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アイツの話をしよう。
アイツは生まれつき色を判別できなかったらしい。
それは彼にとって多くの障害をもたらし、他人との違いをまざまざと見せつけられたものだった。
その度に彼は暴力をもって解決する方法を選んだ。
馬鹿にされれば、その口が開かなくなるまで殴り
指をさされれば、その指を叩き折った。
アイツが口にしていた事を思い出す。
『痛みを伴わない行動をする人間には、等しく痛みを与えて教えるべきだ
何も知らないよりは少しはマシになるだろう』
実に彼らしい退廃的な言葉であり、戯言だと思う。
そして私はそんなアイツと出会った。
私はそれまでに多くの人を見てきたが、彼よりも歪な人間は見たことがなかった。
人を傷付けるくせに、人の痛みを誰よりも理解している。
その狭間に居てなお、彼は苦悩すらしない。
普通の人間なら壊れてしまっているだろう。
アイツは狂っている。
私に彼は救えない。私は自分の救える範囲の人間しか救わないと決めている。
なのに何故、私は彼を旅の共として選んだのだろうか?
単純な話、私は彼にムカついていたんだ。
アイツの見る世界の全てを否定してやりたくなった。
その全てを塗り替えてしまいたかった。
そして、その願いは叶ったと言えるだろう。
アイツは旅の途中で大きく変わっていった。
たくさんの人を助け、たくさんの人に感謝される人になった。
私達は二人で歩ける分だけ、多くの人達を救う事が出来た。
いつからだろうか、二人の歩幅が狂いだしたのは・・・
彼は『私には救えないと判断した人』に手を差し伸べるようになった。
それは傍目に見ても理解できる行動ではなかった。
ただその行動は、驕りでも見栄でも虚勢でもなかった。
だから、別れを告げたのは私の方だ。
彼を断罪した。
その在り方の歪さも、その行動の行く末も全てを否定した。
アイツは笑っていたよ。
アイツは解ってたんだ。
それでも尚、アイツはその道を諦めなかった。
それでも尚、アイツの心は折れることは無かった。
救えるものしか救わない臆病な私と、救われないとわかっていながら救おうとする愚か者の二人。
これはそんな二人の別れ話だ。
アイツの言葉を借りるなら、
この物語の終幕をはじめましょう
アイツは生まれつき色を判別できなった。
他人との違いを見せ付けられたおかげで、
アイツには痛みを背負った人間が見つけ易かった。
だからアイツは、人を救おうとなんてするべきではなかった。
その先に幸せなんてものは存在しない。
あまりにも多くの痛みが見えすぎた。
ただ・・・
他人の痛みを共に分かち、共に背負い歩き続ける。
全てを肯定し、自分を傷付けてまでも他人の在り方を尊重する。
そんなアイツだから、私達の全てを受け止めて笑ってくれた。
『間違いなんかじゃない』って言ってくれた
その言葉にどれだけの覚悟が必要だったのだろうか
その言葉の重さを知りながら、どれほど彼は苦悩しただろうか
嘘つきと蔑まれた少女も、道化師と罵られた男も、もちろん私自身も、
どれほどアイツの存在に救われただろうか
その救い方が戯言であれ、罪と呼ばれようとも
アイツだけが私達を認めてくれた。
私達は覚悟をもって挑んだ代償を受けなければいけない。
その真理を捻じ曲げてでも、アイツは手を差し伸べた。
私はアイツの隣にいれて幸せだった。
でもアイツは自分の幸せよりも私の幸せを優先する人だった。
でもアイツは自分の幸せよりも他人の幸せを優先する人だった。
アイツは快楽や悦楽は求めても、救いだけは求めなかった。
それが分かった瞬間、私の生き方が決まった。
アイツが最後までその道を歩き続けた時、すぐに抱きしめてやる。
『お疲れ様』って言ってやる。
その為に、あの時、繋いだ手を振り解かなければいけなかった。
これ以上傍にいれば、きっと私もアイツの道を歩んでしまうから。
これは私が歩む道の中で唯一の例外。
私にはアイツを救えないけど、この道だけは日溜まりを歩けなくとも
これ以上ないくらい、私はアイツという存在を大切に思う。
例え君達がそうは思わなくとも、
一人くらいはこんな奴がいてもいいじゃないか・・・