294話 信者の行進
そのニュースは、瞬く間に世間に広がった。
『四十二区、悪夢の大乱闘!』
何かと話題の絶えない港の工事が進む四十二区で信じられないような悲劇が起こったことを伝えるニュースだ。
白昼堂々と見学に来ていた住民たちに襲い掛かり、そしてついには人死にを出した凄惨な事件。
首を掻き切られた住民を目撃した者は多く、鮮血が飛び散った現場は目を覆いたくなるような惨状だったと、その記事は伝えていた。
まるで写真かのような似顔絵付きで。
『BU』に住む者たちは、そのセンセーショナルな記事に度肝を抜かれ、同時に四十二区への恐怖を募らせた。
特に二十九区に住む者たちは、ニューロードという新たに生まれた通路で繋がってしまったばかりに、夜も眠れぬ恐怖の日々を過ごすことになった。
そうして、あのあまりに凄惨な事件を引き起こした犯人の顔を、しっかりとその目に焼き付けたのだ。万が一にも街の中で見かけた際には、すぐに逃げ出せるように。
大切な者を、決して近付けさせないように。
被疑者オオバヤシロの似顔絵もまた、写真のごとき鮮明さで情報紙に掲載されていた。
信じられない事件が起こり、『BU』の者たちは恐怖した。それと同時に、その事件の続報を待ち望んだ。
犯人がどうなったのか。
港の工事がどうなったのか。
『BU』は、自分の住む区は安全なのか。
我が区の領主は、そんな危険な四十二区と提携などしていないだろうか。
恐怖は、人々の『知りたい』という欲求を肥大化させる。
知らないことによる恐怖から逃れるために。
だが、そこで一つ問題が起こる。
凄惨な事件を伝えた情報紙には、もう一つ見逃せない情報が掲載されていた。
『情報紙発行会、本部移転のお知らせ』
内容は……まぁ、長々と遠回りな表現で書き連ねられているが、要するに、『BU』の領主が結託して情報紙発行会を追い出したので本部を四十二区に移転することにした。
四十二区になんか行きたくもなかったのだが、軋轢を生むきっかけを作った四十二区の領主自らが「是非に」と言うから仕方なくそこを借りてやることにした。
そのせいで『BU』に情報紙を持ち込む際に法外な税金をかけられることになったが、それはすべて悪辣な『BU』の領主と、原因を作った四十二区のせいなので情報紙発行会には一切の責任はない。
情報紙が値上がりするのは仕方がないことなので、クレームはすべて『BU』の領主と四十二区へ言え。
――と、そんな内容だった。
二十三区領主へ会長自らが暴言を吐いて追い出されたという記述は、どこを探しても見つからなかった。
まぁ、どうせこんなことだろうとは思っていたが、思った通りの記事に仕上がっていた。
で、大層ご立腹な『BU』の領主たちは、この悪意をバラまく情報紙に重い税をかけることを多数決で可決し、即日実行した。
情報紙を『BU』へ持ち込む際、一部につき45Rbの税を課す。
もともと5Rbだった情報紙が、税金分きっちり上乗せされ50Rbで売られることになった。
日本円に換算すると、50円だった物が500円になったのだ。
……高っ!? 俺なら絶対買わない。
だって、紙一枚だぞ? 雑誌ならともかく。
しかも、情報紙は不定期発行。月に一枚とか週に一枚とかではないのだ。
今回のように、続報に価値がありそうな場合は毎日発行もあり得る。
というか、発行会は今回の件を毎日発行で詳細を伝えている。
上記の記事が載った発行再開第一号だけは従来通り5Rbでの発売となったが、その続報が載っている次号からは税金を上乗せした50Rbでの販売になるということだ。
あぁ、分かる分かる。
すげぇ気になる情報が載っている再開第一号だけ安く売って、値上がりする次号からも買わせようって腹積もりなんだな。
最初だけ安く買わせて次から値を吊り上げるのはよくある手法だ。
つーか、税金分まるごと上乗せすんのかよ。
少しくらい自社で負担しようって気持ちはないのか?
あぁ、そうか。
こいつらにとって読者なんてのは「ウチの情報紙を売ってやっている」相手に過ぎないのか。
どうせ欲しいんだろ? なら金出せよ。ってなもんか。
だがしかし、『BU』を縛り付けていた豆ルールが撤廃され経済が回り始めたと言っても、その恩恵はまだ一般区民にまでは行き渡っていない。
50円が500円になって、「仕方ないか」なんて言えるようなヤツは今の『BU』にはまだいない。
内容は同じなのに料金が十倍に膨れ上がり、しかもそれが毎日発行されるのだ。欲しくても買えない、買うのを躊躇う者は多い、いや、ほぼすべての者がそうだろう。
出資している貴族連中へは無償で届けられるらしいから、十倍の金を払わされるのは貴族ほど金を持っていない一般区民たちだ。
貴族しか手に入れられないなんて、なんて贅沢品なんだろうな。
それでも、凄惨な事件の続報は知りたい。
それは命にかかわることだ。自分はもちろん、大切な家族、恋人、友人の。
『BU』の者たちに残された選択肢は三つ。
生活を切り詰めてでも、十倍の料金を支払って情報紙を購読する。
複数の人間で金を出し合い、回し読みをする。従来の値段で読みたければ十人ほど人を集める必要があるけどな。
ただそうすると、読む順番で揉めそうだ。一番目と十番目で、ケンカが起こるだろう。なにせ、流行は誰よりも早く手に入れたいものだからな。
自分が知りたくてもまだ手に入れられない情報を、先に読んだヤツが「えっ!? うっそ!? マジで!?」とか言ってたら殺意を覚えるだろ?
そして、人より先に情報を得たヤツは……ネタバレしたくてうずうずするもんだ。
まだ読んでないヤツに「実はこんなことになったんだよ」なんてしゃべろうものなら、「俺の分の金返せ、こらぁ!」って大喧嘩に発展するだろう。
というわけで、上記二つの選択肢はあまり現実的ではない。
まぁ、何人かは上記二つを選択してトラブルを起こしたり、生活が苦しくなったりするのだろう。
なにせ毎日発行だし。
十日で5000円、二十日で10000円、三十日で15000円だ。うへぁ~……
俺なら御免だね、そんな金をどぶに捨てるような行為。
そこで、最も経済的で平和な、第三の選択肢を提案しよう。
その選択肢とは――
四十二区へ買いに行く。
『BU』に入る際にかけられる税金は『売り物』に課せられるものだ。
私物には課せられない。
なので、四十二区に来て購入し、自分で持ち帰れば定価で情報紙を手に入れられる。
そんなわけで、『BU』では『第一回、旅は道連れ一蓮托生! 四十二区へ情報紙を買いに行こうツアー~みんなで行けば全然怖くなんかないんだからね!~』が開催される運びとなった。
主催は、現役『BU』っ子のモコカと二十四区教会のシスターソフィー。
癇癪姫ことトレーシー・マッカリーの館の給仕長ネネ・グラナータ。
そして、二十四区の次期領主候補、フィルマン・ドナーティだ。
彼女たちは、大々的に素性を知られていない。
ソフィーが情報紙への寄付を真っ先に打ち切ったリベカの姉であるとか、モコカがマーゥルの家の給仕であるとか、フィルマンがドニスの後継者だということもネネがトレーシー付きの給仕長だということも。
さすがに同じ区の者たちは知っているだろうが、ちょっと区をまたげばその顔は知られていない。
フィルマンはまだ世間にお披露目されていないし、ネネは給仕長という立場である以上に地味っ子なのでそもそも目立たない。
ウサ耳が目立つソフィーでさえも、麹工場の関係者だとは知られていない。
そもそも、麹工場のトップがあんな幼女だということ自体、世間には知られていないのだ。
なので、うまいこと人員を配置し、「みんなで四十二区に行けば、情報紙が定価で買えるよ」という情報を流してもらった。
若干頼りない面子ではあるが――マーゥルが綿密に計画を練ったようで、その成果は上々。こちらの予想以上の『BU』っ子を四十二区へと招き入れてくれた。
……あのオバハン、詐欺師の素質があるな。
人の心理をよく理解してやがる。
俺なら、この頼りない面子に働いてもらうために、事細かな脚本を用意して一芝居打たせるところだが、マーゥルは逆に連中の頼りなさを利用しやがった。
「こんな嘘も吐けそうにない頼りない、人を欺くような知能もなさそうな、どっちかって言うと負け組寄りな人が自分たちを罠にかけるわけがない。あぁ、そうか。こいつら、自分が情報紙を買いに行きたいけど怖いから仲間を集めようとしてるのか、なるほどな、しょうがないなぁ、力を貸してやるか。ついでに、自分も情報紙欲しかったし、これってきっとWin-Winだね☆」みたいな心理になるように、頼りない仕掛け人たちを動かして『BU』っ子たちを誘導したようだ。
陽だまり亭で情報紙発行会と会談してから三日後に噂の『惨殺記事』の載った情報紙が発行され、それからさらに五日後の今日――モコカを先頭に大量の『BU』っ子がニューロードを伝いニュータウンへとやって来た。
『BU』七区からまんべんなく、老若男女が数十名。
まるで修学旅行のような団体様が四十二区へと降り立ち、そして、そこに広がる光景に目を丸く見開いていた。
「さぁさぁ、今話題の最新スイーツ! 食べて歩けばとってもオシャレ! 恋人と一緒に食べれば恋の味を実感できる、甘い甘ぁ~いクレープですよ~!」
ニュータウンには、煌びやかに着飾った人々が行き交い、目にも楽しいスイーツを片手に、あちらこちらに笑顔が咲いていた。
そこには、『BU』内の貴族までもを顧客に持つ有名パティスリー(喫茶店だけど)ラグジュアリーの支店がその名の通りラグジュアリーな佇まいで見たこともないような華やかなスイーツを販売していた。
そこに群がるのは、美の発信基地である素敵やんアベニューの姉妹店で磨き上げられたオシャレ女子たち。
華やかさが留まることを知らない!
メイクにネイルにヘアアレンジ。
一目見て「この人、ワンランク上だわ!」と認めてしまうハイクラスな美女たち。
着ている服も、目新しいながらも奇を衒い過ぎず個性的で、華美になり過ぎず華やかで、卑猥になり過ぎない程度にセクシーで。
どんなに目の曇った田舎者であっても、その洗練されたオシャレさははっきりと理解できるであろう完成されたトータルコーディネート。
プレゼンティッドバ~イ、オオバヤシロ&イメルダ~フィーチャリング・ウクリネス~だ。
あ、マーゥルとルシアも監修とかいって一枚噛んでいる。貴族視点で見るオシャレや風格みたいなものが、イメルダにはまだちょっと足りてないんだと。
まぁ、イメルダは浴衣を超ミニに改造するようなセンスだからな。伝統的な美しさよりも先鋭的な感性を強く持っているのだろう。
「……なに、ここ?」
『BU』っ子の平均的な女子が呟く。
眼前に広がる、なんとも華やかな――都会的な魅力の溢れる光景に目を奪われて。
さて、それじゃあ、もっと盛大に驚いてもらいましょうかね。
そして堪能してもらうとしようじゃないか。
情報紙には載っていない、本当の最先端の流行ってヤツをな。
まずは、ドーンと目に飛び込んでくる美しい街並み!
もともと、元スラムには家がほとんどなく、ニュータウン開発当初からウーマロが総合的に設計していたこともあって街並みは綺麗に整っている。
大きな通りに面したレンガ造りの美しい建物。華やかな植栽。
どこを切り取っても、街全体が一枚の絵画のように映える景観。
そこをさらに一手間かけて『映え』をブラッシュアップしたのだ。
そんな街角に美女が一人佇むだけで――
「ご機嫌よう、みなさん」
「きゃー! イメルダ様。今日もお美しいです!」
「お洋服も素敵です!」
「髪型だって!」
「メイクだって!」
「うふふ。あなた方も、もっと美しくなれますわ。そう、この街にいらっしゃればね」
「「きゃー!」」
彼女らは、イメルダが四十区にいた時からイメルダに憧れていた生粋の四十区っ娘たちだ。
四十区での美のカリスマだったイメルダ。
四十二区に転居して以降も、彼女たちは折に触れイメルダのファッションを見ては、ウクリネスの服屋へ寄ってお揃いの衣装を買って帰っているのだそうな。
この街のファンは、平気で区をまたいで移動するからなぁ……
とかなんとか言ってると、ほらほら、そこのオシャレなカフェに注目してみろ、綺麗なお姉さんが優雅なひとときを堪能してるだろう?
「ふぅ……、風が心地いいさねぇ」
急遽誕生した、ラグジュアリーのオープンテラスでそよ風に遊ぶ髪を押さえて、優雅に紅茶を嗜むノーマ。向かいにはナタリアがいつものメイド服を脱ぎ捨ててオシャレなワンピースドレスを身に纏って座っている。
こちらは優雅にケーキを食べている。
おぉっと、よく見れば向こうの席にはオシナがいて、一人静かに読書を嗜んでいるじゃないか。
なんて映える光景なんだ!?
女子なら憧れずにはいられないオシャレスポットではないか!
「お客様。当店の新作、ストロベリーパフェでございます」
「アラアラ~、ありがとなのネェ~」
巨大なグラスに美しく盛り付けられたイチゴパフェがオシナの前へと運ばれてくる。
そのパフェには、贅沢な、造形美溢れる、高級グラスを器として使用しているのだ。
窓ガラスでさえ高級で買えないってご家庭が多い中、こんな意匠を凝らしたグラスを使う飲食店はそうそう存在しない。
これは、相当な高級感だ。一般家庭や酒場なんかで使用される器は木製か陶磁器がほとんどだからな。
だが、そこは貴族の常連を数多く抱えるラグジュアリー。
少々無理をいって買わせてやった。
「パフェには高級グラスが不可欠だ」と。
オーナーシェフ兼責任者のポンペーオは値の張るガラスの器に難色を示していたが、実際完成品を見た直後に「これは高級グラスでなきゃダメだね!」と納得していた。
それもそのはず。
細く、高い、すらっとしたシルエットはそれだけで美しいが、それ以上に白と赤のコントラストが目を引くのだ。
生クリームの白とイチゴの赤。それがグラスの底からずずい~っと天辺まで続いている様は圧巻で、これがグラスではなく陶磁器や木製の器では魅力が半減してしまっていただろう。
透明なグラスだからこそ、その存在感はいや増し、贅沢な高級感が遺憾なく発揮されるのだ。
こいつは、陽だまり亭で出すのはもうちょっと後になるだろうな。
ポンペーオに買わせたグラスをいくつかパクって帰ればすぐにもメニューに加えられるんだけど。
「ん~っ! 見た目も可愛いけど、味もサイコ~ネェ☆」
ノーマが大急ぎで作ってくれた細く長いスプーンでパフェを食べ、「ん~!」と幸せそうに破顔するおっとり系美女に、情報紙購入ツアーご一行様は目が釘付けになっていた。
見たこともないような華やかなスイーツを、なんとも優雅なカフェで、幸せそうに食べる美女。
それはもはや、異空間とも呼べる非日常として一行の目に映ったことだろう。
何気に、この街にはオープンテラスが少ない。
陽だまり亭が窓を全開した時とか、トムソン厨房が庭にテーブルを出しているくらいだが、トムソン厨房の焼き肉は『オープンテラス』って雰囲気じゃないしな。
もっと上の区に行けばあるのかもしれないが、この付近じゃ外の景色なんかたかが知れているので、わざわざ外に出て茶を飲むことに価値がないのだ。
だが、この整ったニュータウンなら話は別だ。
美しい景色を眺めながら紅茶を嗜むのもよし、紅茶を嗜みながら自分自身がこの美しい風景の一部になるもよし。
なんともオシャレに過ごせる空間に早変わりなのだ。
「とにかく、情報紙を買いに行きましょう」
「そ、そうですわね」
「それが目的でしたものね。ね、みなさん」
「そうですね」
「そうです、そうです」
ソフィーが移動を促すと、他者に引っ張られやすい『BU』っ子たちがそれに便乗してカフェの前から移動を始める。
ペンギンみたいな習性してるな、こいつらは。
だがしかし、ソフィーが向かった先には小洒落たブティックが建っていた。
素敵やんアベニューにイケてるファッションを流通させるべく、ウクリネスのもとで修行していた四十一区の服飾ギルドの女性たちが仮のオーナーを務める服屋だ。
ここで練習をして、ゆくゆく素敵やんアベニューで店をオープンさせる段取りになっている。
この店は、支部として四十二区に置いておくらしいのだが……おそらく、ウクリネスの服を仕入れて売る小売店になるんじゃないだろうか。
四十二区ではウクリネスの影響力が強過ぎるからな。
じゃんじゃん弟子を育てて、流行を細分化させてもらいたいものだ。
「見て見て~。新作買っちゃった~」
「私はちょっと大人な雰囲気にしてみたよ」
そんな小洒落ブティックから二人の美少女が真新しい服を着て出てくる。
ふんわりと軽やかなワンピースを身に纏ったパウラと、すらりと長い脚のラインが映えるパンツスタイルのネフェリーだ。
二人とも、服以外にも、靴や小物にもこだわっているようだ。
あのコーディネートはルシアの好みっぽいな。きっと口を出しているのだろう。ウクリネスが嬉しそうにネタ帳にメモを取っている姿が思い浮かぶぜ。
「な、なぁ……、アーシの服、変じゃないかな?」
「そんなことないよ、バルバラ。すごく可愛いって」
「けどさぁ……アーシ、こういうのは……」
「な~に言ってんのよ! オシャレの可能性は無限大なのよ。いつだってチャレンジして、もっと素敵な自分にならなきゃもったいないでしょ」
ばきゅん☆――と、なんとも昭和なジェスチャーでバルバラに発破をかけているネフェリー。そんな姿も様になっているから不思議だ。
バルバラはなんともガーリーなファッションに身を包み、確かにバルバラのイメージとはかけ離れているが、それはそれで『アリ』な仕上がりだった。
「おねーしゃー! おそろいー!」
「うはぁ! テレサ、可愛過ぎっ!」
随分と可愛らしい服だと思ったら、テレサとお揃いだったっぽい。
テレサは言うまでもなく、すこぶる似合っている。
「お揃いファッション、可愛いよね」
「じゃあ、お前らもお揃いにするか?」
「ううん。私たちは私たちのオシャレをするよ」
「お揃いが似合うのはバルバラとテレサの仲良し姉妹だからだよ。あたしはあたしの、ネフェリーはネフェリーのオシャレがあるから」
「そうそう。誰かと同じじゃつまらないでしょ? 自分に合ったオシャレをじっくり探すの。だって、私は私だし、誰かに自分って人間を決めつけられるのはイヤだもん」
「あたしはこうなんだー! って、自分をアピールするの。誰とも比べられない、自分だけのオシャレでね」
「あっ! アーシそれ知ってるぞ! アイアンメイデンって言うんだろ!?」
「うん、言わない」
「アイデンティティだよ、バルバラ」
きゃっきゃと、自分たちのオシャレを見せ合って楽しむ女子たちを見て、ご一行様は自身の衣服をチラリと顧みる。
量産されたようにみんなして同じ雰囲気、同じ色、同じ型の服装。
きっと、情報紙に載っていたのだろう。「今はこういうファッションがオシャレ」だと。
『BU』っ子たちは、きっと自分たちの服を見せ合ったりはしないのだろう。
そのファッションを身に纏うことが正しくて、それ以外は間違っている。そんな考えなのだから。
たとえ、そのファッションが自分に似合おうと似合うまいと、『その他大勢』には逆らえない。
「あぁ、ウェンディ。君は今日も素敵だよ」
「ありがとうセロン。あなたもとっても素敵よ」
「僕はなんて幸せなんだろう。世界中で君というたった一人の女性とこうして出会えたんだから」
「私も、何千、何万という人の中から、あなたというたった一人の男性と出会えた幸せ者だわ」
「ウェンディ!」
「セロン!」
「爆ぜろっ!」
「……ヤシロ。まだダメ。隠れていて」
首根っこを思いっきり「ぐぃーん!」って引っ張られて草むらに引きずり込まれた。おかげでご一行様には目撃されていないだろう。仕掛け人たる俺の姿は。
……ふぅ、ヤバかった。
まったく、セロンたちのせいで……
「なんだか……さ」
ご一行様の中で、一人の少女が重い口を開いた。
「……楽しそう、だね」
そのつぶやきに返事はなかった。
だが、その場にいた者たちはみな同じ思いを胸に抱いていただろう。
目がそれを物語っている。
「……いい天気。そして、そよ風が心地いい」
さっき俺を草むらに引きずり込んだマグダがふわふわと舞うような足取りで通りを歩く。
すると、目の前にアリクイ顔の兄弟が現れて二人して同じ色合いの花束をそれぞれ差し出す。
「Hi! マグダたん!」
「素敵なフラワー、受け取ってプリーズ」
「……まぁ、素敵」
「オフコース! この花束は今流行っているからね!」
「ビコーズ! 情報紙に載っていたのさ☆」
そう。
情報紙には『女性はこうやって口説きましょう』なんてバカ丸出しな記事まで掲載されていたのだ。
アリクイ兄弟が持っているのはそこで紹介されていた花束だ。
「……流行っているから、マグダに?」
「「イエス、ウィーキャン!」」
だが、マグダの表情は冴えない。
いや、変化はほとんどないが、冴えない感じなのだ、アレで。
と、そこへ、キツネ顔の重症患者が現れる。
「マグダたん! オイラ、マグダたんのためにこの花束を選んできたッス!」
「……マグダのために?」
「マグダたんに似合う花は何かって考えて選んだッス!」
「……まぁ、嬉しい。これは、マグダのための、マグダだけの花束。その感動、プライスレス」
「喜んでもらえて光栄ッスゥゥウー!」
「オーゥ、ノォ~! 僕たちはなんて浅はかだったんだ!」
「浅はかブラザーズDA・ZE!」
……うん、まぁ。絵面はアレなんだが、要するに、「誰かに言われた通りの行動って味気ないんじゃねぇの?」ってことだ。
その訴えは、『BU』っ子たちにも刺さったようで……
さて、そろそろ頃合いか。
それじゃあ、ひっくり返してやろうかね。
連中の心に根を張った、頑固な価値観ってヤツを。
「よいっしょ、よいっしょ……ふぅ、左腕が使えないと荷物が一層重く感じるなぁ」
神がかった演技力で颯爽と登場したイケメン。その名をオオバヤシロという。
「……ヤシロ。大根芝居にもほどがある。マグダを見習って」
「お前を見習ったら、台詞が全部棒読みになるだろうが」
どこに自信を見い出してるんだよ、マグダ。
お前こそ、俺の芝居心を見習えっつーの。
と、そんなやり取りを小声で交わしていると、『BU』っ子ご一行様から「どよよっ!」っとどよめきが起こった。
「ど、ど…………」
俺を指さし、青い顔をする少女。
「……どよよっ!」
おぉーっと!?
気が動転し過ぎてどよめきが口を突いて出ちゃったか!?
どんな感情の発露なの、それ!?
「あの男……っ!」
「そ、そうよ……間違いないわっ!」
「ぃ…………ぃやぁああ!」
絹を裂くような悲鳴が上がり、辺りが騒然とする。
俺たちも悲鳴のする方向へと顔を向ける。うま~いこと連中の死角になるようにしていた左腕の傷をこれ見よがしに見せつけながら。
「待って! ……彼、怪我してる」
と、騒ぎ始めた一同を沈めたのはソフィーだ。
続いてフィルマンが――
「おかしいですね。情報紙によれば、彼は一方的に無抵抗な住民に襲いかかり惨殺したということでしたが……」
「無抵抗な住民に襲いかかった人が、果たしてあのような怪我を負うでしょうか?」
フィルマンに続いてネネが疑問を呈する。
右へ倣えの『BU』っ子たちはそれには答えず、ただじっと俺の傷を見つめている。
そしておそらく、頭の中で自問自答しているのだろう。
何が真実なのか、と。
絶対的に正しいと思われていた情報紙の情報。
それが、微かにだがほころびを見せた。
その微かにほころんだ信頼は、ひょんなきっかけで引っかかり、引き裂かれ破れてしまう危険をはらむ。
たとえばそう、不信感を決定づけるような覆しようもない事実なんてものが突然目の前に現れたりしたら――
「ヤシロさ~ん! 追加の生クリーム、店長さんからもらってきました~!」
そう言いながら長髪をなびかせて駆けてくる男は、情報紙の紙面を賑わせたあの事件の犠牲者、情報紙がはっきりと『惨殺された』と公表した長髪のゴロつき、その人だ。
ちなみに、名前はゴロッツという。冗談のようなホントの話。
名前を聞いた時は「偽名使うな、ゴルァ!」と怒鳴ってしまったが、「ち、ちちち、違うんです! これが本名なんです! 僕、孤児だったんですけど、名前が刻まれたプレートを首にかけていたらしくて、この名前だけが、僕が両親と繋がっていたって証拠なんです! 信じてくださいヤシロ様!」――と、涙目で必死に訴えられたものだ。
……ん? 口調が気になる?
まぁまぁ、更生には必要な手順ってのがいくつかあってな? その途中だったわけだよ。
まぁ、ゴロッツ自身は金をもらって四十二区をうろうろしていただけだし?
特に被害らしい被害は出てないし?
……っていうか、俺を傷付けたってマグダやメドラやデリアやその他大勢にめっちゃ圧をかけられて四~五回失神してた可哀想な男でもあるし、何より心より改心してこの一週間『無給無休』で働き続けているし、まぁ、これくらいの軽い罰で許してやってもいいかなって思っているところだ。
無給無休。経営者的ポジションで見ると、なんともいい言葉である。
とにかく、死の恐怖から錯乱していたこいつと、ちょこっと二人っきりで話し合って、心の底から改心させて、こうして売り子に仕立て上げたというわけだ。
な~に、そう大したことはしてない。
ほんのちょっとガスライティングで『お前の味方は世界でオオバヤシロだけだ』と信じ込ませたに過ぎない。
そこらの三流詐欺師でもやっている入門編みたいなしょっぱい詐術だ。今さら語るような内容じゃない。
それはさておき、ゴロッツには「真面目に働く方が確実にお得だ」と教え込んだ。
上下関係や得手不得手で悩むことや悔しい思いをすることがあるかもしれない。
だが、それ以上に得るものは大きい。
ゴロつき人生を送ってきて、何か一つでも大切だと思えるモノがお前にあるのか?
生きててよかったと思えた瞬間があるのか?
そう問えば、ゴロッツは言葉に詰まった。
ないんだよ。
心底「幸せだ」と思える瞬間なんて。
そういう生き方をしちまっていたんだよ、こいつは。
だから、俺が、そうこの『俺が』、光の下へとゴロッツを連れ出してやったんだ。
鬼か悪魔かと恐れていたオオバヤシロは、なんということでしょう、本当は天使だったのです。
いや~、崇められたねぇ。
今や、ゴロッツは俺の言うことならどんな理不尽なことでも「はい!」と素直に聞くよい子に変貌したのだ。
……この呪文は、追々解除するけどな。依存されると面倒くせぇし。
そうだな。ゴロつき更生施設でもあるヤップロックのトウモロコシ畑にでも送りつけるか。
うん、それがいい、そうしよう。
カワヤ工務店で手が空いているヤツに簡易的な小屋でも作らせて、そこに寝泊まりさせればいいんだし。わぁ、名案!
というわけで、臨時バイトのゴロッツは、額に汗を光らせて爽やかに労働に勤しんでいる。
そんな彼を見て、『BU』っ子ご一行様はみんなあんぐりと大きく口を開けている。
生きてるじゃん!? みたいな顔で。
「え……っと。人違い……かな?」
「いや、あの顔、どう見ても本人だと思わない?」
「じゃあ、情報紙が間違った人の顔を掲載した、とか?」
「えっ!? じゃあ、情報紙が嘘吐いたの!?」
「いやいやいや! そんなこと言ってないよ!? ただ……その…………ちょっと、間違いがあった……とか?」
この街で誰かを「嘘吐きだ」と言うのは、その人物の人生を左右しかねない危険な発言だ。
事なかれ主義の『BU』っ子はそんな重い責任を負いたがらない。
だが、嘘でないならなんだというのか。
考えられるのは一つ――
情報紙の情報が間違っていた。
つまり、誤報だ。
真実のみが載っているはずの情報紙に、誤った情報が載っていた。
たった今、情報紙の権威は失墜した。
この場にいる誰もが思っただろう。
「情報紙は、すべてがすべて正しいというわけではないんだ」と。
そして、そうなってくるとこんな考えが浮かんでくる。
本当か嘘か分からない情報に、わざわざ金を払うのか?
金を払って得た情報が、まるっきり間違っている可能性がある。
情報紙をいち早く手に入れて、情報をゲットし、それを他人に教えてやる。
それがステータスであった『BU』っ子たち。
でも、その情報は嘘かもしれない。
白昼堂々と行われた惨殺事件。
そんなセンセーショナルな大事件が、真実ではない――かもしれない。
事実、加害者と書かれていた男は左腕に目を背けたくなるような大怪我を負っていて、被害者として書かれていた長髪の男はこうして生きている。
あまつさえ、加害者と言われている男と親しげに会話をしている。
あの記事が事実なのだとしたらあり得ない光景だ。
つまり――
情報紙はデマカセを掲載した。
そんなもんを、今後十倍の値段で売ると言っている。
そんなもんを買うために、自分たちは遠路はるばる四十二区にまでやって来た。
殺人鬼がいるかもしれないという恐怖と戦いながら。
だが、実際来てみたらどうだ?
四十二区は穏やかで、そればかりか、自分たちが知らないようなオシャレな生き方を楽しんでいる。
誰かに言われた流行ではなく、自分だけのスタイルを誇らしげに。
今、彼ら、彼女たちの胸に飛来する感情はいかなるモノか……
「ん? なんだか、素敵なお客さんがたくさんいるみたいだな」
俺が笑顔でそう話しかけると、『BU』っ子たちは一様にビクッと肩を強張らせた。
「あはは。悪いな、こんな傷があっちゃ怖いよな?」
「すみません、みなさん! この傷、僕のせいなんです! ヤシロさんはとってもいい人なので怖がらなくていいんですよ」
人畜無害そうな笑みを浮かべて俺が言えば、ゴロッツがすかさずフォローを入れる。
ゴロッツはよく躾られたいい子。
ただし、こいつが嘘、大袈裟、紛らわしい表現を使用して誰かにカエルにされたとしても、当方は一切の責任を負わない所存です。
……洗脳済みのゴロッツの目には、本当に俺が聖人君子に見えてるようだけどな。
…………マジで引き取ってくれねぇかなぁ、ヤップロック。
「え……っと、あの……お二人は、仲がよろしいんですか?」
恐る恐る、『BU』女子が尋ねてくる。
俺はこんなロン毛のニーチャンと仲良しとか死んでも認めたくないのでゴロッツに肯定させておく。
「はい! 尊敬してます!」
……うん。ヤップロック、早く来て。
ただ、ゴロッツの発言はガラス玉を地面に落としたように「バッ!」っと『BU』っ子たちの間に広がり衝撃を与えたようだった。
「けど、もったいないな」
ざわつく『BU』っ子に向けて、俺はこんな言葉を送る。
「なんでみんな同じ格好と同じ髪型してんだ? 君はもっと明るい服を着た方が似合うだろうし、そこの彼はもっと髪をさっぱりさせた方が格好よくなるだろうに」
俺がそれぞれの伸ばすべき長所と、その結果を話して聞かせると『BU』っ子たちはお互いを見つめ合い、「そうかな?」「ホントに?」とざわざわする。
このざわざわは、不安が二割。残りの八割が期待だろう。声音が若干明るいのがその証拠だ。
変わってみたいんだろ?
ここで見てきたもんな。情報紙には載っていないのに、自分たち自身が「あ、この人素敵だな」って認めてしまった人物たちを。
情報紙が言っていないだけで、自分は思っちゃったもんな。
「あんな風になれたらいいな」ってよ。
「時間があるなら、ちょっと寄っていったらどうだ? きっと面白い体験が出来るぞ。特に――」
にこやかに言って、そばにいた一人の女子の髪をさらりと撫で、ここ一番の決め顔で言う。
「――女の子は、ちょっとしたきっかけで見違えるほど綺麗になれるんだぜ」
あ、ごめん。
ちょっと全力出し過ぎた。
マグダ~、ちょっと来て~。女子一名腰抜けちゃったみたい。
そうだよなぁ、右に倣えの『BU』っ子は、情報紙に載ってない口説き方とか免疫ないもんな。事前告知無しじゃ心の準備も出来ない初心っ娘たちなんだよな。
悪い悪い。
刺激が強過ぎたな。
あ、大丈夫大丈夫。俺、結婚詐欺だけはやらないって決めてるから。
別に口説いてたわけじゃないからね~。
だからさ、マグダ。「……自重するべき」とか、ぽそっと耳元で囁かないで。
悪気ないから。マジで。
「ど、どうかな? 綺麗に変身して、四十二区最新のスイーツを堪能してみては?」
取り繕った。
俺は悪くないと証明したくて。
腰砕けになった女子を始め、綺麗になりたい女の子たちと、女子を腰砕けにする破壊力を手に入れたい男子たちは、まんまと――って言うと言い方悪いか――すんなりと、俺の言うことを受け入れ、四十二区体験をしていくこととなった。
は~い、ご一行様、ご案内~!
忘れられない体験をさせてやるぜ☆
数時間後。
「おぉ、みんな見違えたな」
型に嵌めたように同じファッション、同じ髪型、同じメイクをしていた女性たちが、それぞれの個性を伸ばすような衣装にモデルチェンジしていた。
男連中も、まだまだ着せられている感はありつつもすっきりスマートな仕上がりになっている。
おぉ、髪型変えたヤツは思い切ったな。『BU』に戻ってもやり直し効かないぞ、それ。
まぁ、その分魔法が解けるのを防いでくれるか。
こいつら、『BU』に戻った途端、またオシャレをやめて元のハンコファッションに戻る可能性もあるからな。
まぁ、それならそれでしょうがないが……楔は打ち込めただろう。
オシャレをすれば自分は変われる。
他の誰とも違う、特別な自分に。
その成功体験は、こいつらの中に残り続け、そして右へ倣えのコピペ流行に違和感を覚えるようになる。
自分が目指したいオシャレは本当にこれなのか、ってな。
「見ろ、メンズたち。お前らの街の女子たちはこんなにも可愛いんだぞ。知ってたか?」
「あ……いや……えへへ」
何を照れているのか、メンズたちは美しく変貌を遂げた女子たちを前に、もじもじ照れ照れしている。
えぇい、はっきりしろよ、メンズども。
どっちを向いても同じ顔した女子たちばっかりだったこれまでと、今目の前にいる『一人として同じ者はいない』華やかな女子たちと、どっちが魅力的なんだよ。
口に出さなくても顔にはっきり表れてるぞ。
「やだ、女子たち、マブい!」って。
「き……綺麗、ですね」
一人の男子が勇気を振り絞ってささやかな称賛を漏らす。
途端に、女子たちの間にぱぁっと喜色が広がり、きゃあきゃあと近くの者と手を取り合って飛び跳ねる。
おーおー、はしゃいじゃってまぁ。
そんなはしゃぐ女子たちを見て、また男子たちはデレッとした表情をさらす。
これで、情報紙に載ってる『オシャレ女子』のコピペがまやかしだって気付く者が増えればいいんだけどな。
そうだな。よし、もう少し深く印象付けておくか。
「それじゃあ、折角オシャレに変身したんだし、オシャレなカフェで、オシャレなスイーツでも堪能していくか?」
「え、でも……私たちなんかが……」
ほんのちょっと背中を押されて背伸びしただけ。
服を脱げば元通りの自分に戻る。
今だけ、ちょっと特別な格好をしているだけ。
そんなお試し感覚が抜けきっていない『BU』っ子一同。
軒先を覗いているだけで、思いきって踏み込んでいこうという勇気はまだ出ないようだ。
だったら引っ張り込むまでだ。
「でも、折角みんなでオシャレして、みんなこんなに綺麗になったんだぞ?」
『みんな』を強調してやれば、全員が自分の周りの者たちをきょろきょろと見渡す。
目に映るのは、ここへ来た時とは見違えるくらいに垢抜けた知人たち。
みんながオシャレしているのだ。
自分だけがオシャレに否定的ではいられない、そう、『BU』っ子ならね。
「みんな、オシャレなカフェでオシャレなひとときを過ごしたいと思ってるんじゃないのかな? なぁ、みんな?」
「「はい!」」
「みんながそう思っているんなら……実は私も!」――な、心理を突いてまんまと全員の賛同をもぎ取ることに成功した。
まったく、困ったまでの同調意識。
ま、一朝一夕で人間性までは変えられないよな。
当然、全員で同じ店に入るのは無理なので、何店舗かに分かれて入ってもらう。
あとは、連中がうまくやってくれるだろう。
ラグジュアリーを始め、四十二区の飲食店からも手伝いを要請している。
今、この場所にはありとあらゆるケーキが集まってきているのだ。
「カンタルチカの、オトナなケーキ『タルトタタン』はいかが?」
「陽だまり亭のプリン・ア・ラ・モードは、人生で必食の一品ですよ!」
「……メンズは、気になるあの娘を誘って、クレープを食べ歩くべき」
「さぁ、レディたち。我がラグジュアリーの新作スイーツ、ストロベリーパフェをご堪能あれ!」
押しの強い連中もいれば、檸檬の爺さんのようにのんびり構えている者もいる。
俺が発信して、各店舗で進化を遂げたケーキたちが『BU』っ子たちを「これでもか!」と誘惑する。
「え、えっと……みなさん、どれを食べますか?」
おっと!
多数決はさせないぞ!
「どれを食べたっていい。これだけの種類があるんだ。自分がこれだと思ったものを食べればいいんだよ。そして、互いに感想を言い合えば違うケーキの味も想像できて二倍も三倍も楽しいぞ」
「二倍も、三倍も、ですか?」
「まぁ、もっと気楽に、好きなように過ごしてみればいいさ」
俺が背中を押すと、『BU』っ子たちは恐る恐るではあるものの、各人が興味をそそられた店へと向かって歩き出した。
何も警戒する必要はない。
普段だって普通に買い物をして、好きなものを食っているはずだ。
それが、ちょっと特殊で、これまで見たことがない、アウェーに来ただけだ。緊張する必要はない。食いたいと思ったものを食えばいい。
『BU』っ子が周りと合わせたがるのは、孤立することに対する恐怖からだ。
自分一人だけ失敗したくないという思いが人一倍強くなってしまっているのだ。
だが安心しろ。
ここにある物はみんな本物だ。
どれをとっても「失敗した!」なんてことにはならないからよ。
「あぁっ! 出遅れてしまった!」
「もう席が空いてないわ」
幼馴染なのか顔見知りだったのか、綺麗に変貌した彼女をもじもじ照れ照れ誘っていた男が、人で埋まったテラス席を見て焦りを見せる。
誘われた彼女も、自分たちが座る席がないことに悲しそうな表情だ。
「みんなが座っているのに座れない……」とか思ってないか?
だから、そんなもんは考える必要がないんだっつの。
「おぉ、ラッキーだったな」
不安げなご両人の肩をポンっと叩いて、ロレッタが待機する陽だまり亭出張所を指さす。
「あの店は、四十二区最新スイーツを置いてるんだ。この街を散歩しながら、好きな場所で食べられるスイーツだぞ。これはきっと、他の区でも流行る! 本当か嘘か、その目と舌で味わってみてくれ」
そうして、二人を陽だまり亭出張所へと誘う。
「いらっしゃいです! トッピングは自由自在! どれを選んでも外れ無しの、絶品ニュースイーツです! こっちのイラスト見ながら、どんなトッピングにするか選んでです」
「あの、これはなんて名前のスイーツなんですか?」
「これは、クレープっていうです! きっと、今日を境に忘れられなくなる名前です!」
売り子からササッとシェフの顔に変わるロレッタ。
ジネットから猛特訓を受け、ついにクレープをマスターしたロレッタの顔には、自信が満ち満ちている。
クレープに関しては、マグダよりも先んじている。ロレッタの得意料理がここに誕生したのだ。
あれこれと話し合い、ロレッタからアドバイスをもらい、初々しいカップルはそれぞれに色鮮やかなクレープを手にする。
ハビエルが製紙工房に話を付けてくれたおかげで、クレープを包む紙も手ごろな値段で手に入るようになった。
湿気でヨレることもなく、硬過ぎて嵩張ることもない。
絶妙な厚さと柔らかさの包み紙。こいつの誕生によって、クレープはそのポテンシャルを最大限に発揮できるのだ。
「さぁ、それを食べながら街を散歩してきてです! きっと、見る景色みんなが輝いて見えるですよ!」
初々しいカップルを見送り、元気に手を振るロレッタ。
カップルはロレッタに手を振って、二人揃ってクレープを齧りながら店を出ていった。
「……爆ぜろ」
「お兄ちゃん、お客さんの前ではよく堪えたですけど、全カップルを爆発させようとするのはよくないですよ!?」
いっちゃいちゃしやがって! けっ!
「あの、すみません! さっきの人たちが持ってたのって……」
「いらっしゃいませです! それはきっと、このクレープという、時代の最先端を行くスペシャルなスイーツですよ! ささっ、ちょっと中まで来て見ていってです! トッピングは変幻自在、なんでもござれですよ!」
よく舌が回るロレッタに、客は次から次へと誘い込まれるように増えていく。
オープンテラスに座れなかった者たちがどんどんと押し寄せてくる。
「ロレッタく~ん! すまないが、少々フルーツを分けてくれないかい? いやぁ~、僕の作るフルーツパフェが大人気でねぇ! あっという間に材料が枯渇してしまったのさ。いや~はっはっはっ、自分の才能が怖いよ。というわけで、フルーツプリーズ」
「ダメですよ!? こっちもこれから材料が枯渇するところですから!? アッスントさんに言って持ってきてもらってです!」
「急いでいるんだよ、ハリープリーズ!」
「しょうがないですね! あんたたちー! お使い行ってきてです!」
「「「ゎははーい! 行ってくるー!」」」
陽だまり亭出張所の奥から次々と溢れ出してくるハムっ子たち。弟も妹も入り乱れて、元気よく表へと飛び出していった。
突然の大行進に唖然としていた『BU』っ子たちだったが――
「くすっ! なに、あの子たち? かわいい~」
「ねぇ~」
一人が笑い出すと、みんなつられるようにして笑い始めた。
ハムっ子は、見ているだけで癒し効果があるからな。
「ホント、楽しいところね、四十二区って」
来る前までは恐ろしい場所だと思っていただろうに。
このわずか数時間で印象が180度変わったようだ。
そうして、四十二区の印象が『最悪』から『最高』に変わったということは、もともと『最高』の位置にいたある物の印象も同時に180度変わってしまうというわけで――
「……ロレッタ。情報紙の最新号を買ってきた。壁に貼っておくから、あとで見るといい」
絶妙のタイミングでやって来たマグダが、情報紙の最新号を壁に貼り出して去っていく。
そこには、情報紙発行会が四十二区に来てから発行した全六部の情報紙が発行順に並べて張り出されている。
どうやら書きたいことが大量にあるようで、ここ最近は日刊になってたんだよな。いや、一日に二回発行した日もあったか。
それらすべてを購入し、全部を貼り出してある。
あぁ、金は要らねぇよ? 好きなだけ見ていくといい。
クレープだ、ケーキだと金を使って、情報紙を買う金もなくなってるかもしれないしな。
マグダの登場で当初の目的を思い出したらしい『BU』っ子たちが、貼り出された情報紙の周りへと集まってくる。
『悪辣非道な恫喝の全記録。話し合いに訪れた情報紙記者が、あわや暴行かという状況にまで追い込まれた恐怖の時間を赤裸々に告白』
『人殺しの詭弁。白昼の惨殺魔が不都合な事実を隠蔽せんと情報紙の乗っ取りを画策か!?』
『自由を失った四十二区。言論統制下に置かれた住民たちは、息を潜めて領主の言いなりになるしかないのであろうか――』
そんな仰々しい見出しがいくつも並ぶ情報紙。
回を増すごとに四十二区へのヘイトが膨れ上がっている。
特に俺への個人攻撃がえげつないなぁ。『人殺しのくせに偉そうに!』って論調だ。
そして、壁際に集まった『BU』っ子たちが各々それらの記事を黙読し……
「「「はぁぁあっ!?」」」
揃って、素っ頓狂な声を上げた。
そこに書かれていた、今自分たちが目にしている事実と、大きく乖離した情報紙の内容に。
ほい。
情報紙の信頼、崩壊完了っと。
あとがき
どうも!
そうです、宮地です!
会社のコミュ力オバケが会社を辞めました。
ある日突然「〇〇君は、昨日退社ということになりました」と。
誰とでも楽しそうに会話して、毎日楽しそうに仕事中もおしゃべりして
仕事でミスをしてもコミュ力のみで乗り切ってきたような男だったのですが
一体何が……
え? 逮捕?
まさか……私じゃあるまいし。
誰が逮捕されそうな社員ランキング常連ですか!?
(ノ ̄Д ̄)ノ ┫:・'.::
なんだか、急に「ぱーん!」って無理になったそうなんです。
「あれ、なんで俺こんなに頑張ってんだ?」みたいな?
そう思うと、もう誰とも口利きたくなくなるそうで、
しかも、口利かないとなると会社に居づらいというか、もうそこに存在するのも無理で
「あ、もう行けません、すみません」みたいな感じだったそうです。
コミュ力高い人、そんな物凄い反動来ることあるの!?
Σ( ̄□ ̄|||)
コミュ力がキャラメルコーンの中のピーナッツくらいしかない私には分からない感覚ですね。
……なんか最近、ピーナッツの量減ってませんか? 気のせいですか?
そうですか、気のせいですか……
もしいつか、ピーナッツの入っていないキャラメルコーンが発売されたら、
私の中のコミュ力は消え失せますからね!?
気を付けてくださいね! ね!?
意識の高い人とか、
コミュ力の高い人とか、
結構無理してるんですね。
私は、ことコミュニケーションに関しては一切無理はしておりませんね。
二人きりになって沈黙が訪れても一切気にしませんし。
ぼぉ~~~~~~~~っと出来ます。
隣の人がそわそわし始めても、ぬぼ~~~~~~っと出来ます。
でも、沈黙が耐えられない人って多いみたいですね。
「何かしなきゃ!」「話さなきゃ!」って使命感に突き動かされるのだとか。
それで、どーでもいいようなしょーもない話題を振ってくるんですよね。
後輩さん「なんか、いい天気っすね」
宮地「そうだねぇ、見て、あの雲、おっぱいみたい」
後輩さん「あんた、この沈黙の間、なに考えてたんだ!?」
宮地「マーチャンダイズマートって、マーちゃんの大豆屋さんじゃなかったんだなぁ~って」
後輩さん「何の話!?」
宮地「あと、おっぱいのことを少々」
後輩さん「本当に少々!?」
そう考えると、私って、会社では結構テキトーなことばっかり言ってるなぁと、今気付きました。
先日、八月の二十四日が締め切りの書類を忘れないように部下さんに注意喚起したんですね。
宮地「あの書類、締め切り覚えてる?」
部下さん「あっ! 締め切りいつでしたっけ?」
宮地「二十四日のイブまでだよ。忘れないようにね」
部下さん「はい! やっときます!」
――そして二十四日。
部下さん「イブってなんっすか!?」
宮地「ん? なんの話?」
いや、二十四日と言えばイブだな~って思っちゃったもので。
口から零れ落ちた直後に言ったこと忘れましたけれども!
つい先日『私をスキーに連れてって』を見たからですかね?
いや~、トレンディな映画でした。
最近の若い人たちは、あんなオシャレな休日の過ごし方をしているんですねぇ~
(*´ω`*)
Σ(・ω・ノ)ノ! いや、1987年公開だよ!?
Σ(・ω・ノ)ノ! 出演者全員年上だよ!?
Σ(・ω・ノ)ノ! っていうか、なぜ今さら見たの!? え、見てなかったから? そーなのー
――とまぁ、
若干、世間の皆様とは異なる時間の過ごし方をしております影響で
まぁ~、会話が噛み合わない噛み合わない。
職場で恋ダンスを踊ったら「懐かし!?」と言われる始末ですよ。
今、私の中でブームですのに!
そんなことが続くと、「どうやら宮地さんはいい加減な人らしいぞ」という噂が広まるわけですが、
なんかもう、逆に噂が広がりきるとですね
「あ、この人には何を言っても真面目な回答は返ってこないぞ」と認識していただけるので楽ですね(*´ω`*)
なんか、周りの人も私のテキトーな性格に慣れてきたようで、
パートさん「宮地さんって、日曜日とか何してるんですか?」
宮地「月曜日が来ないように押し返してます」
パートさん「毎週負けてるじゃない!? しっかりしてよ!」
宮地「日曜日は俺に任せて、みんなは月曜日に行け!」
パートさん「いや、一人でいい思いしてるじゃん!? あたしも残りたいわ、日曜に!」
みたいな、どーでもいいしょーもない話をしてたりします。
思うに、
自分のポテンシャル以上にすごい人とかいい人に見られようとするから無理が生じるのかもしれませんね。
ホントはさほど頭よくないのに頭がいいふりをすると、頭がいいふりをするためにしんどい努力をしなきゃいけないし、頭の悪さが露呈すると「なんだぁ」とか思われちゃうし、
努力に結果が見合っていないというか、くたびれもうけというか……
無理をしない、
等身大の自分でいるのが一番なんでしょうね。
宮地「あのぉ……ほら、あの人、今年入社した、女性で、髪をくくっている…………ヨシダ……いや、ヨシカワ……ヨシザワじゃなくて……ヨシ……ヨシ~…………」
パートさん「ハシヅメさん?」
宮地「そう、その人!」
部長「かすりもしてなくない!?」
宮地「だって、あの人ヨシダ顔してるんですもん」
部長「どんな顔!?」
「私はこれが出来ません!」とあらかじめ宣言しておくと
意外と周りの人がサポートしてくれたりします。
私は人の名前と顔を覚えるのが大の苦手です!
……本社の方の名前をずっと間違えて呼び続けてたんですよねぇ。
仮に、その方が奥村(仮名)だとしたら、
ずっと「織田さん」と、
微かにしか掠ってない呼び方を……_:(´ཀ`」∠):_
それが発覚したのが今年の初めころでしたか……
その奥村(仮名)さんから電話があって、たまたま私が応対したんですね。
宮地「はい、〇〇株式会社□□課です」
奥村(仮名)「あ、奥村(仮名)です」
宮地「……え? どちら様ですって?」
奥村(仮名)「あ、宮地さんですか?」
宮地「はい」
奥村(仮名)「じゃあ、織田です」
宮地「あぁ、織田さん! …………えっ!? 織田さんじゃないの!?」
奥村(仮名)「うん。ずっと『織田って呼ばれてるな~』って思ってたんだよね~」
宮地「言えしー!」
奥村(仮名)「でも、織田って呼ばれる機会、そうそうないしね~」
宮地「普通ないもんですよ、別の名前で呼ばれるとか!?」
めっちゃびっくりしましたよ!
三年くらいず~~~~っと間違えてました。
一緒にプロジェクトとかやってたのに!
悔しいから今後も織田って呼びますけども。
――で、何が言いたいかというと、
皆様は、どうか無理はしないでくださいね。
本当の自分よりもちょこっとよく見せたい、そのくらいの頑張りは自分を成長させるので推奨しますが、
自分とはかけ離れたスーパーヒューマンを演じるのは、心がすごい速度ですり減りそうなのでお勧めできません。
本当は一人が好きなのに、それだと「暗ぁ~い」とか言われそうだし……って思って、
無理してでも明るく振舞って、無理して他人に合わせて笑ってみたりはしゃいでみたりすると、
本当に自分が楽しいと思うことを見失ったり、
素直な笑い方を忘れたりする危険があります。
他人と自分は違うのだということ、
ありのままの自分だって、割といいところいっぱいあるんじゃね? ってことを
どうか忘れないでくださいね。
『BU』っ子を見ていて、ちょこっとそんなことを思ってしまった宮地さんなのでした。
あと、
おっぱいに似た雲は、結構な割合で発見できます。
ぼ~っとする時は空を見上げることをお勧めしちゃうんDA・ZO☆
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




