第1話「くっ…殺せ!」からの最強蛮族への即堕ち降伏
「くっ、殺せ!蛮族に犯されるくらいならひと思いに殺してくれ」
ひしゃげた白銀の甲冑ごと巨漢の腕に捕らえられ、地べたでもがきながら、女騎士団長セリアは眼前の男をきつく睨みつけた。
——誇り高き都市の守護者であった彼女が、なぜ辺境の地で蛮族に捕縛され、このような屈辱に塗れることになったのか。事の始まりは、数日前に宮廷で下された不可解な討伐の勅命だった。
石造りの壮麗な尖塔が立ち並ぶ都市国家。そこは文明の極みであり、知と法が支配する人間の世界の中心であった。その都市を護る剣にして盾、そして何より美しい華として名を馳せているのが、精鋭のみで構成された女騎士団である。
団長であるセリアは、美貌と剣の腕を兼ね備えた誇り高き戦士だった。彼女の纏う白銀の甲冑は都市の高度な鍛冶技術の結晶であり、腰に帯びた長剣はどんな硬い盾をも貫く名剣である。彼女にとって、法を持たず、文字を持たず、ただ本能のままに生きる辺境の蛮族など、討伐の対象でしかなかった。
「皆の者、油断はするな。だが、恐れる必要もない。我らの刃は文明の光であり、闇に生きる野蛮な者たちを切り裂くためのものだ」
鬱蒼と茂る原生林の中、セリアは馬に跨がりながら部下たちに声をかけた。背後には百名の女騎士たちが整然と陣形を組み、一糸乱れぬ動きで行軍している。数日前に宮廷の大臣から直々に下された命は、国境付近を荒らす蛮族の討伐だった。事前の情報によれば、敵は飢えて統率を欠いた烏合の衆であり、女騎士団の力をもってすれば数日で片付く程度の任務であるはずだった。
しかし、森の深部へと進むにつれ、セリアの心には微かな違和感が影を落としていた。獣の気配すらない異常な静寂。踏み固められた土には、明らかに知性を持った集団が動いた痕跡が残っている。烏合の衆という情報とは裏腹に、そこには確かな軍事的な練度さえ感じられた。
やがて、木々が開けた広大な盆地へと差し掛かった時、彼女たちの歩みは止まった。
前方の崖上に、巨大な影が立っていたのだ。
身の丈は二メートルを優に超え、獣の毛皮を粗雑に羽織っただけの半裸の男。しかし、その肉体はまさに異様であった。丸太のように太い腕、岩山のように隆起した胸板、そして全身に刻まれた無数の傷跡が、彼が潜り抜けてきた死線の数を物語っている。ただそこに立っているだけで、大気を震わせるような圧倒的な威圧感が放たれていた。
蛮族の勇者、バルド。辺境を束ねる最強の戦士であった。
「たかが野蛮な毛皮の男一匹……。陣形を崩すな! 私が自ら首を獲る!」
セリアは己を鼓舞するように叫ぶと、愛馬の腹を蹴った。都市の洗練された剣術をもってすれば、力任せに暴れるだけの男など造作もなく討ち取れる。彼女はそう信じて疑わなかった。
風を切って突進するセリアに対し、バルドは武器を抜くことすらしない。ただ両腕をだらりと下げ、ニヤリと獣のような笑みを浮かべて待ち構えている。その不用意な姿に、セリアは冷徹な殺意を研ぎ澄ませた。
馬の勢いを利用し、完璧な軌道で放たれた一撃。名剣の切っ先は寸分の狂いもなく、無防備なバルドの左胸、心臓の位置へと吸い込まれていった。
ガキィッ!
鈍い音が森に響き渡った。
セリアの目は驚愕に見開かれた。刃は確かに男の胸肉を捉え、赤い血の飛沫を散らした。しかし、それだけだった。鋼鉄の鎧すら容易く貫くはずの切っ先は、分厚く硬質な筋肉の壁に阻まれ、数センチしか沈み込んでいなかったのだ。致命傷には到底及ばない。
「な、ば、かな……!」
動揺したセリアが剣を引き抜こうとした瞬間、巨大な影が彼女を覆い隠した。
「女相手に得物を使う趣味はない」
低く、地鳴りのような声が耳元で響く。バルドは武器を持たない太い腕を伸ばし、落馬しそうになったセリアの体を、白銀の鎧ごと抱きすくめた。
ギリッ、と不吉な音が鳴る。
それは、都市の粋を集めたはずの鎧が、男の圧倒的な膂力によってひしゃげる音だった。
「あっ……あぁっ……!」
全身の骨が軋み、肺から空気が強制的に絞り出される。剣を取り落とし、身悶えするセリアの抵抗など、巨漢にとっては赤子の悪戯と何ら変わりはなかった。完全に捕縛され、身動き一つ取れない状態。死の恐怖と共に、セリアの脳裏に一つの冷酷な真実が稲妻のように閃いた。
(事前情報と違いすぎる……こんな化け物たち、我々だけで勝てるはずがない。いや……大臣は、知っていたのだ!)
都市の腐敗した宮廷。権力闘争に明け暮れる大臣たちの嘲笑う顔が思い浮かぶ。
武威を誇る女騎士団は、政敵である大臣たちにとって目の上のたんこぶだった。強大すぎる蛮族を討伐するという名目で、彼女たちは死地へと送られたのだ。もし全滅すれば厄介払いができ、もし捕縛されれば……戦に負けた対価として、国を守るための『女騎士団の献上』という形で和睦を結ぶ腹積もりだったに違いない。
祖国のために命を懸けてきた。だが、その祖国は自分たちをただの貢ぎ物として、この化け物たちの前に差し出したのだ。
深い絶望がセリアの胸を締め付け、美しい瞳から光が失われそうになった。
「くっ、殺せ!蛮族に犯されるくらいならひと思いに殺してくれ」
その時である。
「はははっ! 良い一撃だったぜ!」
頭上から降ってきたのは、豪快極まりない高笑いだった。
セリアが見上げると、バルドは自身の胸に突き立てられたままになっていた剣を無造作に引き抜き、血が滴るのも構わずに地面へと投げ捨てた。痛がる素振りすらなく、彼の顔には怒りも憎悪もない。あるのは、純粋な歓喜と称賛の色だった。
「女のしたことだ、男なら真正面から受け入れて当然だろう。それにお前……細腕のくせに、俺の胸に傷をつけるとは、なかなか勇ましいじゃないか! 気に入った!」
その瞬間、セリアの心の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。
都市の男たちは、常に陰で策を巡らし、安全な場所から他者を陥れることしか考えない。しかし、目の前にいるこの男はどうだ。己の命を狙った敵に対して、激怒するどころかその勇気を讃え、受け入れるというのだ。
洗練された文明の皮を被った醜悪な男たちよりも、毛皮を纏ったこの野蛮な戦士の方が、遥かに気高く、大きく、そして圧倒的な『雄』として輝いて見えた。
力強く抱きすくめられる腕の熱さと、獣のような体臭。恐怖と絶望に染まっていたはずのセリアの心臓が、今は全く別の理由で激しく早鐘を打ち始めていた。
「……負け、ました」
気がつけば、彼女の口からその言葉が零れ落ちていた。
それは女騎士団長としての敗北宣言であると同時に、一人の女としての降伏でもあった。頬を赤らめ、潤んだ瞳でバルドを見つめるセリアの姿に、もはや都市への忠誠は微塵も残っていなかった。
「皆……武器を置きなさい! 我々は……この方に降伏します!」
セリアの号令に、呆然としていた百名の女騎士たちは次々と剣を地面に置いた。彼女たちもまた、祖国の裏切りに気づき、目の前の圧倒的な強者の姿に魅入られていたのだ。
こうして、都市国家が誇る最強の女騎士団は、誰一人血を流すことなく蛮族の傘下へと降った。いや、彼女たちは自ら望んで、その力強く大きな腕の中へと飛び込んでいったのだった。




