表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
普通の青春をしたいだけなのに、隣の席も幼馴染も全然“普通”じゃない。~つくば市の県立高校に入学した俺は静かに青春するはずだったのに、隣の席の毒舌美少女と世話焼き幼馴染が放っておいてくれない~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/81

第52話 教室の問題が、教室だけで終わらないと知る日

教室の中の問題だと思っていたものが、実は教室だけで終わらない。


 そう分かる瞬間というのは、たぶん少し遅れてやって来る。


 最初はただの嫌な軽口に見える。

 次に、誰かが少しずつ下へ置かれていく流れに見える。

 そのあとでようやく、先生の見え方や、大人の立場や、親の顔色みたいなものが混ざり始める。


 そこまで来ると、もう“クラスの感じ悪いやつ”だけでは済まない。


 そして今の僕は、たぶんその境目のところに立っていた。


 昨日、黒崎ははっきり大人の話を出した。


 先生って立場ある。

 学校もいろいろある。

 うちの親はそういうの詳しい。

 だから、変なとこまで行かない方がいい。


 露骨じゃない。

 でも意味は十分すぎるくらい分かる。


 つまり、ここから先は面倒になるぞ、と。

 教室の中だけの話じゃ済まなくなるぞ、と。


 あれを聞いた時点で、たぶんもう前と同じ見方ではいられないのだろう。


 朝の教室。

 いつも通りの顔をした朝なのに、僕の中では一つだけ何かが変わっていた。


 木乃実がそれにすぐ気づく。


「神代くん」

「何」

「今日、昨日より一段重い」

「最近そればっかり言われてるな」

「だってそうだもん」

 木乃実は頬杖をついた。

「しかも今日は、“黒崎くん嫌だな”じゃなくて、“これもう教室の話だけじゃないな”って顔」

「……」

「図星」

「本当に顔で全部分かるな」

「神代くん限定だけどね」

「嬉しくない」

「でも当たってる?」

「かなりな」

「ほら」

「そこで勝った顔するな」


 後ろから佐伯が会話に入る。


「昨日の親の話だろ」

「うん」

「“先生って立場あるし、学校もいろいろあるし”ってやつ」

「……」

「正直、あれ聞いたあとだと」

 佐伯は少しだけ眉をひそめた。

「もうクラスの中だけでどうこうって感じしないよな」

「……」

「だよね」

 木乃実もすぐ言う。

「だって、“先生も面倒にしたくないだろ”って前提で喋ってるじゃん」

「うん」

「それ、普通の同級生の喧嘩の延長じゃない」

「……」

「何だよ」

「いや」

 僕は少し息を吐いた。

「やっぱり、同じこと思ってるんだなって」

「思うよ」

 木乃実は即答した。

「むしろ昨日ので思わない方がむずかしい」


 少し離れた席から、エヴァの声が届く。


「ようやく、認識が追いつきましたわね」


「その言い方、ちょっと刺さるな」

 僕が返すと、エヴァは平然としていた。


「刺さるべきです」

「はっきり言うな」

「必要なので」

「便利な理屈だな」

「あなた方ほどではありません」

「で?」

「で、とは何ですの」

「今の認識」

 僕が言うと、エヴァは少しだけ視線を上げた。

「黒崎蓮司は、教室の中で感じの悪い流れを作るだけの人間ではない」

「うん」

「背景を“使えるもの”として認識している」

「……」

「つまり」

「つまり?」

「教室内の理不尽と、大人の都合が繋がり始めている」

「……」

「そこまで来れば、もう“ただ嫌な同級生”ではありません」

「……」

「何ですの」

「いや」

 僕は少しだけ苦笑した。

「最近の君、やっぱり言葉にすると容赦ないなって」

「曖昧にして軽くなる方がよほど面倒です」

「それはそうだな」


 朱音は、今日に限って朝からずっと少し不機嫌だった。


 たぶん昨日の話を、まだ引きずっているのだろう。

 それも朱音らしい。あいつは、教室の中で嫌なことが起きた時より、僕や周りが“見えない圧”に触れた時の方が怒る。


「恒一くん」

「何」

「昨日のやつ」

「うん」

「やっぱり、かなり嫌」

「分かる」

「ただ嫌なだけじゃなくて」

 朱音は声を落とす。

「“うちの親”で押し返せるって思ってる感じが、かなり嫌」

「……」

「何その顔」

「いや」

 僕は少しだけ苦笑した。

「ほんと、そこだよなって」

「うん」

「教室の中の空気ならまだ、見える」

「うん」

「でも、そこへ大人の話が混ざると」

「急に見えなくなる」

「……」

「でしょ?」

「かなりな」

 僕が答えると、朱音は静かに頷いた。

「だよね」


 一時間目のあと、三田村が珍しく自分から僕の席へ来た。


「神代くん」

「うん?」

「昨日、ちょっと寝つけなかった」

「……」

「何で」

「黒崎くんのやつ」

「親の話?」

「うん」

 三田村は小さく頷く。

「今までってさ」

「うん」

「黒崎くん、嫌なやつだな、くらいだった」

「……」

「でも昨日の聞いたら」

「うん」

「“ああ、だからあんなに余裕あるのかな”って思って」

「……」

「それ、ちょっと怖かった」

「……」

「うん」

 僕は短く答えた。

「僕もそう思った」

「……」

「何」

「神代くんも?」

「うん」

「……そっか」

 三田村は少しだけ息を吐いた。

「じゃあ、俺だけじゃないんだ」

「うん」

「でも」

「でも?」

「これ、どうすればいいんだろう」

「……」


 その問いが、すごく重かった。


 どうすればいいのか。


 前までならまだ言えたかもしれない。

 順番を見よう、とか。

 誰が何を言ったか残そう、とか。

 そういう方向で。


 でも今は、その先に“大人の都合”が見えてきてしまった。

 だから簡単なことが言いづらい。


「……分からない」

 僕は正直に言った。

「今はまだ」

「……」

「でも」

「でも?」

「少なくとも、“ただのクラスのノリ”では済まないってことだけは分かった」

「……」

「それ、大きいと思う」

 三田村は黙って、それから小さく頷いた。

「うん」

「何」

「神代くんが分からないって言うの、ちょっと安心する」

「何で」

「前よりちゃんと怖がってる感じするから」

「……」

「そこ、安心するって変かな」

「変じゃない」

 僕は少し苦笑した。

「たぶん僕も、今はそこを適当に軽くしたくない」

「……」

「だから分からないままにしてる」

「うん」

「それは、たぶん前よりまし」


 木乃実もそこへ来て、会話に混ざる。


「私も昨日ちょっと考えた」

「何を」

 僕が聞くと、木乃実は少しだけ真面目な顔になる。

「黒崎くん、もし本当に親がそういうのに顔利く系だとしたら」

「うん」

「先生もやりづらいのかな、って」

「……」

「それ考えたら」

「うん」

「黒崎くんのこと嫌い、で終わらなくなっちゃった」

「……」

「どういう意味」

「だって」

 木乃実は僕を見る。

「先生が見えてないんじゃなくて、見えてても動きづらい部分あるのかもって思ったら」

「……」

「それ、ちょっと怖い」

「……」

「うん」

 僕は頷いた。

「分かる」

「でしょ」

「かなり」

「嫌だなあ」

 木乃実は本気でそう言った。

「普通の高校生活って、そこまで考えるものじゃなくない?」

「たぶん違う」

「だよね」

「でも今は必要かも」

「ほんと嫌な必要」


 昼休み。

 エヴァと少しだけ話す時間があった。


「ようやく、教室内の正しさだけでは足りないと理解しましたのね」


 その言い方は、やっぱり少し刺さる。


「足りない、か」

 僕が言うと、エヴァは頷いた。

「ええ」

「何が足りない」

「今の段階では、二つです」

「二つ?」

「一つは」

 エヴァは指先で机の縁を軽くなぞった。

「誰が何をしたか、崩れない順番」

「うん」

「もう一つは」

「……」

「それを、誰にどう届かせるか」

「……」

「教室の中で正しいことと」

「うん」

「学校の中で動けることは、同じではありません」

「……」

「何ですの」

「いや」

 僕は少しだけ息を吐いた。

「最近の君、やっぱりそこをはっきり分けるなって」

「分けないと危ないからです」

「……」

「今のあなた」

 エヴァは僕を見る。

「ようやく、そこを本気で考え始めています」

「……」

「それは悪くありません」

「珍しく素直だな」

「気のせいです」

「いや」

「気のせいです」

「押し切るなあ」

「必要なので」


 午後、教室の外で黒崎とすれ違った時、あいつは何でもない顔で笑っていた。


 でも、その笑顔を見ていて思う。


 こいつは、もう単純じゃない。

 いや、最初から単純ではなかったのかもしれない。

 ただこっちが、ようやくそこへ追いついただけだ。


 教室の中で空気を作る。

 先生の前で感じのいい顔をする。

 外では“最近クラスだるい”を混ぜる。

 必要なら親や学校や先生の立場の話まで出す。


 そこまでやるなら、もう対処の仕方も変えなきゃいけない。


 放課後、朱音が言った。


「恒一くん」

「何」

「昨日からずっと、顔が少し変わった」

「どう変わった」

「前は“黒崎くん嫌だな”の顔が多かった」

「うん」

「今は“ここから先どうするか”の顔」

「……」

「何だよ」

「いや」

 僕は少しだけ苦笑した。

「そこまで分かるの、ほんとすごいなって」

「長いからね」

「またそれか」

「便利だよ」

「そこ本当にぶれないな」

「でも本当だし」

 朱音は少しだけ真顔になる。

「教室の問題が、教室だけで終わらないって知っちゃった日って」

「……」

「たぶん、前より考え方変わるよ」

「……」

「今の恒一くん、たぶんもうそこにいる」


 その言葉に、少しだけ黙る。


 たしかにそうかもしれない。

 昨日までと同じ見方では、もう足りない。

 そして足りないと分かった以上、次はたぶん、言う相手も言い方も選ばなければいけない。


 教室の問題が、教室だけで終わらないと知る日。

 たぶん今日は、そういう日だったのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ