10 でぃふぁれんとじぱんぐ
長らくお待たせしました。10話目の更新です。
恋愛部門エントリーとか、詐欺なんじゃないかと自分でも思ってます。
どうあってもあたしをローティーン認定するリューイさんに、あたしの中の何かが切れた。
自分のショルダーバックから財布をだし、写真つきの社員証を見せ付ける。
リューイさんは目を見開き、あたしと社員証の写真を見比べる。
確かにあたしは童顔で、一般的日本人より小柄だけどな。
OLの戦闘服「スーツ」を身に纏ったら、成人扱いされてきたんだからね。
『岡野隆一さん、私の話を聞いてらっしゃいますか? 私は社会人で、成人している女性です。貴方に嘘などついておりませんし、嘘をつく必要性も感じておりませんが』
居住まいをただし背筋をピンとさせてリューイさんの目を見すえ、彼の名前をことさら丁寧に日本の姓名で呼んでみる。
仕事モードでモンスタークレーマーに対応する時のあたしの癖で、その時の表情、雰囲気、態度、非の打ち所がないほど慇懃らしい。
だが、会社の後輩女子一同は
「お局さまより百万倍こえーよ!」
と口をそろえて青ざめ、冷や汗を流すほど怖い…らしい。
なんでも背後から滲み出るオーラが、黒くて冷たくて澱んでもやもやしているそうだ。
どんなだよって、小一時間ほど後輩女子たちを問い詰めてみたい。
もしあたしの日本に帰ることができたら、やってみたいことの一つである。
問題の御仁、岡野隆一氏ことリューイさんは、完全にフリーズしている。
漫画でよくあるような、冷や汗だらだら状態といったら解ってもらえるだろうか?
さきほど接客してくれた店員さんが、料理の皿を持ってきた。
まずあたしの前に皿を置き、続いてリューイさんの前に置く。
木製の皿には香辛料をまぶして蒸し焼きにした白身の魚に、野菜ベースのソースをかけた料理が盛り付けられていた。
オレンジや黄色の細かく刻まれた野菜のソースがアクセントの、目も鼻も刺激して食欲をそそる一品だ。
カトラリーと籠に盛った黒パンと、チーズを薄く切ったもの、果実を搾ったジュースを丁寧にセットしていく。
ちらりとリューイさんを眺め、あたしには最上級の笑顔でこういった。
「ごゆっくりどうぞ」
どもども、と軽く会釈をする。気持ちいいほどの接客のプロフェッショナルだね。
こんな美味しそうな料理は、心ゆくまで喜んで楽しませていただくよ。
異世界二日目、日本の十円玉しか使えないあたしとしては、貴重な一食なんだから。
それも極上に近い料理ときてるのだからね。
フリーズ中のリューイさんはどうするかって?
そんなの、ほっとくに決まってる。
冷めないうちに食べなきゃ、料理とお店に失礼だしね。
『いただきま~す♪』
美味しいものを前にすると、人間は自然と心がはずむ。それは私も同じなわけだ。
蒸した魚の切り身をナイフで切り分け、野菜のソースを絡めて口にいれる。
まず香辛料の香りが鼻腔ではじけ、野菜ソースの酸味と甘味が舌を心地よく刺激する。
最後に白身魚のほのかな甘味と舌触りが加わり、完璧な調和を奏でる。
『しあわせ』
金の小枝亭の素朴な料理もとっても美味しかったけど、このお店の料理はさらにこたえられない。
跳ばされた異世界のお料理は大当たりみたいだ。
二口目、三口目と、その豊かな味を堪能し、合間に黒パンとチーズを楽しんだ。
あたしが料理の大半を食べ終えたころ、フリーズリューイさんが解凍したようだ。
ギギィって音がしそうな感じで首を動かし、視線を彷徨わせ、最終的には目前の料理に目を留めた。
『ええと、あの、そのですね。印旛さん、こちらの料理は美味しいれひょう? お気に召しましたれしょうひゃ?』
…カンデ~ル。
違う。日本語、かんでる!
それも久しぶりに使用してるであろう丁寧語、かんでるよ、リューイさん!
そんなに仕事モードのあたしは怖かったのかい?
リューイさん、冒険者やって生活してるなら、普段モンスター退治とかしてるんじゃ・・・あたしはそれ以上ってことなのかい?
それはそれで、ローティーン扱いよりくるものがあるんだけどな。
「ええ、とっても美味しいです。…その、私も言い過ぎました。ごめんなさい。だから、敬語はやめてください、印旛じゃなくリナと呼んでください、ね? せっかくのお料理、冷めちゃいますよ」
ひきつり気味の笑顔を浮かべて、なるべく優しげに料理を薦めた。
「……ひゃい」
まだかんでるよ、リューイさん。けど、フォークとナイフを持って食べ始めたからよしとしようか。
※
うーむ、いかんいかん。
聞きたいことは山ほどあるから、リューイさんを怯えさせてはいかんな。
ちらちらとあたしの顔色を伺いつつ、魚料理を食べてるリューイさん。あたしは、黒パンにチーズをはさんでお相伴中。
『リューイさん、あなたが暮らしてた日本は西暦何年ですか? それとその当時の元号を教えていただけますか?』
元号が同じなら、リューイさんとあたしの住んでた日本は、同じ確立が高いのではなかろうか。
だから真っ先にこの質問をぶつけてみた。
彼は眉間に皺を寄せ、しばし考え込んだ。
『俺が帝国の国境地帯に跳ばされたのが、今から五年ほど前でね。星暦1988年、当時の日本の元号は…天成20年だったかな?』
やっぱりね。ビンゴみたいだ。
あたしの脳裏に彼の話す『星暦』と『天成』の文字が浮かんでくる。
きっと、あたしの日本の漢字に自動翻訳されたんだと思う。
あたしの故郷の日本と、リューイさんの故郷の日本は、似てるけど違う日本なのだろう。
『リューイさん、あたしは西暦201×年の日本、平成2×年の日本から跳ばされてきたんです』
メモ帖に「西暦」と「平成」の漢字を書いて、リューイさんに渡した。
『あたしと、リューイさんの日本は、異なる日本みたいです』
リューイさんが本日二度目のフリーズを披露したのは、いうまでもない。