17.水面下の圧力
侯爵が去って三日後
屋敷の空気が、微妙に変わり始めた
最初は些細なことだった
取引先からの書簡
いつもは穏やかな文面が、どこか曖昧に濁されている
長年付き合いのあった商会が、突然“再検討”を申し出てきた
父の表情が、日に日に険しくなる
「妙だな……」
書斎から漏れ聞こえた、低い呟き
さらに、母の茶会の招待状が、立て続けに取り消された
理由は体調不良、家の都合、遠方への急用
けれど偶然にしては、出来すぎている
そして決定的だったのは
「レティシア様……」
控えめにノックをして入ってきた執事の顔が青ざめていた
「西の葡萄園との契約が、急遽白紙に戻されました」
胸が、嫌な予感で締めつけられる
その夜、父が重い声で言った
「……グリムヴァルト侯爵家が、裏で動いている可能性がある」
名を聞いた瞬間、指先が冷える
「証拠はない
だが、彼の影響力を考えれば不可能ではない」
グリムヴァルト侯爵家は、王都でも有数の資産を持つ
貴族議会での発言力も強い
正面から争えば、無傷では済まない
“私は諦める性分ではない”
あの言葉が、蘇る
数日後
王都の通りで、露骨な視線を感じた
馬車の窓越しに見えたのは、見覚えのある紋章
黒地に銀の狼
わざとだ、見せつけるように
そして追い打ちをかけるように届いた、一通の書簡
「ヴァルグレイヴ家の今後を案じている
賢明な判断を期待する」
署名はない
だが、誰のものかは明らかだった
胸がざわつく
これは、私一人の問題ではない
家を、両親を、使用人たちを巻き込んでいる
「……私のせい」
思わず零れた言葉
「違います」
低く、はっきりとした声
振り返ると、そこにはアレクシス様がいた
「これは力を誇示するための揺さぶりです
本気で潰す気なら、もっと静かに、確実にやる」
冷静な分析
だが、その瞳の奥には鋭い光が宿っている
「なる……ほど?
あの、所でアレクシス様はどうしてここに?」
アレクシス様はが微笑む
「お父君に今回の事で話がありまして
貴方の友人として、色々手助けをしたいのです」
その声は穏やかで私を安心させようとしてくれているのが伝わってくる
「怖いですか?」
不意に問われる
私は少し考えて答える
「……怖いです
このまま折れて婚約する事になるのは嫌です」
正直に答える
「レティシア、安心して下さい
そんな事は絶対におきません」
アレクシス様の声はひどく落ち着いていて、けれど、どこか氷のような冷たさも感じられる
窓の外では、夕陽が赤く沈みかけていた
戦いは、始まったばかり
けれど、私は一人ではない




