表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
普通の青春をしたいだけなのに、隣の席も幼馴染も全然“普通”じゃない。~つくば市の県立高校に入学した俺は静かに青春するはずだったのに、隣の席の毒舌美少女と世話焼き幼馴染が放っておいてくれない~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/81

第60話 同じ場面を、先生が見ているとは限らない

同じ場所にいたからといって、同じ場面を見ているとは限らない。


 最近、そのことばかり考えている気がする。


 教室の中に先生がいる。

 こっちもいる。

 黒崎もいる。

 だから“同じ場面”のはずだと思ってしまう。


 でも実際には違う。


 先生に先に届くのは、黒崎がプリントを拾うところだったりする。

 こっちに強く残るのは、その直前か直後に混ざる一言だったりする。

 同じ教室の中にいても、見えている順番がずれる。


 そのずれが、最近のいちばん厄介な敵なのかもしれない。


 朝の教室。

 昨日、自分が焦っていると認めたせいか、今日は少しだけ頭が静かだった。静か、というより、無駄に先走らないように意識している感じかもしれない。


 木乃実はそんな僕を見て、すぐに言った。


「神代くん」

「何」

「今日、昨日よりちょっと落ち着いた」

「それも分かるのか」

「分かるよ」

 木乃実は頬杖をついた。

「昨日は“焦ってる”を自分で認めたあとだったから、今日はたぶんその分ちょっとだけ静か」

「……」

「図星」

「最近ほんと、僕の顔って便利な情報源だな」

「便利だよ」

「そこ即答するな」

「だって事実だし」

「便利な言葉だな」

「便利だからね」

「このクラス、ほんとそれ好きだな」


 後ろから佐伯も入る。


「でもたぶん、今日の神代が考えてるのはそこだろ」

「どこ」

「先生が何を見てて、何を見てないか」

「……」

「何だその顔」

「いや」

 僕は少し苦笑した。

「最近、おまえまで妙に核心早いなって」

「神代の周りいると嫌でも鍛えられる」

「嬉しくない成長だな」

「でも必要そうだし」

「そこなんだよな」


 少し離れた席から、エヴァの声が届く。


「ようやく“同じ場所”と“同じ場面”の違いを本気で考え始めましたのね」


「朝からいきなり核心だな」

 僕が言うと、エヴァは平然としている。


「当然です」

「何が当然なんだ」

「昨日の流れを受ければ、そこへ行くしかありませんもの」

「……」

「何ですの」

「いや」

 僕は息を吐いた。

「ほんとに最近の君、整理の仕方が嫌なくらい正確だなって」

「嫌なら聞かなければいいのでは?」

「当たるから聞くんだよ」

「なら結構です」


 朱音は少し遅れて来たが、席へ着く前に僕の机の横で止まった。


「今日、見るとこ変えるでしょ」

「おまえもか」

「読むよ」

 朱音は肩をすくめる。

「だって昨日で分かったじゃん」

「何が」

「先生が教室にいても」

「うん」

「先生が見てる場面と、こっちが引っかかる場面はちょっとずれる」

「……」

「だから今日は、その“ずれ”を見ようとしてる」

「……」

「図星」

「ほんと逃げ場ないな」

「いらないでしょ」

「ひどいな」

「ひどくないよ」

 朱音は小さく笑った。

「必要だから」


 一時間目は現代文だった。


 授業の内容自体は頭に入っていた。入っていたが、その半分くらいは別の方角へ意識を割いていた気がする。


 遠山先生は、やっぱり前より少しだけ見るようになっている。

 でもそれは万能ではない。

 万能じゃないことは、もう分かっている。


 問題は、その見え方の差をどう埋めるかだ。


 二時間目の終わり頃、その“差”は思っていたより分かりやすい形で出た。


 提出物の回収だった。


 黒崎が後ろの列から回ってきたプリントの束を受け取って、前へ回そうとした時、三田村の一枚だけがひらっと落ちた。床へ落ちた紙を見て、黒崎がすぐに拾う。


 ここまでは、またいつものやつだ。


 でも今日は、その前後をかなり意識して見ていた。


「おっと」

 黒崎が笑う。

「危ない危ない」

「ごめん」

 三田村が反射で言う。

「またそういうのかよ」

 黒崎が、小さく混ぜる。


 小さい。

 本当に小さい声だ。

 でも、近くにいるこっちにはちゃんと聞こえる。


 その直後、遠山先生がこっちを見る。


「どうした?」

「三田村の落ちました」

 黒崎が言う。

「今拾いました」

「ありがと」

 先生が言う。

「三田村くん、大丈夫?」

「……はい」

「気をつけてね」

「はい」


 そこで終わる。


 やっぱりそうだ、と思う。


 先生は見ていた。

 でも、先生が見た場面は、黒崎が拾って渡すところから始まっている。

 こっちに引っかかるのは、その前の「またそういうのかよ」だ。


 場所は同じ。

 でも、見えている場面の切り取り方が違う。


「……今の」

 木乃実が小声で言う。

「うん」

 僕も返す。

「やっぱりそこだよね」

「うん」

「先生、今の一件ちゃんと見てた」

「見てた」

「でも、たぶん“拾った黒崎くん”しか残ってない」

「……」

「そう」

 僕は頷く。

「そこが今のいちばん面倒なとこ」

「うわあ」

 木乃実が顔をしかめる。

「ほんとに同じ場面見てないんだ」

「同じ教室にはいるけどな」

 佐伯が低く言う。

「でも先生が振り向いた時点で、もうそこだけ」

「……」

「それ、結構きついな」

「かなりな」


 昼休み、僕たちは自然と後ろの棚の近くへ集まっていた。


「先生が悪いわけじゃないんだよね」

 木乃実が言う。

「うん」

「でも、見てる場所が違う」

「そう」

 僕は短く答える。

「たぶんそこが一番大きい」

「それ」

 三田村が小さく言った。

「昨日からちょっと思ってた」

「何を」

「先生って、ちゃんと見ようとしてくれてる」

「うん」

「でも、黒崎くんが先に“いい方”を見せると」

「……」

「そこから始まっちゃう」

「……」

「うん」

 僕は頷いた。

「たぶんそう」

「じゃあ」

 木乃実が聞く。

「どうすればいいの?」

「……」

「そこだよね」

 佐伯が言う。

「先生に同じ場面を見てもらわないと、ずっと噛み合わない」

「……」

「そう」

 僕は少し考えてから答えた。

「たぶん今、必要なのはそこ」

「同じ場面」

「うん」

「つまり?」

 木乃実が首をかしげる。

「先生が振り向いた時にはもう終わってる、じゃなくて」

「うん」

「先生が見てる範囲の中で、前後ごと共有できる形」

「……」

「うわ」

「何」

「今の、かなり神代くんっぽい」

「褒めてる?」

「かなり」

「最近そこ割合なしだな」

「今日は本気でそう思った」


 少し離れたところから、エヴァが静かに言った。


「ようやく、そこまで辿り着きましたのね」


「何だよその言い方」

 僕が聞くと、エヴァは平然としている。


「そのままの意味です」

「先生が悪いんじゃなくて、場面がずれてるってやつか」

「ええ」

 エヴァは頷いた。

「昨日までのあなたは、“先生に話せば少し変わるかもしれない”の段階」

「うん」

「でも今は違う」

「……」

「“先生と同じ場面を共有しないと、話だけではずれる”と理解した」

「……」

「そこは大きいです」

「……」

「何ですの」

「いや」

 僕は少しだけ息を吐く。

「今の、わりとちゃんと褒めたな」

「違います」

「早いな」

「違います」

「二回言った」

「必要だったのです」

「便利だな」

「あなた方ほどではありません」


 朱音は、その会話を聞きながら少しだけ真面目な顔になった。


「じゃあ、次の方針決まったね」

「何が」

 僕が聞くと、朱音はまっすぐ言った。

「黒崎くんが失敗するの待つんじゃなくて」

「うん」

「先生がちゃんと見る場面を揃える」

「……」

「そこだよ」

「……」

「何」

「いや」

 僕は苦笑した。

「おまえ、そういう時ほんと実戦向きだなって」

「長いからね」

「またそれか」

「便利だよ」

「その便利、ほんと万能だな」


 午後の授業が終わる頃には、僕の中で一つだけはっきりしていた。


 同じ場面を、先生が見ているとは限らない。

 だったら、見えるようにしないといけない。

 つまり次は、黒崎が崩れるのを待つより、先生が前後ごと見える場面を作る方向へ行くべきなのだろう。


 その考え方は、少し前の僕にはなかった。

 だからたぶん、これは小さくない変化なのだと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ