表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
普通の青春をしたいだけなのに、隣の席も幼馴染も全然“普通”じゃない。~つくば市の県立高校に入学した俺は静かに青春するはずだったのに、隣の席の毒舌美少女と世話焼き幼馴染が放っておいてくれない~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/81

第59話 正しい側が焦ると、だいたい損をする

焦っている時の人間は、自分が思っているより分かりやすい。


 声が少しだけ早くなる。

 返事が一拍短くなる。

 まだ何も起きていないのに、起きたあとの言い訳みたいなことを先に頭の中で始める。


 そういうのは、たぶん顔にも出るのだろう。


 最近の僕はそのあたりを散々いじられているので、もう否定する気にもなれない。

 木乃実にも、佐伯にも、朱音にも、エヴァにすら。

 みんな最近、妙に人の顔を読む。


 そしてその日の僕は、たぶんかなり分かりやすく焦っていた。


 理由は単純だ。


 黒崎蓮司が、露骨に“いいやつ”をやり始めていたから。


 先生の前でプリントを配る。

 落とした物を拾う。

 頼まれる前に少しだけ動く。

 そこへ、前みたいな嫌な一言をほとんど混ぜない。


 それが一回や二回ならまだいい。

 でも数日続くと、さすがに効いてくる。


 僕たちが先生へ話したことが、逆に“少し考えすぎだったのかも”に見えやすくなるからだ。


 しかもそれを、向こうはたぶん分かってやっている。

 そこが、かなり嫌だった。


 朝の教室。

 木乃実が僕を見るなり、少しだけ顔をしかめた。


「神代くん」

「何」

「今日、だいぶ焦ってる」

「朝いちでそれ言うのやめろ」

「だってそうだし」

 木乃実は頬杖をつく。

「しかも、“黒崎くん最近感じいいじゃん”って先生に思われたらどうしよう、の顔」

「……」

「図星」

「最近ほんとに逃げ道ないな」

「神代くんが分かりやすすぎるの」

「その標語、そろそろ印刷して配るぞ」

「やめて」


 後ろから佐伯が入る。


「でも実際そうだろ」

「何が」

 僕が聞くと、佐伯は眠そうな顔のまま言った。

「今の黒崎、かなり点稼いでる」

「……」

「先生から見たら、だいぶ“ちゃんとしてる側”に寄ってる」

「うん」

「で、そこ見てる神代は当然焦る」

「……」

「何だよ」

「いや」

 僕は少しだけ息を吐いた。

「最近のおまえら、ほんとにそこだけは遠慮ないなって」

「神代が分かりやすすぎる」

「そこで繋げるなよ」


 少し離れた席から、エヴァの声が届く。


「焦るのは分かりますが、ここで名前から入ると負けますわよ」


 その一言が、かなりまっすぐ刺さった。


「朝から重いな」

 僕が言うと、エヴァは平然としていた。


「重くありません」

「重いよ」

「今のあなたに必要なだけです」

「……」

「何ですの」

「いや」

 僕は苦笑した。

「君、最近ほんとにそこを容赦なく言うなって」

「容赦する方が危ないからです」

「便利な理屈だな」

「あなた方ほどではありません」


 朱音は、その会話を聞いたあとで机の横まで来た。


「エヴァさんの言う通り」

「……」

「何だよ」

「今の恒一くん」

 朱音は少しだけ声を落とす。

「“ほらやっぱり黒崎くんが”って言いたくなってる」

「……」

「図星」

「何で分かる」

「長いからね」

「またそれか」

「便利だよ」

「その便利、ほんと万能だな」


 朱音はそこで少し真面目な顔になった。


「でも、ほんとにそこ危ない」

「……」

「今の黒崎くん、嫌な一言を減らして“いい人”だけ濃くしてる」

「うん」

「だから今ここで、こっちが焦って“でもでも黒崎くんって”ってなると」

「……」

「先生から見たら、恒一くんたちの方が黒崎くんを悪く見すぎてるように映る」

「……」

「それ、嫌でしょ」

「かなりな」

「なら」

 朱音は言った。

「今は、焦ってるってちゃんと自覚した方がいい」

「……」

「何」

「いや」

 僕は小さく息を吐いた。

「それ、だいぶ正しいなって」

「でしょ?」

「うん」

「じゃあ今日は、まずそこから」


 一時間目。

 遠山先生は相変わらず大きくは動かない。


 でも、前より少しだけ見ている。

 そこは分かる。


 分かるのだが、同時に黒崎の“感じのよさ”も目につく。

 先生が配布物を運ぼうとした時に「持ちますよ」と先に手を出す。

 忘れ物をしたやつに「これ使う?」とさらっと言う。

 それだけなら、本当に良いことだ。


 だからこそ焦る。


 これでまた、僕たちが話したことが軽く見えたらどうしよう。

 そういう考えが、頭のどこかで何度も浮く。


 浮くたびに、たぶん顔が少しだけ固くなる。


 昼休み。

 後ろの棚の近くで、木乃実がぽつりと言った。


「私さ」

「うん?」

「ちょっと不安」

「何が」

「このまま行くと、先生が“黒崎くん普通にいい子じゃん”って思わないかなって」

「……」

「思うかも」

 僕は正直に言った。

「うわ」

 木乃実が顔をしかめる。

「そこ、もう少しごまかしてよ」

「ごまかしても意味ないだろ」

「まあそうなんだけど」

 木乃実は小さくため息をついた。

「でも、嫌だなあ」

「かなりな」

 僕が答えると、三田村も小さく頷いた。


「俺も」

「……」

「最近、黒崎くん普通に感じいいもん」

「……」

「だから余計に、あれ?ってなる」

「……」

「何だよ」

「いや」

 僕は少しだけ視線を落とした。

「たぶん、今そこを不安に思うの普通だなって」

「普通?」

 木乃実が聞く。

「うん」

「何で」

「向こうがそこ狙ってるから」

「……」

「感じよく見える方だけ濃くして」

「うん」

「こっちを焦らせる」

「……」

「で、焦って名前から行ったら」

「……」

「負け」

「……うわ」

 木乃実が本気で嫌そうな顔をした。

「それ、ほんと嫌なゲーム」

「ゲームにしたくないけどな」

「でもやってることはそうじゃん」

「……」

「かなりな」

 僕が答えると、三田村が少しだけ顔を曇らせた。


「じゃあ、どうすればいいんだろ」

「……」

「今の黒崎くん見てると、普通に“いいやつ”っぽい時あるし」

「うん」

「それでも、今までのことが消えるわけじゃない」

「うん」

「でも、それ言おうとすると、こっちが嫌ってるだけみたいになる」

「……」

「それが」

 三田村は少しだけ言葉を探してから言った。

「ちょっとしんどい」


 その“しんどい”は、すごく正しかった。


 焦る。

 不安になる。

 でも、そこで名前から行けない。

 行けばたぶん損をする。


 正しい側にいるつもりなのに、動き方を間違えるとこっちが面倒な側に見える。

 それが、今のいちばん嫌なところだ。


「だから焦るのは自然ですわ」


 エヴァが静かに言った。


 いつの間に来たのか分からない。

 いや、分からないは嘘だ。たぶん少し前から聞いていたのだろう。この人は本当に必要な場面だけ会話へ入ってくる。


「何だよ」

 僕が聞くと、エヴァはまっすぐこちらを見た。


「今の黒崎蓮司は、まさにそこを狙っています」

「……」

「遠山先生が少し見始めた」

「うん」

「だから、今度は“普通に感じのいい生徒”を濃くする」

「うん」

「すると」

「……」

「こちらは、“あれ、やっぱり気にしすぎだったのでは”と少し揺れる」

「……」

「そこへ焦って、“でも黒崎蓮司は”と名前から入る」

「……」

「それが一番、向こうの望む流れです」

「……」

「何ですの」

「いや」

 僕は少しだけ苦笑した。

「やっぱり君、そこ本当にきれいに切るなって」

「切らないと分かりませんもの」

「それはそうだけど」

「そして」

 エヴァは淡々と続ける。

「今の段階で必要なのは、黒崎蓮司を悪者として強く押すことではありません」

「うん」

「同じことがどれだけ続いたか」

「うん」

「先生の前ではどう見えやすいか」

「うん」

「そして、こちらが焦っていることを自覚することです」

「……」

「焦っていることを自覚」

「ええ」

「何でそれが必要なんだ」

「自覚していない焦りは、だいたい声を早くします」

「……」

「今のあなた、少しその気配があります」

「……」

 そこで、僕は思わず黙った。


 図星だったからだ。


 たしかに今日は、いつもより言葉が少し急いでいる感じがある。

 頭の中で先回りして、“もしこう見えたら”“もし先生がこう受け取ったら”を考えすぎている。


 それは焦りだ。

 認めたくはないが、たぶんそうだ。


「……分かった」

 僕は小さく言った。

「うん」

「今、焦ってる」

「ええ」

 エヴァは頷く。

「それを認められるなら、まだましです」

「そこ、相変わらず評価が容赦ないな」

「優しくしてほしいんですの?」

「そこまでは言ってない」

「でしょうね」


 朱音が、その会話を聞いて少しだけ笑った。


「珍しいね」

「何が」

 僕が聞くと、

「恒一くんが、自分で“焦ってる”って言うの」

と朱音は答えた。

「……」

「何だよ」

「いや」

 朱音はやわらかく肩をすくめる。

「そこ認めるの、前より強いなって」

「そうか?」

「うん」

「前はもっと、“別に”で押し切ってた」

「……」

「今は、“焦ってるから気をつける”に行ける」

「……」

「それ、かなり大きい」

「……」

「何」

「いや」

 僕は苦笑した。

「今日はみんな、やたら僕の内面を分析するな」

「必要だから」

 木乃実が言う。

「またそれか」

「便利だからね」

「ほんと流行ってるな」


 窓の外は、昼過ぎの少し白い光だった。

 教室の中では、黒崎がまた誰かのプリントを拾っていた。


 それを見ても、今すぐ何か言う気にはならない。

 いや、言いたくないわけじゃない。

 でも、今そこへ行くとたぶん損をする。


 正しい側が焦ると、だいたい損をする。

 そのことを今日は、朝から何度も思い知らされていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ