少女
僕が出会った少女の話をしよう。
彼女は花を育てることが好きだった。
小さな庭には花壇が敷き詰められ、その全てに彼女は愛を注いだ。
それは彼女の生きがいであり、全てといっても過言ではなかった。
ある日、彼女の弟が重たい病気にかかった。
不治の病だった。余命も残りわずかの状態だった。
彼女は幼い弟を救いたかった。
でも無力な彼女に出来ることはなかった。
だから彼女は弟と約束した
『君の好きな花を育てるよ。待っててね、すぐに見せてあげるから』
彼女は弟の為に花を育てた。
小さな庭の片隅で彼の大好きな花を咲かせようとした。
それは彼女の希望であり、家族の希望になった。
ここで僕の意見を述べさせて頂こう。
創られた物語は幻想に溢れ、奇跡は必ず起きるものだと。
誰もがそう信じて願わざるを得ない。
それさえもまるで予定調和となってはいないだろうか?
詰まるところ、何が言いたいかというと
彼女の花は咲かなかった。
家族の願いを託した花は咲くことはなかった。
小さな庭には花壇が敷き詰められ、その全てに彼女は愛を注いだ。
でも希望を託した花だけは咲くことはなかった。
ドラマや物語で例えるなら
彼女の物語である以上、少女は唯一無二の主人公と言えるだろう。
しかしながら奇跡など起きなかった。
物語の主人公である彼女にさえ、奇跡が起きることはなかった。
さて、
君たちはこの話を聞いてどう思うだろうか?
少女の事を可愛そうだと同情するだろうか?
その過程のみを評価し、頑張ったねと賞賛するだろうか?
諦めることさえも許さずに、何度でも頑張れと励ますだろうか?
それとも・・・ 奇跡を起こさなかった運命を憎むだろうか?
『自由』とうい概念はすこぶる人を傷付ける。
語り方も捉え方も千差万別だからね。
他人の気持ちを代弁する事は自由であり、残酷だ
自分の物差しで他人を推し量るのは自由であり、残酷だ
努力している人間に対してがんばれと声をかけるのは自由であり、残酷だ
この物語の終幕を始めよう
彼女の花は咲かなかった。
家族の願いを託した花は咲くことはなかった。
だから彼女は願いを託した花を代用した。
その全てを自分が育てたと偽り、弟に見せた。
弟は喜び、少女も笑顔だった。
少女はその過程に起きた不幸も挫折も喪失も
全てを飲み込んで幸せな結末を求めた。
たった一つの嘘で、奇跡がおこらなかった結末を亡きものにした。
たった一つの嘘で、彼女に語られる言葉を亡きものにした。
たった一つの嘘で、家族が笑顔になれた。
そうだね。これは考えられる限り最高の結末だと思う。
素晴らしい話だと思わないだろうか?
事実どうであれ、彼女は偽りの奇跡を起こしたんだ。
だって、奇跡なんてものは幸せな結末にしか訪れないのだから。
少女は僕に言ったよ。
『家族が笑えるならば、私はそれで良かった。
この一瞬だけを望んでいたのだから
だから私は覚悟したんだ・・・
紛い物の罪を背負う事も、その罪の在り方も』
少女は頭の良い子だ。
僕が何を言いたいのかを分かってたんだろうね。
僕かい?
僕はもちろん分かっているさ。
この話は聞き手にさえもその罪を背負わせてしまうって事を
それは幸せになればなるほど重くなる罪
さて、
もう一度、問いかけさせて頂こう
君たちはこの話を聞いてどう思うだろうか?




