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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
第三幕

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522/822

324話 調査再び、そして次の手

「なんもいねぇな」


 俺の声が洞窟の中にこだまする。

 早朝の海は冷え込み、鼻の奥がツンと痛む。

 声も、昼間に入った昨日よりもキンキンと響いている気がする。


「……これが、アルヴァロが壊せなかった壁?」

「そうなんッス。オイラもちょっとツルハシで挑戦してみたッスけど、まったく歯が立たなかったッス」


 道を塞ぐ岩壁に手を触れ、マグダが何かを探るように耳を動かしている。


「『赤モヤ』は使うなよ?」

「……ヤシロ、その略称は、――以下略」


 略しちゃったよ。

 一応抗議の意思だけは見せるんだな。


「……アルヴァロの『白いシュワシュワしたなんか漂うヤツ』で無理なら、マグダの『赤いモヤモヤしたなんか光るヤツ』でもおそらく無理。これの破壊を検討するなら、メドラママを連れてくるべき」


 メドラを担ぎ出さないと無理だろうと、マグダは見解を述べる。

 俺の意見を言わせてもらえば、おそらくメドラでも無理だろう。


 今回の一件にカエルが無関係だったとしても、ついさっきまで通れていた通路が突き出してきた岩壁によって塞がれ、近隣や洞窟の上の地面になんの影響も出さないなんて常識離れした現象、少なくない確率で精霊神が関わっている。

 もし、これが精霊神の仕業じゃないというのであれば、俺は次の候補として『精霊神クラスの誰かの魔法』を推すね。


 とにかく、こいつは人間の仕業じゃない。


「おそらく、航路はこの岩を避けるように大きくカーブすることになると思う」


 俺たちは今、四十二区側――北側の通路にいる。北側の通路は謎の壁に塞がれてしまったから、この向かい側――南側を広く掘って船が通れるようにするしかないだろう。


「出来そうか?」

「調査しみないとなんとも言えないッスけど、同じ地質なら問題ないと思うッス」

「海底も、今度じっくり調べてみるね☆」


 船が通れるようにするには、海底もある程度削らなければいけない。

 普通、船は浅瀬を避けて深いところを選んで航行するべきなのだろうが、このわがままな人魚姫は自分の行きたいところへ船が入れるようにしたいのだ。


 人魚の持つ力で海底を削ると言っているので、その辺は任せている。

 なんでも、海の中では結構そういう工事をしているらしい。

 もっとも、丁寧安全なトルベック工務店とは比ぶべくもない荒っぽい工事らしいけど。


「ダメだね。抜け穴もなさそうだよ」


 ナタリアと共に、カエルが通れそうな横穴や抜け穴、隠し扉なんかがないかを丹念に調べていたエステラ。成果はなかったようだ。

 俺もどこかに仕掛けがないかを探ってみたが、それらしいものはなかった。

 完全無欠に普通の洞窟なのだ。

 鉄の棒で壁や床をゴンゴン殴りながら、空洞がないかを確認して回ったのだが、それも空振りだった。


「この壁の向こうに行けるか、ウーマロ?」

「ボートを回せばたぶん行けるッスけど……崖を登ることになるッスよ?」


 洞窟内の通路は、最初海面と同じ高さに通路があるが、徐々に上り坂となり10メートルほどの高さになっている。

 工事中に波にさらわれないようにという配慮からだが、そのせいでボートへの乗り降りは入り口付近からしか出来ないので若干面倒くさい。




 で、ボートまで戻り、ボートで岩壁を超えて、その先の崖を登ってみた。

 ……やるんじゃなかった。

 これ、帰りは同じ崖を降りるのか……うへぁ……


「何もないね」

「……あぁ」


 俺とは違い、さほど息を切らせていないエステラ。

 運動では敵わないな、こいつには。


「負荷がないもんなぁ……」

「君もないだろう!? あぁ、いや違った。あるよ!」

「本能が虚栄を拒んで素直なツッコミをしてしまったようですね、エステラ様」

「うるさい」

「え、『負荷が羨ましい』?」

「言ってない!」


『羨ましくない』とは、口が裂けても言わないエステラ。

 ぷりぷり怒って、せり出した岩壁の裏面を調べる。


 こっちから見ても、普通に岩だ。

 だが――


「入り口から掘り進めてきたんだとしたら、今俺たちがいるこの場所に通路があるのはおかしいはずなんだよな」


 入り口から順番に掘り進めていたのなら、壁の向こうに通路があるのはおかしい。

 ここに通路があるということは、一度掘った通路が塞がれたという証拠だ。


「逆なら、いくつか推論が立てられたんだがな」

「逆?」

「塞がっていたはずの道が通れるようになっていたってんなら、メドラがストレス発散でもしに来たかなって思えるだろ?」

「……こんなところまで来てそんなことしないよ、メドラさんは」


 可能性の話だ。

 100%あり得ないとは言い切れないだろ。


 そのわずかな可能性すら存在させない状況なんだよなぁ、今は。

 通路が急に塞がれるって……なぁ?


「ここから、本来工事が進んでいた地点まで調べてみよう」

「と言っても、すぐそこで行き止まりッスけどね」


 謎の岩壁を超えた先は、わずか15メートルほどでまた行き止まりになっていた。

 こっちは、正真正銘掘られていない岩壁だ。

 見た感じは謎の岩壁とそっくり同じだ。

 だが――


「マグダ、軽くでいいんだが、壊せるか?」

「……やってみる」


 マグダが岩壁を殴ると、ボコッと拳一個分くらいの岩が抉れて取れた。


「……余裕」


 やはり、ただの岩なら素手で破壊できるんだな。

 ……うん、それはそれですごいんだけどな。普通素手で岩とか砕けないからさ。


 とりあえず、マグダを怒らせるようなことはしないでおこう。

 俺はずっとマグダの味方だからな~。


「見た目は似ていますが、向こうの岩壁と、こちらの岩壁――どちらも『岩壁』ではややこしいですね。では、向こうのせり出したと思しき岩壁を『謎壁』、こちらの岩壁を『領主壁』と名付けましょう」

「その名付けは却下だよ!」

「なぜですか? たった今、抉れたところですのに?」

「だからだよ! 由来が思った通りだったしね!」

「それで、謎壁と領主壁は似て非なる物のようですね」

「ボクを無視して話を進めないでくれるかな!?」


 もういいじゃねぇか、領主壁で。

 そっくりなんだし……ぷぷぷ。



「よし、じゃあ南側の通路も調べてみるか」

「そうだね。……せめて、何かがいた形跡でもあってくれると助かるんだけど」


 それは望み薄だなと思っていたのだが、結果思った通りになってしまった。


 どんなに丹念に調べても、人が通れそうな穴も、隠れられそうな場所も、何かが潜んでいる気配すらも何もなかった。




 洞窟の中で飯を食い、結構粘って調査をしてみたが、結局成果は何も得られなかった。




「大工の連中め。本当に、ここに何かいたんだろうな?」

「それを疑いたくなるくらいに何もないね」


 はぁ~っとため息を吐けば、朝ほど反響しなくなっていた。

 この洞窟の中は時間によって結構な温度差があるようだ。


「ウーマロ。念のために聞くが、カエルを見たと騒いでいた六人の大工。ウィシャートの息がかかっていたなんてことはないよな?」

「それはないッスね」


 聞けば、四十二区に手伝いに来ている大工たちは、各区の領主たちが入念にチェックをして問題がないと判断された者たちだけらしい。

 能力はあるが、組合や特定の貴族と懇意にしている大工たちは領主の権限で四十二区への派遣を制限しているらしい。

 そんな大工もいるのかよ。


「外周区の領主様たちは、開通式典でのウィシャートの行動に不快感と危機感を持ったようッスよ。一見関係ないように見える貴族でも、遡っていけばウィシャートにたどり着く、そんな繋がりも制限してるッス。……特に、今は一番危険な時ッスから」


 下手にウィシャートに利するような行動を取ってしまったばかりに四十二区に多大な損害を与えてしまった。そんなことになれば、当然のように四十二区からは敵視される。

 四十二区がぐらつくことで素敵やんアベニューが頓挫しかねない四十一区や、港の工事に全面協力している三十五区、エステラとは親族のように親しい領主の四十区からの反発も必至だ。


 それはすなわち、四十二区から三十五区までのすべてを敵に回すようなものだ。

 そりゃ、領主たちも慎重になるよな。

 平常時であれば「うっかりしていた、すまん!」で済むことでも、ウィシャートが牙を研ぎ澄ましている今は、その「うっかり」が致命傷になりかねない。


 早くなんとかしないと、外周区の領主たちの胃がストレスでハチの巣になりかねないな。



 とにかく、あの大工たちが工事を遅らせる目的で虚言を喚き立てたわけではないらしい。


 そうなると、マジで手の打ちようがなくなるんだがなぁ……



「そろそろ戻ろうか。日が暮れると一気に寒くなるらしいからね、この洞窟は」

「……だな。人が眠った後に活動するかもしれんが、こんな場所で夜明かしするのなんか御免だしな」

「……それは、ウッセたちにやらせればいい。とりあえず、謎壁のことは話さずに、夜間に洞窟内を見張ってもらい、何かがいれば捕らえてもらう。夜間の張り込みは、狩人が得意」


 洞窟の中に、誰にも知られてはいけないレベルの秘密や危険がないと分かり、狩猟ギルドに丸投げすればいいとマグダは言う。

 まぁ、ちょこっと調べて、精霊神の神殿とか遺跡とか遺物みたいな、アンタッチャブルなもんがごろごろ出てくることはないってのが分かっただけでもよしとするかな。


 とりあえず、この洞窟内に『呪い』や『流行り病』に繋がりそうなものはなかった。

 なら、必要以上に情報統制する必要はない。

 とりあえず、何かあってもむやみに騒がずエステラに報告するようにとだけ言っておけばいいだろう。


「お帰り~☆ そっちも成果はなし、かな?」


 陸を歩けずボートのそばで待機していたマーシャが出迎えてくれる。

 マーシャも洞窟内の海の中を調べていたようだが、成果はない様子だ。


「とりあえず陽だまり亭へ戻ろう。温かいご飯を食べながら次の手を考えよう」


 次の手と、エステラは言うが……


「まぁ、どうすればいいのか、さっぱりお手上げってのが素直なところだけどね」


 取っ掛かりもなくし、ないものをないと証明する方法なんてものはそうそうあるわけがない。

 だが、「なんもなかった」では納得させられない。



 まぁ、俺は一つだけやってみるべきだろうなってことが思い浮かんでるけどな。


 それは、エステラの言うとおり、陽だまり亭であったかい飯を食いながらにしよう。

 ずっと海のそばにいて体が冷え切ってしまったからな。






 洞窟を出ると、デリアとウッセたち狩猟ギルドの連中が港周辺をガサガサと捜索していた。


「なんかあったか?」

「何があれば何かあったことになるのか分からなくなるくらいに何もねぇな」


 何もなさ過ぎて、逆になんだか全部が怪しく見えてしまっているようだ。

 要するに何もないんだな。


 実際、「こういう形跡を探してくれ」って明確な指示がないと、調査ってのは難易度が格段に跳ね上がる。

「何か変なところを探せ」と言われて「あれれ~、おかし~ぞぉ~」とすぐに気が付けるのは名探偵くらいなもんで、一般人には無茶な話なのだ。

 あとになって「実はあの時、こんな異変があったんだよ」と言われても、正直「そんなもん、気付けるかボケぇ!」ってなもんだ。


「うぅ……っ、寒ぃ!」


 ウッセが筋肉を「むきっ!」っと縮める。

 気持ちの悪い音を立てるな。茹でてこそげ落とすぞ、その筋肉。


「ヤシロ、大丈夫か?」


 デリアも一日中港を調査していたようで、手や顔が泥で汚れている。


「デリア、汚れてるぞ」

「ヤシロもな。髪の毛べたべただぞ」


 デリアの指が俺の髪に絡む。

 イタタタッ!

 めっちゃ引っかかる!


「潮風に当たってたからか……あぁ、そういえば朝方は湿気がすごかったもんなぁ、洞窟の中」

「うわぁ、ボクの髪もベタベタだよ」

「私の胸もぽぃんぽぃんです」

「ん、あえてスルーするよ。みんな、相手にしないように」

「……残念。ウッセがめっちゃ食いついている」

「なっ!? ばっ、食いついてねぇよ!」

「……妖怪、むきむきチラ見」

「してねぇ!」

「……『精霊の――』」

「そーゆーのはギルド内ではなしだろ、マグダ!」


 食いついてたって自白してんじゃねぇーか。


「あたい、大衆浴場寄って帰ろうかなぁ」

「少し待てるなら、陽だまり亭で入ってもいいぞ」

「そうだな。腹も減ったし、甘い物も食べたいし。うん、そうする」


 にへへと、デリアが笑う。

 昨日とは違って柔らかい表情だ。

 この顔なら、カンパニュラも気を遣うことはないだろう。

 昨日は、若干気を遣って口数が減っていたからな。


「マーシャ! マーシャは来ないのか、陽だまり亭?」

「う~ん。ごめんねぇ~。行きたいんだけど、漁もしなきゃだから~☆」


 本業も疎かには出来ない。

 マーシャは名残惜しそうに手を振って、今出てきた洞窟の方へと泳いでいった。


 折角早まりそうだった港の完成も、これで延期になるんだろうな。

 ……くそ。忌々しい。


「ヤシロたちも収穫はなかったようだし、俺たちもここらで切り上げて陽だまり亭に行くか。腹も減ったし」

「……『巨乳もチラ見足りないし』」

「言ってねぇだろ!?」

「ウッセさぁ、そーゆーことばっか言ってると嫌われるぞ?」

「言ってねぇんだよ、俺は! で、俺じゃなくて真っ先にヤシロに言えよ、クマの娘!」

「ん? だって、ヤシロは仕方ないじゃねぇか。ヤシロなんだし」


 はっはっはっ、デリア~?

 お前の中で俺はどんな人間なんだ?

 あまりの謎理論で、擁護されたんだか糞味噌に軽蔑されてんだか分かんなくなったぞ。


「とにかく街門へ戻ろう」


 ナタリアとマグダが先行し、ウッセたち狩人が後方を固め、俺の隣はエステラとデリアにがっちり守ってもらって、俺たちは街門へと戻った。




「随分と大人数ではないか? よもや、こそこそと工事を再開しようなどとは考えておるまいな?」



 門をくぐると、広場にウィシャートの執事が待ち構えていた。


「調査をしていたんだよ。君たちもそれを望んでいると思ったけれど、思い違いだったかい?」

「ふん。調査結果を報告するのはそなたらの義務だ。早く成果を聞かせていただきたいものだな」

「もちろんそのつもりだけれどね、いちいち邪魔をされては、それがいつになるか分かったものじゃないね」

「工事の再開が遅れて困るのはそなたらであろう?」

「へぇ、気にはならないんだね、ミスター・ウィシャートは。自区の足下にカエルがどうのと言っていたような気がしたのだけれど、真偽がはっきりしなくても日常を過ごしておられると見える」


 いや~大したものだと、エステラは大袈裟な手振りで感心して見せ、鋭い目で執事を睨む。


「まるで、何かを知っているかのような落ち着き方だね」

「貴様っ! お館様がはかりごとをしているとでも言いたいのか!? 看過できぬ妄言だぞ!」

「それくらい落ち着いていると称賛しているだけさ」


 おぉ~、エステラが貴族っぽいイヤミを。

 きっとルシアやマーゥルなんてガラの悪いお友達が出来たからだな。

 環境って、怖いわぁ~。


「そちらこそ、今回の件に一切の裏がないと聞こえる物言いだったけれど?」

「当然であろう! カエルのことなど、お館様はご存じない!」

「その言葉に『精霊の審判』をかけられる覚悟はあるのかい?」

「無論だ! やってみるがいい! 相応の報復を覚悟の上でな!」


 執事の瞳は一切揺らがなかった。

 少なくとも、今のこいつの言葉に嘘はないだろう。


 ウィシャートがカエル騒動を仕掛けてきたって線も消えたか。

 もっとも、ウィシャートだからな。こんなことで潔白だなんて信じてやれるわけもない。


 ……が、今回はカエル騒動を聞きつけてそれに乗っかって嫌がらせをしてきているってのが正解だろう。

 ヤツは今、情報紙と土木ギルド組合という手駒を封じられて方向転換を余儀なくされているだろうからな。

 楽に乗っかれるところには乗っかって、時間を稼いでくるだろう。


「私は、貴様らがお館様の目を欺いて工事を再開しないように見張っているのだ。監視されるのが嫌なら、今この場で『お館様の許可を得るまで工事は再開しない』と宣言してもらおうか」

「そこまで他区の者に干渉される謂われはないよ」


 四十二区の工事再開に三十区領主の許可がいるなんて馬鹿げている。話にならない。

 そんなもんを認めちまったら、「再開したければ利権を寄越せ」と言ってくるに決まっている。

 双方の信頼関係が完全に破綻している今、そんなふざけた要求は『形だけ』だとしても受け入れるわけにはいかない。


「そちらこそ、『館にカエルが出てから』モンクを言ってくれるかい?」

「斯様な汚らわしいモノが館に出ること自体が看過できぬのだ! 貴様、やはり何か企んでおるな? お館様の名に泥を塗るような何かを!」


 ツバを飛ばす執事ウィシャートの眼前にナイフが突きつけられる。


「……今の言葉、安易に取り消させはさせんぞ、下郎」



 ナタリアの瞳の色が変わっている。

 ぶち切れ五秒前だな。


「ふん……。武に秀でているのがおのれだけだとでも思っているのか? 貴様程度のナイフ術など――」




 ドン――っ!




「あ、わりぃ。道、壊しちまった」


 デリアが、足下のレンガを踏み砕いていた。

 綺麗に敷き詰められていたレンガは砕け、めくれ上がり、その下の地面に大きなくぼみを作っている。


 足ドンであそこまで壊れるのか……すげぇな、やっぱ。


「あ~……っ、誰かさんのせいで工事が遅れて、俺たちも狩りが出来てねぇんだよなぁ……体が鈍らねぇように『どっか』で運動でもしねぇとなぁ……なぁ?」


 ウッセ以下狩人たちが自慢の筋肉をこれでもかと盛り上がらせて執事ウィシャートに睨みを利かせている。


 ナタリア一人なら渡り合えると踏んでいたらしい執事ウィシャートも、獣人族や狩猟ギルドの狩人を相手に乱闘はしたくないのだろう。

 キザったらしい白い手袋に覆われた指でこめかみを押さえ短く息を吐いた。


「ふん……野蛮な街だ」


 負け惜しみを言って、一歩体を引く。

 あと半歩でも前に出ていればナタリアが飛びかかっていただろうけどな。


「執事、給仕の質が悪いのは領主の能力が不足している証拠ですよ。あまり無様はさらさないことをお勧めしておきましょう」

「なんだと……?」


 身を引いた執事ウィシャートにナタリアがチクリと言葉の棘を突き刺す。


「こちらのデリアさんでさえ一目で気付けたことを見落とすとは、嘆かわしいですね」


 言って、エステラの髪を一束摘まむ。

 潮風と汗でべたつく赤い髪。


「美しい髪がこうなってしまうまで洞窟の調査をしていたことは明白でしょうに」


 そして、エステラの頬を白いハンカチで拭きながら、静かに殺気を放ち始める。


「領主自らが、何が潜んでいるかも分からぬ外の森の、カエルを見たという報告があった洞窟の中を調査している――その誠意を微塵も感じることが出来ぬほどあなたの主が阿呆であるというのであれば特例で許可をお出ししましょうか?」


 執事ウィシャートに向かい合い、一切の感情が感じられない無表情で言い放つ。


「魔獣に食い殺されるか、カエルの群れに襲われるか、精霊神様の逆鱗に触れ呪いをもらうかもしれない洞窟の調査を行う特例の許可を」


 連中が喚いていたカエルの呪い。そんなモノを敢えて口にしたナタリア。

 その怒り具合が窺えるな。

「やれるものならやってみろよ」と言外に言っている。

 そして、エステラをそんな危険にさらしているナタリア自身の苦しさがよく伝わってくる。


「……ふん。そのような仕事、お館様のなさることではないわ」

「それを我が主が率先して行っている。それがそちらの主への誠意であると、その程度のことも分からぬ阿呆なのですか、あなたの主は」

「なんだと!?」

「あなたの態度が、そう言っているのですが……気付いていないとでも?」

「…………ちっ。調査を早く終わらせ、報告に来るように」


 言い捨てて踵を返す執事ウィシャート。

 だが――


「うおっ!?」

「……帰り道に気を付けて。……『何があるか』分からないから」


 ――背後にぴったり張り付くようにマグダが立っていて驚いたらしく、変な声を漏らしていた。

 ナタリアなら、気付いていただろうな。


 執事ウィシャートはナタリアには遠く及ばない執事ってわけだ。

 まぁ、『ウィシャート家の中から』なんて制限が設けられた状態で選ばれた『一番マシなヤツ』がこいつってだけなのだろうし、マグダも相手の強さが分かったからこそ、デリアとウッセがいきり立った時に相手にしなかったのだ。

 しかし、今の脅しは効いただろう。


 武力で四十二区を攻めるのは無理だと悟ってくれればいいのだが。

 どんなに強い獣人を送り込んでこようと、ハビエルとメドラがいるし、執事がマグダに後れを取るレベルじゃ話にならない。


 武力侵攻を諦めてくれると、ミリィたちがもっと気楽に過ごせるようになるんだがな。



 無言で睨み付けるナタリアを最後にもう一度だけ見て「……ちっ」と舌打ちを残し、執事ウィシャートは足早に広場を後にした。






「どないしたん?」


 陽だまり亭に戻ると、店の前の通りにレジーナがいた。

 今まさに陽だまり亭へ行こうとしていたらしく、大通りの方から歩いてくるところだった。

 俺たちの顔をぐるっと見渡して、驚いたように息を漏らす。


「みんなして、えらいおっかないおっぱいしてからに」

「どんなおっぱいさ!?」


 レジーナが見ていたのは顔ではなかったらしい。

 そっかー、腹が立ってるとおっぱいまで怖い表情になるのか~。


「みんなして谷間にシワ寄せてからに」

「寄せてないよ!」

「そらまぁ、領主はんは寄らへんやろうけど……」

「そーゆー意味じゃないし、ボクだってシワくらい寄せられるよ!」

「え、どれどれ?」

「見せないよ!? ヤシロと発想が同じなのかい、君は!?」

「「失敬な」」

「息がぴったりなことを恥じるといいよ、お互いにね!」


 エステラが一人でお祭り騒ぎをして、なんとなく俺たちを取り巻いていた苛立たしい雰囲気が霧散していく。

 レジーナがそれを狙ってワザと卑猥なことを言った――とは思えないが、結果として空気が変わったのはよかったことだろう。

 たまには素直に褒めてやるか。


「レジーナのおっぱいは役に立つなぁ」

「やめてや、勝手な妄想すんの。無断使用は認めてへんで」


 うん。

 意思は伝わってないが、まぁいいだろう。

 レジーナ相手に細かいことは気にする必要などない。


「なんや、またえらい面倒くさいことになっとるようやなぁ」


 エステラの髪を触り、「これ、潮風でべたついた髪にえぇシャンプーやで」と小さな小瓶を渡す。

 港が出来るということで、塩風による髪のダメージを修復してくれるシャンプーを作っていたらしい。

 商売人として、いい感性をしている。

 これで人見知りで怠惰で卑猥じゃなければいい商売人になるんだけどなぁ……


「たゆんふんわりおっぱいはんがな、ウチんとこに『薬作ったってんか~』って言いに来はったで」

「ノーマが?」

「なんで今のでノーマだって分かるのさ、君は!?」


 そんなもん、わざわざ説明するまでもないだろうが。

『ふんわり』と表現できるおっぱいを持つ者は少ない。

 デリアは「ぱーん!」だし、ジネットは「どーん!」だ。

 それに、ノーマはおっぱいをいじっても怒んないし、言いやすいんだよなぁ。


「ノーマのおっぱいはフリー素材だからな」

「ふりーそざいがよく分かんないけど、一度泣くくらい怒られるといいよ、君は」


 どんなにいじろうとも著作権も著像権も主張しない、聖母のような存在なんだぞ、ノーマは。

 ま、たまに煙管の灰が首周りに放り込まれるけどな。


「それで、その感染症っちゅうんは、発生しそうなんか?」

「分からないし、発生させないようにはしたいと思ってる。けど、念のためにね」

「さよか……」


 なんだか、今一瞬、レジーナの表情に違和感を覚えた。


「ね、なんやの? あんまじっと見んといてんか。恥ずかし……いや、ムラムラしてまうわ」

「なんで残念な感じに言い直したのさ……まったく」


 エステラが呆れて、レジーナがにゃははと笑う。

 それで、また元の空気に戻るが……なんだったんだろうな、今の一瞬の表情。


 どこかほっとしたような、すごく苦しそうな、どことなく寂しそうな顔。

 そんな風に見えた。


「とにかく、レジーナも来てよ。詳しい話をするからさ」

「ほならゴチになるわ~」

「……最近出費が嵩んでいるのに」


 恨めしそうに、最近いろいろと儲けているレジーナを睨むエステラ。

 この街ナンバーワンの貴族がする顔じゃねぇな、それは。

 貴族っつっても、金を持ってるわけじゃないからなぁ、この街は。


 情報紙元会長のテンポゥロなんか、すべてを注ぎ込んで買収した情報紙を失って、今頃はすっからかんだ。

 貴族だからと言っても領地を持っているわけではない。税の徴収が出来る立場でもない。

 もともと力のなかった貴族がたまたま情報紙をヒットさせて権力のようなものを手に入れただけで、その情報紙がなくなった今、ヤツの手元には何も残っちゃいない。


 今から事業を始めようとしても、タートリオが書いた『情報紙内部抗争の恥辱』という記事のせいで悪事が知れ渡っているから協力者も現れないだろう。

 助けてやったら寄生されてゆくゆく乗っ取られるかもしれない。


 あのバカがやったのはそういうことで、そういう行為は信用を完膚なきまでに失わせる。


 それは、情報紙発行会の運営権をタートリオに通告なく自己都合で売り払ったホイルトン家にも言える。

 長い年月をかけて培ってきた信頼を自分の都合で一方的に破棄してしまう者を、一体誰が信用するだろうか。


 情報紙を裏切り崩壊させた二つの貴族は、今後かなり厳しい立場に追いやられるだろう。

 ついでに言えば、情報紙を失った今、エサとなったウィシャート家の娘がホイルトン家に留まるかどうかも怪しいもんだ。ほとぼりが冷めた頃合いに、適当な理由をつけて離縁でもして実家に帰るんじゃないかと俺は思っている。


 だってよ、血縁者で繋がりが出来ると煩わしいだろ?

「お前らのために情報紙を裏切った結果、落ちぶれてしまったのだ」とか言われたら鬱陶しいじゃねぇか。「援助をしてくれ」なんて言われてウィシャートがすんなり援助するとも思えないし。

 力を失った落ちぶれ貴族とはさっさと縁を切るんじゃないかな。


 ま、自業自得だ。


「どうしたの、ヤシロ? 入らないの?」

「ん? いや」


 考え事をして一人外に残った俺を、ドアを開けて待っているエステラ。

 同じ「貴族」って縛りでも、こんなにも目の色が違うんだもんな。

 カテゴリーなんか、人を測る参考になんかなりゃしない。


「貴族もいろいろ大変そうだと思ってな」

「そうだよ~。だから、君ももっとボクに優しくするようにね」

「随分と上からだな」

「ごめんね、高貴な身分だから、ボク」


 そんな冗談を口にするエステラは、出会ったころのままの笑顔を見せていた。

 いろんなヤツに出会い、いろんなことを経験して、エステラは領主としてレベルアップしている。

 それでも、根本の部分は何も変わっちゃいない。


 それがよく分かる笑顔だった。


「成長しないな、お前は」

「うるさいなっ、これでも少しは……」


 そこまで言って頬を膨らませ、ドアを閉めやがった。

 一人、外に取り残される。


 振り返れば、ド田舎の風景が広がっている。

 街道が整備されたと言っても、街道の向こうには生い茂る草と木。その向こうは畑だ。

 四十二区の中でも、この付近は飛び抜けて寂しい風景だ。


 真っ暗闇の中、初めて見たあの時から、この辺りに人は住んでいなかった。

 ただのド田舎だと、そんな風に思っていたのだが……


「湿地帯の大病か……」


 結局、洞窟の中でカエルを見かけることはなかった。

 おそらく、洞窟をどれだけ探しても状況は変わらないだろう。

 きっと、この先どれだけ洞窟を探そうと、洞窟にカエルがいたのかどうか、それすら分からない。


 なら、アプローチを変えるべきだろう。



「やっぱ、行ってみるか」



 俺の視線は、遠く湿地帯へと向かう。


 洞窟を調べるのではなく、今度はカエルの方を調べてみよう。

 洞窟にカエルがいたのかではなく、カエルが洞窟に行くことがあるのか、そんなアプローチで調査をしてみようと思う。


 ただ、ここの連中の反応を見る限り、この調査は俺一人で行った方がいい。


 エステラの父親は、湿地帯の大病の原因を調査するため湿地帯へ踏み込み、そして自身もその病に侵されてしまった。

 エステラは連れていけない。

 きっと、いろいろなことを思い出し、考えてしまう。


 他の連中もそうだ。

 エステラや四十二区を大切に思うからこそ、呪いなどないとはっきり言えるのだろう。

 だが、湿地帯へ踏み込むとなると状況が変わる。

 あの場所には、まだ病原菌が潜んでいる危険もある。

 身内を亡くした者、大切な誰かを亡くした者。そんな連中が多過ぎる。


 だが、俺なら平気だ。

 感傷に浸ることもないし、何より俺は湿地帯経験者なのだ。四十二区で初めて踏んだ地は湿地帯だったからな。

 それに、ここの連中より防疫に関する知識も持っている。


 言えばあいつらは無理してでもついてくるだろう。

 軽く見に行って、結果を報告すればいい。事後報告に文句を言われるかもしれんが、お叱りは甘んじて受けるさ。


「でも、行く前にベルティーナには言っておいた方がいいか」


 あの場所は、精霊神的に特別な場所であるようだからな。


 今、俺はちょうど一人で外にいる。

 このまま教会へ向かえば誰にも気付かれることはないだろう。


 と、思ったら、陽だまり亭のドアがガチャリと開いた。

 店内から覗き込むように顔を覗かせたのは――


「今、私を呼びましたか?」


 ――これから会いに行こうかと思っていたベルティーナだった。

 こんなところで何をしているのかと、こちらを見つめる顔を見てみれば、口元にタルタルソースが付いていた。


「……美味いか、白身のフライ」

「はい。フィッシュサンドは、人類史に残る発明だと思います」


 なんとものんきな、けれどとても落ち着く笑顔がぱぁっと輝いた。




「なぁ、ベルティーナ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「はい。では、中で伺いましょう」

「あ、いや。……ここでいいか?」


 中に入れば「なんだなんだ」といろんなヤツが聞き耳を立てそうだ。

 そう思っていたら、ベルティーナが少しだけ寂しそうな顔をした。


「ヤシロさん。誰かに対して、心苦しいと思うようなことをしてはいけませんよ」

「いや、そういうんじゃなくてだな……」

「あなたの優しさは、誰かを喜ばせるために使ってほしいです」


 その言葉は、俺の行動が誰かを傷付ける――とまではいかないまでも寂しい思いをさせるのではないのか問いかけてくるようだった。


 それが誰にとってもいい結果になるだろうという判断の下、俺が一人で考えて、一人で行動を起こす。

 それは、まさに大食い大会で俺がやったことだ。


 誰も危険な目に遭うことがない最良の選択ではある。

 ただし、その『誰も』の前には『俺以外の』という言葉が隠れている。


 それを悲しいと思うヤツが、ここには何人かいるんだよな。

 なんでかなぁ。俺なんかにそこまでさ……


「分かった。中で話そう」

「はい。では、おかわりをもらってきますね」

「食いながらでないと話せないのかよ……」

「食べながらの方が、楽しい結果に繋がることが多いんですよ」


 誰がどこで取った統計なんだ、それは。


 ベルティーナに手を引かれ、俺は陽だまり亭へ入る。


「おかえりなさい、ヤシロさん」


 そうしたら、変わらない笑顔でジネットが出迎えてくれる。

 ……あぁ、そうだな。

 こっそりと湿地帯に行っていたら、きっと俺はジネットに見つからないようにこっそりと帰ってきていただろう。

 防疫のこともあるが、後ろめたさが勝って。


 脳裏に、ジネットの泣きそうな顔が思い浮かぶ。

 大食い大会が終わり、リカルドを罵倒し、観客を脅し、エステラにバトンタッチして、悪党らしく一人で舞台から退場しようとした俺を引き留めた時のジネットの顔。


 あんな顔は、もうさせちゃダメだよな。


「ジネット」

「はい」


 名前を呼べば、無防備な顔が返事をくれる。

 この笑顔を、裏切るわけにはいかない。


「全身どろどろだ。風呂の準備を頼めるか?」

「はい。今沸かしていますので、もう少し待ってくださいね」


 先に入ったエステラかマグダが頼んでいたのだろう。

 すでに風呂の準備は進んでいるようだった。


「明日はもっと汚れることになると思う」

「海にでも潜るんですか?」


 今日よりも汚れる可能性を考えて、ジネットがそんなことを言う。

 俺は首を振り、そのついでに今ここにいる連中の顔を窺う。


 エステラやデリアがこちらを見ている。

 レジーナも、すみっこの席に座ってこちらを窺っている。


「明日は、湿地帯に行ってくる」


 ザワッ……と、店内の空気が張り詰めた。

 けれど、目の前の笑顔は一切変わらずに――


「では、泥が付くかもしれませんね。着替えも用意しておきますね」


 ――そんな言葉をくれる。

 やっぱ、ここで話をしてよかった。

 ジネットが変わらないから、他のヤツらも我に返れる。自分を見失わずに済む。

『湿地帯に行くなんて気は確かか』なんて言葉が出てくることもない。


 さすが、スラムも湿地帯も人が住み、嬉しいことも悲しいことも全部受け止めてくれる帰るべき場所なんてことを言ってのけるヤツだ。

 ジネットを見ていると、おのれの不寛容さを痛感させられる。俺も然り、きっと他の連中もそうなのだろうと思う。


「あ、もし湿地帯の中にまで行かれるんでしたら、三本枯れ木を見てきてくださいませんか?」

「三本枯れ木?」

「はい。もしかしたらもう枯れてしまってなくなっているかもしれませんけれど」


 眉をハの字に下げて、少々照れくさそうにしながらも若干キラキラした瞳で言う。


「わたしが捨てられていた場所なんです」



 ザワッ……っと、店内がざわついた。

 あぁ、そうか。ジネットの過去を知らないヤツって結構いるんだっけ?

 いやでも、ジネットが教会で育ったことは知ってるよな?


「あ、すみません。こういうことはあまり話に出さないものですよね」

「いや、ボクらは別にいいけど……」


 気遣わしげなエステラの視線から察するに、「湿地帯に捨てられていた」ってのは、自分のためにも隠しておくべきことなのだろう。

 隠さないまでも、進んで口にするようなことではない、と。


 まぁ、湿地帯の大病の原因になった場所だ。

 そこに捨てられてたってのは、あんまりおおっぴらに言うもんじゃないよな。


 けど、ジネットは湿地帯を忌避していない。

 それどころか、どこかで懐かしさや親しみのようなものを感じているように見受けられる。

 自分の原点だとも言っていたし、何かあると湿地帯を見に行っていたとも言っていた。


「シスターから伺ったんですが、わたしはその三本枯れ木に守られるようにそこにいたそうなんです」


「ね?」と、ジネットが話を振ると、ベルティーナは静かに頷いて会話を引き継いだ。


「三角形に並ぶ枯れ木のちょうど中心で、ジネットはすやすやと眠っていました。きっと、大きな影に守られている安心感があったのでしょうね」


 当時を思い出したのか、ベルティーナが小さく笑う。


「私がジネットを抱え上げ、湿地帯を出る時、ジネットはその枯れ木に向かって『ばいばい』をしたんですよ。小さな手を振って、大きな瞳でじっと見つめて」

「……誰かいたんじゃないだろうな?」


 薄ら寒くなってベルティーナに問うが、ベルティーナは首を振る。


「振り返って確認しましたが、誰もいませんでしたよ」

「……『ナニか』がいたんじゃないだろうな?」

「それは、私には分かりかねますね」


 寒気が増した!

 いや、だってほら、犬や猫、赤ん坊は見えない『ナニか』に反応するっていうじゃん!?

 うぉぉおおお……っ! どうしよう。湿地帯の調査、やめたくなってきた。


「その三本枯れ木に親近感を持っていたのかな? 小さなジネットちゃんは」

「どうなんでしょう? わたしもよくは覚えていないんです」


 普通に会話に参加するエステラ。

 そうすることで、ジネットの過去を『普通なこと』にする。腫れ物に触るようにではなく、ごく当たり前に、気の合う友人と昔話をするような感覚で。


「今、その三本枯れ木がどうなっているのか、実はずっと気になっていたんです」

「調べに行こうとはしなかったのか?」


 湿地帯に忌避感がないジネットなら、お散歩ついでにふら~っと湿地帯に入っていきそうな気もしないではないが。


「わたし、湿地帯には入れないんです」


 そう言ったジネットの顔はいつもと変わらず、決して冗談を言っているような雰囲気ではなかった。

 入れない?


「約束をしたんです。……どなたとだったかは、覚えていないんですが」


「もしかしたら、記憶違いかもしれないのですが」と、前置きをしてジネットが語り出す。


「陽だまり亭に来てしばらくしたころ、わたし、お祖父さんとケンカをしまして」

「「「えぇーっ!?」」」


 ざわっ! っと、した。

 ざわわ、ざわわとしている。

 ここ一番の「ざわっ!」が出たな、今!?


 俺が湿地帯に行こうとしていることよりも、ジネットの湿地帯に捨てられてました発言よりも、ジネットが祖父さんとケンカしたことがあるってのが一番のビックリポイントか!?

 まぁ、俺もめっちゃビックリしたけども。


「いえ、あの、わたしもまだ幼かったですし、あの頃は本当にわがままで……今思い出すと恥ずかしくて、申し訳なくて、この辺がむずむずするんですけども」


 と、ふかぁ~い谷間をこぶしでぐりっと押さえる。


「え、どの辺?」

「ヤシロ、ハウス!」


 足を踏み出しかけた俺の鼻先にナイフが突きつけられる。

 エステラ。疲れてるからってツッコミをおざなりにするんじゃねぇよ。

 つか、疲れてるならわざわざツッコミしなくていいから。


「自分のわがままだと分かっていても、お祖父さんとケンカをすると、なんだか自分が独りぼっちのような気がして……ふふ、甘えたかったんでしょうね、あの頃のわたしは……子供みたいではずかしいですが」


 と、子供のころを思い出して頬を染めるジネット。

 えっと、なんだろ……抱きしめればいいのかな?


「ヤシロ、ハウス!」


 エステラのナイフ二回目。

 すげぇな。さっきと寸分違わない位置だわ。


「それで、三本枯れ木に会いたくなって湿地帯に行ったんです。三本枯れ木は変わらずそこにあって、わたしを迎え入れてくれた……ような気がしました」


 そして、ジネットは湿地帯で時間を過ごし、いつしか眠ってしまった。

 まどろむ意識の中、自分が誰かに抱え上げられている感覚が体に伝わってきたという。

 そして、自分を抱える誰かがこんなことを言ったのだそうだ。



『もうこの場所へ来てはいけないよ。約束、出来るね?』



 その問いに、ジネットはまどろみながら「うん」と答え、深い眠りに落ちた。


「気が付いたらベッドの上でした。体を起こすと、お祖父さんの作った料理のいい香りがして……」


 その時のことを思い出して、ジネットがまぶたを閉じる。

 いつもの笑みが、今だけは特別幸せそうに見えた。


「厨房に飛び込んで、お祖父さんに謝りました。それから、お祖父さんとは一度もケンカをしませんでした」


 もっとも、ちょっと「むっ」っとすることはその後もちょいちょいあったらしいが。


「意外だね。ジネットちゃんなら、何かあれば教会へ行くかと思ってた」

「その頃、教会には新しい子たちがたくさん増えたばかりでしたから」


 教会には、ジネットより小さいガキどもがたくさんいる。

 そいつらが一気に増えた時期と重なり、幼心おさなごころに遠慮していたのだろう。


「でも、誰なんだろうね。ジネットちゃんを抱えて運んだの」

「たぶん、お祖父さんだと思います。心配して迎えに来てくれたんですよ、きっと」


 まぁ、普通に考えればそうだろう。

 祖父さんなら、ジネットが捨てられていた場所も知ってただろうし。


 で、その約束を守って、ジネットは湿地帯のそばまでは行っても中までは入らないと。

 特に、三本枯れ木までは行かない。


「それじゃ、ボクが様子を見てきてあげるよ」


 さらっと、エステラが言う。

 思わず目を見開いてエステラを見てしまった。

 バッチリと視線が合い、エステラが整った眉をつり上げて俺に言う。


「変な気を遣わないように」


 その表情は様々な言葉を内包しているように見えて、なんだか妙にぐっときた。







あとがき




改めまして、

新年のお慶びを申し上げます。


とぅうぇんてぃとぅうぇんてぃとぅー!

新・宮地です!


英語で言えば『NEW・MIYAJI』です。

もう一度漢字に戻すと『乳・宮地』です!



いや~、

世を忍ぶ仮の仕事の方がめっちゃ忙しくて

(デーモン閣下の言い方!?Σ(・ω・ノ)ノ!)


なんだか、年末年始の感覚が狂いまくっておりました。

バリッバリ年末まで働いていたんですが、

働いている最中は、なぜか月の中頃な気分でおりまして

クリスマスが終わったのに「まだ12日くらいなんじゃね?」みたいな

変な確信が頭の片隅にありまして

「年内中にこれヨロシク!」って言われた仕事を

「大丈夫、二週間もあれば終わる!」って安請け合いして

実際はあと二日くらいしかなくて「なぜ残業地獄に!?」みたいな状況に陥り

あれよあれよと「仕事納めだ~! よいお年を~」って職場の人が一人また一人と帰っていき、気が付いたら大晦日でした。



その結果、

2021年の締めくくりである前回のあとがきが



「チャリ毛のアクセント」というどーでもいいしょーもない話に……orz


本当は、昨年一年間賜ったご愛顧とご声援に心からの感謝を述べ

皆様のご多幸と素晴らしい一年の幕開けをお祈りしつつ、



(≧▽≦)/「皆様、どうぞよいお乳を~!」



と、締めくくる予定でしたのにっ!


……あ、世間一般では「よいお年を」なんですか?

へぇ~、最近はそう言うんですねぇ

私が幼かった頃は「よいお乳を~」でしたけどね


あ、もしかしたら私の地方だけかもしれませんね。


でも皆様?

「よいお年」と「よいお乳」どっちを揉みたいですか?

「お乳」ですよね?


ですよねぇ~(*´ω`*)


なら、問題ありませんね☆



というわけで、

大晦日に急いで買い物行って、

年越しそばもカップ焼きそばで済ませて、

お年賀のトラも描いてなかったので8分ほどで描き上げて


ばたばた~っとしているうちに2021年が終わってしまいました。


滑り込みでツイッターにご挨拶を呟けましたが

慌ただしかったです。


あぁ、そういえば、2021年初詣行けずじまいでした。

今年こそは、ご近所さんの神社さんにちょこっとお顔見せに行きたいと思います。

……春頃にでも。


いやだって、めっちゃ寒いんですもの2022新春……

東京では雪がパラつきましたよ?


コンビニにご飯買いに行こうと思って、

ドア開けて締めましたもんね。


(;゜Д゜)「風、冷たっ!? 『寒い』じゃなくて冷たっ!?」


ドア「ばたーん!」閉めて

ドアロック「ガチャーン!」しましたよね

なんか、今年の寒波、ドア開けて入ってきそうでしたので。


寒波「へへっ、こんな鍵、ちょちょいのちょいで……(ガチャ)おじゃましま~す」


って!(>へ<;)

バリケードが必要です!


もうね、

こんな寒い日に外に出るとか不可能ですので家にこもります

こんな日に外に出る人の気が知れませんよ、まったく……


ピンポーン

宮地「誰ぞ?」

黒猫さん「お届けものなンだわ」

宮地「なんかごめんなさい! こんな寒い日に!」



いや、もう、

こんな寒い日に頑張ってくださっている皆様には頭が下がります

足を向けて寝られませんし

お尻丸出しでお会いできませんよ、ホントに!


今後も、

黒猫さんだけには、きちんとズボンを穿いて対応させていただきます。



宮地「今開けます! すぐ開けます! 秒で開けます!」

ドアチェーン「ガッチャン!」

宮地「誰だ、ドアチェーンなんかしたの!?」

黒猫さん「寒いンだわ」



おかしい……

私、普段はドアチェーンとかかけないタイプですのに……


世の中、不思議なことがあるものです。



と、バタバタしている間に

本日公開日は三日、

三が日最終日です。

……明日から仕事ですよ、……ははっ。


来年こそは、計画的に仕事を終わらせて、

ゆったりと

年の瀬を楽しむくらいの気持ちで

年末を過ごしたいと思います。



……え? いえ、来年です。

今年はたぶん無理ですね。

そうそう変われないのが人間だもの



というわけで、

本年も変わらず、のんびりまったり

マイペースに物語を紡いでいければと思います。


飽きずに懲りずに、

長い目と大きな胸で見守ってやってくださいませ。



本年も、宮地と異世界詐欺師他諸作品をよろしくお願いいたします!


よろしくしてくれないとぉ~

月に変わって、お仕置きY……あ、他人様のヤツ使っちゃダメなんですか?

そうですよね、2022年ですものね。



それでは、こんな感じで、どうぞお引き立てのほど

よろしくお願いいたします☆


宮地拓海

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― 新着の感想 ―
[気になる点] もしかして、ジネットも異世界人?
[良い点] 乳・宮地先生の作品が今年も面白そうなこと [気になる点] ジネットのムズムズするところ [一言] あけましておめでとうございました!
[一言] あけましておめでとうございます(^^) はっぴー 乳 いやぁ~2022ですね 今年も楽しい物語待ってますよ
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