご容赦を。ここは帝国から遠く、滅多なことでは襲撃されたりはしないと思いますが、用心のためです」
ドッソは静かに言った。
神官であるリッサですら居場所を把握していなかった大巨人の代理。それがこの集落にいて、俺たちを呼んでいるという。
しかし……
「なんで俺たちが呼ばれたんだろうな?」
「ライは簡単じゃない? その剣のせいでしょ」
「まあ、そうかもしれないけど」
「むしろボクがなんで呼ばれたかがわからないんだよね……ドッソさん、なにか心当たりはありますか?」
「あいにくと。深淵なる女王の御心は、私には量りかねます。……とはいえ」
「とはいえ?」
「断片的には、聞いております。なんでも、あの隊商から強く、大巨人の加護を感じるとのこと。そして特に、お二人から強く感じると『生贄』はおっしゃっていたそうです。おそらく、そのご縁でしょう」
言葉に、俺とリッサは顔を見合わせた。
「リッサ、心当たりあるか?」
「うーん、ボクの祭神は普通に神の方だから、ちょっと……あ、でも、そういえば」
「そういえば?」
「昨日、サリさんと一緒にいたときに、大巨人プロムのお付きの亜神さまから神託を賜ったから、その話かな?」
「プロム……? ああ、その名前はなんか聞き覚えがあるな」
どこでだったかは覚えてないが、聞いたことがある名前だった。
「じゃあそれ関係かな?」
「いまのところ、それが一番ありそうな気がするけど……」
「失礼、お二人とも。これより大広間です。『生贄』があなた方をお迎えになられます故、ご準備を」
ドッソに言われて、俺たちは慌てて姿勢を正した。
しかし、『生贄』か……
(どんな相手なんだろうな? さっき聞いた限りだと、子供って話だったけれど……)
洞窟は終わりに近づき、外の明かりが通路の先から見えてきている。
その先。
広間に出て、俺とリッサは声を失った。
(……花畑だ)
洞窟の中にそんなものがあるなんて思いもよらなかったので、不意を突かれた。
ひときわ大きな明かり取りの窓から降り注ぐ陽光の下、洞窟の地面にきれいな花が群生している。
そして、その中心に一人の少女。
腕には、壊れた手枷を連想させる鈍い色の鉄輪。そこから伸びる鎖は下へと伸びているが、途中で切れてしまっている。
少女の年齢は、人間ならばおそらく俺より5、6歳は下だろう。周囲にいる岩巨人たちと比較してもことさらに小さな彼女は、俺たちを見て、とても優雅に微笑んだ。
「ようこそ、神話の縁にて結ばれし奇縁に導かれし客人よ。
わたしはア・キスイ。当代において女王の名代――『生贄』の位を任された者です。以後、よろしくお願い申し上げます」
【設定補足:小人族について】
当然ながら、人間も分類は小人族です。かつては『街小人』という別の名前で呼ばれていた時代もあります。
地方によっては人間が少数派の場所もあり、そこではこの『街小人』という呼び名が現役で使われていたりもしますが、そうとうな辺境でない限りは『人間』の方がメジャーな呼び名になっております。




