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神様の剣と懲りない悪党  作者: すたりむ
三日目~五日目:悪党と岩巨人の姫君
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閑話(1):岩巨人の姫君

「さて、祭祀役の準備はこれでよし……と」


 ラ・ジロロは、そう言って笑った。

 まだ二十代前半である彼女は、岩巨人としては若者の部類に入る。が、とある事情によって、集落の中でもかなり上位の立ち位置である、祭祀長の立場に立っていた。


「楽しみですねえ、お祭り。やはり、普段と違うことがあると集落が華やぎます」

「じーろーろー……」

「ね、キスイさまもそう思うでしょ?」

「最高な笑顔を向けてくれおってからに! ええいこのいまいましい縄を解け、この無礼者が!」

「やだなあ。そんなことしたらまたキスイさま、暴れちゃうじゃないですか。だめですよ、みんなが楽しみにしているお祭りを台無しにしては」

「そもそもなんで祭りなんかやることになってるのだ!? わらわはそんな指示出してないのに!」

「だってキスイさま、ガルヴォーンの君に言ったんでしょう? 旧知が来るからもてなす準備をしておけって」

「うむ、言った」

「だから祭りの準備してるんですよ。どこにご不満が?」

「馬鹿者、古来より神を相手に『もてなす準備』と言ったら、迎撃の用意に決まっておろうっ」

「いや、そんな蛮族語、誰も理解できませんよ。普通に宴会の準備だと思いますって」

「おのれ、この集落もすっかり堕落しおってっ。そもそも神なんぞ敵だろう敵っ、馴れ合ってどうする!」

「いや、そもそもそれを言うならキスイさまが殴り倒そうとしたあの来訪者、ただの岩小人でしたよ?」

「あんな怪しげな黒装束なのにか!?」

「ガルヴォーンの君によれば、ニンジャって言うらしいですよ。岩小人の国では、普通に生きていれば年に何回かは見かけるくらいには有名な職業だとか」

「ええい気味が悪いな! 小人族はこれだから……やはりここはわらわが陣頭指揮を執ってやつらから集落を守らねばならんな! というわけでジロロ、縄を解け」

「いやです」

「どうしてもと言うなら、強行させてもらうぞ?」


 にらみつけるキスイに、ジロロはうなずき、


「まあ、たしかにその程度の拘束呪具では、キスイさまを本気で止めるには力不足ですよね」

「うむ。貴重な呪具ゆえに壊すのははばかられるが、いざとなったらやるしかない。わらわが本気になる前に解くがよい」

「ところでキスイさま、今日の宴に狩り長のバフルさんが出すお酒、知ってます?」

「知るわけなかろう。そもそもわらわはまだ、この集落で飲酒を許される年齢ではない」

「なんと百年物の古酒だそうですよ! この集落に逃げてきてから作られたものとしては最古レベルです! これは味が超楽しみですよね?」

「う、うむ? そうか、そこまで貴重なものを出す気だったのか。だが残念ながら宴は――」

「そもそもこの集落は娯楽が少ないんですよね。できた当時ならともかく、百五十年も隠遁しているんですから、民の鬱憤もわかるというもの。その中でいきなり浮上した宴会の案、みんなが飛びつくのも当然でしょう」

「む、そうか。まあしかし宴は開かれぬゆえ、あきらめてもらうしか……」

「はい。そんなこと言ったら、みんなさぞかしがっかりしますよね?」

「そうだな。ところでラ・ジロロよ。さっきから持っているそのハンマーはいったい?」

「あ、これです? やっぱ気になります? 気になっちゃいます?」


 にっこにこ笑いながら、ジロロは鎚を高く掲げた。


「じゃじゃーん! これぞ我が集落の最終兵器! 大巨人アルクリメソゥダが遺された神器、どんな神格防御も打ち破る無敵の鎚でーす!」

「いや待て! 構えながらにじり寄るな! 怖い!」

「あ、いまイェルムンガルド外殻を発動しましたねキスイさま。ダメですよ、そんなことしてもこの鎚にはまったくの無意味です」

「だから待て待て待て! さすがのわらわもそれで殴られたら潰れて死ぬ! 落ち着け!」

「大丈夫ですよキスイさま。手加減はしますので、ちょっと意識を失ってもらうだけです」

「おまえの手加減なんぞ信頼できるか! ちょ、待っ」

「えいっ」

「うわあっ!」


 ごぉん、と、にぶい音がして、とっさに転がったキスイの横の地面を鎚がたたいた。


「あ、外れちゃいました。ダメですよキスイさま、動いちゃ」

「いまの! 明らかに! 手加減してなかっただろ!」

「大丈夫ですよキスイさま。痛いのは一瞬です」

「それ死ぬこと前提だろうが! や、やめろー! 誰かー! 殺されるー!」

「人聞き悪いですねえ」

「この鬼畜っ、大巨人殺しっ。そんなことだからおまえはその歳になっても嫁のもらい手が――」

「えいっ」


 ごぉん! とふたたび音がすると同時に、ノックの音がした。


「ん、誰です?」

「ドッソです」

「ガルヴォーンの君ですか? はい、どうかしました?」

「いえ。ア・キスイの悲鳴が聞こえたように思えましたので」

「ああ、それですか。大丈夫ですよ。キスイさまは無事ですし、何事もとても順調です」

「しかし、先ほどなにかを打撃する音がしましたが?」

「はい。事情あって、鎚で地面を数回たたきましたが。それがなにか?」

「……いえ。祭祀長の仕事なのですね。ならば、私が口をはさむことではありません」


 失礼しました、と言って、ドッソはそのまま去っていった。

 ふう、とため息をついて、ジロロは倒れたままのキスイを見た。


「彼は素直で助かりますね。まあ、この縄で縛られたキスイさまを見たら、もうちょっと説明が必要になったかもしれませんが……」

「う、ううん……あれ?」


 ぱちり、とキスイが目を開け、きょろきょろとあたりを見回した。


「おはようございます、キスイさま。お加減は?」

「特になにも。それよりこの縄は……また『彼女』ですか?」

「はい。お客人を後ろから襲撃しようとしたので、やむを得ずちょっと脅かしてみました。いまは恐怖で気を失っているでしょう。キスイさまの方は、ご無事で?」

「ええ。ですが、最近多いですね……ちょっとうとうとしたら、気づいたら『彼女』がなにかしてる気がします。

 えと、しゃべりにくいので、ジロロ。縄、ほどいてもらえます?」

「はいはい、ちょっと待ってくださいねー」


 言ってジロロは、しゅるしゅると縄をほどいてキスイを自由にした。

 立ち上がったキスイは、軽く伸びをしてから、


「あまりこれが続くとわたしも困ってしまうんですけどね……ジロロもこんな風だったのですか?」

「いえ。私はさっぱり。おそらく、キスイさまの方が適性があるのでしょうね」

「そんなものですか……ところで、お客人ですか? わたしの記憶にはありませんが」

「おや。では、お祭りの話も?」

「お祭り、ですか。それは少し聞いた気がしますが……なにかめでたいことでも?」

「お客さんが来る、と『彼女』が言い出したんだそうですよ。そしたら、実際に岩小人の客人が来たので。いま集落は、もてなすための宴の準備で大忙しです。

 キスイさま、神話の流れ、見えます? 誰が来るかとか、わかりませんか?」

「……そうですね」


 言われて彼女は、小さく目を閉じて、


「たしかに、集落に近いところに、大いなる神の力を感じます。戦神……ですかね」

「怖い相手ですか?」

「どうでしょう。この時代に生き残った神の眷属に、そこまで非常識な方はいらっしゃらないと思いますけど。

 それに……不思議なことに、かの神には大巨人の加護を感じます。おそらく、巨人族にそれほど敵対的な相手ではないでしょう」

「あら、それは本当に不思議ですね」


 ジロロは心底から驚いた。さすがにそれは、想定していなかったのだ。

 キスイは首をかしげて、


「ジロロ、あなたには感じられないのですか? 神話の流れを見る目は、まだあなたにも残っているでしょうに」

「はい。でもキスイさまほどには見えませんので。相手に敵意がなさそうだということくらいは確認していましたが、それ以上は。

 しかし、そうなると宴会は決行で大丈夫ですよね?」

「はい。かつては敵対関係だったとはいえ、相手は神話の住人です。盛大にもてなしましょう」

「ふふ、それを聞いて安心しました」

「わたしも正装した方がいいですよね?」

「そうですね。もっとも、それは明日でよろしいでしょう。

 今日はもう遅いので、キスイさまはお眠りになられた方がよいかと」

「そうですね。相手もまだ距離がある感じですし……ふぁ……」


 あくびをするキスイ。

 先ほどまで暴れていた荒々しさはなく、そこにはごく普通の、岩巨人の少女がいる。

 岩巨人族は人間より長身な傾向が強いが、この少女はまだ小さい。おそらく同い年の人間の子供と比べても大差ないだろう。ちょっと細工をして人間の街に出たら、普通の人間の子供と言っても信じられるかもしれない。

 だが、それは叶わない。なにしろ彼女は、いまを生きる岩巨人の中でも最も尊き御方であり――未だ現代を生きる、神話世界の住人なのだ。


「……ジロロ?」

「なんでもありません。では、寝所まで付き添います、キスイさま」


 ジロロはにっこり笑って、キスイの手を取った。

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