350話 覚醒
話し合いというか、報告になってしまったが、関係者に事情を説明し終え、俺たちはさっさと四十二区へ引き返すことになった。
「急なことで驚いたけれど、まぁ、ヤシロ君のすることだからね」
馬車に乗り込む前、オルキオが俺に声をかけてきた。
「これから、来たる日までに少しでも勢力を拡大できるように動いておくよ」
「俺をダシに、これまで『そこまで手を出してもいいのかなぁ』って二の足を踏んでいた他区への進出の理由付けしてんじゃねぇよ」
「あはは。見透かされているか」
獣人族や虫人族が仕事にあぶれているのは三十五区だけではない。
今まで以上に精力的に他区に干渉していくのだろう。
あんまり派手に動くと、その区の領主の反感を買う恐れがあるからなぁ。
「お、なんだ? うちの区の救済措置が不十分だと言いたいのか?」ってな。
まぁ、実際不十分だから仕事にあぶれてゴロつきギルドなんて集団を作っちまっているんだが、それにしても表立ってそういう連中の救済を始められると領主という立場的に面白くないのも事実だろう。
手は足りないが他人にうまいことやられるのも領主としてのプライドが――と、まぁ、その辺も面倒くさい話になるんだ。
だから「あなたなら十分な救済が可能なのは分かっていますが、今は対ウィシャートとその後のために勢力を拡大させたいので、どうか私に出しゃばらせてください」と、協力を要請する姿勢で接すれば領主としても「じゃあ、協力してやるよ。本当はうちだけで十分事足りてたけど、そこまで言われるとしょーがないもんなー」という体面を保てると。
かーっ! めんどくせっ!
外周区の領主どもなんぞ、「お前らダメダメだから俺に任せとけ」くらいの態度で十分だと思うんだけどなぁ。
けどまぁ、あのエステラでさえ軽んじられたり侮られるとナタリアが激怒するからなぁ。
貴族様の体面問題はややこしいものでござ~い。ってか。
「まぁ、精々頭を下げて回ってくれ」
「あぁ。実はそういうのは得意なんだよ」
オルキオは争いを好まない上に、妙なプライドにこだわることもない。
自分が折れて丸く収まるなら進んで折れるようなタイプだ。
こいつが意固地になるのは、シラハ関連のことだけだろうな。
「調子に乗ったどこぞの領主が『見返りにシラハと一日デートさせろ』とか言ってきたらどうする?」
「あははっ。その時は、この街から一つの区がなくなるだろうね」
まぁ怖い。
オルキオも、貴族の怖さだけはなくしてないんだよなぁ。
きっと潰し方もよぉ~く知っているのだろう。
「あぁ、そういえば」
冗談の後に、オルキオが少し真剣な表情を見せる。
「土木ギルド組合の内部が少々ゴタついているようだよ」
「組合が?」
「そう。まぁ、各区で脱退する大工たちが大勢出たからね」
「隣の芝が青く見えてるってのか?」
なんか、抜けたヤツらの方が楽しそうじゃね?
仕事も減ってなくね?
組合にいても圧力かけられるだけでメリットなくね?
的な不満を持つ者でも出てきたのだろうか。
「いや、領主様たちのせい……もとい、影響、かな?」
ここ一番の苦笑を見せるオルキオ。
外周区の領主どもが何かしでかしたのか?
「みんな、自分の区に大衆浴場を欲しがっているんだよ。あと、水道をね」
「あぁ……それで、組合を無視してトルベック工務店にラブコールしまくってるってわけか」
「そういう情報は、隠してもどこかから漏れ出てしまうからね」
それで、組合にもその噂が届いたと。
「大きな浴場ということなら、きっとどこの大工でも作ることは出来ると思うんだ。大きいだけならね」
だが、この街の風呂はデッカい釜に水を張って薪でガンガン焚き上げる、五右衛門風呂形式が基準だ。
そんなもんをただ単純にデカくしたら……火災が起こるわ。
燃料費も維持費も途方もない額になるだろう。
それでは意味がない。
やっぱり、トルベック工務店が握っている『新しい風呂』の情報が不可欠となる。
テッポウ風呂か、ボイラーで沸かした湯を水道で浴槽へ送る四十二区のスタイルでないと大衆浴場は成功しないだろう。
まぁ、他所の大工も研究開発すればいずれそこにたどり着くだろう。
お手本は四十二区にあるのだし。
とはいえ、本家と模倣品が同じ値段では競争にならないだろうが。
ついでに言えば、安全面でも不安が拭いきれないだろうが。
あと、トルベック工務店の技術を丸パクりした大衆浴場を自区に作るなんて面と向かってケンカ売るような真似をしたら、今後一切の協力を拒否されるだろうことくらいは分かるだろうし。
そんなリスクを負ってまでわざわざ組合に頼みはしないよな。
そもそも、自分が領主だとして考えれば、なんで組合ごときにとやかく言われなきゃいかんのだって発想になる。
これまで散々「え、そんなことしていいんですか? 大工貸しませんよ?」なんて圧をかけてきていた組合だ。切れるチャンスがあるなら切ってしまいたいというのが本音だろう。
こういうのを、身から出た錆って言うんだろうな。
「はみ出た乳ってやつだな」
「もしかして、身から出た錆かな?」
「そう、それだ」
「全然違うよ、ヤシロ君!? 君のスイッチはどのタイミングで入るのか分からないから心臓に悪いよね」
オルキオがげっそりしている。
おいおい、そんな情けない顔をするなよ。
ここら一帯の獣人族虫人族を束ねて力を得ようって時によ。
もっとドンと構えておけよ。舐められると終わりだろう、こういうのは。
「頼りない顔をするなよ、大将」
「あはは。私が頼りないから、周りのみんなが支えてくれようとしてくれる。そういう関係だよ、私のところは」
ウィシャートとは違い、力ではなく心で人を掌握しているのか。
ま、その方が反乱は起こりにくいだろうな。
少なくとも、ゴッフレードみたいなヤツが上司だったら、都合のいい時だけ利用していらなくなったらポイ捨てしようって発想しか湧いてこないもんな。
「ま、頼りにしてるよ」
「ヤシロ君に言われるとは、光栄だね」
「そんな大層なもんじゃねぇよ。俺はただの一般人だぞ?」
「あはは。自己認識だけが不得手なようだね、ヤシロ君は」
自己認識?
バッチリ出来てるっつーの。
おっぱいが大好きで、何にも束縛されず自由に生きる男。それが俺だ。
「ただし、おっぱいにだったら挟まれて拘束されてもいいと思っている!」
「だからね、急にスイッチが入るから、こっちはビックリするんだよね! 分かろうよ、そろそろ!」
知らん。
慣れろ!
「あ、そうだ。シラハ」
オルキオとの話が一段落したところで、ジネットからの伝言を伝えておく。
「ジネットがな、今度お泊まりに行っても構いませんか、だとよ」
「もちろんよ。出来ることなら、みなさんでお越しくださいね。楽しみにしているわと伝えてくれるかしら?」
「ん、言っとく」
カンパニュラの後見人になると、オルキオたちも三十区に引っ越すことになる。
その前に、シラハの屋敷へ遊びに行く。
きっとそれも思い出の一つとなるだろう。
それなりの年齢になってから住環境を変えるというのは結構しんどいものだ。
オルキオは四十二区にいた時期もあったが、シラハはずっと三十五区で生きてきた。
そのシラハが他区へ引っ越すとなると、それはさぞ心細かったり不安だったりするものだろう。
そういうところを考慮して、ジネットはそんなことを言い出したのだと思う。
引っ越してきたら引っ越してきたで、お祝いお泊まり会でもやりそうだけどな。
「また、近いうちに陽だまり亭にお邪魔させてもらうわ」
シラハが小さく手を振る。
話は終わりだ。
馬車に乗り込んでさっさと帰ろう――そう思った時。
「あーっ! カンパニュラだ!」
そんなガキの声が聞こえてきた。
振り返れば、ルシアの館の門にしがみつくように、数人のガキが群がっていた。
その後ろにはケモ耳を生やした獣人族が数名立っていた。
あいつらのガキか?
「オメェら、どうしてここに?」
タイタが言って、駆け出す。
どうやら、川漁ギルドの人間らしい。
まぁ、川漁ギルドの話は俺たちには関係ないだろう。
放っておいて馬車に乗り込もうとしたら、カンパニュラが俺の背中に身を隠した。
不安そうに、俺の服をきゅっと掴んでいる。
……あぁ、そうか。
カンパニュラの苦手を放置したままでは、いけないかもなぁ。
「カンパニュラ」
身を固くするカンパニュラを落ち着かせるように声をかける。
「気持ちの整理をしてから戻るか?」
「…………」
不安げな瞳が俺を見上げ、そして伏せられる。
「……そうですね。その方が、きっと、よいのでしょうね」
一度大きく息を吸って、カンパニュラがまぶたを開ける。
掴んでいた俺の服を離し、背筋を伸ばした。
強い子だ。
「ルシア、いいか?」
「うむ。ギルベルタ。彼らを招き入れてやれ」
「了解した、私は」
ギルベルタが駆けていき、門の前に集まった獣人族たちを庭へと招き入れる。
大人を差し置いてガキたちがわっと駆け寄ってくる。
そして、カンパニュラの前へとずらずらと並んだ。
「お前! 全然川に来ねぇじゃん! そんなんじゃ、仲間に入れてやんねーぞ!」
そんな、推定十歳程度のガキの発言に――
「よし、ぶっ飛ばそう」
「よしなよ、ヤシロ。大人げない」
――ちょ~っと、イラッてしちゃったゾ☆
「なんだこのガキ、踏み潰すぞ」
こまっしゃくれたガキ数名を、めっちゃ圧をかけて見下ろしてやった。
ぷぷっ、ビビってやがんの。
「あ? なんだ、兄ちゃん? うちの倅がなんかしたか? お?」
すると、俺の顔に影が覆い被さってきた。
見上げると、3メートル弱もあろうかというデカいオッサンがめっちゃ圧のこもった目で見下ろしてきていた。
きゃー、食われるー。
そのデカさで見下ろしてくるとか、お前は妖怪・見上げ入道か。
「おい、やめとけ」
タイタが見上げ入道を諫める。
いいぞ、タイタ。
俺を救え。で、俺は安心してガキをイジメる。
「止めねぇでくだせぇ、親方! こういうヤロウは、力で分からせてやらにゃあならんのでさぁ!」
なんて野蛮な。
そーゆー教育方針だから、倅がクソガキに育つんだぞ。
「どうしてもってんなら、止めねぇが――」
いや、止めろよ、タイタ!?
瞬殺されちゃうよ、俺!?
たぶん、お前が思っている以上に弱いからな!?
鼻息で吹っ飛んじゃう可能性あるからね!?
まぁ、そんなことはおくびにも見せず、澄まし顔で睨み返してるワケですが。
「――その兄ちゃんは、デリアのお気に入りだぞ?」
「ぐ……っ!」
見上げ入道が言葉に詰まり、額にデッカい汗の粒を浮かべた。
わぁ、デリアすごぉ~い。こんな遠く離れた区にまで名前が轟いちゃってるんだぁ~。
「おまけに、オメロの恩人だ」
「オメロさんの!? ま、まさか!? あんた、オオバヤシロさんかぃ!?」
えぇ……俺の名前知られてんの? つか、どんな風に噂されてんの?
それよか、『オメロさん』って。
アイツって、誰からもいじられる愉快ないじられキャラなんじゃねぇの?
なに、このほのかな敬ってます感?
最強世代とか言われてたけど、オメロだぞ?
泳げない、いつも洗われてる、見る度に半泣きの、あのオメロだぞ?
「もひとつ言っとくとね」
と、ルピナスが面白がってます感満載の表情で前へ出てくる。
「その彼が、噂の『カタクチイワシ様』なのよ」
「えぇぇぇええええっ!? こちらの方が!?」
なんかめっちゃ敬われたぁ!?
いや、怖っ!?
なに!?
三十五区、怖っ!?
「こほん。ルピナスよ。……その話はするでない」
「あら、まだ秘密なんですね、ルシア様」
「秘密……というほどのことでもない。ただ、取るに足らぬ噂には取り合う必要がないだけだ」
ルピナスの言葉に、ルシアが顔をしかめる。
つか、ちらってこっち見て視線逸らすんじゃねぇよ。
そーゆー態度が意味深に映るんだっつーの。
「いや、ヤシロ……、カタクチイワシ様って」
「俺に言うなよ、微笑みの領主様」
ここの連中からの敬いは、身に覚えのないことなんだよ。
そんなイタイ子を見るような目で俺を見るな。
「うわぁ~」とか呟くな。聞こえてんだよ、ばっちりな。
「……くっ、だ、だが……」
見上げ入道が額から汗をだらだら流しつつ、自身の息子だというこまっしゃくれたガキの肩に手を置く。
「子供同士のことに、大人が口を出すもんじゃねぇぜ! ……だと、思います、すみません」
なんか後半一気にしぼんでいったな、気概みたいなもんが。
「まぁ、確かに。子供らには子供らの付き合い方ってもんがあるしな」
タイタが見上げ入道の意見に賛同する。
は?
お前、いいのかよ?
カンパニュラが、こんな可愛げの欠片もないクソガキに暴言吐かれてよ、俺の後ろで怖がって小さくなってるってのによ。
「タイタ、ないわー」
「あの……父様には、父様なりのお考えがあるのだと……思います」
そんなバカ親を、カンパニュラが擁護する。
庇わなくていいのに。
「じゃあ、タイタ。もしガキどもが『今から海で遠泳で勝負だ』とでも言い出したら、お前はカンパニュラを海に行かせるのか? ……死ぬぞ?」
分け隔てなく平等にというのと、全員に同じ条件を課すってのは違うぞ?
そんなことないというなら、お前は今からメドラと素手で殴り合ってこい。
双方ともに武器無しでのデスマッチなら平等だろう? 決して公平ではないけれどな。
「お前は両親にそういう風に育てられ、デリアの親父にそう躾けられたのかもしれんが、お前とカンパニュラは違うぞ」
もしそれが分からねぇようなバカ親父なら、カンパニュラは返さねぇぞ。
「……確かに、そうだな。悪かった、カンパニュラ。お前のこと、もっとちゃんと見てやるべきだったな」
「いえ。父様はお忙しい方ですから」
「意訳。お前に期待なんかしてねーよ、ばーか」
「ごめんな、カンパニュラぁぁああ!? トーチャン、心を入れ替えるから! 大好きだからぁぁああ!」
「はい。十二分に存じておりますよ」
「……ヤシロ。絶妙なタイミングで的確に他人の心を抉る天才だよね、君は」
エステラからの称賛を耳に、今度はルピナスへ視線を向ける。
「ルピナスもタイタと同じ意見なのか?」
「そうねぇ……。川漁ギルドのオッカサンとしては、誰の子であろうと平等にっていうのが基本だったかもしれないわね」
元気過ぎるくらいがちょうどいい。
確かに、ここのガキ連中はそんな育てられ方をしているかもな。
力関係を明確に示して従わせる、パワハラなんて言葉がなかった時代の運動部ばりの縦割り社会なんだろうが……
カンパニュラは体の弱い女の子だぞ?
こんな、二階から突き落としても死にそうにないガキと同等の扱いは無理があるだろう。
「……ただ、一人の親としては、いい気はしないわよ……ねぇ?」
「パック! お前、謝れ! 今すぐ謝れ!」
見上げ入道がガキの後頭部を掴んで強引に下げさせる。
あぁ……タイタはなんとかなるけど、ルピナスには逆らえないんだ。
もうルピナスがギルド長やればいいのに。
「なんだよぉ! 父ちゃんだって、いつも言ってんじゃんか! あんなひ弱な子供じゃ川漁ギルドの将来が不安だって!」
「ばっ! それはっ!?」
ほほぅ……
ま~ぁ?
ガキが口にする悪態なんてもんは、基本的に親が陰で言っていることだったりするわけだしな。
そうかそうか。
川漁ギルドの連中は、カンパニュラが川漁ギルドを引き継ぐことを不安視していたわけか。
そりゃあな? 毒にやられてまともに動けなかったなんてこと知らないわけだし? 同じ年齢のガキ連中に比べれば体力も腕力もない貧弱な女の子に見えたろうし? そんな子じゃ、将来結婚して婿を取るにしても、力で統率を図るような川漁ギルドのトップを任せるのは不安だったよな?
それは、ある意味仕方ない。
仕方ないが……
「親が、ガキの前で口にする言葉は選べよ――ガキはお勉強したことだけを覚えるワケじゃねぇんだぞ?」
見上げ入道を見上げて睨み付ければ、「お、おぅ……っ」と、二歩後ずさりやがった。
カンパニュラは、川漁ギルドのガキどもの遊びにはついていけず、一人で過ごす時間が多いと言っていた。
そんなことが続き、自分は何者にもなれないのだと悲観していた。
だから、自分に出来ることを必死に探すようになっていた。
こんな小さい子を追い詰めやがって……
「確かに、デリアの親父さんは素晴らし人間だったのかもしれねぇな」
しみじみとそう思った。
「だってよ、四十二区の川漁ギルドの連中は、ガキや弱いヤツに対してそんなくだらねぇことは口が裂けても言わねぇからな。それに比べて三十五区は……、躾が行き届いてねぇんじゃねぇか、タイタ?」
「それは……」
四十二区の川漁ギルドの連中はバカばっかりだが、能力が劣る者を腐すことも、陰でこそこそ誰かを貶めるようなこともしない。
そんなことをするヤツがいたら、もれなくデリアの鉄拳制裁が下る。
「くだらねぇことしてんじゃねぇよ!」と怒るデリアの顔が容易に想像できる。
「ルピナスもだぞ。もう少し、娘のことを見ていてやれよ」
「……そうね。今となっては、自分が如何に至らなかったか、身に沁みて分かるわ」
ルピナスも反省しているようだ。
娘を溺愛はしていたのだろう。
だが、カンパニュラは出来過ぎた娘だった。
おのれのつらさを表に出さず、誰にも悟らせなかった。
両親にすら気付かれないようにひた隠しにしてきた。
ガキどもの輪に入れず自分を不出来だと思い込み、両親に迷惑をかけないようにと一人で我慢をし続けてしまった。
カンパニュラが特殊過ぎるってのも、まぁ、原因の一つではあるから、一概に責められるわけではないんだが……
「父様も母様も悪くはありません。私が、上手に甘えられなかったのがいけないのです。四十二区のみなさんと出会った今なら、そう思います」
――と、こういう思考に至ってしまうからなぁ、カンパニュラは。
カンパニュラがウィシャートの子飼いに脅されたことも、毒を盛られたことも、ルピナスたちは知らなかった。
川漁ギルドっていう一つの集団をまとめ上げる立場にあり、娘が手のかからないいい子なら、もしかしたら細かい異変には気が付けないものなのかもしれない。
でも、甘え方が下手なのは、ちゃんと甘えさせてやる環境が整っていなかったからだろう。
「私たちも、成長するわ。最愛の娘に置いていかれないように」
「お、おう! オレも! オレも成長するから! 大好きだからな、カンパニュラ!」
「はい。私も負けないよう、精進いたします」
お前の精進は速度が凄まじそうだな。
テレサ以上の成長速度を叩き出しそうだ。
「カンパニュラ。四十二区に帰ったら、ジネットやデリアに今日のこと話してやろうな」
「はい!」
あそこに帰れば、いくらでもカンパニュラを甘やかしてくれるヤツがいる。
今は、きっとそういう環境が必要なんだ。
しっかり変われよ、両親。
でないと、マジでもらっちまうからな?
「ヤーくん。みなさんと、少しお話をしてきてもいいでしょうか?」
両親がカンパニュラのために変わると宣言し、親子の絆はまた深くなった。
それが、カンパニュラに勇気を与えたのかもしれない。
カンパニュラは、一人でとことことガキ連中の前へと歩いていった。
居並ぶガキ連中。
大人同士のギスギスしたやり取りに、若干萎縮している様子はあるが、カンパニュラを見る瞳は、まだ見下したような色を帯びていた。
真ん中でふんぞり返っている見上げ入道の息子が、きっとガキ連中のリーダー格なのだろう。
名前はなんだっけ? パックだったか?
カンパニュラがパックの前に立つ。
「一つ、よろしいでしょうか」
「な、なんだよ?」
これまではきっと、一度たりとて反論などしなかったのであろうカンパニュラの方から声をかけられ、パックは警戒したように半歩身を退いた。
「私が川漁ギルドを継ぐことはありません。ですので、次代の川漁ギルドはみなさんで盛り立ててください」
「はぁ!? なんだよ、それ。お前、ギルド長の娘だろ!? 逃げんのか!?」
ギルド長とは認めないという態度を取りながら、ギルド長にならないと言えば「逃げるのか」ときたもんだ。
はっは~ん。なるほどなぁ。そーゆーことか。
ませガキが。
「確かに、父様はギルド長で、私は父様の娘ですが、私は川漁ギルドを継ぐことは出来ません。その理由を、今ここでお話しするわけにはいきませんが、その事実が覆ることはありません。どうか、ご安心ください」
「なんでだよ!? 拗ねたのかよ!?」
拗ねた? とは?
どういう理論を組み立ててんだ、このガキは?
「お前が、もっと頑張って体を鍛えたら、俺たちだって仲間に入れてやるつもりだったんだぞ! けど、お前は全然努力しないでさ! それで、ギルド長にならないとか、そんなの逃げてるだけじゃん!」
あぁ、そうか。
こいつらはチャンスを与えてやっていたつもりなのか。
厳しいことを言って、奮い立たせて、カンパニュラが努力して体力を付けたら「やれば出来るじゃねぇか」と、上から目線で認めてやるつもりだったと。
なんにも知らねぇでよ。努力してないとか……
「カンパニュラ、言ってやるか?」
「いえ、それは言い訳になりかねませんので」
カンパニュラは毒に冒され死ぬところだった。
努力だとかやる気だとか、そんなレベルの話ではなく、レジーナに出会っていなければ今この場にすらいることが出来なかったのだ。
命は助かっても、体内に残った毒は幼いカンパニュラの体力を奪い、蝕んでいた。
それを知らないガキはお気楽に「チャンスをやってる」つもりでいたようだ。
その事実を話せば、ガキは黙るだろうが――カンパニュラはそれを望まないらしい。
「確かに、私の努力が足りなかったのかもしれません。ですが、私がギルド長にならないことと、そのことは別問題です。どうか、私のことはお気になさらず、みなさんで次代の川漁ギルドを支えてください」
「訳分かんねぇこと言うなよ!」
パックが癇癪を起こし大声を張り上げる。
まぁ、分かる。
パックはカンパニュラが好きなのだ。
構ってほしくて、自分の思い通りにしたくて、自分の理想のカンパニュラとしていつまでも自分の隣にいてほしくて、それ以外を認めたくないのだ。
そんなやり方では相手を傷付けるだけだとか、理想の押しつけはウザいだけだとか、そういうことを学ぶのはもう少し大きくなってからだろうしな。
でもな。
カンパニュラは、もうそんな低次元にはいないんだよ。
諦めろ、ガキ。
お前じゃ、カンパニュラを振り向かせることは出来ない。
「頑張って体力を付けたら、一緒に川でも遊べるし、探検だって行けるし、キャンプにだって連れてってやるのにさ! 今だって、ずっと家にいないじゃん!」
拗ねてるのは、お前の方じゃねぇか、ガキんちょ。
大好きな女の子に会えなくて癇癪起こしてんだよな。
だがな。
カンパニュラは今、生きるために必死に努力してんだよ。
見えているものしか見ようとしないヤツが、他人を評価するな。
……って、ガキにはちょっと難し過ぎるか。
「そんなんじゃ、お前のこと仲間だって認めないからな! 友達じゃないからな!」
「はい。承知しております」
静かな声で言って、カンパニュラが寂しそうに微笑む。
「みなさんとお友達になれなかったのは寂しいですが、それは今後の課題としていつまでもこの胸に抱き続けておきます。ただ、今はもっと優先度の高いことがありますので、寂しいですが、ここでお別れです」
こんなことを言われても、嫌な思い出しかなくとも、友達になれる可能性をバッサリと切り捨てないのがカンパニュラらしい。
またいつか、もっと成長した時に「久しぶり」って会えるかもしれないもんな。
だが、それで納得しないヤツがいた。
パックだ。
「ふざけんなっ! 勝手に出て行くなんて許さないぞ!」
腕を突き出し、カンパニュラの腕を掴もうと突っ込んでくる。
さすがに止めるかと腕を伸ばしたら、それよりも早くテレサがパックの前に立ちはだかった。
「らんぼうは、だめ!」
パックの腕を掴み、その突進を食い止める。
これまで、聞いたこともないような険のある声だ。
「な……ん、だよっ、お前ぇぇえ!」
パックは掴まれた腕を振り解こうとしているが、成功していないようだ。
多少は動くものの、テレサの指はパックの腕を解放しない。
「かにぱんしゃは、すごいの! いいこなの! バカにしないで!」
牙を剥いて年上のガキ連中を威嚇する。
その迫力は、出会った当初のバルバラが可愛く見えるくらいに凄まじいものだった。
その証拠に、パックの後ろに控えていたガキ連中は揃って後ずさっていた。
「なんだよ! 放せよ! お前もボコボコにしちまうぞ!」
掴まれたのとは反対の手を振り上げるパック。
だが――
「……やってみれば?」
テレサから放たれた殺気をもろに浴びて、腕を振り上げたまま硬直してしまった。
テレサ……え、覚醒?
こんなテレサ、初めて見た。
「……ん、だよ……おま……かんけー…………ない、くせに……っ」
ついには泣き出し、パックが引きつる喉で負け惜しみを言い始める。
「あやまって。かにぱんしゃにひどいこといったの、あやまって!」
「……やだよっ」
「あやまって!」
「お前に関係ないだろ、チビ!」
パックが再び手を振り上げる。
その手を、そっと、カンパニュラの手が包み込んだ。
「やめてください」
言いながら、パックの手を静かに下ろさせる。
そして、ぴんと背筋を伸ばして、ルピナスをも凌駕しそうな迫力のある声で言う。
「私の大切な友人を侮辱することは、誰であろうと許しません」
……こんなカンパニュラも、初めて見る。
「かにぱ……しゃ?」
「かばってくださってありがとうございます、テレサさん。怖かったですね?」
カンパニュラが両手を広げると、テレサはカンパニュラの胸に飛び込む。
「……ぅう……っ!」
胸に顔を埋めると、途端に泣き出した。
そりゃ、怖いよな……自分の倍の年齢のガキだもんな。しかも相手は男だし。
「パックさん」
「はっ……はい」
カンパニュラに名を呼ばれ、パックが肩を跳ねさせる。
「私の努力が足りなかったのは認めましょう。ですが、私は自分で考え自分の将来を決めました。それを否定する権利は、あなたにはありません。あなたは、何よりもまずご自身の将来について考え、最良の道をお進みください」
関係ねぇヤツが出しゃばるな。
――を、物凄く柔らかく言った感じだな。
「それから、感情が昂ったとはいえ、酷いことを言ってしまいました。申し訳ありませんでした」
そして、深く頭を下げる。
先に酷いことを言ってきたのは向こうなのにな。
「では、参りましょう、ヤーくん」
「その前に」
澄ました顔をするカンパニュラを、泣いているテレサごと抱きしめる。
「ちゃんと自分で言えたな。偉いぞ、カンパニュラ」
「………………はい」
俺が出しゃばってガキ連中とその親を黙らせることは簡単だったが、カンパニュラはそれを自分でやり遂げた。
これは、盛大に褒めてやるべきことだろう。
「お前は立派だ、カンパニュラ」
「は……い。……ありがとう、ございます……」
カンパニュラの声が涙に揺れる。
ゆっくりと泣くがいい。
争いは、勝者にも敗者にも相当な負荷を与える。
よく乗り切った。
お前たちはすごいよ、カンパニュラ、テレサ。
「うぅ……っ! ヤダ、いやだぁぁあ!」
パックが地面に背を突け、ジタバタと手足を振り回す。
あ~ぁ、壊れちゃった。
いや、まぁ、俺もそこを経由してきたから分からんではないんだが……みっともねぇって、それ。やめとけって。
「カンパニュラ、行っちゃやだぁあ! ずっと一緒にいたいのにぃいい!」
もう、遅いんだよ。
お前が選択してきたのは、全部が全部間違った選択肢だったんだから。
次、頑張れ。な?
ファーストラブなんて、みんなそんなもんだ。
強く生きろ、ガキんちょ。
「私と一緒にいたい、ですか? どうして、私と一緒に?」
ほら、伝わってない。
カンパニュラがマジできょとんとしてんぞ。
ヤダヤダ言ってジタバタしてるだけじゃ伝わらねぇって。
……ったく、しょうがない。
「パックはな、お前のことが好きだったんだよ」
「え? ですが、あの……優しくしていただいたことは一度も……」
「あ~……なんというか、男っていうのは不器用なもんでな、好きな女の子に意地悪して気を引こうとしちゃうもんなんだよ」
「ヤーくんも、ですか?」
「俺は、まぁ、もうその辺は卒業したから」
「だから、ヤーくんは優しいのですね」
いや、優しいかどうかは別にしてな?
「そうだったのですか……」
呟いて、カンパニュラは赤くなった目尻を指でなぞる。
「パックさん」
そして、地べたに転がるパックに声をかける。
最後の希望に、パックが体を起こす。
その瞳は、天上から舞い降りる天使を見つめるように輝いていた。
想いが伝わった――
「申し訳ございませんが、私は乱暴で自己中心的な殿方は好ましく思えません。パックさんはまだまだ成長過程の途中です。どうか、これからは好意を寄せる方には優しくしてあげてくださいね」
――わけはなく、完全無欠に止めを刺されたようだ。
「では、皆様。ご健勝をお祈りいたします」
ぺこりと頭を下げて、カンパニュラが俺のもとへと駆け戻ってくる。
もう一度俺の胸に飛び込み、そしてぎゅっとしがみつく。
照れているのか、涙の跡を隠したいのか。
……と、思っていたら。
「私は、ヤーくんのように頼りになって優しい男性が理想です」
俺の腹に顔を埋めたままでもごもごとそんなことを呟いていた。
……うん。聞かなかったことにしとこう。
まだまだ子供だからな。うん。
「カタクチイワシ」
馬車に乗り込むと、ルシアが小窓を叩いた。
「んだよ」
「デミれ」
「くだらん呪いをわざわざ言いに来るな」
カンパニュラに抱きつかれたのを羨んでんじゃねぇよ。
「あまり、タイタとルピナスを責めてやるなよ。誰も彼もが貴様のように器用ではないのだ」
「知ってるわい」
ただ、ほんのちょっとイラッてしただけだっつーの。
誰だって最初は子育ての初心者なんだ。
親になった途端、子供のことをなんでも理解できるわけじゃない。
むしろそうじゃないから誰もが悩み苦しむんだ。
なまじ、頑丈過ぎる他所の子や弟子、後輩なんかを大量に指導教育してきたヤツほど幼子の脆さを理解できなくなってしまうことがある。
それに気付いて、変わっていこうってんだから、ルピナスとタイタは大したもんだ。
俺だって、いざ自分の番になったらうまく出来るか分かったもんじゃない。
……ま、自分のガキなんざ御免被るけどな。
自分に似ててもイヤだし、似てなくてもイヤだし。
俺のガキとか……想像できねぇ。
「で、あいつら、何しに来たんだ?」
「ん? あぁ、川漁ギルドの連中か」
チラリとタイタたちの方を見て――あ~ぁ、ガキ連中がギャン泣きしてるから親どもがおろおろしてやがんの。
パックの他にも、カンパニュラに惚れてた男がいたっぽいな。さすが、美少女。罪な女だねぇ~。
「タイタが指示も出さずに職場を離れたから探しに来たらしい」
「何やってんだよ、タイタ!?」
「急に呼び出したからな」
「誰かに言っとけよ! 副ギルド長とか! 右腕的なヤツもいるんだろ!?」
「タイタは、漁の腕は一流だが、統率力という面では少々難がある男でな」
「……どこの川漁ギルドも同じか」
でもまぁ、デリアはちゃんとギルドの連中に慕われてるし、命令系統もしっかりしてるし、何かあった時にもちゃんと意思の疎通は出来てるよな。
指示も出してるし。
やっぱ、タイタは教育が必要だな。
デリアにしごかれればいい。
「それはそうと、私のカンパニュラたんとテレサたんにあんまりくっつくな」
窓から腕を突っ込み俺の顔をぐいぐい押してくる。
やめい、痛い。
「近いうちにまた四十二区へ行く」
「そう頻繁に遊びに来んな」
「バカモノ。こういう時期だからこそ頻繁に行く意味があるのではないか」
ウィシャートと明確に敵対した今、ルシアが頻繁に四十二区に来れば、それだけウィシャートへプレッシャーをかけられるというわけか。
下手に突き回して暴発させるなよ。
「それから、ジネぷーに伝言を頼む」
ルシアがキリッとした顔で言う。
「三十五区専用のラーメン、楽しみにしていると」
「それは自分とこで考えろ」
「貴様が考えろ、カタクチイワシ! そしてジネぷー経由で私に教えろ!」
「そもそも御免だが、なんでわざわざ経由させんだ!?」
「貴様ごときに教わった料理と、ジネぷー直伝の料理では感じ方が雲泥だろうが!」
「てめぇには死んでも教えねぇ!」
こんのバカ領主が!
物の頼み方すら知らねぇらしい!
んべー! っと、舌でも見せてやろうかと思ったら、ぐっと胸ぐらを掴まれた。
そして、真剣な瞳が俺を睨む。
「……なんだ、よ?」
「…………いや、なんでもない」
何か言いたそうな顔で睨み付けたくせに、何も言わずに俺を解放するルシア。
……ん? まさか。
…………あぁ~、そういうことか。
ったく、何をナーバスになってんだか。
「まったく、そんなにムキになるなよなぁ、ラーメンくらいで」
やれやれと息を吐き、乱れた襟を正し、きちんと否定をしておいてやる。
「死ぬのは嫌なんで前言撤回だ。魚介を使った美味いラーメンを考えといてやる」
そう言えば、ルシアの口元が「にっ」っと持ち上がった。
へいへい。これで満足かよ。
「うむ。なかなか殊勝ではないか」
満足そうに、横柄な態度でほざくルシア。
……死ぬかよ、こんなことで。
いちいち敏感に反応すんじゃねぇ。
ウィシャートと敵対していることと、もしかしたらレジーナが危険な船旅に出たことも関係しているかもしれない。
「死ぬ」という言葉にナーバスになることは誰にもでもある。
こいつはたまたま、それが今だったのだろう。
そんなたまかよ、お前が。
「明日、会いに行く」
こちらに背を向けて、ルシアが言う。
明日とはまた、急だな。
「そんな早くラーメンは完成しねぇぞ」
「させておけ。これは命令だ」
「よし、全力で断る!」
「なら、さっさとウィシャートを引きずり下ろせ」
こちらに顔を向けることなく、片手を適当にひらひら振ってルシアは馬車を離れる。
十分に離れた後で「……そうすれば心配の種が減る」と呟いた。
俺に伝えるつもりのない呟きだったのだろうし、ま、聞かなかったことにしといてやろう。
「やはり、ヤーくんは優しいですね」
「何を見てたんだ、カンパニュラ。俺は怖ぁ~い領主様に仕事を押しつけられただけだぞ」
「えーゆーしゃ、しゅち!」
「わぁ、なんか告白された。持って帰っていいのかな?」
「そうだね。ちょうど今四十二区の牢屋が空いているから、いつでも入れてあげられるよ」
まぁ、こっちの領主様もお怖いこと。
微笑みの領主様が聞いて呆れるな。
「カンパニュラ、テレサ。帰ったら港予定地の屋台にでも行くか」
たぶん、帰るころまでお祭り騒ぎは続いているだろう。
いろいろ頑張ったお子様二人にご褒美をくれてやろう。
ライトアップされた夜店は見ているだけでも楽しいものだ。
好きな物を奢ってやる。
「あ、そういえば、エステラが好きな物を奢ってくれるんだっけ?」
イリュージョンの前にそんな話をしてたっけな~。
「あれは、君が言わせたんじゃないか……ったく。分かったよ。友人のルシアさんの憂いを晴らしてくれた優しいカタクチイワシさんに、美味しいご飯をご馳走してあげよう」
にやにや笑いながら……こいつは。
「楽しみですね、テレサさん」
「たのしみ!」
「私、屋台で働くのは初めてです!」
「はじめてー!」
「いやいや! 働く方じゃなくて、客な!?」
「え? ……働かせていただけないのですか?」
「えぇ……」
なんか、知らない間にカンパニュラにジネットの社畜が伝染していた。
ジネット、恐ろしい娘っ!?
「まぁ、お手伝いくらいなら、な?」
「はい!」
「おてちゅらいー!」
まぁ、やりたいというならやればいいさ。
それよりも、一つ気になることがある。
……テレサがよくやる語尾伸ばしって、ハムっ子の影響じゃないよな?
アレを見習ってたら、ちょっとやだなぁ……
そんな不安を抱きつつ、帰りの馬車は出発した。
道中は特に問題はなく、いろいろ動き回って疲れた俺は少し眠ってしまった。
四十二区に入ってナタリアに起こされ、わっくわく顔でサムズアップを向けられる。
何がしたいのかと思ったら……アレか。
「じゃ、一発派手にぶちかますか」
「ですが、私は一度もステージに上がっておりませんし……」
「だったら、こういう流れでな……」
と、うたた寝するエステラの隣でナタリアと打ち合わせを行う。
「なるほど、それは妙案ですね」とナタリアがにやりと笑う。
こいつなら、ぶっつけでもなんとかするだろう。
かくして、馬車は四十二区街門前広場に到着する。
再び顔をすっぽりと覆う外套を身に纏い、イメルダのところの御者に礼を言って別れ街門をくぐる。
ナタリアと、謎の巨乳マントが四人。
なんじゃ、この集団。
アルヴァロに代わって街門で門番をしていた暴食魚グスターブにめっちゃ怪しまれたが、顔を見せたら通してくれた。
港予定地へ着くと、光るレンガが煌々と輝き、辺り一帯を眩しいくらいに照らしていた。
会場では、酒を飲んでいるのか、完全に出来上がっている酔っ払いどもが大勢騒いでいた。
屋台はまだまだ絶賛営業中なようで、よく見かけるシスターがあちこちの屋台で食い物を頬張っていた。
……やっぱりいたか、ベルティーナ。
「ヤシロ様! エステラ様!」
会場に入ると、ことさら大きな声でナタリアが俺たちを呼ぶ。
俺たちは目立たないようにナタリアから距離を取って身を隠す。人混みに紛れて陽だまり亭の屋台へと向かう。
「え? あっ、ヤシロさん」
「しー! まだちょっと秘密にしといてくれ」
巨乳マント四人が押し寄せ、驚いた顔を見せたジネットだったが、それが俺たちだと分かると笑顔で「おかえりなさい」と言葉をくれた。
「この中におられるのですか?」
「そうなんだよ! ヤシロのヤツ、すっかりさぼりやがってさー!」
「出てこないんだよ!」
「エステラも扱いに困ってるみたいだぞ」
がははと、酔っ払いどもがそんな情報をナタリアに寄越す。
マーシャと女性狩人たちはうまく誤魔化し続けてくれたようだ。
俺たちが抜け出したことはバレていなかったらしい。
「しょうがありませんね。では、私が引きずり出しましょう。失礼します!」
と、ステージ上に作られた貴賓室という名の簡易的な小屋へと突入していく。
そして、中で俺やエステラと会話をしている風を装って、俺たちがまだ中にいると思い込ませる算段だ。
そう。
俺たちは実行できなかったイリュージョンを、今ここで、これからやり直そうというわけだ。
「エステラ様。そろそろ一度表へ出られてはいかがで……なんというはしたない格好をされているんですか!?」
「ちょっ、ナタリ――」
「黙れ。バレる!」
ナタリアのおふざけにエステラが声を出しそうになるが、慌てて黙らせる。
ここで俺らの居場所がバレたら折角のイリュージョンが台無しだろうが。
「あぁっ、ヤシロ様! いけません、こんなところで、そんな!? あーれー!」
「あいつは何をやってるんだ!?」
「しっ! 口を閉じたまえヤシロ!」
お前んとこの給仕長、今度じっくりたっぷりねっとりと教育し直しとけよ!
マジで!
「おい、ヤシロ!? てめぇ、ナタリアさんに何してんだ!?」
「事と次第によっちゃ、オレたちが黙ってねぇぞ!」
お?
ナタリアにもファンがいたのか、数名の男どもがいきり立ってステージへ駆け寄った。
「おい、ヤシロ! 出てこい!」
しかし、小屋からは何の反応もない。
「突入するか?」
「いや、でも、……もし万が一にも、ナタリアさんがあんな姿やこんな姿だったら……!?」
「くっそぉ、羨まけしからんぞ、ヤシロぉぉお!」
……いや、ねーって。
しねぇよ、そんなこと。
「……もう。あとでちょっと懺悔してくださいね、ヤシロさん」
「え、なんで?」
真顔で聞き返しちゃったよ。
それはさすがに俺が可哀想過ぎると思わない、ねぇジネットさん?
一応気を遣って「ちょっと」なのかもしんないけどさぁ。
「……妙に静かだな」
「……だな」
「突入……する、か?」
そろそろ頃合いか。
「……ヤシロ。ナタリアが高速でこちらへ接近中」
マグダが俺に耳打ちをしてくる。
じゃあ、そろそろ頃合いか。
エステラに視線を向け、アイコンタクトを交わす。
そして、同時に立ち上がり、巨乳付き外套を脱いでステージへ向かう。
ステージに集中している群衆の背後から。
「おいおい、何を騒いでんだ?」
「ボクたちが、どうかしたのかい?」
「「「「えっ!?」」」」
ステージ上の小屋の中にいると思っていた俺とエステラが背後から現れ、観衆が度肝を抜かれたような表情でこちらを振り返る。
あぁ~、これこれ! きもちぃいい!
「いや、でもっ、今、中でヤシロがナタリアさんを!?」
「私がどうかしましたか?」
涼しい声で言って、ナタリアが群衆の前に姿を現す。
俺たちの後ろ――ステージとは真逆の方向から。
「……もう、ヤシロ様ってば、強引なんだから」
衣服を乱し、肩と胸元を露出させながら。
「いや、悪意の塊か、お前は!?」
「悪ふざけは大概にするようにね、ナタリア!」
マジで何かしたと思われるだろうが!
「ヤシロさん……」
ほら思われたぁ!
ほっぺたぱんぱんに膨らむほど食い物を頬張ってるあそこのシスターに思われちゃったよ!?
「ぱんぱかじゃ~ん☆ 私はこっちだよ~!」
と、マーシャが港予定地の海の中からトビウオのように飛び出してくる。
マーシャも大脱出したのか。
その近くに三人の女性狩人がいるから、抱えて運んでもらったんだろうな。
「いやいやいや! お前ら、全員小屋の中にいたよな!?」
「え? そうだっけ?」
「そうだっけって! カーテンの向こうにチラチラ見えてたし、影も動いてたし、さっきだってナタリアさんに羨まけしからんことを!」
「それはしてねぇわ」
――と、まぁ、こうして最後の最後に大脱出のイリュージョンを成功させ、工事の再開イベントは盛況のうちに幕を閉じた。
うん。やっぱり、イリュージョンは観客の驚いた顔を見てこそ、達成感があるよな、うん。
あとがき
ませガキが!
(#゜Д゜)、ペッ!
というわけで、カンパニュラにちょっかいをかけていたクソガk……お子様は見事に撃沈してしまいました。
ざま……強く生きるんだよ。
その心の傷が、いつか君を大きく成長させるのさ☆
……まっ、トラウマになって一生引き摺るかもしれませんけどねっ(*´艸`)
てなわけで、
三十五区へ行って帰って大忙しの微笑みの領主様とカタクチイワシ様でした。
(*´艸`)カタクチイワシ様って
うちの会社の出張って、こんな感じだなぁ~と、
書きながら思ってました。
出社して、出張して、帰社して、仕事して帰るみたいな……
『直帰』って言葉知ってます!?(;゜Д゜)
え、国語辞典とか、知らない?
たぶん書いてあると思いますよ、ねぇ、部長?
一度覚えたら忘れないように、
肩に『直帰』ってタトゥーでもすればいいのに
それで、温泉に行って
仲居さん「ぷぷ……っ、申し訳ございません、当旅館の温泉は……ぷふっ! ……タトゥーや入れ墨のお客様はお断りをしておりまして……たとえそれが『直帰』でもっ! ぷーくすくす!」
他の仲居さん「やだもう! 言っちゃダメだってー! くすくすくすっ!」
とかいうツライ目に遭えばいいのに。
あ、先日、出社した直後に部長さんより――
部長「あ、宮地君。今日って、帰りたい?」
宮地「泊まらせる気?」
――というビックリ発言が飛び出しまして。
定時後に本社の人が来るから、予定がなければミーティングしたいんだよね~とかいう話だったんですが、
「(定時で)帰りたい?」だったそうです。
ビックリしたぁ……
まぁ、それならそうと言ってくだされば……
ま、帰りましたけども、定時で!
なにせ、私は肩に『定時』ってタトゥー入れてますしね!
仲居さん「きゅっ、休日も、定時まで働くんですくゎ? ぷくすーっ、くすくす!」
……温泉宿でツライ目に遭ってしまったので、
『定時』の『時』を消して『食』に書き換えようかと思います。
そっちの方が美味しそうですし。
宮地「おうおうおう! この右肩に刻まれた『定食』の文字、忘れたとは言わせねぇぜ!」
悪代官「お、お前はあの時の!?」
ふむ、
そこそこカッコいい気がしてきました。
新入社員「えっと……宮地さんってどの人だっけ? あぁ、顔と名前が一致しないよ~、めそめそ」
先輩社員「宮地さんなら、ほら、あそこの、肩に『定食』って書かれてる人だよ。タンクトップ着てるからよく見えるでしょ?」
新入社員「なんかもう、いろいろ、なぜ!?」
これが、アイデンティティというものでしょうか。
もしくは、レゾンデートル?
新入社員「あの宮地さん」
宮地「ん? あぁ、分かった。『定食』の意味でしょ? 定食が好きだからだよ」
新入社員「いや、そうではなくて……右肩に『定食』なら、左肩はどうなってるんですか?」
宮地「左肩には『おっぱい』って書かれてるよ」
新入社員「はい、アウトー!」
宮地「おっぱいが、大好きだからだよ☆」
新入社員「もうアウトなのに追い打ちかけてきたー!」
宮地「続けて読むと『おっぱい定食』だよ♪」
新入社員「スリーアウト、チェンジー! この社員、一日も早くチェンジでお願いしますー!」
この四月に田舎から出てきた新入社員さんには、
洗練された都会的なオシャレは、まだまだ刺激が強過ぎたようです
なんなら、片方の文字を消して『日替わり』にしようかとか考えちゃいますよね。
『日替わり定食』?
いえいえ、
『日替わりおっぱい』ですよ!
もしくは、
『シェフの気まぐれおっぱい』
ふむ、それはそれで、あり――かも!(`・ω・´)きりっ
うちの社食に導入されないですかねぇ、
シェフの気まぐれおっぱい。
うちの社食、一律350円なんですよ。
シェフの気まぐれおっぱいだったら、三倍でも出しますよ!
……1050円で手に入るとでも!?(;゜Д゜)
あぁ、そうそう。
この流れで、行きつけの喫茶店にいた、『この春田舎から出てきたのかな?』っていう初々しい新人さんの話をしよう……と思ってたんですが、
なんかもう、随分と書いちゃいましたね!?
あれぇ~?
ウチの会社の話はほんの序の口、
落語でいう枕、
漫才でいうツカミ、
アニメでいうアバン、
男女交際でいう交換日記、
みたいな感じだったんですが……
くそぅ、『定食』でこんなにいいっぱい書いてる場合じゃなかった!
どうしてこうなった!?
部長が肩に『直帰』なんてタトゥー入れるからですよ!
まったく!
……あ、入れてませんでしたね。
入れればいいのになぁ~ってお話でした。
『直帰』が嫌なら『チョロギ』でもいいですけども
ほら、どこかの地域でお正月に食べられるという、
赤く染色されたイモムーさんみたいな見た目の食べ物です。
私はいただいたことないんですけどね
いいんじゃないでしょうか、肩に『チョロギ』
私は『定食』ですし、
反対は『おっぱい』ですし、
食べ物繋がりということで(*´▽`*)
まぁ、行きつけの新人店員さんのお話はまた後日にしましょう。
そんな引っ張るほどのことでもないんですけども。
じゃあ、さらっとしちゃいますか――
店員さん「いらっしゃいませ~」
宮地「ホットのミルクティーをお願いします」
店員さん「少々お待ちください」(ぺこり)
――数分後
店員さん「お待たせしました。アイスコーヒーです」
宮地「せめて掠らせて!?」(;゜Д゜)ホットだし、紅茶だし!
店員さん「申し訳ありませんでした! すぐお取り替えします!」(ぺこり)
――数分後
店員さん「お待たせしました。ミルクティ……」(めっちゃ小声)
宮地「大丈夫だよ!? 合ってるよ! 自信持って!」
店員さん「申し訳ありませんでした。二度も間違えてしまって……」
宮地「ん!? ここに来る前にどっかで一回間違ったの!?」
店員さん「最初ホットコーヒーを……」
宮地「それは言わなきゃバレなかったのに……」
店員さん「では、ミルクティーです!」
宮地「ありがとです」
店員さん「ミルクはお使いになりますか?」
宮地「使うよ!? ミルクティーだしね!? それとも、ミルクinミルクティー!? それもう、紅茶風味のミルクだね!」
店員さん「申し訳ありません! ごゆっくりお過ごしください!」(ミルク持って去っていく)
宮地「ミルク置いてってー!」
ここのお店、
コーヒーのお客さんには「ミルクお使いになりますか?」って聞くんですよね。
完全にコーヒー頼んだと刷り込まれていたようですね。
もしくは、新人過ぎて、まだコーヒーしか教わってなかったか。
いや~、一所懸命なのにミスを連発してて
申し訳ないと思いつつもにやにやしちゃいました(*´ω`*)
あの店員さんには、
ぜひとも、
肩に『ミルクティー』ってタトゥーを入れてほしいですね☆
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




