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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
第三幕

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468/841

270話 誰かを攻撃する時は

「それで、お兄ちゃん。どうするです?」


 眉を吊り上げて、ロレッタが俺ににじり寄ってくる。


「どうって、何がだよ?」

「もちろん、意地の悪い組合の偉いさんに対してです!」


 拳を握り吠えるロレッタに、マグダが頷いて同意を示す。

 涼しい顔をしていながらも、ノーマとイメルダもそれには異論がないようだ。興味深そうな目をこちらに固定して一瞬たりとも逸らさない。


「ウチの大切なウーマロさんが酷い目に遭わされたです! 四十二区の仲間として、当然仕返しに行くですよね!?」

「……マグダも、助力は惜しまない予定」


 罪には罰を。

 そんな義憤とも私怨ともいえるような感情を燃え上がらせ、一同が俺を見つめる。

 だが。


「下手に手を出すのは逆効果だぞ」


 しっかりと現実を突きつけておく。


「さっきも言ったが、今俺が言ったのはすべて状況証拠だ。決定的な証拠がなければ、連中はいくらでも言い逃れが出来る。大工の組合のそれなりの地位にいるヤツらに片っ端から『精霊の審判』をかけて回る気概があるってんなら話は別だがな」


 たとえば――

「お前、悪事を企んだろう?」

「知らんな」

「『精霊の審判』!」

 ――そんなことが出来るなら主犯を割り出すことは可能かもしれない。

 だが、現実的ではない。


「もし、主犯が王族なら、お前らは王族にまで『精霊の審判』をかけに行くか?」

「現実的じゃないね、それは」


 俺の言葉に表情を強張らせた一同の緊張を和らげるように、エステラが笑みを含んだ明るい声で言う。

 そう、現実的じゃない。

 そんなことをし始めれば、連中は真剣に抵抗を始めるだろう。

 最もありそうなのが暗殺だ。……こいつらを、そんな危険な目に遭わせるわけにはいかない。


「それに、あまりに目立つ行為は、トルベック工務店の組合での立ち位置を危うくすることになるぞ」


 今でさえ、『他所がうまくいけば難癖をつけてくる』なんてレッテルを貼られているんだ。組合に反発なんかしたら何を言われるか分かったもんじゃない。


「土木ギルドの組合は、ほぼすべての区の大工が加盟している大きな組織だ」


 確かに一部の大工は加盟していないが、そいつらは王族のお抱えなど、他とは違う特殊な立ち位置の連中だ。組合がなくてもやっていける、そんな例外的な大工以外は、みんな加盟していると言っていい。


「組合がなくとも、自身の名で、コネで仕事を絶やさず受注できる、そんな大工でなければ組合を抜けることは危険だ。下手な抜け方をすれば、徒党を組んで潰しにかかってくるだろう。それを撥ね退けて独り立ちするなんて、よほどの力がなければ不可能だ」


 それに、もしかしたら黒幕たる第三者は、それこそを狙っているのかもしれないしな。

 ウーマロが暴発し、問題を起こし、さらに追い詰めることで頭のキレる誰かに助力を乞わせる。

 そして、黒幕は組合だということをわざと嗅ぎつかせ、組合に牙を剥くように仕向けている……なんて可能性もなくはない。


「連中はトルベック工務店の反撃を、手ぐすね引いて待っているかもしれんぞ? 組合からの追放と、同業他社による仕事の妨害をちらつかせ、そして実行し、トルベック工務店の体力を奪うつもりかもしれない」


 組合から追放し、あの手この手で仕事の妨害を繰り返して、立ち行かなくなるまで追い詰める。

 そうしてこちら側に「悪かった、もう一度加盟させてくれ」と頭を下げさせるのが目的かもしれない。


「もしそうなったら、その時は『お前らの持っている技術をすべて無償提供せよ』くらいは言われるだろう。下水やろ過装置のノウハウと権利をすべて取り上げられ、トルベック工務店は他の大工たちの下請けのように扱われる。――そんな展開を狙っているのかも、しれない」


 今語ったのは、なくはない可能性。

 必ずしもそうであるとは言い切れないが、敵の頭が多少でもキレるならこれくらいのことは用意していてもおかしくないだろうという予測だ。


 全員が黙ってしまった。

 ウーマロを苦しめたヤツを叩き潰したい。思い知らせてやりたい。謝らせたい。その気持ちは、まぁ、分からんではない。

 だが、誰かを攻撃する時は、反撃される覚悟をしなければいけない。

 下手したら倍返し、十倍返しくらいの手痛いしっぺ返しを食らう危険をはらんでいる。

 そいつを忘れて、「絶対勝てる!」なんて油断をしていると……取り返しのつかないことになるのだ。


「じゃあ、ウーマロさんは泣き寝入りですか?」


 ロレッタが、悔しそうに目に涙を溜めて奥歯を噛みしめる。

 マグダも、隣で不貞腐れている。


「あ、あの。オイラ、みなさんがこんなに怒ってくれるなんて思ってなくて、今、ちょっとびっくりしてるッス」

「怒るですよ! ウーマロさんは、あたしたちの仲間ですから!」

「……ウーマロ、他、多数」

「そう、他多数さんたちもです!」


 仲間なら、名前くらい呼んでやれよ。

 雑だよ、扱いが。まぁ、大工どもだからいいけど。


「やはは……なんか、照れくさいッスね。オイラ、そう言ってもらえただけでもう十分ッス。今のロレッタさんやマグダたんの言葉、ウチの全大工に伝えるッス。きっとみんな、その言葉だけで報われるッス」


 どうしようにもない。

 そんな空気が広がっていく。


「確かに、悔しいッスし、正直かなりきつかったッスけど……今回の件は高い勉強料だったと思うことにするッス。何より、もう悩まなくていいって分かったッスから、明日からまた頑張れるッス!」


 周りからの評価が下がろうと、どんな悪評が耳に入ろうと、自分たちを信じて仕事に取り組んでいくと、ウーマロは宣言する。

 組合のやり方は、納得できないけれど、それでも自分たちに出来ることをやっていくと。


「ヤシロさんの言うことももっともッスから、事を荒立てないようにするッス」

「ん? 俺の言うことってなんだ?」

「いや、だからッスね。組合は巨大な組織ッスから、『組合がなくとも、自身の名で、コネで仕事を絶やさず受注できる、そんな大工でなければ組合を抜けることは危険だ』って、『それを撥ね退けて独り立ちするなんて、よほどの力がなければ不可能だ』って言ったッスよね?」

「あぁ、言ったな」

「だからトルベック工務店も、大人しく組合の言うことを聞いて……」

「聞く必要ないだろう」


 まったく、ウーマロは。

『だから』の使い方を知らないと見える。


「『組合がなくとも、自身の名で、コネで仕事を絶やさず受注できる、そんな大工でなければ組合を抜けることは危険だ。下手な抜け方をすれば、徒党を組んで潰しにかかってくるだろう。それを撥ね退けて独り立ちするなんて、よほどの力がなければ不可能だ』」


 もう一度、さっきと同じセリフを言って聞かせる。


「『だから』」


 そして、『だから』の正しい使い方を教えてやる。


「組合抜けちまえよ。お前らはもう、組合の大工が束になってかかってきてもビクともしないだけの技術と知識とコネを持っている」


 なにせ、四十二区領主はことあるごとにトルベック工務店に頼ってそれを当たり前だと思っているし、四十区、四十一区の領主もトルベック工務店に信頼を置いている。

 さらに、二十九区の重鎮マーゥルが名指しで指名してくるくらいに気に入られているし、マーゥルにぞっこんな二十四区領主ドニスと、エステラにぞっこんな二十七区領主トレーシーは、想い人と『お揃い』が好きなのでトルベック工務店を重用するだろう。


「こんだけ貴族に気に入られて、直接指名される大工なんか、そうそういないだろう? お前らが組合にいる理由って何かあるか?」

「それは、人手不足の時の補填とか……」

「ハムっ子がいるじゃねぇか」

「……確かにッスね」


 四十二区の大工すべてを吸収し、さらに四十区と四十一区の一部の大工を吸収、その上で無尽蔵に増え続けるハムっ子が身内にいるのだ。人手の心配など、するだけ無駄だ。手隙になる連中に仕事を振り分ける方に頭を悩ませる方が建設的と言える。


「トルベック工務店が抜けることでどれだけのダメージを受けるのか、思い知らせてやればいい」

「け、けど、お兄ちゃん!」


 腹の底から沸々と湧き上がってくる怒りに任せて熱弁を振るっていた俺を、ロレッタが止める。


「さっきお兄ちゃんは、『下手に手を出すのは逆効果だぞ』って言ってたです」

「あぁ。だから、『上手く手を出す』んだ」

「けど、組合はウーマロさんたちの反撃を狙ってるかもしれないって!」

「おそらく狙っているのだろう。だからお前らにも教えてやったんだ。連中がどれだけ身の程知らずで無謀な考えなしかをな。一緒に指さして笑ってやろうと思ってな」

「でもでも、なんか、お兄ちゃんの話を聞いていたら、攻撃するなら反撃を受けるから気を付けろって…………え、まさか?」

「あぁ、そうだ」


 組合の連中は、愚かにも俺たちに攻撃を仕掛けてきた。

 ならば――




 相応の反撃も覚悟してもらわねばならない。




「ウーマロ。思い知らせてやれよ。『誰にケンカを売ったのか』を、身の程知らずの大バカヤロウどもによ」


 俺が笑顔で言うと、ロレッタがぶるっと体を震わせ――



「お兄ちゃん、めっちゃ怒ってたです……」と、呟いた。




 組合が気に入らないなら、抜けちまえばいい。

 俺のそんな言葉に、一同が唖然としている。


 だってよ、組合が俺らに何か恩恵をもたらしてくれたことあるか?

 土木ギルドは大工だけじゃない。土を掘ったり崖の補修をしたりする連中も含まれる。

 だが、そいつらはトルベック工務店に吸収されるまでろくな技術も持たず、効率的な仕事の仕方も知らず、とにかく目の前にある困ったことへの対応をするので精一杯という状態だった。


 川の水が溢れそうな時、それを堰き止めるために動いたのは誰だ?

 デリアたち川漁ギルドの連中だ。

 四十二区の道はどうだった? でこぼこで荒れ放題。

 ヤップロックの家に続く小道はけもの道だった。

 老朽化が進んだ家屋があちらこちらに散見され、スラムも荒れ果てたまま放置されていた。


 それは、四十一区も四十区も同じだった。


 つまり、土木ギルドの組合は技術の継承なんかしていないし、加盟している他区の土木ギルドは自分たちの技術を寄越すつもりもさらさらない。

 まして、困っているなら人を貸そうかなんて一度も言わなかった。口が裂けても言わないつもりだろう。


 だから俺は、組合なんてもんがあることすら、しばらく知らなかったのだ。

 まったく機能していない。

 無用の長物だ。


 まったく……


「『無用の長物』と『無乳のチューブトップ』って似てるよな?」

「どうしたの、ヤシロ? 真面目な顔疲れた?」


 いや、ふと思いついてしまったもので、言っておかなければと思ってしまったもので。自分、素直なもので。


「それで、本気でトルベック工務店を組合から抜けさせる気かい?」

「あくまで案の一つだ」


 ウーマロが現状で問題なくやっていけるというのであれば事を荒立てる必要はないし、俺の案よりももっとうまい方法があるというのならそれを採用すればいい。


「けど、組合を抜けると言ったって……いきなりやめますって宣言するのは不自然じゃないかな?」


 エステラ的には、こちら側から組合にケンカをふっかけたと取られるのは避けるべきだという意見なのだろう。

 別にケンカ別れでもいいと思うけどな。


「方法は二つある。一つは、エステラが嫌いそうなやり方だが、『俺らにケンカ売ったヤツが頭下げてこない限り組合には戻らない』と啖呵を切って出てくる方法。これがうまく機能すれば、組合の中で勝手に犯人捜しをしてくれる」


 トルベック工務店が抜けた穴は大きいだろう。

 抜けてすぐに効果が現れるとは思わないが、一年、二年もすればトルベック工務店が抜けた穴は大きく広がるだろう。


 特定の領主の区だけがトルベック工務店の有する最新技術で街を改革していくのだ。

 それを見て「ウチの区にも」なんて領主が出てきたら、組合は困るぞ~?

 なにせ、その技術を持っているトルベック工務店がいないのだから。

 水洗トイレの外側を観察しただけで再現しろとか、至難の業だろ?


 隣の区は新しい技術を導入しているのに、自区は出来ない。そうなれば領主はどうするか?

 直接トルベック工務店に依頼をかけるだろうな。


 そんなことが続けば、誰も組合に仕事を依頼しなくなる。

 まぁ、ウーマロたちも忙しいから、『誰にでも出来るようなしょーもない仕事は組合へ』って宣伝くらいはしてやってもいいかもな。


「――というわけだ」

「……君が本気を出せば、失業者で街が溢れそうだよ……」


 エステラが湯に浸かりながら青い顔をしている。

 湯が冷めたのか? 注ぎ足しなさい、湯を。


「もう少し穏便な方法もある」

「そっちを聞かせてくれるかな? 是非」


 湯に浸かりながら湯冷めしそうなエステラの願いを聞き入れてやる。

 わぁ、俺優しぃ~。


「まずウーマロが組合の本部に出向く」

「待って! ……なんかもう嫌な予感がする」

「大丈夫だよ。で、頭を下げてくるんだよ。『こちらの不手際でいろいろ迷惑をかけました』って」

「なるほど、それは……うん、穏便だね」

「で、『責任を取って組合を脱退させていただきます』ってな」

「それは……向こうが焦るんじゃないかな?」

「どちらか、だな」


 トルベック工務店の力を削ぐために少々痛めつけてやろうって考えなら焦るかもしれない。

 トルベック工務店の暴発を誘導してやめさせてやろうとしているなら渡りに船とほくそ笑むだろう。


「もし止められたら、どうするんだい? 条件の交渉かい?」

「まさか。『不手際で迷惑をかけた責任を取ってやめる』んだぞ? トルベック工務店が悪くないと言うのなら、不手際で迷惑をかけたヤツに責任を取らせなきゃダメだろう」


 しかも、ウーマロは頭まで下げているんだ。

 男に頭を下げさせたんだ。なぁなぁでは済まされない。


「きっちりと筋を通し、頭を下げて『すべてこちらの責任だった』と心からの謝罪と、トルベック工務店が被った損害をきっちり賠償して初めて対話の席に着けるんだ」


 必要なかったノートン工務店への示談金もきちんと補填してもらわないとな。

 あと、トルベック工務店が受け取るはずだった金額もな。


「トルベック工務店が抜けた穴の大きさに気付いてから、あの手この手で籠絡してこようとするだろう。もちろん、テメェらに都合のいい条件で。それらをきっぱりと拒否できるのが、この方法のいいところだ」


 こちらは最初に筋を通したのだから、そちらがこちらと同等の筋を通さない以上話し合いの席に着かなくて済む。


「『許してやろう』なんて言ってきたら『責任ですので』って突っぱねる。『もう一度関係を構築し直そう』とくれば『前回のことにケリがついていない』と突っぱねる。『力を貸せ』と脅してくれば『解決するまでは無理』と突っぱねる。『組合がどうなってもいいのか』とキレやがったら『そういう時のための組合じゃないのかよ』と突っぱねる」

「お兄ちゃんが、突っぱねまくりです!?」

「要するに、黒幕が名乗り出て頭を下げるまで取り合わないっていうことなんだね」

「そうだ。そういう戦いを仕掛けてきたのは向こうだからな。こちらが譲歩してやる理由はどこにもない」


 自分が優位に立っている時には横柄に振る舞い、自分が窮地に立たされた瞬間『組合』だの『相互扶助』なんて言葉を振りかざして助力を強要するようなクズには取り合ってやる必要はない。

 保険と一緒だ。

 何かが起こってから慌てても遅いのだ。


「『なんだか気に入らないからと罠に嵌められ組合を追放されたオイラのもとへ組合の偉いさんが戻ってこいとしつこく言い寄ってくるが今さらもう遅い! オイラは四十二区で貴族相手に悠々自適に最新技術で街作りをするッス』大作戦だ!」

「……なんだい、そのふざけた作戦名は?」

「書籍化しそうな魅力に溢れているだろう?」

「いや……それが本なら、内容を読まなくても大体ストーリー把握できるんだけど?」


 バッカ、お前。

 そ・こ・が、いいんじゃねぇかよ。

 現代人は無駄が嫌いなのだ。

 読んでみて「うわ、合わネッ」なんて最悪だからな。

 最初から読者を篩にかける親切設計だと言えるだろう、うん。


「まぁ、決めるのはウーマロだ」


 俺らがごちゃごちゃ言うのはここまでだ。

 あとはお前が考えて、そして決めろ。


「ウーマロを傷付けられて、お前らが怒っている気持ちはよく分かる。だが、周りが盛り上がってこいつらの意思を無視するのはよくない」


 そのために、攻撃する時のリスクを解いてやったのだ。

 今回、何かトラブルが起こった時の責任者はウーマロになっちまうからな。


 俺でもエステラでもない。

 ウーマロだ。


「お前らは、ウーマロを見守ってやれ」


 その場にいる者たちにそう告げる。


「そして、ウーマロが助けを求めた時には、全力で協力してやればいい」

「もちろんです!」

「……マグダの手助けは百人力」

「トルベック工務店はワタクシたちのお得意様ですわ。そこの仕事を奪うなど、我が木こりギルドにケンカを売るのと同義ですわ。助力の出し惜しみは致しませんわよ」

「まぁ、なんかあったら言うさね。聞くくらいはしてやるさよ」

「あたいも協力してやるからな、ウーマロ!」


 頼もしい仲間の言葉を、ウーマロは顔を逸らさずに聞いていた。

 あの、ウーマロが。

 女子たちの顔をまっすぐに見て、そして頭を下げた。


「ありがとうッス」


 顔面が湯に浸かるくらい頭を下げて、そして顔を上げて言う。


「とりあえず、ウチの連中と相談してくるッス。どうするかはその後で決めるッス。だから」


 照れくさそうに頬を搔いて、眉を曲げて笑顔を浮かべる。


「何かあった時は、力を貸してほしいッス」


 ウーマロが、女子たちの顔をまっすぐに見つめて言った。

 その直後に「やっぱり、緊張するッス!」と慌てて背中を向けたけれど。


 ……成長、してんじゃん。


「そういうことで、いいかい?」


 エステラが俺を見ながら言う。


「それはこっちのセリフだよ、『領主様』」

「では、君はボクと同じ意見だと判断させてもらうよ」


 抜かしてろ。


 あとは、ウーマロが決断するだろう。

 俺たちはそれを待っていればいいさ。


「やはは……やっぱり、いい街ッスね、四十二区は」


 そんなウーマロの言葉を耳に、俺はほっと安堵の息を漏らした。

 誰にも気付かれないように、こっそりな。




「ルシアさんに、感謝をしなければいけませんね」


 話が一段落し、重苦しかった空気が軽くなった頃、ベルティーナが静かに思いがけないヤツの名を口にした。

 ルシア?

 どっから出てきた、その名前?


「猛暑期には、次に来るのは年明けだとおっしゃっていたのに、トルベック工務店さんのあらぬ噂を耳にして忠告に来てくださったんですね」

「いや、あいつはミリィに会いに来ただけだろ」

「ふふ。それも、大きな目的の一つでしょうね」


 だが、決してそれだけではないと、ベルティーナは思っているようだ。

 変態にも人権を。さすがベルティーナ。シスターの鑑だな。


「ルシアさん、教会にも挨拶に来られたのですよ。餅つき大会に影響を与えたかもしれないと危惧されて、申し訳ないって」


 俺たちを三十五区へ呼んで餅つきを教えろと言っていたルシア。

 そのせいで、四十二区での餅つきに悪影響を及ぼすかもしれないと思ったらしい。それで、餅つきを楽しみにしているというガキが大勢いる教会へ挨拶に出向いたようだ。

 変なところで律義な。

 なら、三十五区での餅つき大会をなしにすれば、俺らもわざわざ出向かなくてよくなるのに。

 ……もっとも、今となってはジネットたちが楽しみにしているので、急に中止と言われてもモヤッとするんだろうけどな。


 けど、そうか。

 ルシアのヤツ、そんな気を遣ってくれていたのか。


「ルシアはさ、来るたびにアホみたいなことを言って、騒いで、迷惑ばっかりかけてくるからさ――裏でいいことしていたとしても感動が帳消しになるな」

「えっ、なんで!? その流れだと、『普段騒がしくて気が付かないけれど、裏ではちゃんとやってくれてるんだな』って感動するところじゃないの!?」

「え、なに、エステラ? お前、ちょっと気を遣われたくらいでルシアの普段の行動全部許せんの?」

「いや、……それは確かに、ちょっとムリかも」


 なにせ普段が酷過ぎるので、ちょっとくらいいいことしたところで、よくて帳消し、なんならちょっと足らないくらいだ。

 プラマイゼロ、むしろマイだ。


「盛大に持て成してもらわないと割に合わねぇな」

「では、普段から迷惑をかけられているボクも同行して、接待を受けるとしようかな」


 そんな俺たちの会話を、ジネットとベルティーナがくすくすと笑いながら聞いている。

 何がおかしいんだよ?


「ヤシロさんもエステラさんも、三十五区への出張が楽しみなんですね」


 はぁ?

 なんでそうなるんだ、ジネット?

 俺は持て成せと言っているんだぞ? プラマイでマイナス寄りなのを補填するために。


「エステラさんも、最近少しヤシロさんに似てきましたね」

「えっ!? 冗談やめてくださいよ、シスター!? 本気でへこみますよ」

「えっ、まだへこむ余地があるの、お前!?」

「……うるさいよ、ヤシロ」


 湯船の中から、サメの背びれのようににょきっと刃を覗かせるエステラのナイフ。

 お前な……体洗いタオルを湯船に浸けるなってルールがあるんだから、ナイフはもっとダメだろうなって分かりそうなもんだろうが。つか、分かれよ。


「何があると思ってナイフなんか持ち込んだんだよ……」

「水着とはいえ、君と混浴するんだから、これくらいの備えは必須だろう?」


 お前が言い出したことじゃねぇか、水着で混浴!

 言い出しっぺはホスト! 招かれた俺たちはゲスト!

 ホストならゲストを持て成せよ!

 無理だと分かりきっていても寄せて上げる努力くらいはしてみせろ!


「無理だと分かりきっていても寄せてガボゴボ……っ!」


 しーずーめーらーれーたー!


 ちょっと見ました、奥様!?

 この領主、人の頭に手を乗せて湯船に沈めましたわよ!?

 信じられませんわ! お野蛮ですことっ!

 お野蛮人ですわ!


「二人とも、お風呂ではしゃぎ過ぎるんじゃないさね」

「ロレッタさんみたいですわよ」

「ちょーっと、イメルダさん!? あたし関係ないのに被弾してるですよ!?」

「あぁ、ロレッタいっつも風呂で暴れるからなぁ」

「デリアさんも大概でしたよ!?」

「……デリアとロレッタが揃うと、お湯の減りが早い」


 あぁ、うん。

 なんか想像できるわ。


 なんだろう、こいつらの入浴シーンって、思春期男子が妄想するようなお色気ムフフなイメージじゃなくて、もっとサバイバルな感じなんだろうな。


「ヤシロさん、大丈夫ですか?」

「けほっ……大丈夫じゃないから、あいつを叱ってきてくれ」

「ヤシロさんが変なことを言うからですよ」


 おでこをツンと突かれる。

 まったく、ジネットは……エステラには甘いんだから。


「俺、各区の領主に、もっと優しくされてもいいと思う」

「ならまず、君が各区の領主に敬意を払って接するべきだよ。手始めに、ボクに敬意を表してみたまえ」

「同じ浴槽に浸かって敬意も何もないだろうが」

「う……、改めて言わないで。なんか、ちょっと照れるから」


 照れるなよ、言い出しっぺ。

 そういう顔をしていると、またナタリアにからかわれて……


「そういえば、ナタリアが静かだな」

「言われてみればそうだね」


 普段、給仕長は領主の脇に控え、存在感を消している。

 この区の給仕長は、領主の前に割り込んでくるくらい存在感を発揮しているが……今日は随分と大人しい。

 まさか、のぼせてんじゃないだろうな?


 と、辺りを見渡してみると、湯遊風呂にナタリアの姿を発見した。

 生唾ごっくんものの黒いセクシーなビキニを着た美女が、浅くぬるい子供風呂にしゃがんで水面を見つめている。


 何をしてんだと近付いてみると――


「『わ~、にげろ~、船だ~』……ふふ」


 お風呂のオモチャで遊んでいた。


「何やってんだ、お前は?」

「はっ!? ヤシロ様! 申し訳ありません、お出迎えの際はセクシーショットでと考えておりましたのに」

「うん、気持ちだけもらっとくから、この状況説明してくれる?」

「なんということはありません。明日からオープンですので、子供たちの遊び場に危険がないかを確認していたまでです」


 そういえば、今回の入浴は大浴場を運営するにあたり不備がないかを確認する目的もあったのだ。

 とりあえず、風呂には問題なく入れる。

 火傷する心配も少ない。

 危惧すべきは、湯あたりを起こすヤツが出そうなことくらいか。


 はしゃぎ過ぎて長湯をするヤツが続出しそうだ。

 たとえば、途中からずっと静かだな~っと思ったらサウナですっかりのぼせて床に寝転がって伸びているあそこのオメロのように。

 あ、ベッコがふらつく足取りで近付いていって、隣に寝そべった。

 あぁ、あそこ水風呂か。近くにいると涼しいんだろうな。


 あいつらなら、放っておいても大丈夫だろう。


「で、オモチャはどうだ?」

「貯金をはたいて、全種類購入することにしました」

「違う違う違う。お前が気に入ったかどうかはどうでもいいから、安全面に問題はないか?」


 なんか、めっちゃ気に入ったらしい。

 そういえば、ナタリアは何気に可愛いものが好きなんだよな。


「概ね問題はありません。……あ、申し訳ありません。エステラ様の前で『オオムネ』だなんて……」

「いいから、続けて」


 エステラがすーんって顔をしている。

 もうちょっと構ってやらないとナタリアが拗ねるぞ。お前のことが大好きなんだから、こいつ。


「このポンポン蒸気船というもののみ、取り扱いに気を付ける必要がありそうです。ある程度の年齢に達した子供と一緒でないと使用できないようにした方がいいかと思います」


 ポンポン蒸気船は火を使うからな。

 変なところを触れば火傷をしてしまう。


「それじゃあ、ポンポン蒸気船だけはカウンターで貸し出すようにしようか」

「その方がよろしいと思います」


 他のオモチャは、ずっと湯船に浮かべておく。

『西の湯』の所有物であるという証に名前を刻印して。持ち出しは禁止だ。


「可愛いですね、アヒルさん」

「金魚も、たい焼きみたいで可愛いです!」

「……マグダは、この子の髪を洗ってあげる」


 ジネットやロレッタがブリキのオモチャに興味を示す中、マグダが赤ん坊人形に食いついた。

 母親が赤ん坊にするように、優しく湯をかけてやっている。


 それを見てノーマが「へぇ……」と息を漏らした。

 マグダが他のどのオモチャにも目もくれず、真っ先に食いついたことに感心したようだ。

 作ってみたものの、本当にこんなので遊ぶのかとイマイチ信じきれていなかったのだろう。

 マグダは年齢的にちょっと上だが、リベカくらいの子供ならこぞってお姉さんごっこをしたがるだろう。


「ちなみに、男湯の方には合体ゴーレムがいるぞ」


 ロボットってのが伝わらなかったのでゴーレムということにしてあるが、要するに合体ロボだ。

 二体のロボットが合体して、一体の大きなロボットに変形する。

 ……といっても、付け外しが出来るだけで手の込んだギミックはつけていない。

 合体前のロボットも、明らかに合体ありきの歪なフォルムをしているのだが、まぁ、ガキにはちょうどいいチープさだろう。

 飾る用ではなく、遊ぶ用だからな。


「ヤシロさん、ヤシロさん! 見てください、雪だるまちゃんです!」


 湯に浮かぶ雪だるまを掬い上げ、ジネットが嬉しそうに見つめる。


「それに、あっちにも、ほら!」


 天井付近を指さし、そこに聳える大きな雪だるまの石像を見上げる。

 この大浴場の中で圧倒的な存在感を発揮している、ベッコ作の雪だるま君の大冒険をモチーフとした石像たち。

 天使や幻獣が点在し、なんともファンタジーな仕上がりになっている。


 ……俺が軌道修正させた。

 第一案はあまりにも雪だるま過ぎたからな。


「すごいですね」

「まぁ、驚くだろうな」


 見上げるほどに大きな石像が点在し、高い天井と広い浴槽が開放感を与える。

 ここは気軽に非日常を味わえる空間だ。


「運がよかったです」


 雪だるまの石像を見上げ、ジネットが微笑む。


「ヤシロさんと見られるチャンスは、きっと今回一度きりですから」


 俺が女湯に入ることは、この先もう二度とないんだろうな。

 ここが廃業でもしない限りは。


「陽だまり亭の風呂でよければ、いつでも混浴してやるぞ」

「うみゅっ!?」


 そう言うと、ジネットは赤く染まる頬を誤魔化すように雪だるま人形を顔の前に持ってきて言う。


「懺悔してください」


 雪だるまに言われた気分だよ。それじゃ。



 その後、すべての湯を試し、確認をして、大浴場の視察は終了した。







あとがき




先日、

出勤ギリギリまで寝ていて、若干寝ぼけながら家を出まして、

音楽でも聴いて目を覚まそうとワイヤレスイヤホンを耳に入れようとしたところ、

なんかまぶたが重いなぁ、

洗顔足りなくて目やにでも付いてんのかなぁ……とか思ってたら

目頭に思いっきりイヤホンを「さくー!」っとして

「ほにゃぁー!?」と結構な声量で奇声を上げてしまった宮地です。


タイミング悪くご近所さんに目撃されてしまいました……


なんかもう、右脳と左脳がせめぎ合ってバグを起こしたようです。


左脳「目やに取りたまえ」

右脳「OK、イヤホン差すよ~」

宮地「ほにゃぁー!?」

ご近所さん「びくっ!?」



朝から、なんなんでしょうか、もう……



朝はやっぱり、余裕を持って出かけるようにしないといけませんね。


小学生の頃、

冬場で寒かったので、母親が家族全員の服をこたつの中に入れて温めていてくれて、

私はお寝坊さんなので、ほぼ毎日寝ぼけながら着替えていて、

その日は特にギリギリだったので急いで着替えて家を飛び出していったら、


母親のパンストがズボンから尻尾のように……


その日一日「悟空」って呼ばれましたさ。



クラスメイトに寝ぼけて登校して、ランドセル忘れたヤツがいましたっけね。

先生に「お前は何をしに来たんだ!?」って怒られて、

「みんなの笑顔を見に来たんです!」って答えるような潔い男でした。


まぁ、職員室に呼び出されてましたけどね、ヤツ。



そういえば、

自分と年齢というか、年代の違う人と話をしていると

学校での思い出に結構なギャップがあるなと思いまして。


私より少し上の世代の人は、

給食に揚げパンが出たって言うんですよ。

揚げたコッペパンにきなことかココアパウダーを振りかけたヤツ。


私の世代にはそんな洒落た物出たことがなくて、

私らの前の世代で終わったのかぁ……とか思っていたら、

私の下の世代が

「あ、アレ美味しかったですよねぇ~」って!?



私らの世代だけなかったの!?Σ(゜д゜;)



え、なんで?

揚げパン禁止令とか発令されてました?

小中九年間で一回も出会ったことないんですけども!?


移動揚げパン屋さんを見て、

私一人だけ「懐かし~!」って会話に入れませんでしたけども!?


まぁ、懐かしかろうが馴染みがなかろうが、揚げパンは美味しかったですけどね!(もっしゃもっしゃ!)




あと、

私たちの世代って、結構先生に反抗というか、反論したりしていたんですよね。

荒れてませんよ?

全然荒れた学校じゃなかったんですが、

教師と生徒の距離が近いというか……


給食に納豆が出た時に先生が…………え、出ますよね、納豆?

ありましたよね?

まぁ、あったんですよ。


ただ、納豆は好き嫌いがはっきりしていて、

嫌いな人は本っ気で食べられない上に、かつて無理して食べさせられた女子生徒が体育の時間にリバースしてしまったことがあって、

それ以降、「納豆は、無理なら食べなくてよし!」というルールが出来まして。

……じゃあ、出すなし。

名物でもないのにさ――(宮地さん、水戸出身じゃないですよ)



で、納豆って結構数が残るんですね。

なので、欲しい人は持って帰って食べて~ってなって、

納豆好きな生徒が「ぅわ~い!」って持って帰るんですが、


一人、とてつもない納豆好きな先生がおりまして……



先生「じゃんけんな!? 一切手加減しないから! 勝負に勝って、根こそぎもらって帰るから!」

生徒「なにこの先生!? じゃんけん気持ち悪いくらい強い!?」



で、大人げなくじゃんけんで無双してごっそり持って帰るという……

そんな教師がいたり、



先生「なぁ、音楽の○○先生……彼氏いるのかな?」

生徒「本人に聞け!?」



恋に悩んでいたり、



生徒「お祖母ちゃーん! ……あ、間違えた。恥っず! 先生~」

先生「誰がおばあちゃんよ!?」

生徒「違う違う違う! 僕、お祖母ちゃんっ子だから! ほら、よくある先生を『お母さん』って間違えて呼んじゃう的なヤツのお祖母ちゃんっ子バージョンで――!」

先生「そんな言い訳通用しません!」



そのままショックで休職してしまったり……

いや、あれは本気で悪気なかったようなんですが、相手が悪かった。

とってもデリケートなお年頃の女性の先生で……


なんて感じで、

個性的な先生が多かったです、我が校。


ぜ~んぜん荒れてないんですよ?

穏やか~な、平和な学校なんですよ?


ただ、教師も生徒も、互いにボケとツッコミが思わず口を突いて出てしまうお国柄なだけで。



先生「授業の前に、先生一つ聞きたいことがあるんだけどな……先生の車のボンネットにタマゴ割ったの誰だ? 焼けないぞ、あそこでは」



クラスでちょっとやんちゃなボーイズが、

教員用駐車場で鬼ごっこしてた時に、

その先生の車のボンネットに触れちゃって


「熱っ!?」

「マジで!? タマゴ焼けんじゃね?」

「絶対焼ける!」

「じゃあ明日持ってくる!」


みたいなノリだったようで、

……怒られてましたねぇ。



先生「食べ物を粗末にするな!」

生徒「「「そこ!?」」」



いやいや、そこは結構大切。

うんうん、先生、間違ってないよ、うん。


それから、

『太陽の熱でタマゴを焼くにはどういう工夫をすればいいか』

みたいなことを調べてきて、次の授業の前にちょこっと教えてくれたような気がします。

太陽光で鉄板を熱すると何度まで上がって、

アルミホイルだと何度になって、

虫眼鏡を使って光を集めると何度になるから~みたいな。

推論だったのか、本当に調べたのか、

デッカい図を書いてきて教えてくれましたっけねぇ。


あぁいう先生の元で多感な時期を過ごしたから、

こういう大人になったんでしょうかねぇ、私。



いつでも、

余計なことに全力です!(☆>ω・)b



今宵も、スポブラは白とグレイ、どちらが至高かを考察して眠れぬ夜を過ごしております。

そして、朝うっかり寝坊して、

慌てて出社してイヤホンを目頭に「さくー!」


宮地「ほにゃぁー!?」Σ(>□<|||)

ご近所さん「びくぅっ!?」Σ(・ω・ノ)ノ!



うむ、早寝早起きを心がけましょう。


次回もよろしくお願いいたします。

宮地拓海

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[良い点] つまりこの章が無事に完結した暁には次章との繋ぎにウーマロ氏主人公の 『なんだか気に入らないからと罠に嵌められ組合を追放されたオイラのもとへ組合の偉いさんが戻ってこいとしつこく言い寄ってく…
[良い点] エステラのセリフ!! 「いや……それが本なら、内容を読まなくても大体ストーリー把握できるんだけど?」 この作品の題名! [一言] エステラのセリフ 「いや……それが本なら、内容を読まなく…
[一言] 揚げパンはなかったなー。 代わりにパインパンってのはあった
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