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呪いと花嫁

「奥様、おはようございます」

「は、はい! おはようございます……って、あれ? メルシャさん……今日は何かあるのでしょうか?」

「えぇ。ラジル様より1つ、ご要望をお承りしていまして。本日は奥様にきちんとお召し物を揃えるようにと、仕立て屋を手配しております。……ですので、お召替えはお待ちいただきたいのと……朝食も大変申し訳ないのですが、こちらでお召し上がり頂けないでしょうか?」

「それは構いませんけど……」


 今日こそはラジルともう少し自然に話をしようと、意気込んで起き上がってみたものの。ガーネットの気概を裏切るように、数人のメイドと一緒にクロッシュを載せたカートを引き連れて、メルシャが部屋のテーブルにテキパキと朝食の準備をし始める。その様子に、どこかラジルに朝食を一緒に摂る事を遠回しに拒否されたような気分にさせられるが……今頃、彼はどうしているのだろう? 


「あの……メルシャさん。それで……ラジル様は? もう……朝食は済ませてしまったのでしょうか?」

「今朝はお一人でお召し上がりになっていましたが……どうやら、ご気分が優れないご様子でして。……今はご自室でおやすみになっていますよ」

「そう、でしたか……」


 彼の気分が優れない理由が何となく思い当たる気がして、いよいよ申し訳ない気持ちになるガーネット。

 あの時、彼の方は確かに「寂しい」とはっきり言っていたのに、何故かその「寂しい」に対してかけてやれる言葉を見つけられなかった。例え、その「寂しい」が冬眠に対するものだったとしても……どこかそれだけではないような気がしていたのに、未だに自分は彼の気持ちに寄り添えないままでいる。

 ラジルが決して悪い人物ではないことは……むしろ、とても温厚で誠実な性格なのは、ガーネットも既に理解していて。そして、メルシャ達の細やかな気遣いと献身はきっと、ラジルの人柄に対する思慮の現れなのだろうとも何となく感じ取っていた。


(だけど……私はやっぱり、ラジル様がどこか怖いんだと思う……)


 そうしていつの間にかきちんと用意されていた朝食をありがたくいただきながら、そんな事をぼんやりと考える。

 青い鱗に、ギョロリと光る鋭い瞳。彼と目が合うと、どこか睨まれているような気がして……文字通り蛇に睨まれたカエルのように、ガーネットの身は竦んでいう事を聞かなくなる。そして、そのまま食べられてしまうのではないかという確かな恐怖心が自分の中に充満していくのが、ただひたすら悲しい。


(それでも……今日はきちんとお話をして……そうよ。具合が悪いのだったら……ちゃんとお見舞いにいかないと)


 同じ屋敷の中なのにお見舞いだなんて変なの、と自分でも思いつつ。それでも一緒にお茶くらいはできるかもしれないと……少しだけ前向きな気分になるガーネットだった。


***

「……どうぞ?」

「あの……お邪魔します……」


 午後の緩やかなお八つ時。ドアをノックする者があるのでラジルが返事をすると、そこにはドアの隙間から顔だけを遠慮がちに覗かせるガーネットの姿があった。少し困惑気味な表情を見る限り……もしかして、わざわざ自分の様子を見にきてくれたのだろうか? 


「ご気分はいかがですか? えっと……今日はメルシャさんにお洋服を見繕ってもらいまして。……色々とありがとうございました……」

「あぁ、その事。……別に構わないよ。それで、どう? 少しは気分転換になったかな」


 未だに顔だけで部屋に入ってこない彼女の様子に、訝しげな顔を向けるラジルだったが、一方でいつも通りの彼の受け答えに少し安心するガーネット。彼の気分はいつも通りの会話ができるくらいには、回復しているようだった。


「えぇ……それで、仕立て屋さんにサイズを測ってもらって……お洋服自体は数日後になるらしいんですけど。気に入った物があったので、1着だけその場で買っていただいて。それに着替えたので早速見て頂くついでに、一緒にお茶でもと思いまして……」


 どこかしどろもどろになりながら、真新しいドレス姿のガーネットがカートを押しながら、ようやく部屋に入ってくる。彼女の赤毛を引き立てるような、鮮やかな青のドレス。きっと彼女はまだ、新しいドレスが着慣れないのだろう。それでも一生懸命カートの上でお茶を注ぎ始めると、ぎこちない様子で2客のティーカップをテーブルに並べる。


「うん、ありがとう」

「いいえ……どういたしまして……」

「それにしても……とてもよく似合っているよ、そのドレス。やっぱり仕立て屋を呼んでもらったのは、正解だったかな」

「あ、ありがとうございます……まさか自分がこんなに綺麗なドレスを着れる日が来るなんて、思ってもいませんでしたから……嬉しい反面、ちょっと信じられないです」

「そう。それにしても、本当に綺麗だよ。こうして君が嬉しそうにしてくれるのなら、今度から定期的に仕立て屋には来てもらう事にしようかな。ここで暮らしていくのに、息抜きはないといけないよね。……きっと、その程度で贖えるほど、僕が君にしようとしていることは些細なことではないんだろうけど。それでも、僕は……それを放棄することも許されない……」

「ラジル様が……私にしようとしていること?」

「……知っての通り、僕の姿はブライトフィートが実り豊かな土地であり続ける限り、絶対に変わらない。この先、呪いが解けることも……ないのだろうと思う。もちろん、僕1人が自分の姿に怖がっている程度で済むのなら、いくらでも受け入れるのだけど……。ただ、その繁栄には憎たらしい事に、毎回巻き添えが必要なんだ。そんな自分だけ苦しんでいればいいはずの呪いなのに、僕はあろうことか……それを理由に君に新しい呪いをかけようとしている……」

「新しい呪い……」

「うん……。僕の花嫁になるという、呪いだよ。それをかけてしまった暁には……きっと僕だけじゃなく、君さえも好奇の目に晒されることになるだろう。それでなくても、僕がこの姿で生まれさえしなければ……君は今頃もご家族と過ごして、本当に好きな人と一緒になって……幸せに暮らせいていたはずなんだ。……なのに、僕はその幸せさえもこんな事のために奪おうとしている……」

「……メルシャさんもこう言っていましたよ。ラジル様の姿は決して、あなたのせいじゃないって。その姿は……このブライトフィートに住むみんなの望みの代償が溜まった結果なのだと、そう仰っていました。確かに()()()()()()を考えたくなるのも、分かります。どうして自分なのだろうと……考えるのも仕方ないと思います。だけど……()()()()()()はあくまで()()()()()()でしかないんです。実際にはそうならなかったのだから、仕方ないでしょう? それに……私はそれを呪いだなんて思いません。……確かに、まだラジル様のその姿が怖いことはあるけれど……それでも、あなたがとても優しいことも理解しているつもりです。これからも私はあなたを不必要に怖がることもあるかもしれない。……それでも、決して嫌いではないことだけは知っていて欲しいのです……」

「本当に……? だって……いいのかい? 僕はきっと……ずっとこのままだよ?」

「はい。ずっとそのままでも構いません。フフフ、だって……こんな風に私を綺麗だなんて言ってくれた男の人、ラジル様が初めてですもの。このまま変わらないでいて下さるのなら……あなたはきっと、この先も優しいままでしょう?」


 そんな風に目の前で初めて笑顔を見せるガーネットの頬に、何かを確かめようと恐る恐る手を伸ばすラジル。しかし……あの日のようにその頬は震える事もせずに、ザラリとした質感の手にもしっかりと柔らかな温かさを伝えてくる。未だに緑の瞳には怯えた色が残ってはいるものの……それでも初めて出会ったあの日よりは、澄んだ色をしているように見えた。

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