323話 呪いか否か
今日は楽しいピクニックになるはずが、とんでもない番狂わせだ。
エステラが選出した者たちが続々と陽だまり亭にやって来る。
ウッセやデリアはまぁ分かるとして、ミリィやパウラまで呼ばれている。
楽しいイベントをやろうって話し合いでもないのに、随分と顔見知りを集めたものだと思ったら――
「デリアやパウラ、ミリィは『湿地帯の大病』で親を亡くしているからね。……きっと、また周りがやかましくなると思うから、事前に状況を知らせておこうと思ったんだよ」
――という理由らしい。
きっと、ウィシャートの子飼いどもがことあるごとに『湿地帯の大病』の話を持ち出してくるだろう。
それ以外にも、こちらへの害意はなくとも不安から『呪い』なんて言葉を口にするヤツもきっと出てきてしまう。あの大工たちのように。
そんな雑音がこいつらの耳に入ったら……やっぱ、気にするよな。
自分の親が『呪い』にかかって亡くなったって言われているような気になるかもしれない。
そんなくだらない放言でこいつらが心を痛める必要はない。
事前に、ちゃんと説明をしておいてやろう。
で、『湿地帯の大病』とは直接関係のないネフェリーやノーマがいるのはなぜかと問えば、「いや、ほら。呼ばないと拗ねそうじゃない?」だそうだ。
まぁ、拗ねるだろうけどさ。特にノーマは。頼りになるからいいけどさ。
「英雄様。何か大変なことが起こったようですね」
セロンとシャイニングウェンディもやって来た。
外が薄暗くなってきているから、ウェンディの存在感が増している。
こいつらも、光のレンガで工事に携わっているので、工事の一時中断を報告するのだ。
「ワシらにも、話を聞かせてもらうぞ。陽だまり亭の穀潰し」
そして、ゼルマルやムム婆さんを含むジジイ5も呼び寄せた。オルキオを除く四人だけど。
こいつらも『湿地帯の大病』にはいろいろ思うところがあるだろうからな。
――と、まぁ、そんなことを言い出せばこの街の人間は全員『湿地帯の大病』に思うところはあることになるが、その中でもエステラや俺が直接話をしてある一定以上の協力を要請できる人物を選りすぐって集めている感じだ。
それにしても人数が多いな。
どこまで影響が出るか分からないから、とりあえず集めておこうというわけか。
今回ここに呼んでいない者たちには、ここにいる連中から話をしてもらうつもりだ。
「一応、オルキオにも手紙を出しておいたよ。彼もまた、『湿地帯の大病』を経験した一人だからね」
四十二区以外の者でも、知らせる必要がありそうな場所へは手紙を送ったらしい。
ルシアやドニス、マーゥルなどだろう。……あ、今ロレッタが『とどけ~る1号』を使っているから、マーゥルはきっともう知っているだろうな。
「ただいま戻ったです!」
勢いよくドアを開け、ロレッタが戻ってくる。
一緒に長男と次男を引き連れて。
さらに、イネスとマーゥルが入ってきた。……来ちゃったよ、マーゥル。
「それで、どうだったの、ロレッタ?」
エステラに問われ、ロレッタが長男次男を前に押し出す。
「ウチの弟に街門の外まで見に行ってもらったです。じゃあ、報告頼むです」
「うん」
ロレッタに背を押され、長男と次男が説明を始める。
「直接見た感じ、三十区の街門の外に異変はなかったよ。地すべりや崖崩れの影響は見られなかった」
「でも、見ただけじゃ分かんないと思って、行商人のおっちゃんたちに話を聞いてきたんだ。『ここ最近、困ったトラブルはなかった? 手強い魔物が出たとか、地震があったとか』って」
ほぅ。
直接「地震がなかったか」と聞くのではなく、内容をぼやかして質問したのか。
そうすることでこちらの意図を相手に察知されずに調査が出来る。
ウィシャートのお膝元で「地震が~」なんて言えば、何かあったと勘繰られるからな。
質問をぼやかしていたとしても、もし地震が発生していたら「今朝地震があったぜ」という意見が必ず出るはずだ。
実にうまい。随分と慎重な判断だ。
「私がそう尋ねるようにと、口添えをいたしました」
「わぁ、さすがイネス、すご~い。偉い偉い」
まぁ、たぶんそんなところだろうとは思ったけど、まさか自分から功績を全面的にアピールしてくるとは。
おざなりに褒めてやれば、そんなもんでも満足したのかEカップの胸をこれでもかと張って誇らしげに鼻を鳴らした。
「むふふん」
「ぷるるん」
「ヤシロ、うるさい」
……また俺だけ。
「あたしも、三十区の門番さんたちの詰め所に行って話を聞いてきたです。門番をやっていて大変だったことランキング第一位はケンカの仲裁で、第二位は貴族の対応、第三位がはぐれ魔獣の討伐で、自然災害は圏外だったです。すっごいお爺さんが『むか~し、大きな地震があってのぅ、その時は大変じゃったわい』って言ってただけです」
お前は、どんだけ聞き込んできたんだよ。
門番も、ロレッタ相手だったら調子に乗ってペラペラ話しちまってただろうなぁ。容易に想像がつくぜ、その光景。
「そのお爺さんの話に乗っかって、『地震ってどんな感じです? みなさんは経験したことあるです?』って聞いたら、誰も地震を経験したことなかったです」
もし今日の昼間、地震や地滑りが起こっていれば、たとえ軽微であっても揺れを察知したはずだ。
まして、ロレッタに乗せられている状況なら、嬉々として「今日地震があったんだぜ」と話していただろう。
ロレッタは素直に「すごい、すごい」とはしゃいでくれるから、くっだらないことでも自慢したくなるんだよな。特に、オッサン連中は。
つまり、今日地震は発生していない。
崖の上の連中が騒ぐようなことは何一つ起こっていない。
それどころか、崖の上の連中は何一つ異変に気付かず日常を過ごしていた。
ウーマロが「確かに削ったはずだ」という洞窟内の岩壁がせり出し通路を塞いでいたあの現象は、ウーマロが工事の進捗を勘違いしたのでない限り――自然発生したものではないってわけだ。
こんな不思議現象を巻き起こせるのは精霊神くらいしか想像できないんだが……エステラがまた気にするかもしれん。しばらくは黙っていよう。
ただし、そいつを念頭に置いて慎重に調査はするけどな。
「んじゃ、そろそろ始めるか。気分が重たくなるような話し合いを」
陽だまり亭を埋め尽くす陰気な顔、不安顔、心配顔を見渡して、俺は重い口を開く。
まずは状況説明。
大工がカエルを見たというところから、調査に行ったがカエルは見つからなかったというところまで。
せり出してきた謎の壁については、未確認で未知数なことが多いので保留にする。
「少々不可解な現象が起きている」
そんな言葉で、明確な言及を避けておく。
「そんな不可解を調査しなければいけないんだが……」
ちらりとエステラに視線を向ける。
エステラは神妙な顔で頷いた。「それに言及せずには語れない」と、そんな思いを込めているのであろう瞳で。
「目撃された影が本当にカエルだった場合、どのような危険が起こるか予測が出来ない」
それこそ、ウィシャートのところの執事が悪辣に騒いでいたような『呪いをもらう』なんてことも、ないとは保証できない。
「だから、調査への参加を強要するつもりはないし、参加しないことを引け目に感じる必要はない。それはエステラの望みでもある」
無茶をして、こいつらの身に何かあれば、きっとそれが一番こたえるはずだ、エステラには。
呪いや大病を危惧して距離を取りたい。そんな思いを、エステラは非難しない。
むしろ、推奨すらするかもしれない。
「だから、お前らに頼みたいのはたった一つだ。悪意を持った情報拡散に街の人間が翻弄されないように、お前らが屋台骨となってこの街を守ってほしい」
くだらない煽りや決めつけに領民が翻弄されないように、真偽不明の噂話に惑わされないように、領主から発信される真実のみをしっかりと街の隅々まで行き渡らせる、その手助けをしてほしい。
「不安は恐怖心を煽る。そんな時、揺るがない寄る辺があると人々は安心感を覚えるものだ。その寄る辺に、お前らがなってくれ」
あとのことは、こっちでなんとかしてみる。
そんなつもりで話をまとめたら、デリアがいつもの調子で声を上げた。
「で、ヤシロ。洞窟の調査はいつ行くんだ? あたい、漁の予定変更するから言ってくれな」
さも当然のように。
「あたしも、昼間だったら比較的時間作れると思うよ。夕方以降は、カンタルチカがあるから難しいけど」
「私は夕方からの方がいいかなぁ。朝はニワトリのお世話があるし」
「だったら、みんなで交代で、ね? みりぃも、協力するから」
「あんたらじゃ、調査じゃなくてピクニックになっちまうだろぅ? アタシが行ってやるさね」
パウラもネフェリーもミリィもノーマも、さも当然というように話を進めている。
それ以外の連中も、自分に何が出来るかを話し合い始める。
誰一人として、「じゃ、あとはよろしく」なんて蚊帳の外へ出て行こうとしていない。
それには、エステラも若干の焦りを見せる。今のこの雰囲気が、逃げられない空気を作っているのではないかと。
だが。
「あ、あのね、みんな。無理はしなくていいよ? ないとは思うけど、もし万が一にもまた厄介な病気が蔓延したら――」
「なに言ってんだよ、エステラ。そんなの、レジーナに頼めばいいだろ」
「そうね。レジーナならなんとかしてくれるんじゃないかな」
「あれ、そういえば今日はいないのね?」
「あの引きこもりが、こんなに人が集まる場所に出てくるかぃね。あとでアタシが話しに行ってくるさね。薬よろしくってさ」
レジーナがいるから大丈夫。
いつの間にか、四十二区の中にはそんな常識が広まりきっていた。
誰の目にも、恐れはなかった。
「なぁ、ヤシロ。またウィシャートが何か言ってきてるんだろ?」
デリアが拳を握って呟く。
獲物を見据える、獰猛な獣の瞳で。
「あたいの父ちゃんと母ちゃんは『湿地帯の大病』で死んじまったんだ。最後まで川を守ろうとして、あたいと、川漁ギルドのみんなを守ろうとして、最後の最後まで戦っていたんだ」
握りしめられたデリアの拳がギリギリと音を鳴らす。
「それを、『呪い』だなんて、まるで悪いことをしたみたいに言ってきてるんだろ……」
拳が手のひらに打ち付けられ、凄まじい音を鳴らす。
その場にいた者すべての呼吸が一瞬止まった。ほんの一瞬の完全なる静寂の後、デリアが怒りに満ちた声で言う。
「父ちゃんと母ちゃんを悪く言うヤツをぶちのめすためなら、あたいはなんだって協力する。なんだってやってやる」
あまりに凄まじい怒気をはらむその言葉に、ミリィがこくりと頷き、賛同する。
「みりぃも、同じ気持ち、だょ」
「あたしも。ウチのお母ちゃん、すっごく優しくていいお母ちゃんだったもん。……悪く言うヤツには噛みついてやる」
パウラが犬歯を覗かせる。
気にしないわけがない。
けれど、泣き寝入りするだけの弱いヤツらじゃない。
「徹底的に調査して、ウィシャートに言ってやるんだ、『ふざけんな』って!」
デリアの言葉に、その場にいる者たちが一斉に頷いた。
この場所にいる者は、誰もが協力を惜しまないという面構えだ。
「まずは洞窟の調査が必要ですわね。ワタクシが先導いたしますわ。これでも、ウチの木こりたちに混ざって頻繁に港まで出向いていますのよ」
「洞窟の中はオイラが案内するッス」
「船の操舵は任せてね~☆」
「でもさ、全員は乗れないよね? あたしは泳げるからいいけど、ネフェリーは無理だよね?」
「失礼ね! パウラほどじゃないけど、私だってちょっとは泳げるんだから」
「あのなぁ、嬢ちゃんたち。あの海は仮にも外の森の中なんだぜ。無防備に海に浮かぶなんて、オレら狩人でもやらねぇぞ」
「んじゃあ、船を増やすか! なぁ、誰か船作れるヤツいるか? アッスント、船って売ってないか?」
「デリアさん……それはさすがに無茶ぶり過ぎますよ。ですが、材料を揃えるくらいはやってみせましょう」
「ふん、船なんてもんは、タンスを横に寝かせたようなもんじゃろう。ワシが作ってやるわい」
「全然違うのよ、ゼルマル。張り切り過ぎると体に障るわ」
「かーっ! ワシを年寄り扱いするんじゃない、ムム!」
「「「いや、年寄りじゃん」」」
「じゃかましいぞ、若造ども!」
わいわいと、今自分たちに何が出来るかを話し合う一同。
その様を、エステラは少々呆けた顔で眺めていた。
いや、まぁ。俺もちょっと驚いている。
だってよ……
かつて『湿地帯の大病』が発生した時は、西側にいた者たちが全員逃げ出したんだろ?
だから、陽だまり亭のそばや教会の近くには民家がないんだ。
モーマットの畑も、東寄りの場所をメインに使っていた。西側の畑はその多くが長らく放置されていたのだ。
それくらいに、四十二区の者たちにとって『湿地帯の大病』は恐ろしいものだった。
もう何年も前の話だとしても、その記憶は強烈にこいつらの頭の中に刻み込まれているはずだ。
怖くないわけがない。
知り合いや大切な人が、為す術なく命を散らしたのだ。
忘れることなんか出来るはずがない。
俺だって、何年経とうが……弱者を虐げて嘲うクズを見ると頭がカーッとなっちまう。きっと、この先何十年経とうが、それは変わらないと思う。
なのに、こいつらは全員乗り気なのだ。
自らが疑惑の洞窟に乗り込んで真実を突き止めてやろうなんて、目をギラギラさせている。
もし本当に、『呪い』なんてものが存在すれば、次に失われる命は自分かもしれないってのに。
デリアやミリィ、パウラは自身の親のことがあるため、少々ムキになっている感はある。
ノーマやネフェリーは人がよすぎるのだろう。
ウーマロやウッセ、そしてイメルダは妙な正義感に駆られているように見える。
そして、かつて『湿地帯の大病』が発生した時に何も出来なかったゼルマルたちでさえ、今回は一歩も引かないという強い意志を見せている。
「まったく……」
エステラが小さく息を吐く。
「最高過ぎるよ、我が愛すべき領民たちは」
エステラの声が少し揺れる。
泣くなよ。まだ、その時じゃない。
「こほん」と咳払いをして、誰が何をするべきかと熱く議論を繰り広げる者たちへ向けてエステラが声を発する。
「はい、ちょっと落ち着いて!」
「「「え、お乳?」」」
「ヤシロ、ちょっと三歩ほど下がって! 悪影響が出てる」
「俺のせいじゃねぇだろ、今のは、どう考えても」
俺が降りるぞ、今回の件。
……ったく。
「洞窟は広いけれど、通路はそこまで大きくないんだ。それに、人が増えれば目が行き届かなくなって不慮の事故が起こりやすくなる。洞窟の調査は厳選した少数精鋭で挑むつもりだよ」
「あたい行く!」
「み、みりぃも!」
「ミリィは荒事に向いてないし、デリアは調査に向いてないさね」
おぉう、辛辣だなノーマ。
まぁ、その通りだけども。
「だから、アタシが行くさね」
「でもノーマ、結婚できないまま死んじまうかもしれないぞ?」
「死なないし結婚もするさよ! 意地でもねっ!」
……うん。デリアの方が辛辣だったわ。
「そうさね。大丈夫、死にゃしないさよ。なんせ、四十二区には――」
レジーナがいる。
そんな言葉が続くのかと思っていると、ノーマが、そしてデリアやミリィ、パウラたちが一斉に俺を見た。
「――ヤシロがいるからね」
「いや、なんで俺だよ!? 俺は流行り病の治療薬なんか作れねぇぞ」
「薬じゃないよ」
ネフェリーが、ここにいる者を代表するように一歩前へ進み出て言う。
「ヤシロがいるっていうことが大事なの」
「俺は魔除けのシーサーか」
「しーさー?」
「なんでもない。俺の故郷のある地方の伝統だ」
俺がいたところで、災害は起こるし、厄災は舞い込む。
俺にはなんの御利益もないっつの。
「そうじゃなくてね、ヤシロが来てから四十二区って変わったじゃない? 以前よりもずっと明るくなって、楽しくなって、ちょっとやそっとじゃ破綻しない強い街になった」
「ヤシロとエステラがすっごく頑張ってくれたからね。カンタルチカも大儲けさせてもらってるよ」
「みりぃも、今の四十二区が、一番好き、だょ」
明るくなった。
それは、この街もだが、この街に住む者たちの表情もだ。
どいつもこいつも、底抜けに明るい顔で笑うようになった。
「私ね、以前の四十二区だったら、きっと何も出来なかったと思う。私が何かしたって、どうせ何も変わらないって。きっとうまくいかないって」
「でも、ヤシロとエステラはあたしたちに見せてくれた。頑張れば望みは叶うんだってことを」
「そうさね。もし万が一、アタシに何かあっても、今の四十二区なら大丈夫って思えるさよ」
ネフェリーが、パウラが、そしてノーマが言う。
この街は、本当に変わったのだ。ここに住む者たちの心と一緒に。
「もぅ、のーまさん。そんな悲しいこと、言っちゃ、ゃだ、ょ」
「大丈夫さよ。そうそうくたばってやるつもりなんかないからさ。もし万が一にもって話さね」
「そうだぞ、ミリィ。ノーマのことは、あたいがきっちり守ってやるから安心してろ。ノーマが嫁に行くまでは、あたいがしっかり守ってやる」
「ちょっ!? やめておくれな! うっかりトキメキかけたさね!」
デリアとノーマが結婚したら、さぞ頑丈な子供が生まれそうだ。
そんな馬鹿げた想像をして、思わず頬が緩む。
「陽だまり亭の穀潰し」
みんなが柔らかい表情を見せる中、年中しかめっ面の頑固ジジイが俺を呼ぶ。
「今度は、ワシも逃げ出さんぞ。老い先短い人生、……もう、後悔をしながら日々を過ごすのは御免じゃい」
「ゼルマル……」
祖父さんを失ったジネットを見捨てて離れてしまった負い目に、ゼルマルはずっと苦しんできたのだろう。
素直じゃないこの爺さんの言いたいことを、俺が代わりに言葉にしてやろう。
「つまり、今この場で息の根を止めてほしいと、そういうわけだな?」
「違うわっ!」
「遠慮すんなって。デリア、マグダ」
「殺傷能力トップ2を指名するな、このたわけ者がっ!」
ゼルマルがボッバとフロフトの背中に身を隠す。
ムム婆さんがそんな様を見てにこにことしている。
テメェが湿っぽくなると、ジネットが気にするんだっつーの。
お前の意思を汲んで精々こき使ってやるから、黙って見えないところで馬車馬のように働いてろ。
あ~ぁ、まったく。
「大したもんだな、お前んとこの領民は」
「…………うん」
これまで行ってきた改革が、領民の心に届いていた。
それを見せつけられて、エステラが瞳を潤ませている。
必死に涙をこらえて、不格好な笑みを口元に浮かべる。
「だろぅ? 最高なんだから、ウチの領民は……」
あとは、ジネットに任せるか。
視線を向ければ、ジネットがエステラのそばに歩み寄り、そっと手を取った。
ジネットに抱きつき、エステラが声を殺して泣く。
ぽ~んぽんと、背中を叩くジネットの手は、生まれたての子猫を撫でる時のように優しかった。
こいつらの意思はよく分かった。
こうなったらとことんまで巻き込んでやる。
徹底解明だ。
「ヤシロさん」
ここに集まった大勢の者たちの心が同じ方向を向いて重なり合おうとしている雰囲気の中、ベルティーナが俺の名を呼んだ。
とても静かな――微かに冷たい瞳で。
「一つ、お伺いします」
そして、普段はあまり見せることのない、感情のない表情で俺に問う。
「ヤシロさんは、精霊神様の『呪い』が実在すると思いますか?」
他の誰でもないベルティーナからの問いに、俺は真っ向からぶつかってやることにした。
心意気を見せた、この街の連中に報いるって意味合いも込めて、な。
「俺の中で、精霊神ってのは結構嫌なヤツなんだ」
誰がどんな力を使ったのかは分からんが、俺は日本からこの世界へやって来て、どういうわけか年齢も二十歳ほど若返った。
原理や理論を考察しようにも、常識の埒外過ぎて脳みそが思考を放棄しちまった。
精霊神か日本の神が俺に『奇跡』ってヤツを起こしたのだろう。知らんけど。
そういうところで折り合いを付けている。
その点に関しては、まぁいい。
感謝していると認めてしまうとサブイボに全身を埋め尽くされてしまいそうなので、「先見の明があったようだな」と、一定以上の功績は認めてやろう。
その功績は功績として――
「あいつ、性格ちょー悪いからな」
半径数十キロに亘って何もない草原のど真ん中に放り出したり、俺の儲けがちょうどチャラになっちまうような出来事が度々起こっている。
「あともう一歩のところでおっぱいを逃したことが何度あったか! それらはきっと、みんな精霊神の悪辣な采配なのだ! 大衆浴場が混浴にならなかったのも、全部精霊神が悪い! 俺ばっかり懺悔室に連れて行かれるのも然りっ!」
「いや、そこら辺は全部あんたの煩悩が原因さね」
ふん。
賛同が得られないことは織り込み済みだ。
……だが、もうちょこっとくらい「あぁ、分かるわぁ」みたいな共感くらいはあってもよくないか?
老若男女問わずドン引きしてるみたいな顔で俺を見るのはやめてくんない?
俺、結構精霊神にイジメられてんだぜ? いや、マジで。
「……だがまぁ、精霊神が自ら進んで誰かを破滅に追いやろうとしている――なんてのは、一度も感じたことはなかったな」
あいつは俺にばっかり地味な嫌がらせをしてくるが、悪意を持って誰かを破滅させようとしたことはない。少なくとも、俺の知る限りでは。
「で、俺の知る限り、四十二区の人間は教会や精霊神に反旗を翻して大暴れするようなタイプじゃない」
それが五十年も百年も前だというのなら分からんが、『湿地帯の大病』が発生したのは数年前だ。
そんな短い時間で人の心はそこまで変わらない。
強くなったり弱くなったりはするが、根本の部分はそうそう変わるものじゃない。
モーマットは五年前も五年先もヘタレな泣き虫だろうし、ウッセは変わらずむっつりスケベだろう。
『湿地帯の大病』を経験したこいつらは、俺の知るこいつらに違いないのだ。
「なら、突然精霊神がとち狂って四十二区に呪いをバラ撒く理由が見当たらない。そんな理不尽な神だってんなら、もっと他にも似たような事例があったはずだ」
だが、『湿地帯の大病』のような災害は他の区では起こっていない。
俺が聞き及んでいる範囲では、な。
「つまり、『湿地帯の大病』は『呪い』なんかじゃなく、ただの質が悪い流行り病だったってわけだ」
俺は、『呪い』を全面的に否定する。
精霊神の力を持ってすれば人間を呪うことくらい容易なのかもしれんが、少なくとも『湿地帯の大病』は違う。
「当時の四十二区には、病気に関する正確な知識と、それに対抗する有用な技術がなかった」
言ってしまえば、四十二区は運が悪かったのだ。
日本だって、知識が十分ではなかった時代には流行り病や飢饉で多くの者が命を落とした。
その過去は変えられない。
だが、過去に学んで対策を立てることは出来る。
それが出来るからこそ、人間は人間たり得るのだ。
「だから、二度と四十二区に『湿地帯の大病』は発生しない。それこそが、あれは『呪い』なんかじゃなかったって証拠になる」
人智を超える超常の存在が巻き起こす『呪い』なら、凡庸たる俺たちに太刀打ちできるはずがない。
だが、それに抗えたならば、それは決して神なる者の絶大な力によるものではないということだ。
「お前ら、細菌ってのは知ってるか?」
必要なのは知識だ。
それがあれば、無駄に恐れを抱く必要もなくなる。
「教会の井戸が汚染されたことがあっただろ。あの時、井戸の水は無色透明で悪臭もしなかった。だが、その水を飲むことでガキどもは体調を崩した。――その理由は、あの水の中に悪い細菌がいたからだ」
俺はなんの知識もないヤツでも分かるように出来る限り噛み砕いて、細菌と感染症について話して聞かせた。
目には見えないが、細菌はそこら中にいること。
その細菌が体内に入ることで人間は体調を崩すということ。
発熱や咳・くしゃみはその細菌に体が抗っている結果だということ。
「体が冷えるから風邪を引くのではなく、体が冷えることで細菌への抵抗力が落ちて風邪を引くんだ」
結局体を冷やすと風邪を引くのだろうと思うかもしれないが、似ていてもこの二つは明確に異なる。
『冷え』が風邪を呼ぶのではなく、あくまで『細菌』が風邪を引き起こすのだ。
「そのために、感染症予防が必要になる」
「手洗いうがいは、そういった理由で必要なことなのですね」
調理前には手をしっかりと洗い清潔にする。それを習慣として実践していたジネットも、今回の話を興味深く聞いている。
昔から『そう言われていたこと』に科学的根拠を示してやれば、理解度は上がる。納得も出来るというものだ。
細菌の概念を知らずとも、「悪くなった物を食うと腹を壊す」「飲食店従業員は手洗いを徹底するべき」なんてことは知られている。
それをさらに掘り下げていくと、原因たる細菌に行き着く。
なんとなく分かった気になっていたものも、正体を知らされると驚くことがある。
今まさに、ここにいる連中はそんな驚きの最中にいる。
「そして、細菌の中には動物や虫を媒介して人に感染するものもあるんだ」
マラリアやデング熱など、かつて世界で起こった恐ろしい感染症の話をして聞かせ、そこで威力を発揮した薬の話を聞かせる。
細菌の脅威ばかりを強調しても不安を煽るだけだしな。
きちんと救いはある。
そう、今の四十二区には頼れる薬剤師がいてくれるしな。
そんな話を一通り終え、俺は最後に、この場にいる者すべてに向かって断言する。
「だから、俺は精霊神の『呪い』なんてものは信じない。この街は、そんな『呪い』をもらうような謂われはなかった。誰がなんと言おうが、俺はそう思う」
どこぞのバカが性懲りもなく『呪いだ』などと抜かしてきたら「ふっ、無知が」と笑い飛ばしてやればいい。
俺がそう言うと、ドッと笑いが起こった。
これが、俺の考えだ。
きっと、湿地帯の泥か、カエルに悪い細菌がいたのだろう。
「だから、不安があるならマスクをして洞窟の調査に行けばいい。それで多少は細菌を防げるさ」
そうやって話を締めくくると、ベルティーナに抱きしめられた。
そっと。でも、力強く。
「……ありがとございます」
俺の耳に、温かい吐息がかかる。
「精霊神様がそのようなことをされるはずはない――そう信じてはいても、では、なぜあのような悲劇が起こったのか、私には分かりませんでした。苦しむ人々を見ながら、何も出来ない、何も言ってあげられない自分が歯がゆく、不甲斐ない自分に泣きたくなる時もありました……」
ぎゅっと、ベルティーナの腕に力がこもる。
「……そうですか。細菌…………そんな、恐ろしいものの仕業だったのですか」
誰より精霊神を信じているベルティーナ。
そんなベルティーナでも、多少は不安に思うことがあったのかもしれない。
ないとは思いつつも、ほんの少し頭の隅をかすめる程度には。その度に自分に言い聞かせていたのだろう。
これで、ベルティーナの心が少しでも軽くなればいい。
そして、精霊神という寄る辺を見失いかけた者に、もう一度説いてやればいい。
「信じていいのですよ」と。
「精霊神様は、私たちを見捨てたりなどされませんよ」と。
それで救われる者もいるのだろう。
俺は真っ平だけどな。鼻で笑いそうだ。
それでも、今こうしてベルティーナが救われた。
白い頬を伝う涙は、こんなにも温かい。俺の服に染み込んでは消えていく透明な雫は、きっと安堵の気持ちから流れているのだろう。
まったくよぉ。
もっとはっきりと自己主張しろってんだよ、精霊神。
お前の『お気に入り』が、こんなに苦しんでたんだからよ。
引っ込み思案してる場合じゃないだろってんだ。
「すみません。子供みたいに、こんな……甘えてしまって」
「別にいいさ。子供のように甘えてくれても、大人のようにアダルティに迫ってくれてもな」
「むぅ……ヤシロさん」
涙で赤く染まった瞳が俺を睨む。
これは懺悔してくださいの流れか。
「ですが……ヤシロさんの口から『呪いなんてものは信じない』と言っていただけたことはとても嬉しかったです。ですから、怒るに怒れません」
「じゃあ、お詫びでもご褒美でもいいから、懺悔三回免除券をくれよ」
「三回免除、ですか?」
こてんと首を傾げ、アゴに指を添えて、何かを考え、そしてにこりと微笑んでこくりと頷く。
「構いませんよ」
よし!
これで今日はおっぱいではしゃいでも大丈夫そうだ。
「では、先ほど精霊神様への発言の際の『あと一歩のところで~』というものと、『大衆浴場が~』というもの、そして、今の『大人のように~』で三回、懺悔を免除いたしましょう」
わぁ、使い切った!?
「……くっそ。『どうせなら、もっとぎゅってしてくれたらむぎゅっとなってわっほ~いだぜ』って叫びたかったのに……っ!」
「それを叫ぶことになんのメリットがあるのか、皆目見当がつかないけれど、今、口から零れ落ちていることは自覚した方がいいよヤシロ。免除はもうないんだからね」
さっきまで泣いていたエステラが、もうケロッとして憎まれ口を叩いてくる。
バカモノ。メリットとか、そういうんじゃないんだよ! 思想の問題だ、これは。「ハレルヤ」だの「アーメン」だのと一緒なんだよ。
「まったくもぅ、ヤシロさんは……」
ため息を吐いて、ベルティーナは俺のおでこをこつんと小突き――
「悪い子にはお仕置きです」
そう言って、俺の頭をぎゅっと胸に抱いてくれた。
お仕置き……これが? 悪い子への?
「俺、悪の道を究めようかな!?」
「ヤシロさん、懺悔してください」
ちょっとテンションが上がったところを、ジネットに叱られた。
……そうだ。こっちにも懺悔発生装置がいるんだった。
ジネットの懺悔免除券って、何と引き換えに発行してもらえんのかなぁ。
「ふふ……。今日だけですよ、特別なのは」
乱れた髪をぽふぽふと整えて、ベルティーナが席へと戻っていく。
長い間心の中にしまい込んでいた苦しみから解放されて、ちょっとだけテンション上がってんのかもな。普段のベルティーナなら、絶対にやらないだろう、あんなことを……こんな衆目のもとで。
「んじゃあ、ヤシロの罪状を話し合おうか」
「極刑を求めるぜ、俺ぁ!」
「シスターはみんなのシスターじゃぁけぇのぉ! 独占はいかんがぁぞ!」
「ワシだって『呪い』なんかないってずっと前から思ってたでねぇ~のよぉ!」
「それでは公平に、全員でヤシロ氏に頬摺りして『間接シスター』としゃれこむでござるよ」
「「「「さんせぇーい! ぅぉおおお!」」」」
「バカッ、やめろ! オッサンの頬摺りなんか拷問以外の何物でも……ぎぁぁぁああああああ!」
隠れベルティーナファンらしいオッサンどもに地獄のような責め苦を味わわされる俺。
女子たちはみんな、だ~れも助けてくれなかった。ウーマロも見捨てやがった。
っていうか、ウッセ、モーマット、フロフト、ボッバ。お前ら、覚えとけよ。
で、ベッコ……お前だけは絶対に許さねぇ。
最後の方は、なんか趣旨をはき違えたロレッタの弟たちにもっふもっふと頬摺りされる謎のイベントと化していたが……なんだこれ。俺、なんか悪いことしたか?
ったく、品行方正なヤツほど苦労を強いやがる。
やっぱろくなもんじゃねぇな、精霊神はよ。
……っけ!
「で、なんで弟たちがこんなにいるんだ?」
俺に群がるハムっ子どもを引っぺがしながらエステラに問う。
「ネットワークで情報を拡散するためさ」
「……拡散力は高いが、伝達力は低いんだぞ。大丈夫か?」
「へいきー!」
「やる時はやる子ー!」
「やらない時はやらないけどもー!」
「細かいことは気にしないタイプー!」
それだよ、伝達力が上がらない理由。
「お前ら、広めていいことと悪いことの区別ついてるのか?」
「「「もちのー!」」」
「「「ろんー!」」」
うん、不安だ。
「お姉ちゃんに怒られることが言っちゃいけないことー!」
「ロレッタ基準か……不安だな」
「なんでです!? あたしがビシーッと言い聞かせるから大丈夫ですよ!」
「んじゃあ、弟。今日のロレッタのパンツの色は?」
「「「「モスグリーンー!」」」」
「むぁぁあああ! それは絶対に言っちゃダメなヤツですよ! っていうか、なんであんたたちが知ってるです!?」
「「「妹が見てたー!」」」
「「「共有ー!」」」
「「「拡散ー!」」」
「「「したー!」」」
「するなです!」
な? 不安だろ?
「と、とりあえず、ボクらがいいと言ったことだけ拡散するようにしてくれるかな?」
「「「まかせてー!」」」
「……ヤシロ、どうしよう。物凄く不安になってきた」
今さらそんな目でこっちを見られても遅ぇよ。
まぁ、変な話はしてないし、こいつらには悪意なんてもんは存在しないから大丈夫だろう。うまくコントロールすれば。
「とにかく」
ぽんっと手を打ち、エステラが話を戻す。
「明日、もう一度洞窟内の調査を行うよ。メンバーはボクが選出する。他のみんなには、まず四十二区内を落ち着かせるために協力してほしい。きっと、もう噂は広まっていると思うから」
「俺は参加するぜ。洞窟の中には何がいるか分からないからな、俺がいると安心だろ」
「いや、ウッセ。君には狩人たちをまとめて街中をめぐってほしい」
調査隊に志願したウッセを、エステラは外す。
「頼れる狩人や木こりたちが街を巡回することで、領民たちは守られているって安心感を覚えると思うんだ。それと同時に、怪しい人物への警戒も強化してほしい。これは、群れを統率できる君にしか頼めないことだ」
「そうか。そういうことなら、引き受けるぜ」
護衛という面では、ウッセは申し分ないが、洞窟の中はそういったものとは別の危険が潜んでいる。
それこそ、この街がひっくり返るような秘密が出てくるかもしれない。
もしかしたら、メドラにも言えないような秘密が飛び出すかもしれない。
ウッセは、四十二区よりも狩猟ギルドが優先される立場だ。信用しないわけではないが、何も情報が得られていない今、最先端に投入するのは得策ではない。
「……マグダが行く」
ウッセが引いたところへ、マグダが進み出てくる。
「……ウッセとは違い、信用されているから」
「おぉい、マグダ!? 俺だって信用されてねぇわけじゃねぇよ! むしろ信頼されているから街を任されてんだよ! な? そうだよな!?」
「あ、あぁ、うん。大丈夫、信用してるから」
ちょっとした焦りを滲ませてエステラに詰め寄るウッセ。
ムキになるなよ。いつもの、マグダのちょっとした悪ふざけじゃねぇか。
「それじゃあ、あたしは陽だまり亭を守るです。店長さんとカニぱーにゃ、テレさーにゃを守り抜くです」
いざとなったら体を張って。そんな意気込みでロレッタが言う。
お前にそんな無茶はさせられねぇよ。
「ノーマ、すまんが――」
「分かってるさね。まぁ、金物ギルドの連中は、アタシがいなくても自分らでなんとか出来るから、しばらくは陽だまり亭にいてやるさね」
「悪いな」
「なぁ~に、最近は客に料理を出すっていうのが楽しくなってきたんさね。案外肌に合ってるかもしれないっさよ」
いつか、ノーマが金物ギルドを引退した時には、小料理屋『キツネのしっぽ』なんて店がここの近くにオープンするかもしれないな。
「あたいは行くぞ、ヤシロ。いいだろ?」
デリアがギラついた瞳で俺を見つめている。
ウィシャートのやり方に憤りを感じているようだ。
だが、デリアも今回は遠慮してもらおう。
「デリアさん、マグダさん」
俺が断りの言葉を述べようとした時、ナタリアがデリアとマグダに向かってほぼ同時に何かを放り投げた。
よく見えなかったが、それは拳大で軽く、ふわふわと飛んでいく。
「なんだこれ?」
パシッとデリアが飛翔物をつかんだ瞬間「ぱきっ」という音がしてソイツは壊れた。
「ん!? なんか、壊れたぞ?」
「でしょうね。それは、木片を極限まで削り作り上げた木工細工ですから」
ナタリアがナイフの鍛錬のために10センチ×10センチの木片を削り、繊細かつエレガントな模様を彫り出した、極限まで薄く細く削りあげられたものだった。
小学生がぶら下げている四角いプラスチックの虫かごを、もっと複雑に、もっとアーティスティックに仕上げたようなものだ。
中は空洞。外周を構成するのは爪楊枝よりも細い木の柱。
当然、力を込めて握れば折れてしまう。
「最初に言っといてくれよぉ。壊しちゃったじゃねぇか」
「いえ、壊れるのはいいのです。鍛錬のついでに作っただけのものですから――ですが、今回はそれを壊さないほどの繊細さが求められる調査となります」
そう。
洞窟の中では何が起こるか分からない。
「最初に言ってくれれば気を付ける」なんて甘いことを言っていられない状況になる可能性もある。
うっかり触った石が起点となって洞窟が崩落、生き埋めに、なんてこともないとは言えない。
デリアは頼りになるが、良くも悪くも思い切りがよすぎるのだ。
突然襲いかかる事態に、瞬時に、最善の対処を、寸分の狂いもなく実行できる、そういう繊細さが求められる。
それが出来るのはナタリアと――
「マグダさんは、さすがですね」
――マグダくらいだ。
マグダは、デリアと同じものを放り投げられたというのに、それを傷一つ付けることなく受け取っている。
飛んでくる感じや質感を見て瞬時に対応を決めて即実行した証拠だ。
手に触れる際の衝撃すら殺して受け取っているのだろう。
今回はナタリアとマグダ、この二人に護衛を頼む。
「今回洞窟に行くのは俺とエステラ、護衛としてナタリアとマグダ、道案内にウーマロとマーシャ、以上のメンバーにする」
このメンバーは、あのせり出した壁を目撃した者たちだ。
アルヴァロがマグダに代わっただけだ。
まずは、カエルがいるのかどうか、いた形跡があったのかどうか。
そしてあの謎の壁はなんなのか、それを調べる必要がある。
そこから先は、調査の後で考える。
「デリアは、港まで来てくれるか? 万が一の際は助けを呼ぶから飛び込んできてくれ」
「そうだね。なんらかのトラブルで外に出られなくなるかもしれない。そんな時、外にデリアがいてくれるととても心強いよ」
「そうか? んじゃあ、今回はそういうことにしとく。けど、次はあたいにも仕事をくれよな」
デリアの向こうで、ミリィやパウラも似たような目をしている。
協力をしたい。そう顔に書いてある。
「まだ分からないことだらけでな、安請け合いは出来ねぇよ」
軽々しく「じゃあ、この次な」とは言えない。
だが、こいつらの気持ちも分からなくもないので、精一杯のサービスをしておく。
「必ずお前らの力を借りる時が来る。それまでは、調査よりも街を守る方に尽力してくれ」
「ん。そうだな。ウィシャートの手下がまたやって来るかもしれないしな」
「みりぃも、四十二区のために、がんばる、ね」
「怪しいヤツがいたら、片っ端から噛みついてやるんだから」
いや、パウラ。それはやめとけ。
特定の人種にはご褒美になっちまう。
「すまないね、みんな」
集まった者たちに、エステラが謝辞を述べる。
「今回は状況を知っておいてほしくて集まってもらったんだ。思わせぶりなことをしてしまったけれど、今は焦らずに足下を固める方向へ意識を向けていてほしい」
「そうね」
少々消化不良気味な面々に語るエステラを、マーゥルがフォローする。
「気に入らない者へ拳を振り上げるのは容易だけれど、それよりも今は大切なモノを守る方が重要だわ。血を見るような争いに発展すれば、一番危険にさらされるのは先頭に立つこの二人だもの」
え。
俺、いつの間に先頭に立たされてんの?
中盤にいたいんだけど。
前後を頼れるヤツにがっちり守ってもらってさ。
「ヤシぴっぴとエステラさんを守れるのは、同じ四十二区のあなたたちだけなのよ。状況が悪化した今、これ以上悪化させないために現状を維持するというのはとても重要なことよ」
好転しなくとも悪化させない。
現状維持は、確かにこの今の状況にはかなり重要なファクターだ。
「ヤシぴっぴ、エステラさん。しっかりね」
「はい。ありがとうございます、マーゥルさん」
マーゥルの言葉には妙な説得力があり、不満顔をさらしていた者たちも自分に何が出来るかという方向へ意識を向け始めた。
やるな、マーゥル。
こういう説得力は、やっぱまだまだエステラには足りていないところだ。
もうしばらくは敵対したくない相手だよ、まったく。
「というわけで、ジネット」
「はい。美味しいお弁当を作りますね」
明日、洞窟の調査に行ってくる――と言いたかったのだが。
ジネットも何かの役に立ちたい、そんなことを思っているのだろう。
ここは甘んじて、その好意を受け取っておくとしよう。
美味い飯があると、やる気が出てくるからな。
そして明朝。
俺たちは再び港の先の洞窟へと赴いた。
あとがき
罹患
って、「らかん」っぽくないですか?
宮地です。
感染症の話で
宮地「『らかん』しないよう気を付けなきゃ」
知人「『りかん』ね」
と、真顔で指摘された、宮地です。
いや~、テレビ見てないと『音』で聞かないから
間違いに気が付きにくいですよね(^^;
めっちゃ恥ずかしかったです(*ノωノ)
『羅』っぽいんですもの『罹』!
こんなもん、もう半分以上『ら』でしょうに!
有名人さんも、字面は見覚えあるのに
耳で聞くと「え、誰?」ってなってしまう方とか多くて
漢字を間違って読んでいたり
『彩』で『さやか』さんだったり、
『咲』で『えみ』さんだったり、
『THE』で『じ』って読んだり!
耳で聞かないと覚えないことってありますよね。
逆に、耳で聞いていたせいで
それ以外あり得ないってアクセントもありますけれども。
関西の方では、中高型のアクセントが多いんですね。
まゆげも、「→ま↑ゆ↓げ」なんですよね。
標準語では「枕」と同じアクセントですが、
関西では「お菓子」と同じアクセントになります。
この中高型が……抜けないっ!
「伏見桃山っ、キャッスルランド~」
のCMのインパクトが強過ぎて、『伏見』が中高型以外では言えないんです。
たぶん、地名の場合は「男」と同じ尾高型のアクセントになるはずなんですが、
「まゆげ」と同じく中高型になっちゃうんですよねぇ(^^;
あ、関西の「まゆげ」と同じく、です。
いや、でも地元の人がみんな中高型で読んでいるなら
むしろそちらが正解なのでは!?
でもですね、
しゃべる度に「あ、関西の人?」って聞かれるのが大変だったので
頑張って標準語アクセントを習得したんですよ。
東京の知人にレッスンしてもらって。
宮地「まゆげ!」
知人「中高型になってるよ。ま・ゆ・げ」
宮地「すね毛!」
知人「それも中高型になってる。す・ね・毛」
宮地「チャリ毛!」
知人「えっ、それどこの毛!?」
宮地「ヤン毛!」
知人「どこの毛!?」
宮地「鼻毛!」
知人「つか、なんで毛の名称ばっかなの!?」
宮地「オシャレに『その鼻毛、道玄坂のサロンでカットした? やっぱり~』とか言いたいじゃん!」
知人「言わねぇーわ!」(#゜Д゜)
とにかく、三文字の言葉が難しかった……
全部中高型になっちゃうんですもの、クセで!
宮地「乳首!」
知人「ち・く・び! ……なに言わせんだよ」
宮地「おっぱい!」
知人「それはすんなり言えんのかよ!?」
宮地「おっぱい!」
知人「うん、あってる」
宮地「おっぱい!」
知人「いや、あってるって!」
宮地「おっぱい!」
知人「黙れぇ!」
四文字は、平気なんですよねぇ、不思議と。
ただ、アクセントもそうなんですが
普段使っていた方言にも苦労しました。
いまだにうっかり使っちゃって伝わらないのが『なおす』
宮地「これ、なおしといて」
知人「……壊れてないけど?」
みたいな!
『なおす』は『しまう』とか『片付ける』って意味で使うんです。
もちろん『修理する』って意味でも使いますけども。
でもまぁ、これは笑い話で済むんですが……
一回、バイト先で絶妙な勘違いをされたことがありまして……
チェーン店の飲食屋さんで、
とても仲良くしてくださっていた先輩がいて、
お世話になっていたんですね。
そんな先輩が、ある時具合悪そうにされていたんです。
帰ればいいのに、人手が足りなくなるからってムリして最後までいて
で、閉店作業の時、「ゴミ捨てに行ってくる~」って言って出て行ったきり戻ってこなくて、
心配で様子を見に行ったら床にへたり込んでぐったりされてたんですね。
私、パニックになっちゃって
とにかく人を呼ばなきゃ! と、思ったんですが
ちょうどいいタイミングで店長さんが厨房にやって来て、
「どうした? 大丈夫か?」って
でまぁ、店長さんは頼りになる方でしたし、
騒ぎを聞きつけて他のバイトさんたちも集まってきたので
新人だった私は邪魔をしないように、
でも普段お世話になっている先輩の役に立てるようにと思って、
先輩がやりかけて出来なかったゴミ捨てを代わりにしようと思ったんです。
私がゴミを捨てておくので、先輩はゆっくり休んでてくださいと
そんな気持ちで。
でもまぁ、一応断り入れておくかな~と
ゴミ捨てとくから心配しないでくださいね~と
先輩、しんどそうなので遠慮しないでくださいね~と
それを、店長さんに伝えるために出てきた言葉が――
宮地「先輩エラそうなんで、ボクほっときますね」
『エラい』=『しんどい』
『エラそう』=『しんどそう』
『ほかす』=『ゴミを捨てる』
『ほっとく』=『ゴミを捨てておく』
なんですが、
店長「なんでそんなこと言うんだ!?」
他の先輩「ひどくない!?」
他の先輩「お前、普段世話になってんだろ!?」
って、めっちゃ怒られて!
私、パニックになってたから関西弁バリバリで言っちゃっただけなんですが、
吐くほど怒られまして、
なんん~~~んとか説明して理解してもらったんですが、
あまりに怒られ過ぎて、早々に辞めちゃいましたね。
先輩に「なんかごめんね?」って言われましたけども、
先輩は悪くないっす。
言葉の壁が悪いんっす。
それ以降、徹底して標準語のアクセントを学び
標準語のみで生活していました。
なのに、最近になってもま~だ「あれ、関西の人?」って言われるんですよね~
アクセントが直ってないんでしょうね~
たぶん眉毛かチャリ毛かヤン毛あたりでバレるんでしょう。
宮地「ねぇ、チャリ毛のアクセントってどんなの?」
知人「その前に、チャリ毛がなんだよ!?」
文章だけで交流している方には気付かれないんですが、
消し切れてないようです、関西弁。
いや、いいんですけどね。
「京都の生まれなんですよ~」って普通に言いますし。
ただ、指摘されると
ちょっと恥ずかしい……(*ノωノ)
標準語しゃべってるつもりでしゃべれてないって感じが、
カッコつけてスベってるみたいで
で、これで地元帰ると
「関西弁おかしなっとるやんけ」って言われるんですよねぇ……
私の居場所は、もう文字の世界だけなのかもしれません
文字だけなら、アクセントや読み間違えはバレませんからね♪
らかん……
あれ? 『らかん』が変換されない!?
あれ!?(カチカチッ! ッターン! ッターン! ッターン!)
まだまだこれからも、いろいろと勉強します(*´ω`*)
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




