262話 ブロッケン現象
ブロッケン現象。
山岳地帯や霧の多い地域で稀に見られる現象で、背後から日光が差し込むことで物体の影の周りに丸く虹が架かる現象のことを言う。
飛行機に乗っている時に、雲に映る飛行機の影が丸い虹に囲まれているとか、朝靄立ちこめる山の頂で、自身の影が虹を背負って後光が差しているような神々しさを放っているとか、そんな話はいろいろ聞かれる。
また、それに付随し、自身の影を『別の何か』と見間違えてちょっとした騒ぎが起こったりもするようだ。
所謂『ゴースト』、幽霊と見間違えられることもあるらしい。
「見てください、ヤシロさん。畑にわたしの影が立っていますよ」
霞が立ちこめる四十二区。
ジネットが日光を背に浴びて、モーマットの畑に浮かぶ自身の影に向かって両手を振っている。
影もジネットに倣い、同じポーズで手を振り返している。
静かに風が吹き、霞が流れると、そこに映っていた影はゆらりゆらりと波打つように形を変える。
「あ、これだったんだ。踊ってるように見えたの」
パウラが納得の声を上げる。
両手を上げて踊るモーマットと、その隣に立って気をつけのままで体を揺らしていた謎の人影は、誰かがそこにいると思って両手を上げて挨拶していたパウラと、その隣に立っていたネフェリーの影だったのだ。
それが霞に映り、風に揺れてくねくねと踊っているように見えたというわけだ。
「……ってことは、あたし、モーマットさんと自分の影を見間違えたってこと……」
「パウラさん、また太ったですか?」
「太ってないわよ! デリア体操、毎日してんだからね!」
霞は毎秒形を変える不確かな存在だ。
そこに映る像は、スクリーン代わりの霞の動きに合わせて揺らめき、大きくも小さくもなる。
あと、光の浴び方によって、実物よりもかなり大きな影が映し出されることもあるのだ。
なので、別にモーマットと見間違えたからといって、パウラが小太りというわけではない。
畑にいるのはモーマットって先入観もあっただろうしな。
「では、凄まじい速度で移動したように見えたのは、霞が晴れて、その奥の霞に影が映ったから、というわけでしょうか?」
「そういうことだろうな」
風に流される霞は、同じ密度で広がるわけではない。
濃度の濃いところも薄いところもある。
濃いところには影がはっきり映るし、薄ければそこでは像を結ばないこともある。
光は同じ方向から差しているわけだから、スクリーンが遠くなればその分影は小さく見えるし、実際に遠くに像を結ぶ。
それが、瞬間移動さながらの高速移動に見えたのだろう。
急接近してきたように見えたのも同じ理由だ。
「なるほどね。だから、西から東へ向かっていたデリアは『追いかけられた』と思い、東から西へ向かっていたボクたちやパウラたちは、道の向こうに誰かいると錯覚したんだね」
「だろうな。朝陽は東から射してくるしな」
俺の説明を聞いているのかいないのか、そこにいた面々は皆、自分の影を霞に映してブロッケン現象を起こそうと躍起になっていた。
なかなか成功してないみたいだけど。
「けど、こんなの初めて見たよ」
「俺だって、実際に見るのはすげぇ久しぶりだ」
過去に目撃したのは二度。
親方と山に登って山頂で一泊した時と、吹雪の日に国内線の飛行機の中から見た時の二回だけだ。
「背後から光を受けるって条件が難しいからな。本来は、こんな崖の下でほいほい見られる現象じゃねぇんだよ」
「では、今年これを見られたわたしたちは幸運なんですね」
「……では、大至急教会へ行ってくる」
「そうです! 子供たちにも見せてあげたいです!」
「よし! あたいも一緒に行ってやる!」
「顔ぶれが不安しかないから、アタシも付き合うさね」
言うが早いか、四人は物凄い速度で駆けていった。
日が昇ってしまう前でなければ見られない。
霞がなくなれば見られない。
そんな説明をしたからだろう。
マグダもロレッタもデリアも、大急ぎでガキどもに教えに行くつもりらしい。
で、そんな三人を野放しには出来ないと、ノーマが同じ速度で駆けていった。
うん。今年、ノーマを呼んでおいてよかった。
「では、わたしたちも行きましょうか」
「朝飯、まだなんだけどなぁ」
「では、食材を持っていって教会でいただきましょう」
「結局寄付に行くのかよ……」
日が出ているので、教会の飯はもう終わっているかもしれない。
厨房と談話室を借りて、俺たちだけで飯を食わせてもらおう。
見返りとして、教会の雪かきを手伝わせればいいだろう。ウーマロやベッコあたりに。
「では、ソリを用意してきますね」
「ジネット氏! 拙者も手伝うでござる」
「ワタクシも行かなければいけないのですわね?」
「朝飯が遅くなってもいいなら、陽だまり亭で待っててもいいぞ」
「行きますわ。一人で留守番など、退屈ですもの。ただし、雪道を歩くのは苦手ですので、ソリに乗せてくださいまし!」
「うん。途中で落としたらごめんね」
にっこりと笑うエステラ。
わぁ、こいつワザと振り落とすつもりだ。
そんなことをやり始めると、デリアとかロレッタがマネし始めて飯がどんどん遅くなるぞ。やるなら、飯の後でな。……って、なんか母親みたいだな、俺。
「しまった。力持ちが全員先に行ってしまった」
「しょうがないよ。みんなで分担して荷物を運ぼう」
ネフェリーが慰めるように俺の肩を叩く。
ネフェリーとパウラは獣人族だけれどパワーはない。
ベッコもそうだし、マーシャは歩行すら出来ない。
イメルダとジネットは荷物運びには向かないし、頼れるのはナタリアとエステラか。
「じゃあ、エステラはマーシャとイメルダを頼むな」
「待って! ボク食材運搬係がいい!」
「『ナイチチペッタン号』! 早くソリをお曳きなさいまし」
「わぁ~、エステラ、馬車のお馬さんみた~い☆」
「そんな名前の馬はいないよ!」
エステラと仲良しなマーシャとイメルダ。
雪を投げつけ合ってじゃれている。
……ふふふ。これでエステラは進んで食材を積んだ重いソリを曳くことだろう。
単純に「ソリを曳くのを手伝え」とか言ったら「えぇ~」とか文句を言うんだ、あいつは。
だが、今回は自分から「食材のソリがいい!」と立候補したわけだ。
これで、張り切ってソリを曳いてくれるだろう。
「見事な手腕です、ヤシロ様。今後、活用させていただきます」
ナタリアには、俺の思惑が伝わったらしい。
存分に活用するがいい。
「ウーマロ。ソリを荷物用からマーシャ用に改良できるか?」
「水槽ッスか?」
「そんなもん積んだら、ここにいる誰にも曳けなくなるだろうが。座席でいい。さすがに、木の板に座らせるのは可哀想だから、ちょっとした椅子を付けてやってくれ」
「わぁ~、ヤシロ君やさしぃ~☆」
「ちなみに、何かリクエストはあるか?」
「ウロコが傷んじゃうとイヤだから、柔らかい座席がいいなぁ~☆」
「では、毛布をお持ちしますね」
「濡れてもい~の?」
「構いませんよ。今年は、毛布をたくさんご用意しましたから」
確かに、陽だまり亭でもいくつか買い込んだが……
こっそりとイメルダに借りている毛布を使おう。そうしよう。
「イメルダ。相乗りでいいよな?」
「構いませんわ」
「うふふ~。木こりのお嬢様と、愛のらんでぶ~☆」
「もれなく一人、ソリ係がついてくるけどな」
駆け落ちしても一人余分なヤツが付き添うことになるぞ。
「それじゃあ、五分で仕上げるッス!」
「あたし何か手伝おっか?」
「ぅへぅい!? じゃ、じゃじゃじゃ、じゃあ、い、椅子の座り心地の、調整を、おおおお、おねががががいがいがー!」
んばっと逃げ出すウーマロ。
まだダメか。
パウラとは、そこまで会話してないからなぁ。
「え~っと、何すればいいって言ってた?」
「マーシャと一緒に椅子の調整すればいいんだって。ほら、私も手伝うからやっちゃお」
「すまないねぇ~、二人とも~☆」
「嬉しそうな顔しちゃって」
「嬉しいんだも~ん☆」
マーシャがパウラやネフェリーと楽しげにしゃべっている。
なんとなく新鮮な風景だ。
なんだかんだ、水槽荷車という枷があるから、向こうから近付いてこない者とは会話がしにくいマーシャ。
今回はいろいろ特殊な環境だから、距離も近付くだろう。
ウーマロの宣言通り、ソリの改良は五分で終わり、山盛りに食材が積み込まれたソリを、エステラがえっちらおっちらと曳き始める。
マーシャとイメルダの『お荷物コンビ』を乗せたソリはナタリアが曳く。
俺たちは、ソリ係が疲れた時の交代要員だ。
ジネットは飯係なので、疲れさせるわけにはいかないけどな。
そうして、雪のせいで普段の五倍くらいの時間をかけて教会へたどり着くと――
「うはぁあ! 見てです! あたしの影、すっごい大きく映ってるです!」
「体も態度もデカい、巨大姉やー!」
「「「ロレッタねーちゃん、すげぇーーー!」」」
「「「普通にすげぇー!!」」」
「誰です、今『普通』って言ったの!? 聞こえてたですよ!」
――教会の前がお祭り騒ぎだった。
あ~ぁ、まだ雪かきも終わってないのに、雪まみれになって……
「シスター!」
「ジネット。おはようございます。ヤシロさんも、みなさんも、おはようございます」
「「「おはようございまーす!」」」
笠地蔵よろしく、食い物の山をソリに乗せてやって来た俺たちを、ベルティーナは歓迎してくれた。
事情を説明して、厨房と談話室を貸してくれないかと頼む。
「すみませんが、こちらで朝ご飯を食べさせてください」
「では、一緒にいただきましょう」
「シスターも朝食がまだなんですか?」
「いいえ。先ほど済みましたよ」
「食べたのに、ですか?」
「はい。一緒にいただきましょう」
笑顔のベルティーナと、腹ぺこの俺たち。
競走したわけじゃないけれど、より多く食べたのは、やはりベルティーナだった。
朝食が終わる頃には日も随分と高く昇り、霞も晴れてきた。
これでもう、ブロッケン現象が見られることはないだろう。
……と、思っていたら。
最後の最後に、とんでもない光景が俺たちの前に現れた。
「お兄ちゃん、見てです! あたしたち、空に浮かんでるですよ!」
教会を出た俺たちの影が、上空に浮かんでいた。
それも、あちらこちらに無数に。
「……どういうことかな、これは?」
空に浮かぶ無数の影に、エステラも戸惑い気味だ。
ジネットやパウラたちはぽかーんと口を開けて空を見上げ、ロレッタやマグダは手足を動かしてどれが自分の影かを探り、ノーマは達観したように煙管をふかした。
「ちょっと考えられないことだが、無理やり理由をつけるとすれば……乱反射、かな?」
高く昇った太陽から日光が降り注ぎ、その光が銀色に輝く雪に反射して俺たちの影を上空へ映し出した。
ただし、積もった雪は決してなだらかではないため反射した光は様々な方向へ拡散して、いくつもの影を浮かび上がらせた。
あとは、俺たちの目線の高さの霞は晴れて視界はクリアになっているが、上空にはまだ霞が残っており、そこがスクリーンになって影が浮かんでいる……とか?
そんなことが起こり得るのか?
日本で聞いたなら「んな都合よくいくかよ」と鼻で笑いそうな空論ではあるが……実際目の前でその現象が起こっている以上、「なくもない、のか?」と釈然としないまでも思わざるを得ない。
科学的に「こういう現象が起こり得る」という推論ではなく、目の前で起こっている不可思議なことに対して無理やり理由付けするという真逆の方法を取っているわけだから、理論が破綻していようが俺のせいじゃない。
クレームなら、こんな奇怪な現象を遠慮もなく全力で巻き起こしやがった精霊神に言ってくれ。
「お兄ちゃんといると、いろいろ不思議な出来事に遭遇するですね」
「俺のせいにすんじゃねぇよ」
俺だって、こんな非常識な出来事に遭遇したの初めてだっつの。
「あぁ、そうだジネット。この後どうする?」
この後は、屋根の雪下ろしをして、庭と店の周りの街道の雪かきを行う。
そして、集まった雪でかまくらと雪像作りをするのだが……
「教会の雪かきも手伝うんだろ?」
「はい。多少、ですけれど」
教会には男手がない。
いるのは、料理と裁縫に長けた寮母のオバサンたちだけだ。
去年までは、ベルティーナとガキどもで必要最低限の場所だけ雪かきをしていたらしいのだが、去年陽だまり亭のかまくらを見て今年は是非やりたいと言い出したそうだ。ガキどもが。
「まずは陽だまり亭の雪かきを終わらせないと話にならないよな」
ガキどもの相手をしたら、体力なんぞあっという間に枯渇する。
疲れた体で陽だまり亭へ戻ってみたら雪が山積み……なんてのは御免だ。
「お兄ちゃん。ウチの弟たちが物凄く張り切ってたですから、いくらでも貸し出すですよ」
「お前ん家の雪かきはいいのかよ? 敷地、広いだろ?」
なにせ、ヒューイット家には三棟もの家が建っているのだ。
専有面積も当然それに合わせて広くなっている。
結構大変だぞ。……と、思ったら。
「ウチの雪かきはもう終わってるですよ。日が昇る前に終わらせたです」
「相変わらずパワフルだな、お前んとこの弟どもは」
「かまくら用の雪も、ちゃんとストックしてあるです」
「今年はあっちこっちにかまくらが出来そうだな」
今年はかまくらカフェをしても、そこまで客は集まらないだろう。
きっと大通りにもかまくらが並ぶだろうし、客は分散するな、こりゃ。
「じゃあ、教会の雪かきを手伝いに来たらかまくら教えてやるって言っといてくれ」
「分かったです! きっとあの子たち喜ぶです!」
ロレッタがハム摩呂に合図を出し、ハム摩呂が喜び勇んでうずたかく積もる雪の中へ飛び込んでいく。
雪の壁に穴を掘って、雪のトンネルをズンズン突き進んでいって、姿が見えなくなった。
……そういや、あいつら穴掘りの天才だったな。雪かきくらい、お手の物ってわけだ。
「おかしい……豪雪期はとてつもない積雪のため、表を出歩けない時期だと聞いた気がするんだが……」
「四十二区には獣人族が多いからね。多少は、他の区よりもパワフルな過ごし方になるさ」
随分といいように解釈している微笑みの領主。
このレベルの豪雪は、日本でも災害認定される規模なんだぞ。
そんな日に「かまくら~!」「うはは~い!」ってガキを連れて表を出歩くとか……SNSに投稿した瞬間大炎上間違いなしだ。
去年は、イメルダが遭難しかかってたってのに…………あ、今年もか。
「イメルダ……来年はどんな風に遭難するんだろうな」
「そんな恒例行事を生み出すつもりはございませんわ!」
いいや、お前はきっと来年も遭難する。
毎年わずかずつ面白さをアップさせてな。
「ちょぃとヤシロ。雪かきを手伝えば、誰でもかまくらの作り方を教えてくれるんかぃね?」
「なんだ? 乙女がかまくら作りたがってるのか?」
「そうなんさよ。去年はちょっとしか堪能できなかったって言ってね、今年は金物通りにかまくらを作りたいんだとさ」
「どうせ大通りにいっぱい出来るっつーのに」
「その大通りのかまくらを、ヤツらが占領してもいいんかぃ?」
「それは困るな」
営業妨害以外の何物でもない。
下手すれば飲食ギルドが大ダメージを負いかねない。
『四十二区の飲食店は、店の前に乙女の入った雪の檻がある』なんて噂が流れたら、外からの客が怖がってやって来なくなる。
折角ニューロードが出来て外からの客が増えているこの時期に、それは看過できない。
「つっても、教会の雪かきにそこまで人出はいらねぇしなぁ……」
「ほんじゃ、何か別の仕事をやらせればいいさね」
「だったら、金物通りから教会までの街道を通れるようにしてもらうっていうのはどうかな?」
「それはいい案さね。そうすりゃ、連中も行き来が楽になるだろうし、陽だまり亭にも客が来やすくなるからねぇ」
なんて言いながら、俺にウィンクを寄越してくるノーマ。
エステラまでもがしたり顔だ。
さも、「そーゆー利益が欲しいんだろ?」とでも言いだけだ。
ふん、好きにしろよ。
「んじゃあ、教会でかまくら講習会でもするか」
「はいはーい! あたし特等席予約ね!」
パウラが誰よりも意気込んでいる。
「アレ、簡単だぞ? 丸めて穴掘るだけだからさぁ」
それが出来るのはお前くらいなもんだよ、デリア。
力任せでどうにかなるほど、雪玉は軽くないんだ。普通なら、人がゆったり入れるくらいのサイズのかまくらなんか出来ないんだよ、その手法じゃ。重過ぎて。普通ならな!
「では、ヤシロさん。わたしはシスターに今決まったことを伝えてきますね」
「そうだな。教会の庭の使用許可をもらわないと」
「見返りは、温かいお汁粉でどうでしょうか?」
「それなら、交渉成立間違いなしだな。……餅も入れるか?」
「入れましょう! おぜんざいですね」
お汁粉とぜんざいの違いはいまいちよく分からないが、焼いた餅が入っているのはぜんざいって感じがする。
今回はそっちを作ろう。
どうせ、かまくら講習なんかしてると、手が余るヤツがいっぱい出るんだから。
「今年は売り上げ期待すんなよ」
「はい。今年は、みなさんとのんびり過ごしたいです」
「ジネットちゃん、騙されちゃダメだよ。『利益を期待するな』って言ってる本人が、『いかにして利益を上げてやろうか』って考えてる顔をしているからね。かまくらで稼げない分、何か別のことを仕出かすかもしれないよ」
ふん。
利益が下がるのは去年から想定していたことだ。
ただまぁ、何か別の方法で稼げるならそれに越したことはないと、思ってはいるけどな。
かくして、教会で開催されたかまくら講習には「おい、ハムっこ、どんだけ宣伝して歩いたんだよ……」ってくらいの人数が詰めかけ、その大所帯が道中の雪かきをしてくれたおかげで、豪雪期初日だってのに街道はすっかり歩きやすくなっていた。
来年から、もう保存食とかいらねぇんじゃね?
途中雪がぱらついたり、容赦なく体温を奪っていく冷たい風にさらされたりと、悲鳴と絶叫がこだましていたりもしたのだが、参加者はみな楽しそうにかまくらの作り方を学んでいった。
俺がやったのは、雪玉をピラミッド型に積み上げて、隙間を雪で埋めながら形を整えていくオーソドックスな作り方の伝授だけだ。
参加者全員が教会の庭にかまくらを作るわけにはいかないので、聞くだけ聞いて、実践するのは各々のフィールドに帰ってからということになった。
そんな聞くだけのつまらない講習会の隣では、ガキどもが楽しげに餅つきを始め、「ぺったんぺったん」の大合唱が巻き起こる。
……お前らに教えるためのかまくら講習会なんじゃなかったのか、これ?
そして、飽きてきたのか、気付いたらベッコとイメルダによる雪像講習会が同じ会場で開催されていた。
そっちは女子に人気だった。
「みなさ~ん! 寒い中お疲れ様でした~! 温かいおぜんざいを召し上がってくださ~い!」
ジネットの声に歓声が上がる。
例年なら、これから始まる長い豪雪期を憂いているような時間に、どいつもこいつも楽しそうに笑顔を見せている。
『焼き餅、誰が一番伸びるか大会』なるものまでもが即興で開催され、言い出しっぺのロレッタが優勝をかっさらっていった。
豪雪期はまだ続く。
日が落ちれば雪が降ることもある。
このまま酒盛りでも始めそうだった連中を一喝して、日が暮れる前に解散し、それぞれを帰路に就かせた。
くたくたになった体を引き摺って、ようやく陽だまり亭に戻れたのは、茜の空が紺色に飲み込まれていくような時間だった。
「陽だまり亭のかまくら、どうする?」
まだまだ体力がありそうなデリアが、腕を捲って言う。
あ、そうそう。さすがのデリアも、この時期だけは長袖を着ている。
ちょっともこもこしたトレーナーを着てるデリアは、露出が減ったというのになんとなく新鮮で魅力が増して見える。
ゆったりしたトレーナーだというのに、中から押し上げるパワーがすごいから、もう「ぱーん!」としてんだよね、「ぱーんっ!」と!
「ヤシロ、元気そうだね。ちょっと一人で作ってきてくれる?」
「分かってないな、エステラ。俺はな、自宅の庭先でだって遭難できる男だぜ?」
「自慢になってないよ」
ぺしりと尻を叩かれる。尻だけに?
ズルくね? 次、俺の番じゃね?
試しに手を伸ばしてみたら、するっとよけられた。
……くっ。かまくら講習で腕に乳酸が溜まってしまったようだ。なんかもうパンパンだ。
「腕がだるい。風呂に浸かって揉みたい」
――と、俺が言った瞬間、その場にいた女子のほとんどが「ばっ!」と胸を隠した。
「腕がだるい」っつってんだろうが!
え、なに?
「お前の疲労、おっぱい揉むことで回復するんだろ?」とか思われてるの?
じゃあ検証させろや!
「もうさ、どうせかまくらはあっちこっちに出来るんだからさ、ウチは雪合戦カフェでもやろうぜ」
「雪合戦ですか!? それ、どんなカフェです!?」
「注文を聞きに来たり、商品を運んできたりするウェイトレスに雪玉をぶつけることが出来れば特別なサービスが受けられるんだ。ただし、雪玉は有料。一玉、そうだな……100Rb」
「それは面白そうです! 是非やるです!」
「……マグダを捕らえられる者はいない」
「あたいが全部跳ね返してやるぜ!」
「デリアさん頼もしいです! ……けど、それ全部当たってますから! もれなくアウトですから!」
などと盛り上がる雪合戦大好きチーム。
「本気で言ってるのかい?」
「んなわけないだろう? 怪我人が出そうな危険な催しを、ウチの店長がOKするわけないだろうが」
「そうですね。陽だまり亭では、落ち着いてお食事をされたいという方もいらっしゃるでしょうし、雪合戦は別の機会にお願いします」
やんわりとした明確な拒絶。
そもそも、100Rb(千円)払って買える玉を女の子にぶつけると特別なサービスを――なんて、いかがわしいこと、こいつらにやらせられるかってんだ。
「私もしてみたいな~、雪合戦☆」
「めっちゃ的にされるぞ?」
マーシャは一人では動けない。
きっと集中砲火を受けるだろう。
「私はヤシロ君とペアで参加~☆」
「そういうのはデリアみたいな体力が有り余ってるヤツに頼んでくれ」
俺がマーシャを背負って雪上に出れば、結局動けずに集中砲火を浴びるだろう。目に見えている。
「んじゃあ、店長さぁ。今年の陽だまり亭は、去年とおんなじ感じなのか?」
デリアは不服そうに言うが、そうそう目新しい物を生み出し続けるなんて出来ないのだ。
なんなら、今年はかまくらをやめて、雪像メインにしてもいいくらいだ。
いくつかテーマを決めて、窓際の席から外を見れば雪で出来たおとぎの世界が広がっている――みたいなな。
座る席によって見える景色が違うとなれば、豪雪期の間に何度も足を運んでくれるかもしれん。
そんな案がふと浮かんだのだが、俺はそれを口にすることなく飲み込んだ。
なぜなら。
「あの、ヤシロさん……実は、お伺いしたいことがありまして」
ジネットが、意欲に燃える瞳で俺を見ていたから。
珍しく、自分から「何かをやってみたい」と、主張しようとしていたから。
こいつが何をやりたがっているのか、聞いてみたい。
俺が勝手に持ち込んだあれやこれやのせいで、陽だまり亭は祖父さんのいた頃からかなり雰囲気が変わってしまったはずだ。
いや、店長が変わったのだから変わること自体は悪くない。
だが、変わるにしてもジネット主体で変わっていくべきなのだ。
陽だまり亭の店長はジネットなのだから。
だから、ジネットの意見は可能な限り聞く。
……英雄像祭りとか、ふざけたことを言い出したら猿轡をかませてやるけれども。
「雪だるまちゃんのおなかをくりぬけないでしょうか!?」
…………ん?
「雪だるまに、何か恨みでもあるのか?」
「違います! 大好きです! そうではなくてですね、かまくらです!」
きっと、頭の中で、それはそれは素晴らしい風景が広がっているのだろう。
気持ちばかりが前のめりになって、全然要領を得ない。
「雪だるまちゃんの形をしたかまくらって、作れないでしょうか?」
あぁ……うん。なんとなく言わんとするところが見えてきた。
かまくらの上に、雪だるまの顔を乗っければいいんだな?
……いや、ジネットなら胴体の造形にもこだわるかもしれないな。
雪だるまのおなかの中に入ってお汁粉を食いたいと、そういうことなのだろう。
「ウーマロ~」
「はいッス!」
「出来ると思うか?」
「頭を大きくし過ぎなければ、大丈夫だと思うッスよ?」
かまくらも、大きくなれば建築と変わらない。
ドーム状の上部、真ん中に意味のない重い雪玉を乗せるのは、構造上どうかと思ったのだが、ウーマロが大丈夫だと言うなら平気だろうか……
「中で、七輪を焚くわけだけれど?」
「あぁ、熱がこもるかもしれないッスね」
うんうんと唸って、首を捻って、ウーマロは結局「やってみないとなんとも言えないッス」という回答を出した。
回答になってねぇ。
「ドームは、柱のように点ではなく面で重さを支えるものッスから、横広ではなく縦長にしてやれば多少は荷重が……」
「めっちゃ叩いてカッチカチにしたら大丈夫なんじゃねぇのか?」
ウーマロが図まで書いて細かい計算をしながら説明を始めたところ、なーんにも考えていないデリアが感覚だけで物を言う。
うん。デリアのパワーで固めたら、来年の猛暑期まで持つ頑丈なかまくらが出来るかもしれないけど、こっちは安心が欲しいんだわ。
「鉄骨で補強すれば、頑丈なかまくらになるさよ」
「ノーマ、それもうかまくら違う」
骨組み作っちゃったら、建造物だから。
豪雪期明けに骨組みが庭に残っちゃうから。
そしたら、陽だまり亭寮の建設が現実味帯びちゃうから! 不許可です!
「まぁ、大丈夫だと思うよ~☆」
雪に親しみのなさそうなマーシャが、根拠もなさそうなことを言い出す。
「四十二区まで来る航路は洞窟なんだけどね、上にどーんって崖が乗ってても崩落する気配もないからね☆」
そりゃ洞窟だからな。
崩落するなら、そもそも洞窟なんか出来てない。
洞窟が崩落しないんじゃない。崩落しなかったから洞窟が出来たんだ。
「ほにょぅ!? なんかウーマロさんがめっちゃ計算してるです!?」
テーブルの上で紙にガリガリと凄まじい速度で書き込みをしているウーマロ。
覗き込んだロレッタが、そこに書かれた難解な数式を見て頭痛を訴える。見るだけで頭痛を訴えるような計算式なのかよ。
「ヤシロさん、なんとか出来そうッス!」
ばばーんと広げられた紙には、ジネットが好きそうなとぼけた顔の雪だるまが描かれていて、腹部に空洞が、その周りにびっしりと数式が書き込まれていた。
こっちが体積の計算で、こっちは荷重の計算か……ふむ。
「なんとかなりそうだな」
「お兄ちゃん、その計算分かるですか!?」
まぁ、建築も軽く齧ったからな。
どれくらいコンクリを減らしても大丈夫かとか、鉄筋の節約術とか、合法すれすれの違法建築を……もとい、違法すれすれの建築を少々……まぁ、昔のことだ。
「か、可愛いです……っ!」
描かれた雪だるまかまくらを見て、ジネットが目をキラキラ輝かせている。
「こ、これが作れるんですか?」
「お、おぉおお、おそらくは、だ、だだ、だだだ……っ!」
「……店長代理のマグダが問う。ウーマロ、これは作れるの?」
「もちろんッス! オイラにドーンとおまかせッス!」
店長代理が思わぬところで威力を発揮している。
「それじゃあ、みんなで作ってみようよ!」
「もう、パウラ。さっきからずっと作りたい作りたいって言ってる」
「だって、ヤシロがいるうちに作っていろいろアドバイス欲しいんだもん」
「もう、先に帰って作ってくれば?」
「イヤよ! 今日は泊まるって決めたし、お風呂にも入りたいし」
パウラとネフェリーがきゃっきゃっとはしゃぐ。
かまくら作りなんか、そんな楽しいもんじゃねぇぞ? 疲れるだけだ。
「あ、あのっ!」
それじゃあ、試しに作ってみるか~という雰囲気が漂い始めた陽だまり亭に、ジネットの大きな声が響く。
「か、顔の造形は、是非わたしにやらせてくださいませんか!」
雪だるま制作に最も熱心だったのがジネットだ。
去年の豪雪期には、無縁仏の供養でもしてんのかと思うほど無数の雪だるまを生み出していた。
雪だるまの造形に関しては一家言ありそうな雰囲気だ。
丸と棒だけの単純な顔って、バランス一つで可愛さが雲泥だからな。
ジネットにはこだわりのバランスがあるのだろう。
「でも、高いッスよ?」
ウーマロの設計図を改めて見る。
胴体部分がかまくらだとすれば、人が入って余裕があるくらいの空間が必要となり、それに応じてデカくなる。
その上にバランスのいい顔を付けるとなると……一階の屋根くらいには届きそうだ。
一階の屋根の上でジネットが物作り…………
「よし、安全な足場を作ろう!」
「……簡単な足場ではダメ。店長は想像を絶する角度で足を踏み外す」
「床面積を大きくしてです! 大の字で寝ころべるくらいは必須です!」
「転落防止の柵も必要さね」
「上り下りは梯子?」
「バカね、ネフェリー。ジネットだよ? 梯子とか無理だって」
「そんなことないですよ、パウラさん! ウチにも梯子ありますし!」
「けど、梯子の隙間におっぱい挟まったりしないか?」
「もう、懺悔してください、ヤシロさん!」
雪の中での作業ということもあり、絶対安全な足場を作ることが決定された。
ウーマロとノーマに頼んで、頑丈な足場を作ってもらおう。
あとがき
ブロッケン現象はコ○ン君で二度ほど登場しましたね。
原作では一回ですが、アニメでは二回です。
実際に見たことはないんですが、
動画投稿サイトでブロッケン現象を撮影したものをいくつか拝見しましたけれど、
綺麗な現象ですよ。
機会があれば是非ご覧ください。
以上、ブロッケンJrでした。
あ、違いました。宮地です。宮地Jrです。
最近、新しい趣味が増えました♪
仏具店巡りです!
渋っ!?Σ(・ω・ノ)ノ!
いやぁ、まさか私もね
仏具店に入るなんて、つい先日まで思ってもいませんでした。
というか、仏具店に用事なんかない人種でした。
そんな私が、
わくわくしながら仏具屋さんに行っているわけですよ。
キッカケはお線香でした。
『あずきバー』と『いちごみるく』の香りのお線香がありまして、
他にもいろいろな香りのお線香が並んでいまして
「面白いなぁ~」ってふらっと入店したんですが、
店内にいろいろ面白いものがありまして、
お店の方のご厚意でいろいろ見せてもらったんです。
カレーライスの形のロウソクとか、
お寿司とかお蕎麦とか、焼き芋のロウソクとかありまして
もう、
「ベッコか!」Σ\(≧▽≦)
っていうぐらい、よく出来たミニチュアなんです。
蝋で出来ているので、まさにベッコの作る食品サンプルみたいなものです。
入ってみるまで、
仏具店って高い仏壇が置いてあって、険しい顔の店長さんにジロって見られて
「若造がなんの用だ?」的な圧を掛けられるような場所かと思っていたのですが、
なんのなんの!
初めて入った仏具店は、広く、清潔で、
店員さんはスマートで物腰柔らかく、親切で丁寧で上品な方でした。
暗いイメージがあったのですが、白くて明るくて清潔でした。
あと、ペット用のお仏壇とかもあって、すごくオシャレで、
雑貨屋さんを見ているような気分でした。
あと、香りがいいんです!
お香が焚かれていて、すごくいい香りがしていたんです。
お馴染みの白檀の香りがスーッとして爽やかで、
それ以外にも花の香りがしていて。
すごく落ち着く空間でした。
ついつい長居してしまって(^^;
香りのいいお線香と香立て、香皿を買って帰りました。
私の家に仏壇はないのですが、アロマの代わりにお香を焚いてみようと。
今までアロマオイルが好きでディフューザーを使ってアロマを楽しんでいたのですが、
ちょこっとお香にハマりそうです。
で、お香立てで一本ずつ楽しんでいたんですが、
アノ香りもコノ香りも試してみたくなってしまって……一週間と経たずに八種類買いあさってしまいました(´ω`*)>テヘッ
ついでに、香炉という
お線香を立てておく小さな壺も買っちゃいました。
お仏壇の前に置いてあるお線香立てるヤツです。
初めて自分で買いました。
買う機会があるなんて思いませんでしたけども。
で、この香炉、なんも入ってないんです。
皆様がご存じの香炉、線香立てって、中に灰がぎっしり詰まってますよね?
で、その灰に線香立てますよね?
その灰がないので、線香が立たないんですね。
……じゃあ、使えないじゃん!?(;゜Д゜)
え、灰が溜まるまで線香を焚き続けるの!?
調べてみたら、
香炉に入れる灰が売っているそうです。
そんなの知りませんでした。
これは、買いに行かねば!
それで、先日、
いつもと違う仏具屋さんにも行ってみようって、駅前の仏具屋さんを調べてみたんですが……
意外と多い!?Σ(・ω・ノ)ノ!
ちょっと大きな駅前だと、徒歩圏内に三軒、四軒くらいあるんですよ。
もしかして、もうすでに結構流行ってる!?
皆様も、仏具屋さんデートとか、お一人仏具屋とかされている口ですか?
そんな派閥ですか?
それはさておき、
別の仏具屋さんに行ってみたんです。
こちらは戦前からあるという落ち着いた雰囲気の歴史ある仏具屋さん。
ご年配の女性――なんというか、物凄くいい意味合いでの「おばあちゃん」がお店におられまして
見ているとほっこりするような、優しい雰囲気の店員さんで
こちらのお店も丁寧にいろいろ教えてくださいました。
宮地「すみませ~ん」
店員さん「はいはい(にこにこ)」
宮地「香炉に入れる灰ありますか?」
店員さん「はい?」
宮地「ですから、香炉に入れる……」
店員さん「お香炉――(ギン!)」
宮地「……はひ……っ」
店員さん「――ですね?」
宮地「は、はい……お香炉のお中に入れるお灰を……」
店員さん「おほほ。面白いお客さんですねぇ」
みなさん、
ご先祖様の仏前に置く物には、敬意を払いましょう、ね。
お香炉です、お香炉。
それで、
お香炉というと、私は別の物を思い浮かべてしまうんですよねぇ。
ほら、
皆様も一昔前にやったことあるかもしれませんが、
『聞香』
平安時代の貴族が嗜んでいた、香りを楽しむ遊びです♪
その際にお香を焚く蓋つきの壺、
あれも香炉なんですよね。
懐かしいですねぇ、聞香。
平安京第二中学に在学していた時に部活でやってました。
これは何の香りだ~って当てるんです。
もう、みんなプロ級の鼻を持っていて、先輩方はすごかったなぁ~。
宮地「今回は三種の香りをご用意いたしました。存分にご堪能ください」
先輩A「では、まずは麻呂からでおじゃる――すんすん――ふぅ~……コノ香りは……『女子大生のふくらはぎの香り』でおじゃる」
宮地「ご明察にございまするぅ~」
先輩B「相変わらずでおじゃるのぅ。では、次点は麻呂が――すんすん……ふむ、これは『女子高生のつむじの香り』でおじゃる」
宮地「ご明察にございまするぅ~」
先輩C「では、最後は麻呂でおじゃる――すんすん――ほほぅ、これはまた雅な。これは、『風呂上がりの団地妻が化粧水をつけた後の薬指の香り』でおじゃる」
宮地「ご明察にございまするぅ~」
先輩方「「「今宵も楽しめたでおじゃる。では、また明晩――」」」
宮地「いとおかし~」
……懐かしいですねぇ。
あぁ、いえ、大丈夫です。
平安京第二中学の校庭に『女子大生のふくらはぎの香りの木』というのが生えておりまして、それを香木として焚いているだけで、
決して倫理的アウトな案件ではございません!
あくまでそーゆー植物の香りです!
えぇ、そうですとも。大自然の神秘です、はい。
いつの日か、『聞香』とかも
ブームが再来するかもしれませんねぇ。
その日が来る前に、
とりあえず、幼馴染系女子の横乳の香りの木でも庭で育てておこうかと思います!
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




