第68話 正しさは、一回目より二回目の方が届くことがある
一回目で届かない話が、二回目で少しだけ届くことがある。
それは別に、二回目の方が正しいからじゃない。
正しさの量が増えるわけでも、急に説得力が魔法みたいに跳ね上がるわけでもない。
ただ、一回目で相手の中に小さな引っかかりが残る。
そのあとに少しだけ見方が変わる。
そして二回目に、前回より揃った形で話が来る。
そうすると、同じ“気になる”でも少し重くなる。
要するに、届くってたぶんそういうことだ。
劇的に分かってもらうんじゃない。
少しずつ、逃げ道を減らしていく。
最近の僕は、そういう面倒な言い方ばかりうまくなっている気がする。
まったく嬉しくない。
朝の教室。
空気はいつも通りで、でも僕の中では一つだけはっきりしたものがあった。
もう一度、遠山先生へ話す。
前回より、もう少し強い形で。
ただし、焦らず。名前から行かず。順番を崩さず。
そこまで決めていると、人間は逆に少し静かになるらしい。
「神代くん」
木乃実が振り向いた。
「何」
「今日、かなり決まってる」
「何が」
「顔」
木乃実は頬杖をついた。
「しかも今日は、“どうしよう”じゃなくて“もう一回行く”の顔」
「……」
「図星」
「最近ほんと、人の顔から予定表読むな」
「神代くんが分かりやすすぎるの」
「その標語、ほんと長生きだな」
「でも当たってるでしょ?」
「かなりな」
「ほら」
「そこで毎回勝つなよ」
後ろから佐伯も入る。
「再相談だろ」
「うん」
「そろそろ行くタイミングだと思ってた」
「……」
「何だよ」
「いや」
僕は少し苦笑した。
「最近のおまえら、ほんとに僕より先に展開読んでないか?」
「神代の顔が次回予告みたいなんだよ」
「嫌すぎる評価だな」
「でも分かりやすい」
「嬉しくない」
少し離れた席から、エヴァの声が届く。
「当然ですわね」
相変わらず、この人は当然みたいに言う。
「何が当然なんだ」
僕が聞くと、エヴァは平然としていた。
「一回目の相談で、遠山先生の中に引っかかりは残った」
「うん」
「そのあと、こちらは場面を重ねた」
「うん」
「分類もできた」
「うん」
「なら、二回目は前回より強い」
「……」
「何ですの」
「いや」
僕は息を吐いた。
「そこまで迷わず言えるの、ほんと強いなって」
「迷う理由がありません」
「便利な理屈だ」
「あなた方ほどではありません」
朱音は、今日は朝から少しだけやわらかかった。
「今日、行くんでしょ」
「……」
「図星」
「おまえもか」
「読むよ」
朱音は肩をすくめる。
「だって今の恒一くん、“次はちゃんと順番持って行く”って顔してる」
「……」
「何だよ」
「いや」
僕は正直に言った。
「最近のおまえ、そこだけ本当に精度高いなって」
「長いからね」
「またそれか」
「便利だよ」
「ほんと便利だな、その言葉」
昼休み。
僕たちは後ろの棚の近くへ集まった。
最近ここばかりだなと思う。
教室の中に、妙に真面目な話をする場所ができてしまっているのは、やっぱり健全ではない。でも今は、この場所の方が落ち着く。
「じゃあ」
僕が言う。
「もう一回整理する」
「うん」
木乃実が即答する。
「今回は前回より、何が増えたか」
「うん」
「まず、一回目の相談のあとも、似た場面が続いた」
「……」
「うん」
三田村も頷く。
「それから」
僕はノートを開く。
「三つに分けて見えるようになった」
「三つ」
木乃実がすぐ言う。
「教師前の親切」
「うん」
「前後の一言」
「うん」
「教室外の空気作り」
「そう」
「これ、やっぱりかなり分かりやすいね」
「うん」
僕は頷く。
「今回の軸はそこ」
「で」
佐伯が聞く。
「親の話はどこで出す?」
「最後」
僕は答えた。
「必要なら」
「やっぱそこか」
「うん」
「何で?」
木乃実が聞く。
「最初から出すと重すぎるから」
「……」
「今必要なのはまず」
「うん」
「教室内外で、同じような流れが続いてること」
「うん」
「複数人がそれを見てること」
「うん」
「先生の前と、先生の見えないところで、見え方がずれること」
「……」
「そこまで」
「で、そのあと?」
「もし先生が、“そこまで続いてたの?”になったら」
「うん」
「最後に、黒崎本人が親や学校や先生の立場の話を匂わせたこと」
「……」
「なるほど」
木乃実が頷く。
「いきなり大人の話から行かないんだ」
「行かない」
「うん」
「それがいいと思う」
「……」
「何だよ」
「いや」
僕は少しだけ笑った。
「木乃実、ほんと最近そこ判断早いな」
「でしょ?」
「自分で言うんだ」
「便利だから」
「その言葉、ほんと万能だな」
三田村は少し緊張した顔で言った。
「俺、今回も話す」
「うん」
「前回より、ちゃんと言えると思う」
「……」
「何を」
「俺が、悪い方に流れやすかったこと」
「うん」
「あと」
三田村はノートを見る。
「昨日までのやつで、“俺だけがそう感じたんじゃない”って分かったこと」
「……」
「そこ、大きいと思う」
「うん」
僕は頷いた。
「かなり大きい」
「それで」
三田村は少しだけ息を吸う。
「親の話は、やっぱり神代くんが言った方がいい?」
「そうだな」
僕は答える。
「そこは、僕からの方が順番としては自然だと思う」
「うん」
「でも、その前に」
「うん」
「資料のずれとか、ワークの時の“また置いてかれてる”とか」
「……」
「そういうのは、三田村の言葉もかなり強い」
「……」
「何」
「いや」
三田村は少しだけ苦笑した。
「神代くん、最近そういうとこちゃんと口にするね」
「最近必要だからな」
「うん」
「何だよ」
「いや」
木乃実が笑う。
「今日の神代くん、かなり素直」
「それ、最近よく言われるな」
「だって本当だし」
その少しあと、エヴァと朱音にも内容を共有した。
「それで問題ありませんわ」
エヴァは、ほとんど即答だった。
「早いな」
僕が言うと、エヴァは平然としている。
「前回より整理されていますから」
「……」
「一回目は、“違和感があります”でした」
「うん」
「今回は違う」
「うん」
「場面が重なっている」
「うん」
「分類もある」
「うん」
「見た人も揃っている」
「……」
「そこまで来れば」
「……」
「二回目の方が、当然届きやすい」
「……」
「何ですの」
「いや」
僕は少し苦笑した。
「今の、かなりきれいだなって」
「当然です」
「そこ迷わないな」
「迷う理由がありません」
朱音は、エヴァとは少し違う角度で頷いた。
「うん」
「何」
「親の話を最後にするの、かなりいい」
「そうか?」
「うん」
朱音は僕を見る。
「最初からそこ行くと、たぶん話が一気に重くなりすぎる」
「うん」
「でも最後に出すと」
「……」
「“教室の中だけでも、もうこれだけあった”のあとに乗る」
「……」
「それ、かなり効く」
「……」
「何だよ」
「いや」
僕は正直に言った。
「おまえもほんとにそこ外さないなって」
「長いからね」
「またそれか」
「便利だよ」
「ほんとに万能だな、その言葉」
放課後が近づくにつれて、少しだけ胸の奥が固くなる。
緊張していないわけじゃない。
たぶんしている。
でも、前回とは少し違う。
前回は“ちゃんと聞いてもらえるだろうか”が大きかった。
今回は違う。
今回は、“前回より強い形で渡せるか”の方を考えている。
それはたぶん、少しだけ成長なのだろう。
嬉しくはないが。
窓の外の光が少し傾いてきた頃、僕はノートの端をもう一度見た。
1. 教師前の親切
2. 前後の一言
3. 教室外の空気作り
4. 必要なら親・学校・先生の立場の話
順番はこれでいい。
正しさは、一回目より二回目の方が届くことがある。
たぶん今日は、その二回目へ向かう前の日じゃなくて、もうその入口なのだ。




