12.襲来
昼下がりの静寂を引き裂くように、重厚な馬車の車輪の音が屋敷中に響き渡った
石畳を踏みしめる蹄の音
慌ただしく駆ける使用人たちの足音
そして、エントランスの扉を震わせる、幾度もの力強いノック
慌ててホールへ駆け込むと、その中心に立つ人物の姿が、視界に飛び込んできた
眉目秀麗、堂々たる体躯、磨き抜かれた装いから漂う、揺るぎない自信
彼は無遠慮に、値踏みするかのような視線で私を見据えている
「貴方がヴァルグレイヴ嬢か?
話があり、伺った」
低く、冷たい声
有無を言わせぬ威圧
喉がひゅっと鳴り、息が詰まる
「は、……話、ですか?」
情けないほど震える声
傍らの侍女に支えられながら、どうにか姿勢を保つ
侯爵は、わずかに口元を歪めた
「私はアルベリク・フォン・グリムヴァルト
貴方と私の婚約について、話をまとめに来た」
婚約
その言葉に体が強張る
私が?
この方と?
聞いたこともない話だ
あまりに唐突で、あまりに一方的
私の意思も、この家の意思も、まるで初めから存在しないかのように
「……あの、……お父様たちにもご相談しなければ」
縋るように言葉を紡ぐ
父は仕事で不在
母は他家の茶会へ出席中
今この場に、私を守ってくれる者はいない
この言い分で今は、何とか帰ってもらえないだろうか
「ああ、父君には成立後に話せばよい
私との婚約は、この家にとって利益になる」
両親がいないのを聞き、最初から分かりきっていたかのよう、そう言う
その態度にこの人は最初から私が1人なのを知っていてここにきているのだと確信する
私が内気で、強く押せば折れるだろうことも
“家の利益”
その言葉が、ずしりと心にのしかかる
貴族令嬢として、常に背負わねばならない義務
「そ、その……あまりにも突然で……」
言葉が続かない
侯爵の目は笑っているのに、その圧力は重く、逃げ道を封じる冷たい光が宿っている
侍女たちが気圧されるように距離を取る
どうすればいいの?
何を言えば?
ここで頷いてしまえば
——もう、アレクシス様と会う事は
???
……どうして今、あの方のことを?
胸の奥が、きゅっと締めつけられる
駄目
このままでは
私は小さく息を吸い込み、背筋を伸ばした
「申し訳ございません、グリムヴァルト様
私にも意思がございます
少し、お時間をいただけませんか
よろしければ、応接室へご案内いたします」
震えを押し殺し、精一杯の礼節をもって抗う
侯爵は眉をわずかに上げた
予想外だったのだろう
「……ほう
では、少し話を聞こうか
案内してくれ」
威圧は僅かに緩んだ
だが、その探るような視線は消えない
私は侍女を伴い、静かに歩き出す
内心の動揺と恐怖を抑えつつ、彼を応接室へ案内する
侯爵の圧力は強い
けれど、絶対にこの婚約話を白紙にしようと考えを巡らせ、覚悟を決める
その決意だけを胸に、応接室の扉へと手を伸ばした




