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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
第三幕

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469/821

271話 年の瀬は慌ただしく、賑やかに

 大衆浴場開店初日、四十二区に住むほとんどの者がそこへ詰めかけていた。

 俺は知らなかったのだが、着工直後から街はその噂で持ちきりだったらしい。

「またヤシロが面白い物を作るらしいぞ」と。


 ……俺じゃなくて、領主とトルベック工務店が作ったんだっつの。


 開店日が年末ってこともあり、どこのギルドもその日は仕事を休みにしたらしく、大衆浴場は朝から人、人、人の大混雑だった。

 まさに、芋を洗うような混みっぷりで、俺は真夏のプールを思い出していた。流れるプールと波の出るプールには、いつも人がぎっしりひしめいていたっけな。俺は絶対行かなかったが、ニュースでちらほら見た。

 だってほら、いくら人が犇めいていたってさ、四十二区と違って日本では水着美女のおっぱいに触れると犯罪だろ?


 ……あ、この街でも一緒か。そっかそっか、失念していた。


「くぁ~! 気持ちよかったぁ!」


 行列が出来る大衆浴場から、さっぱりした顔の大工が出てくる。

 こんなに混み合っていては、いくらデカい浴槽といえど足も伸ばせず大して寛げはしなかっただろうに、大工はこれまで見せたこともないような清々しい顔で上機嫌な様子だった。


「いやぁ、あんなに思いっきり湯を使えるなんて、最高だなぁ!」


 たらいで体を拭くのが普通のこの街の領民たちにとって、たっぷりの湯を頭から思いっきりぶっかぶるなんてのはそうそう体験できないことなのだ。

 オッサン共は川で水浴びとかしないしな。

 精々ガキどもくらいだ。


 川にはだいたい川漁ギルドの誰かがいるし、そんな場所で水浴びは出来ないのだろう。

 川を汚すと、怖ぁ~いギルド長が怒りに来るからな。


「サウナに入れなかったのだけが残念だが、時間制限がなくなったらまた入りに来るぜ」


 本日は、あまりに客の入りが多過ぎるため、一人あたりの入浴時間を三十分までとしてある。

 もっとゆっくりしてほしいのだが、こうでもしないとずっと入れないヤツが出てしまうし、日が暮れてしまう。

 事情を説明すれば、領民たちは快く受け入れてくれて大きな混乱は見られなかった。


 やっぱアレかな?

 お人好しの領主が――


「制限時間を設ける代わりに、今日は入浴料を半額にするよ」


 ――なんて言い出したからかな。

 バカだなぁ。初日なんて、サービスが行き届いていなくても、全然満足させられなくても、満額取ったってクレームなんか出ないのに。

 むしろ倍払ってでも「え、まだ行ってないの、大衆浴場? 俺、もう行ったぜ~」って自慢したいヤツが出るってのに。


 みんな平等に。

 みんなで一緒に。

 楽しいことを共有しましょう。


 そんなスローガンでも掲げてんのかねぇ、ここの領主は。



 そんなことを考えながら、俺は大衆浴場の外で出入りする客たちをぽへ~っと眺めていた。

 エステラに頼まれて、客の反応を見ているのだ。

 まぁ、もうすでに反応は上々だって分かったんだが、もう少し調査を続けるか。

 言い出しっぺだしなぁ、一応。


「おぉ~い、ヤシロぉ~!」


 モーマットが手を振りながらにっこにこ顔で駆けてくる。

 心なしか、ウロコのツヤがいつもと違う。


「すっげぇ気持ちいいなぁ、大衆浴場! 特にサウナ! あれはいいもんだ!」


 風呂上がり独特のちょっといい香りをさせてモーマットが熱弁を振るう。


「最初は、暑い部屋に入ってなんの意味があるんだって思ったんだがよぉ、オメロのヤツが限界までガマンすると世界が変わるとか言うからよぉ」


 オメロは昨日の試運転調査隊で倒れるまでサウナに入ってたしな。ベッコと。


「サウナから出た後の水風呂がなぁ、最高なんだよぉ!」

「分かった! 分かったからあんま近付くな! オッサンからいい匂いがしてると軽く殺意を覚える」


 そういうのは美少女から漂ってこそだろうが!


 どうやら、この街でもサウナは受け入れられたようだ。

 極限まで我慢して、我慢して、我慢して……我慢からの解放!


 あの快感たるや……うん、俺ももう少し空いたら入りに行こう。


「レジーナの作った石けんってのはいいもんだな。最初は『女じゃあるまいし、男が香りのいい石けんなんて』と思ったんだが、番台でお一人様一個プレゼントしててよぉ。折角だからってんで使ってみたら、見てくれよ、ほら! ウロコのツヤが全然違うだろう!? おまけになんだか、しっとり柔らかくなった気がするんだよなぁ、ウロコ」

「ウロコの役割果たせなくなってんじゃね、それ?」


 いいのか、ウロコが柔らかくなって。

 天然の鎧なんだろ、ウロコって。

 まぁ、モーマットならどんな防具を身に着けようが瞬殺されるんだろうけどな。


「新たな強敵が現れた時は、真っ先にやられてくれよ」

「なんの話だよ!? 絶対ヤダよ!」


 お前はそーゆーポジションだろうに。

『モブキャラ戦闘員C』くらいの立ち位置なんだから。


「で、なんの香りをもらったんだ?」

「ラベンダーだ!」

「女子か!?」

「いいだろう!? いい匂いだったんだからよぉ!」


 今回、大衆浴場の受け付け――番台にて、使い切りサイズの石けんを無償プレゼントしている。

 香りの石けんは贅沢品だからな。なきゃないで構わないものなのだ。


 だが、一度使うと「また使ってみたい」と思うし、なくなれば「あぁ、なくなっちゃった」と思うし、「これくらいなら、ちょっと奮発してもいいかな」と思うようになり、やがて「あって当然、ないと物足りない!」って風になればいつまでも売れ続けてくれる。

 その足がかりとしての試供品だ。


 香りは花の香りや果物の香り、ハチミツやミルクといったものまで多岐にわたる。

 はてさて、一番人気に輝くのは一体なにかな?


「気に入ったんなら、お前にお勧めの香りを教えてやろう」

「お、ヤシロのお勧めか。気になるな。なんの香りだ?」

「『メンズフルーティー』って言ってな?」

「オッサンの汗のにおいじゃねぇか!? 番台にいたハム摩呂に嗅がされて悶絶したんだからな、俺ぁ!」


 そうか、もう知っていたのか。

 見たかったなぁ、悶絶するモーマット。

 つか、番台に座ってんのハム摩呂なのかよ。

 それでいいのか? 初日だぞ?


 若干の不安を覚え、大衆浴場の入り口へ視線を向けると、――なんでここに居るのか――リカルドが嬉しそうなつやつやした顔で手を振っていた。


「おぉ、いたいた! おぉーい、オオバ!」

「モーマット、呼んでるぞ」

「俺じゃねぇよ! 明らかにお前だよ、ヤシロ! オオバって言ってんだろ!?」


 ちっ。

 なんでこう、オッサンにばっかり声をかけられるのか……


 エステラが――


「今日は入浴初体験の女性が多いだろうから女湯には近付かないように。不慮の事故は起こらないように注意喚起するけれど、……割と開放的でノリがいいからねぇ、四十二区の女子たちは……」


 ――みたいな乾いた笑顔で接近禁止を命じやがったせいだ。

 俺も女湯の方の調査がよかったなぁ! 


「いいな、アレ! ウチにも作れ」

「お前はルシアか」


 人の顔を見るなり平気な顔で命令してきやがって。

 やっぱ、この街の領主共はもっと俺を敬うべきだと思う。


「新しい物に飛びつく前に、『素敵やんアベニュー』はどうなってんだよ?」

「ん? あぁ、順調だぞ」


 もうかれこれ数ヶ月経ってるけども!?


「時間掛け過ぎなんじゃねぇの?」

「あのなぁ。通りを作り変えるほどの大工事だぞ? 時間が掛かって当たり前だろうが! 一体何棟の建物を建て替えると思ってんだ」

「ウーマロは、一週間と掛からずに大衆浴場を二棟作ったぞ」

「アレと比べるな! 規格外過ぎるんだよ、トルベックは!」


 リカルドから見れば、ウーマロたちは規格外に映るようだ。

 まぁ、「いや、陽だまり亭で一回大浴場を作ったッスから、ノウハウさえあれば規模が大きくなっても工期は短縮できるッスよ」とか、平気な顔で言われた時は「こいつ、マジか……」って愕然とした気持ちになったけどな。


 いくらトルベック工務店総動員と言ったってさぁ……陽だまり亭リニューアルの頃は、割と普通の速度だったと思うんだけど……え、俺ってそんなに無理を強いてる? 俺のせいじゃないよな? ウーマロのせいだよな、絶対。


「リカルド」

「んだよ?」

「俺、悪くないよな?」

「なんの話か知らんが、お前が悪くなかったためしがあるか?」

「けっ! お前に聞いたのが間違いだった! モーマット!」

「まぁ、ヤシロのせいなんじゃねぇのか? 知らねぇけどよ」


 なんてヤツらだ!

 憤懣やるかたない系男子か!?


「なんの話をしてるッスか?」


 そんな時、噂の男、ウーマロが現れた。


「ウーマロ、俺のせいかな!?」

「は? えっと……たぶん、そうなんじゃないッスかね? 知らないッスけど」


 お前もか、ウーマロ!

 非常に不愉快な気分になった俺は、今後もこいつらをアゴで使い続けようと心に決めたのであった。まる!




「ウーマロさぁ、『素敵やんアベニュー』の進捗ってどうなってんだ?」


 リカルドはバカなので、責任者であるウーマロに聞いてみる。


「あぁ、それならもうほとんど終わってるッスよ。というか、大まかな工事が終わった後は四十一区の大工たちに引き継いだッスから、領主様の方が詳しいと思うッスよ」

「ウチの大工に引き継いでいたのか、知らなかった」

「もっと興味持ってッス!?」


 詳しい事情はもちろん、大雑把な事情も把握していない四十一区領主に驚天動地なウーマロ。

 ウーマロ。お前基準で物事を考えるな。

 どーしよーもないバカってのは、どこの世界にも一定数いるもんなんだから。


「四十一区の大工は、女性を大量に登用してデザインを任せているんッスよ。女性目線のデザインやあると嬉しいワンポイントとか、女性の発想ならではのアイデアが盛りだくさんでなかなか興味深い仕上がりになっているッス」

「けどよ、トルベック。お前が作った方が早いだろう。お前がやれよ」

「……いや、今のやり方が、技術の継承とか、実地で経験を積むとか、新人を教育するとか、いろいろな面で四十一区にはベストな形だと思うッスけど……」

「そうかぁ? さっさと終わらせて次のこと始める方が面白いだろう。四十二区みたいによぉ」

「ヤシロさん! この人なんも分かってないッスよ!?」

「なんだ、そんなことも分かってなかったのかウーマロ?」


 リカルドはな、バカなんだよ。

 特に、自分が興味を持てないことにはな。


「それより、風呂を作りに来い!」

「いや、年が明けたら港の建設が始まるッスから」

「大丈夫だ! 空いている時間でちゃちゃっと作ってくれるだけでいい!」

「ヤシロさん、ヤバイッス! 今一瞬手が出そうになったッス!」

「我慢しなくてもよかったのに」


 物作りの大変さを知らないヤツはすぐに「だけ」とか「でいい」とか言うんだよなぁ。

 じゃあ、お前がやってみろっつの。


「まぁ、時間がないならしょうがないが、予約を入れさせてもらうからな。四十区よりウチが先だぞ! いいな?」

「そういうことなら、四十一区の大工に頼んだ方がきっと早いッスよ?」

「いいやダメだ!」


 無駄に太い腕を組んで、ガキみたいに鼻息を吹き出すリカルド。


「四十一区の大衆浴場第一号は、信頼できる腕のいい大工に任せたい! それを参考にウチの連中に作らせるから、一個だけ作りに来い。いいな?」


 何様目線でそんなわがままを抜かしているのかは知らんが、まぁ、今回だけは大目に見てやるか。

 隣の区の、言ってしまえば他人である領主が手放しに称賛を贈っている。


 リカルドとしては、いい物が欲しいという単純な発想なんだろうが、ウーマロにとっては、その「わがまま」が嬉しいのだろう。

 タイミング的にも、今だからこそ、ウーマロの心に響いたのだろう。


「…………ッス」


 ウーマロは、涙を誤魔化すように短く言って、嬉しそうに微笑んでいた。


 しゃーない。

 大衆浴場くらい作ってやるか。

 ここらへんで一番汗臭そうな区だしな。

 利益の一部を寄越すなら、素敵やんアベニューに相応しいオシャレなスパの提案をしてやろう。


「なにを男ばかりでむさ苦しい会合を開いているんだい?」


 肩をすくめてエステラが男湯の前へとやって来る。

 ズルいぞ! 俺には女湯への接近を禁止しておいて、自分は男湯の方へやって来るなんて!


「よし、持ち場交代だな! 任せとけ!」

「任せられるわけないだろう。向こうはナタリアが見ているから、手は足りてるよ」

「だからってお前がサボんなよ」

「この後の打ち合わせをしに来たんだよ」


 この後。

 大衆浴場オープンの騒乱が一段落したら、俺たちには次なるイベントが控えている。

 ……詰め込み過ぎだ、イベントを。


「そっちはジネットたちが準備してるからなんも問題ねぇよ」

「お、なんだオオバ? また何かやるつもりなのか? 俺も参加してやろうか? ん?」


 リカルドが話に割って入ってきて、俺とエステラは笑顔を振りまく筋肉領主を無言で見る。すーんって顔をして。


「……なぜだろう。ルシアの時みたいに『しょうがねぇなぁ』って気持ちが湧いてこない」

「うん。ただただ『何言ってんの、こいつ?』って気分だね」

「なんでだ、貴様ら!? 俺とルシア・スアレスは同格だろうが! 対等に扱えよ! むしろ付き合いが長い分、俺の方を優遇するべきだろうが!」

「あのね、リカルド……『好感度』って言葉、知ってるかい?」

「低いとでも言いたいのか、お前は!?」

「いいや。『微塵もない』」

「いろいろ世話してやってるだろうが!」

「………………は?」

「オオバ! お前が甘やかし過ぎるから、こいつが付け上がるんだぞ!? ちゃんと教育しとけよ!」

「なんで俺なんだよ……」


 エステラの教育は両親なりお抱えの家庭教師なりの仕事だろうが。

 もしくはナタリアあたりの責任だ。

 俺には一切の非はないし、責任も義務もない。


 俺はエステラの身内じゃないんだっつーの。


「ところでリカルド。こんなところにいていいの? 暇なの? 早く帰ればいいのに」

「お前、そーゆーところばっかりオオバに似るんじゃねぇよ!」


 バカだなぁリカルド。

 お前のバカさ加減がエステラをこうさせてんだっつーの。


「エステラ。素敵やんアベニューがまだ完成してない上に、こいつ進捗をまったく理解してないんだとよ」

「何やってんの? やる気ないなら領主の座を誰かに譲れば?」

「バカヤロウ! 俺は忙しいんだよ。一つのことにかまけている時間はねぇんだ」

「ハロウィンと運動会で大はしゃぎして、おなら祭りとかいうしょーもないイベント画策してたくせによく言うよ」

「そ、それは…………っ!」


 楽しそうだったからつい。――とは、言えないよな。

 口を閉じておけ。どーせろくな言い訳も思いつかないんだろうし。


「いいかい、リカルド? イベントとか開発っていうのは、思いつきでなんでもかんでも実行すればいいってもんじゃないんだよ? 一年の始まりにしっかりと計画を立てて、管理するのが領主の務めなんだ」

「おぉ、ブーメラン投げるのうまいなぁ、エステラ。自分に突き刺さってるぞ」


 湧いて出たイベントになんでもかんでも飛びついているお前がよく言うよ。

 まぁ、飛びつかざるを得ないように俺が仕向けてるんだけどな。


「まぁ、ボクの手腕を見習って、領主としてのスキルを磨くといいよ」

「黙れ、年下。後輩」

「追い抜いちゃってごめんね~」

「抜かれてねぇわ!」


 あぁ、こいつら、仲が悪いんじゃなくて互いにマウント取りたいだけなんだ。

 仲いいじゃねぇか、幼馴染ども。

 しかし、エステラのヤツ、リカルドの前でだけは性格がひねくれるよなぁ……


「リカルド。よかったな、特別扱いしてもらえて」

「特別見下されてる気しかしないんだが?」


 そりゃそうだろう。

 特別見下されてんだから。


「あの、エステラさん……」

「ん、なに――あ、ウーマロか。ごめん、あっち向くね。で、なに?」

「おい、オオバ。なんだ、この奇妙な風景は?」

「四十二区の平凡な日常の一コマだ」


 互いに背を向けて会話を交わすエステラとウーマロ。

 もうすっかり慣れたもんだな、こいつらも。


「素敵やんアベニューには大衆浴場が必要だと思うんッス」

「素敵やんアベニューに?」

「日替わりの湯とか、きっと女性は喜ぶッスし、運動した後汗を流せる場所があれば多くの人が利用すると思うッス」

「確かに、あると喜ばれるだろうね」

「だから、港の建設の合間に、人員を割いて大衆浴場の建設をさせてほしいッス」

「えっ、リカルドのために!? なんで? もったいない」

「もったいないってなんだ、エステラ、貴様!?」


 まぁ、確かにもったいないんだが……ウーマロがやりたがってんだよな、これが。


「リカルド。ウーマロに何か賄賂でも渡したのかい?」

「何もしてねぇよ」


 まぁ、賄賂があったとすれば――ウーマロがもらったのは尊厳かな。

 嬉しかったんだな、信頼してもらえたのが。


「まぁ、ウーマロが出来るってんならやらせてやればいいんじゃないか?」

「そうだねぇ、ウーマロならこっちの仕事を蔑ろにしたりしないだろうし」

「……やはは。ありがとうッス」


 エステラからの全幅の信頼に、くすぐったそうに身をよじるウーマロ。

 互いにそっぽ向いてるから、エステラの背後でウネウネしているキツネという奇妙な絵面になっているけれども。


「まぁ、君に任せるよ。港を最優先にしてくれるならね」

「それはお約束するッス!」


 こうして、素敵やんアベニューに大衆浴場が出来ることとなった。

 レジーナに言って、温泉の素と石けんとシャンプーの増産を急がせよう。

 あとはブリキのオモチャだな。


「たださぁ」


 ぽつりと、エステラが呟く。


「水、どうするの?」


 四十一区には川がない。


「そ、それはッスね……」


 ちらりと、リカルドを窺いみるウーマロ。

 視線に気付き、リカルドは胸を張って堂々と言い放つ。


「狩人にはパワーがある! いくらでも汲みに行けばいい!」


 ……あぁ、こいつは何も分かってない。

 俺とエステラ、そしてウーマロはまったく同時にこめかみを押さえ、まったく同時にため息を吐いた。






「はっはっはーっ! なんだこれ!? すっげぇおもしれぇ!」


 バカ筋肉がテカテカした顔で餅を搗いている。

 ……ついてきやがった。くそ。


「元気がいいな、エステラの『お友達』」

「やめて。ボクの名誉に傷が付くから」

「うふふ。酷いですよ、お二人とも」


 にこやかに、ベルティーナが俺たちを叱る。

 先生、正当な仲間外れは個人に許された権利だと思います!


「みなさんで、仲良くいただきましょうね」


 この教会では、仲間外れはダメらしい。



 というわけで、本日は教会で餅つき大会が開催されている。

 どいつもこいつも参加したいと言い出して、結局こんな年の瀬ギリギリになってしまった。

 去年もこの時期だったし、恒例になるかもな――年末の餅つき大会。

 ……で、その流れで何人か陽だまり亭に泊まりに来るんだろう? もう、諦めたよ。好きにすればいい。


「ヤシロさ~ん。もち米が蒸し上がりましたよ~!」


 現在、リカルドがアホみたいに杵を振るいまくっている臼とは別に、スタンバイされた臼と杵があと4セットある。

 やりたがるヤツが大量にいる上に、大量に食べたがっているヤツがいるからな。

 食べたがっているヤツが大量にいるんじゃなくて、「大量に食べたがっている」シスターがいるんだよ。臼五個体制でも足りるかどうか……


 経験者でうまく回してどんどん餅を量産したいってのに。


「アホのリカルドは遠慮を知らないからな」

「一人で臼を一つ独占しちゃってさぁ……まったく、リカルドは」

「いいじゃないですか。子供たちも楽しそうですし」


 呆れて嘆息する俺とエステラを宥めるようにジネットがフォローを入れる。

 確かに、乱打と呼ぶに相応しい餅つきを披露しているリカルドの周りにはガキどもが群がり、そのパワフルでダイナミックな動きに声援を送っている。


「すっげぇ! めっちゃ速~い!」

「音、すご~い!」

「力持ち~! すごいねぇ~!」

「はっはっはっはっ! 子供らは素直で可愛いもんだなぁ! おい、貴様ら。間違ってもオオバみたいな大人にはなるんじゃねぇぞ!」

「「「なかなかやるじゃん、リカルドのくせに~!」」」

「くっそ、もう手遅れかっ!」


 リカルドに「がぁ!」っと牙を剥かれたガキどもが「きゃははは!」と楽しげに逃げ出す。

 蜘蛛の子を散らすように、リカルドの周りからガキどもがいなくなった。


「おい、いじめるなよ、リカルド」

「やかましい! 八割方貴様のせいだろうが、オオバ!」


 なんで俺のせいなんだよ。

 ガキどもが誰に憧れるかなんざ、俺の知ったこっちゃねぇよ。

 ただまぁ、少々カリスマ的過ぎちゃう俺にも、多少は罪な部分があるかもしれないけどな、あっはっはっ。


「はいはい。くだらない争いはそこまでにして――リカルド、もうそのお餅は出来てるよね?」

「ん? あぁ、たぶんな。粒はなくなってるが、一応確認をしてくれ」

「どれどれ……、うん。上出来だよ。お疲れ様」

「お……おぅ」


 エステラからの素直な激励に、言葉を詰まらせるリカルド。

 モテない男子中学生が好きな女子に話しかけられた時みたいな顔してんぞお前。


「じゃあ、次はこれね」


 と、餅を取って空いた臼に蒸したてほかほかのもち米を投入するエステラ。


「お腹を空かせた子供たちと、お腹を空かせた大工たちと、物凄くお腹を空かせたシスターがいるから、急ぎでよろしくね」

「待て! 貴様、俺をアゴで使う気か!?」

「リカルドがいると助かるなー。やっぱり力じゃ敵わないやー。頼りになるなー」

「テメェ、そんな棒読みのセリフで俺を乗せようなんざ…………ちっ、今回だけだぞ!」


 乗せられたぁ!?

 え!?

 マジで!?

 チョロっ!?


「あいつ、遊郭に連れて行ったら、一晩で破産しそう」

「ダ、ダメですよ、そんなところへ行っては……っ」

「行かねぇよ」


 焦るジネットに苦笑が漏れる。

 つか、ないだろ、そんな店。見たことないし。

 ……え、あるの?


 …………あるの、か?


「ヤシロさん。……め、ですよ」


 頬っぺたをつねられた。

 餅のように。もち~ん、と。


 ……あるんだ。


 今度ハビエルにでも聞いてみよう。

 ……いや、俺の知る中で、一番穢れた大人は誰かなぁ~って想像した時に思い浮かんだのがハビエルだったもので、つい。


「……リカルド。お餅つきはエンターテイメント」

「その通りです! 掛け声が必須です!」



 厨房からマグダとロレッタが出てきて、ひたすら杵を乱打するリカルドにダメ出しをする。

 その隣に陣取って、手本を見せてやるとばかりに杵を構えるマグダ。ロレッタは餅をひっくり返す係だ。


「……ロレッタ、準備はいい?」

「任せてです! ぽっと出の力任せな領主さんに、本物の餅つきを見せてあげるです!」

「……あーゆーれでぃ?」

「いぇ~いです!」

「……スタンバイOK?」

「出来てるですよ!? どっか気に入らないところあるですか!? どこで躓かれてるか、皆目見当がつかないですよ!?」


 マグダの尻尾が嬉しそうに天を衝く。

 構ってもらえて嬉しいらしい。


 そして、びしっと杵をこちらへ――エステラへと突きつける。


「……マグダたちの餅つきを、我らが領主様に捧げる」

「……へ?」


 急に言われて、エステラが目を丸くする。

 二秒ほど経つと、口元が嬉しそうににや~っと緩んでいく。


「リカルドばっかりが目立っているから、気を利かせてくれたのかなぁ、マグダ? うふふ、可愛いなぁ」


 マグダはそういうところで非常に気が利く娘ではあるのだが……たぶん違うぞ。


「……いざ」

「参るです!」

「……はぁ~っ」

「「ぺったん、ぺったん!」」

「むぁああっ、そーゆーことか!?」


 うんうん、そーゆーことだ。


「よかったな、領主様☆」

「うるさいよ。君のせいだからね、あの二人があぁなっちゃったのは!」


 だから、なんでもかんでも俺のせいにするなっつーの。


「そいじゃあ、お子たち。順番に並んで、餅つきを始めるさよ」

「ちゃんとあたいらの言うこと聞くんだぞ! でないとケガするからな!」

「「「はぁ~い!」」」


 ノーマとデリアが空いた臼でガキどもに餅つきをやらせてくれる。

 うんうん。任せられる人材がいるととても楽だ。


「みんな、楽しそうですね」

「豪雪期に一回やったろうに……」

「それでも、楽しいことは何度でも嬉しいものですよ」


 そんなもんかねぇ。

 かくいうジネットも、楽しそうにしている。

 ガキどもの「ぺったん、ぺったん」の声に合わせて体を揺すって。

「ぺったん」「ぷるるん」「ぺったん」「ぷるるん」と揺れている。


「餅つき、楽しいなぁ~!」

「なら、餅つきに視線を向けるよ・う・に!」


 エステラが俺の首を強引に臼へと向け固定する。

 やめろ! 俺には見守っていなければいけないものがあるんだ!

 ベルティーナにも、ジネットを見守ってやってくれと頼まれているんだ!

 見守りたい、揺れるその胸を! 「ぷるるん」「ぷるるん」をっ!


「さぁ、残り一個はオイラたちがやるッスよ!」

「「「へい、棟梁!」」」

「その前に、今はマグダたんの華麗な餅つきを堪能するッス!」

「「「ぶーぶー!」」」

「うっさいッスよ!」


 ウーマロも元気そうだ。

 心なしか、大工どもがはしゃいでいるように見えるのは、昨日の話を伝え聞いたからかもしれないな。


「あれ、棟梁? なんか姿勢歪んでないっすか?」

「ガスライティングやめろッス! 歪んでないッスよ! ご近所のお婆さんに『いつも背筋伸びてて「いなせ」ねぇ』って言われてるッスよ!」


 お前、そんなこと言われてんのか。

 確かにウーマロの背筋はピンと伸びていて姿勢も綺麗だが……狙われてないよな、その婆さんに? 気を付けろよ。特に風呂上がりとか。この街のババアども、時にアグレッシブだからな。「爺さんの若い頃にそっくりだわ」とか言い出したらダッシュで逃げろ。地の果てまで逃げろ。


「大工さんたち、明るいお顔になられましたね」


 ぽつりと、ジネットが呟く。

 まぁ、言われてみれば、陽だまり亭の浴室や大衆浴場を作っている時の連中はどこかやけっぱちに見えなくもなかったかもしれない。

 おそらく、ウーマロやヤンボルドが連中を鼓舞していたんだろうな。

 その責任をトップだけで背負って。


 無茶し過ぎだ。


「しょーがねぇ。ジネット特製の、美味い餅でも食わせてやるかぁ」

「はい。では、腕によりをかけて作りますね」


 連中には何よりの褒美になるだろうよ、美少女の手料理なんてもんは。

 せいぜい、来年も気張りやがれ。


「ぺーったん! ぺーったん!」


 威勢のいいガキどもの声が響く。

 三十五区で披露する新商品の試作も兼ねて、ジネットが張り切って味付けをしている。

 マグダとロレッタも、三十五区でのお披露目に向けた練習のつもりなのか、いつにも増して真剣に取り組んでいる。

 エステラはと言えば、のんきな顔でお汁粉を啜っている。


 いつもと同じように見えて、やっぱりどこか違う雰囲気なのは年の瀬だからだろうか。

 どことなく、どいつもこいつもいつもよりちょっとだけはしゃいでいる気がする。


「こういうの、ギルベっちゃん、絶対好きですよね」

「……うむ、やらせると喜びそう」

「では、私も。ギルベルタさんに後れを取らないよう練習しておきましょう」


 ナタリアが負けず嫌いの片鱗を覗かせつつ餅つきに参加したりする中、日は着々と暮れていく。

 空が赤く染まって、藍色が広がっていき、やがて夜になる。


 そんな変化を眺めながらふと思う。



「あぁ、今年も終わりだなぁ」



 そんな、誰に聞かせるでもない呟きを拾って、ベルティーナが俺の頭をぽんぽんと撫でた。


「お疲れ様でした。また来年もよろしくお願いしますね」

「……ま、ほどほどにな」

「はい。ほどほどに」


 餅つき大会は夜中まで行われ、ありったけのもち米を餅へと変えた。

 乾燥させて切り餅を作り、鏡餅を作り、一部はおかきの生産へと回される。


 なかったものが誕生して根付くってのは不思議な気分だ。

 なんとなく、実家の雑煮が食いたくなった。

 ジネットに頼めば作ってくれるだろうか。



 そんなことを思いながら、今年は暮れていった。







あとがき




ブリオッシュを探し続け、近隣三駅くらいの範囲のパン屋をさまよい歩き

それでも見つからなかったのでちょっと遠い駅まで電車で行って

初めてブリオッシュ&ジェラートを食べた翌週

最寄り駅の駅ビルに『マリトッツォ(ブリオッシュに生クリームを挟んだクリームパン)』が発売されました。



いや、タイミングよっ!?Σ(゜Д゜;)



当然、そのパン屋さんにも行きましたよ。

店員さんにも聞きましたよ、「ブリオッシュありますか?」って!

「ないです」って言ってたさ!


二~三年くらい前のネット記事だか誰かのブログだかで、

「ここのブリオッシュが美味しい」って書いてあったから行ったら

今はやってませんと。

じゃーしかたないかーって思ってたら、


私が念願叶って食べた翌週に!?Σ(゜Д゜;)

最寄り駅で!?Σ(゜Д゜;)


いや、先日食べたブリオッシュ&ジェラート美味しかったからいいですけども!

近所で見つけていたら、あのブリ&ジェラには出会えませんでしたものね。

運がよかったのだと思いましょう。


ブリオッシュ&ジェラート、略して『ブラ』!

美味しかったよ『ブラ』!

ナイス『ブラ』!


『ブラ』大好きっ!(*´ω`*)



というわけで、なかなかタイミングが悪い宮地です。

この前も、コップに入ったお茶を飲もうとしたんですが、

コップに口を付ける前にコップを傾けてしまって、ばしゃーって、ズボンに……

コップを傾けるタイミングが悪かったんですね。



……ん、それはタイミングが悪いというより老化、ですか?



確かに、最近蝋化が酷くて……近くに閣下が潜んでるんじゃないかと思うほどです。



閣下「お前を蝋人形にしてやろうかぁ~!?」



あぁ、蝋化じゃなかった!?Σ(・ω・ノ)ノ!


蝋化はしてませんが、老化はしてるかもしれませんね……

執筆の合間にキッチンへ行って、何しに来たのか忘れるなんてしょっちゅうですし。



「え? 何しに来たっけ!? 喉? 渇いてない。小腹? 減ってない! じゃあ、キッチンに一体なにが!?」(; ・`д・´)



みたいなこと、あると思います!

えぇ、皆様にも。

まだないよ~という方、……すぐですよ、すぐ。

あっという間です。



先日、朝、

仕事に行く直前に


「あれっ!? 定期がない!?」(;゜Д゜)


と気付きまして、大慌てで部屋中探し回っても見つからず、

カバンの中も机の中も探したけれど見つからず、

思わず井上陽水さんと踊って夢の中へ行きかけてしまいそうになりましたが

それどころではないので探し回って、


「絶対昨日カバンに入れたのにぃ!」(;>△<)


と、半泣きになりながら、カバンの中身を全部ひっくり返して

中に入ってたヤツ一個ずつ取り出して確認して、


「財布、ケータイ、i-Pod、定期券、カギ、折りたたみ傘! なんでないの~!?」


って泣きそうになりながら部屋をうろうろガサガサしていて、

ふと、


「あれ、何探してたんだっけ!?」Σ(゜Д゜;)



床に並べた持ち物を見渡すと、必要なものは全部揃っている。

けど私は確かに何かを探していた。


「えっ!? 何がないの!?」Σ(゜Д゜;)


……そんなことが、いつかあなたの身にも起こるのですよ。

いつかきっとねっ!


それで、もやもやしたまま仕事して、

帰りの電車辺りで、「定期探してたんだ!? ……いや、あるじゃん!」

――って、気付いたりするんです。


毎日毎日、サプライズの連続ですよ。

ドキドキが止まりません。

これはスリル? それとも動悸息切れ?


こうして、大切な思い出もどんどん失われていくのでしょうか……


あぁ、そういえば、

大衆浴場が完成した時の話で、

銭湯の前でヤシロと話をしていたはずのモーマットが、

エステラが出てきた途端、まるでいないかのように存在感がなくなりましたけれども……


あれも、モーマットがいたことを忘れてしまったせい、なのでしょうか……



モーマット「いや、ヤシロたちの話に関わると、いっつもこっちが損するから距離取っただけだぞ……」



影が薄いんでしょうか!?

いてもいなくてもどっちでもいいんでしょうか!?

ラッキースケベのお零れにあずかれない呪いにでもかかっているのでしょうか!?


モーマット「正直に言えば、俺もヤシロたちと女湯の方で水着で混浴したかったけども!」

ロレッタ「……うわぁ」

マグダ「……ないわぁ」



そうやって、嫌われていく呪いにかかっているのでしょう。

まぁ、モーマットだから別にいいんですけどね☆



老いるというのは、悲しいことですね……

小学生の頃は物忘れなんて…………あぁ、そういえば

あまりに忘れ物が多過ぎて

「この次忘れ物したら反省文書かせるからな! 今日は忘れず持ち物チェックしてから寝ろ!」

って言われたのをすっかり忘れて、翌日盛大に忘れ物をして反省文を書かされましたっけ……


あ、あんま変わってない(*´∇`)

な~んだ、よかったぁ。

老いたのではなく、ただただ成長してないだけでした。


ゼルマルの爺さんではなくエステラさんタイプでs……サクー


…………あとがきでは、久しぶりに刺されました。



反省文、なんて書いたんでしょうかねぇ。

内容なんかすっかり忘れていますけど、


たぶん、


反省、してなかったんでしょうねぇ( ノ^▽^)ノ



物覚えは結構いいんですよ。

すぐ忘れるだけで。

物忘れがいいんですよねぇ、私ってば。



きっと、いろんなこと忘れてるんでしょうねぇ……


え?

初めて見た透けブラの色ですか?

水色です!(o^-')b


驚きましたねぇ。

去年の秋口まではそこになかったものが、

冬、春を越えて、分厚い上着を脱ぐ季節になったらいたんですから!


 |⊥⊥|


後ろから見ると、こんな感じでね!

うっすらとね!


あの衝撃は忘れません。

当時はベストなんてなかったですからね。

チョッキって呼んでたんじゃないですかねぇ、たぶん。

制服にベストが含まれるようになったのは、私が卒業した翌年だったそうです。


あのころ、ミュールのことを『ヘップ』って呼んでたなぁ……



そんなどーでもいいことはばっちり覚えているんですけどねぇ。




もし、どこかのシーンで

「確かにそこにいるはずのモーマットさんの存在感、完全になくなってますよ!?」みたいなことがあればご一報ください。

登場シーンから全カットして、最初からいなかったことにしてやりますから!



モーマット「言うなよ、読者諸君! 絶対報告するなよ!?」

ハム摩呂「それが人に物を頼む態度かー!?」

モーマット「お願いします、このとーり!」



というわけで、

モーマットをアッスントと書いてしまいがちな宮地さんでした。



次回もよろしくお願いいたします。

宮地拓海

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― 新着の感想 ―
[良い点] 近所に若い衆がほとんど居なかった為、餅つきにはよく駆り出されました。 地味に腰に来るんですよね、アレ。 あの頃あの場所にリカルドさんさえ居れば、腰痛に悩まされる事もなかったですのに……
[一言] リカルドって、誰だっけ…と、既に記憶から消えかけていました。 結構出番多いし目立つはずなのに…
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