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朝食と遠慮

 初めての邂逅から3日後。そんな数日でベッドの寝心地になれるはずもなく、ガーネットは昨晩はあまり眠れなかったと腫れぼったい瞼を擦りながら身を起こす。朧げな視界にはあの「因果」も間違いなく現実なのだと、ハッキリと知らしめるように……未だに慣れない豪奢な空間が漠然と広がっていた。そうして窓を見やれば、繊細な刺繍を施されたレースのカーテンが掛かっており、カーテン越しの朝日が既にしっかりと影を床に落としている。……影の濃さを見るに、どうやら今朝は少々寝坊をしてしまったようだ。


「……お目覚めですか、奥様」

「あ、メルシャさん……おはようございます」

「おはようございます。まずは朝のお茶をお持ち致しましょう。お着替えの準備の間、そちらをお召し上がりになってお待ちください」

「はい! あ、ありがとうございます……」


 起き抜けにお茶を用意してもらえる厚遇もさることながら、まさかこの歳になって着替えの準備さえも他人任せになるなんて。今までの生活からかけ離れた過保護加減に、改めて自分がこの屋敷に嫁いできたのだということを思い知る。どこか空虚な違和感をガーネットが咀嚼している間も、数人のメイド達にキビキビと指示を出してメルシャが窓を開け始める。そうして開かれた窓からは少し肌寒いような……それでも、決して不愉快ではない心地いい風が部屋を吹き抜けた。


「あ、あの……メルシャさん」

「はい? いかがいたしましたか、奥様」

「えぇと……あれから、伯爵様はどうされていますか? きっとこの間は色々とガッカリさせていたようですし……もしかして、私……悪い事してしまったかな、と思いまして……」

「大丈夫ですよ、と申し上げたいところですが……こればかりは仕方ありませんね。正直を申せば、ラジル様は酷く傷ついておいでのようでした。ただ……決してそれは()()()()()のせいではありませんよ。そして……ラジル様のせいでもありません。……あのお姿は、この領内に住む者全ての願望の代償を溜め込んだ結果なのです。ですから、その事について()()()()()が反省する必要もありません。……ただ、個人的なお願いを申し上げるとすれば。もし先日のことを後悔されるのであれば……少しずつでいいのです。ラジル様と一緒にお過ごしになる時間を増やしていただければと思います」


 きっとメルシャはこの屋敷に勤めて長いのだろう。どこか悲しそうにそんな事をガーネットに言い含めると、少々お待ちくださいと、いつもながらに丁寧に礼をして部屋を退出していくが……彼女のラジルへの思慮は、一介の召使いのものと片付けるには余りにも軽いだろう。

 妙に重みのある彼女の言葉を反芻しながら足を床に下ろすと、長い毛足のブルーの絨毯がどこかガーネットを慰めるような温もりを与えてくれる。兎にも角にも……これからはこの屋敷で、アオヘビ伯爵と一緒に過ごさなければならない。ここまできた以上、もう逃げることも、放り出すことも……絶対に許されないだろう。


***

「……」

「……」


 そうして決意も新たに朝食を一緒にとも思ったが、ラジルの方は殊の外早起きらしく……彼の方は既に朝食を済ませてしまっていた。それでもガーネットの申し出に、ラジルは少し嬉しそうな表情を見せると、同じテーブルの向かい側でお茶を啜っているのだが……テーブルが長すぎて距離も離れている上に、互いに何を話したらいいのか分からない。そんなシンと静まり返った空間が、更に2人の気分をかき乱す。


「……あの……」

「うん? 何かな?」

「は、はい……えっと」

「……」


 意を決して話しかけてみるものの、何を聞けばいいのか分からない。とにかく、こういう時は……?


(な、何を話せばいいのかしら……? きっと、ご家族の事とかを聞くのは失礼よね? ……趣味とか? それとも……)

「そう言えば……これから僕は君のことをなんて呼べばいいかな? もちろん名前くらいは知らされてはいるけれど……メイソンさん、とでも呼べばいい?」

「え? いや、それはちょっと……」

「あぁ、それでは馴れ馴れし過ぎるんだね。……だとしたら、ミス・メイソンの方がいいかな?」

「いえ、違いますよ! 逆です、逆! そんな風にファミリーネームで呼ばれても、とっさに反応できないじゃないですか。……別にガーネットで構いませんよ?」


 いよいよ痺れを切らしたのだろう、意外にもラジルの方から差し障りのない質問が飛んでくるものの……どこか遠慮まみれの提案に、却って困惑してしまうガーネット。どうもラジルは見た目の鋭利な印象とは裏腹に、中身は随分と温厚で臆病なようだ。


「だけど、突然呼び捨てはよくないんじゃないかな。……きっと、君だって迷惑だろう?」

「迷惑だなんて思いません。……私はここに嫁ぐつもりで来ているのですから。呼び捨てにされる方がむしろ、普通だと思いますよ?」

「そう……。君は強くて……とても優しいんだね。そういう事なら、遠慮なくガーネットと呼ばせてもらおうかな。その代わり……もし君にその気があるのなら、僕の方はラジルで構わないよ」

「はい……私もそれで構いません。これからよろしくお願い致します……ラジル……様」


 ぎこちないけれども、確かな返事を受け取って殊更嬉しそうに目を細めるラジル。そうして唇はないなりに器用にカップからお茶を飲み干すと、緩やかに微笑んで見せる。


「うん、こちらこそよろしくね。……ガーネット」

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