一日目(8):悪党の困った顛末
夜中、胸騒ぎがして、ドッソ・ガルヴォーンは大広間へと足を運んだ。
するとそこに、彼の姫君がいた。
姫君はじっと、空をにらみつけるようにして、窓の外を見やっている。
「ア・キスイ」
名を呼ぶが、相手から返答はなし。
しかしこのまま放置するわけにもいかない。ドッソはふたたび繰り返した。
「ア・キスイ。夜更かしはお身体に障ります。どうか――」
「少し黙れ」
「――は」
口調を聞いて、ドッソは口を閉じた。
姫君の、彼の主君たる所以たるもの。それが、彼女の中にいることを肌で感じる。
「『十三闘神』……しかもこれほど禍々しき気配となればおそらくは……ふむ」
やがて姫君は、小さく笑みを浮かべて、不敵につぶやいた。
「面白いではないか。なにかが、動くぞ」
そして彼女は、直立するドッソに向き直り、口を開いた。
「ドッソ・ガルヴォーン。我が忠実なる家臣よ」
「はっ」
「近日中に、我が古き知己がこの集落を訪れよう。
宴の準備をしておけ。よいな」
言って姫君は、すたすたと歩いて、自室へと去っていった。
「我が命に代えましても、必ず――」
ドッソは、小さく、しかし確かな決意を以て、そうつぶやいた。
――月明かりだけが、その場を静かに見ていた。
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「いやあ、助かりました。おかげさまで、一人の死者も出ることなく魔物の襲撃を切り抜けられました」
クランの言葉に使用人たちも、そして魔人の代表としてその場にやってきたシンも、神殿代表として同席しているリッサもうなずいた。
「魔物の襲来を察知し、覚醒した剣に呼び寄せられて手に取り、魔物をその剣の光で討つなんて、すごいじゃないか。まるでおとぎ話の英雄だ」
「それに判断もよかったよね。人のいない方におびき寄せて被害を最小にするとか、なかなかできないよ。度胸あるじゃない、キミ」
と、いうことに、気づいたらなっていたのである。
俺は、ちらり、と、このシナリオを組んだ張本人であるサリを見た。
例によってぼーっとした無表情。こいつたぶんカードゲーム強いだろうな畜生。
(き、気まずい……)
実際にはもちろん、魔物は俺を追ってきたわけだし、剣もたまたま盗もうとしたところにあっただけ。先ほどのカバーストーリーはなにからなにまで嘘である。
悪人を気取ってる俺ではあるが、こうやって悪いことしてたのに善人だった扱いされるのはとても気まずい。わりと針のむしろ。助けて。
「え、えーっと、ともかく魔物は倒したんだし、これ、返すぜ。いつまでも俺が持っていてもまずいだろ?」
「あ、剣ですな。ええ。それは貴重な品なので、返していただかないと……」
「無理」
クランの言葉を、サリが遮った。
クランだけでなく、全員が首をかしげた。
「無理……とは、どういうことですかな? サリ殿」
「さっき、その剣の呪的状態を調べた」
サリは言った。
「結論から言うと、その剣はいまライを『持ち主だと認識してる』。ライがピンチになるたびに手元に飛び込んでいくから、ライはどうやっても剣を手放せない」
「は……はあ!?」
俺は声を上げた。
そういえば、夜走りと戦ってるとき、気づいたらなくしたはずの剣をにぎってたことがあったけど……あれはそういうことか。
いや、でも……と思いつつ、俺はシンを見た。
シンはうなずいて、
「サリの鑑定でそうなら、まず正しいだろうね」
なにかの間違い説は断たれた。畜生。
「じゃ、じゃあ、この剣はどうするんだ!?」
「ライが買い取るしかないでしょう」
「買い取るって……」
さらっと無茶を言いやがるな、サリ。
「いくらなんだよ? 俺、金貨とか持ってないぞ」
「金貨なら五万枚くらい」
「…………」
聞いたことのない桁数が出てきた。
クランはサリの言葉にうなずいて、
「そ、そうですな。だいたいそのくらいになります――」
「だけどそれは不条理」
と、サリが言った。
「不条理……とは?」
「この剣の神秘性は『抜けない』ことにあったはず。抜けてしまったら価値は激減」
「それはまあ、そうですが……」
「加えて、ライは隊商の命の恩人。バーゲンするべき」
サリはごりごりと交渉を重ねる。……こいつ、まさかこの交渉のために最初からあの嘘をでっち上げたのか?
だとしたら、かなりのやり手である。
「そうですな……ふうむ……そうすると……」
クランはひいふうみ、と考え、
「金貨千枚くらいまでならまけてもいいでしょうな」
「十分無理だよ!」
「大丈夫よ」
リッサが根拠なく、胸を張って言った。
「なにが大丈夫なんだよ」
「だって剣でしょう? 剣って戦う道具よね?」
「……なにが言いたい?」
「だからあ」
リッサは言った。
「元からキミ、この隊商で働く予定だったじゃない。護衛として雇ってもらって、その賃金でローン組めばなんとかなるわよ」
「……簡単に言うけど、どのくらいの年月かかると思ってるんだ?」
リッサはにこにこ笑って無言。投げやがったなこいつ。
シンは少し考えて、
「だいたい二十年くらいただ働きすれば返せるかな? 相場なら」
「そうですな。ではよろしくお願いしますぞ、ライ殿」
あっさり言ったクランの言葉に、俺は笑顔を浮かべ。
「どうしてこうなったあああああああああああーーーーーーーーーーっ!」
と、絶叫したのであった。
とまあ。
これが、俺、大悪党ライナー・クラックフィールドが、神鳴る剣を手に入れたそのいきさつである。
……これからどうしよう。マジで。
【謎の剣、現ステータス】
鑑定結果:呪いの剣 鑑定者:サリ・ペスティ
呪いの効果:持ち主以外に抜けない、持ち主が呼ぶと手元に転移する
呪物強度:S(まともな方法では解呪不可)
武器効能:切れ味強化、刃こぼれ自動修復-強、強度補正-強、重量軽減-弱、神話属性-強、等
付記:なんらかの神話時代の武器と推定される




