無添加97話 もっとキレイに
「すごーい!」
「かんたーん!」
トムソン厨房へ赴き、皿と料金早見表の使い方を教えてやると、カウとオックスは目をきらきら輝かせて喜んだ。
随分と肉の重量の微調整が負担になっていたようだ。
客からのプレッシャーとか、凄そうだしな。
「喜んでもらえてよかったね、テレサ」
「うん! えいゆうしゃーと、りょーしゅしゃーと、てんちょーしゃーのおかげー!」
「俺のおかげだろ」
「お金出したのはボクだよ。それに、ジネットちゃんがこれから盛り付けを指導するわけだし。それとも、手柄を独り占めして感謝を独占したいのかい? なんなら『ヤシロは凄くいい人だ』って触れ回ってあげようか?」
「やめろ。営業妨害だ」
詐欺師に『いい人』なんてイメージが付いたら……まぁ、仕事はやりやすくなるか。
いや、しかし、四十二区だからなぁ。
ここの連中ことごとくバカばっかだから、ちょっといい人ぶるとす~っぐに人を頼ってきやがる。うん、やっぱ迷惑だな。
やめてもらおう。
「そういえばエステラ。もうちょっと金残ってるよな?」
「……他に何をしようって言うのさ?」
「美女のヌードを描いた皿を作ってだな、見えちゃイケないところを隠すように肉を盛って提供すると、一枚食べるごとに『いゃ~ん』な楽しさが……」
「さぁ、ジネットちゃん。そろそろ始めようか。あ、テレサ、この変なオジサンには当分近付いちゃダメだよ」
誰が変なオジサンだ!
こっちは大真面目に……、絶対需要あるのに!
陽だまり亭で取り入れようかなぁ。
そんな一大事業について考える俺を他所に、ジネットがガゼル姉弟に向かって話を始める。
「ではみなさん、まずは『一人前』の見栄えを整える練習をしましょう。同じ重量でも、六切れと五切れではやはり見栄えが異なりますから」
これまでも、なるべく均一な大きさ、厚さになるようにカットする練習をしてきていたらしいが、今後はそれがさらにシビアになる。
六切れで100グラムになるように調整しなければいけない。一枚あたり、約16~17グラムだ。
「これくらいでおおよそ16グラムくらいかと…………ね?」
手本にと、肉の塊から薄く肉を切り出したジネット。
薄切りの肉を秤に載せると、ぴったりと16グラムだった。……お前、すげぇな。
「まずは16グラムを覚えてもらいますが、それ以外の重さにも切れるようになることが理想です。ね、ヤシロさん?」
「あぁ。今後、仕入れ値の変動に合わせてグラム数を調整すれば、値上げ感を出さずに利益を守ることも出来るからな」
たとえば、肉の値段が高騰したら、一枚あたりの肉の重さを減らして盛り付ければ、見た目は六切れのまま、肉全体の量は抑えられる。
客に値上げしたことを悟られにくい値段調整だ。
だが、まずは16グラムを完璧にマスターしてもらう。
「一皿は、なるべく六切れにしておくといい」
「それはどうしてなんだい、ヤシロ?」
「そうすりゃ、二人で来ても三人で来ても同じ枚数で分けられるだろ? ケンカになりにくいんだよ」
「あぁ、なるほどねぇ」
「テメェ、なに一枚多く食ってんだよ!」なんてのは、ケンカの定番だ。
六切れなら、そういうトラブルが起こりにくい。
もし、四人で来たら?
そんなもん、二皿頼んで十二切れにしろよ。一皿を四人で突っつくようなみみっちいマネすんな。利益が上がらねぇんだよ。金を落とせ、金を。
「では、お肉をカットして、盛り付けの練習をしてみましょう」
「「はーい!」」
元気よく返事をするガゼル姉弟。
カウがカウンターの中へと入り、包丁を構える。
……って、おいおい。
「カウが切るのか? レーラは?」
「お母さんは……」
「今、ちょっと……」
言葉を濁すガゼル姉弟。
レーラに何かあったのか?
店内を見渡すと、カウンターの奥の方のカベに寄りかかるようにしてレーラが座っていた。床に。
具合でも悪いのかと思ったのだが……目がココジャナイドコカへ行ってしまっている。口元は半笑いだ。……なにやってんだ、あいつは?
「おい、レーラ。今日からこの皿を実装するんだから、お前もちゃんと話聞いてろよ。つか、肉を切るのはお前の仕事だろう」
「……はふぅ…………大きな、手……だったなぁ…………うふゅふゅふゅ」
怖い怖い怖い!
なんか笑い出したぞ!?
「お母さん、凄く嬉しかったみたいで……アレからずっと手を洗っていないんです」
「……です」
「はぁっ!?」
アレからって……え、嘘だろ? ハロウィンから?
一体何日経ったと思ってんだよ?
「手、だけ……か、洗ってないの……?」
「い、いえ……あの…………全身……。入浴すると、手が濡れるからって……」
「からって……」
「不衛生!」
ばっちぃ!
すっげぇばっちぃぞ、ここのオーナー!
「なに考えてんだ、レーラ!? 生肉を扱う店の店主がそんな不衛生でどうする!? 集団食中毒でも起こさせる気か!?」
「大丈夫です! あの日以来、私はお肉に触っていませんから!」
「別の意味で大丈夫じゃねぇわ!」
じゃあなにか?
ハロウィン以降、ずっとカウが肉を切ってたのか?
計算が困るからって微調整してたのはカウか?
客からの圧を一身に受けていたのはカウなのか!?
てめぇ、こら、一回表出ろ!
そのひん曲がった性根、叩き直してやる!
「エステラ。強制的に風呂に入れるぞ」
「そうだね。……ちょっと、これは見過ごせないね」
「待ってください! まだっ、まだこの手にはあの人の温もりが残っているんです! せめて……せめて、この次あの人に会える日まで待ってください!」
「来年じゃねぇか!?」
「丸一年体を洗わないつもりなのかい、君は……?」
「体を洗わないくらいでは、人は死にません!」
「お前はな! けど、この店の客が大量死する可能性があるんだよ!」
「お客の命とあの人の温もり、どちらが大切だと言うのですか!?」
「客のイノォォーーチっ!」
「人でなしですか!?」
「いや、レーラ……それは、君の方だよ……この場合はね」
両目に涙を溜めて、必死の形相で抗議してくるレーラ。
こいつ、マジだ……
マジで手を洗わないつもりだ…………
「店が潰れてもいいのか?」
「ウチの子たちは優秀です!」
「旦那と約束したんじゃないのか? この店を守るって!」
「いえ。『よく頑張ったな』って褒められただけです。えへへ」
えぇい、汚い手で汚い頭を搔いて照れるな!
アノ旦那も、テメェの嫁の属性知ってるなら「死ぬ気で働け!」くらい言い残して消えやがれ!
「こうなったら仕方ないね、ヤシロ……」
「ん?」
「君が抱きつけば、きっと『ばっちぃ!』ってお風呂に飛び込むと思うよ」
「お前さ、エステラ……そんな、俺のハートを抉り取るような解決策しか思い浮かばなかったわけ?」
こっちこそが願い下げだわ、こんな何日も風呂に入ってない女に抱きつくなんて! 乳もさほどないのに!
とはいえ、あの手に旦那の温もりとやらが残っている間は洗いそうにないのも事実だ……なら、手のひらに触れるくらいはした方がいいのかもしれない。
「よぉし、じゃあこうしよう。自主的に全身を洗わなければ、俺はレーラと握手をする」
「イヤです! 死んでもイヤです!」
「じゃあ死ぬ気で体を洗ってこい!」
「それもイヤです! この手の温もりは、水に触れると消えてしまうような繊細なものなんです!」
「じゃあ俺と握手だ!」
「いやぁぁあああ! 汚されるぅぅうう!」
「今現在、思いっきり汚れてんだよ、お前は!」
このバカ女……ガゼル姉弟が見てなければケツの一つも蹴り飛ばして水を張ったたらいに叩き込んでやるのに……っ!
「では、わたしと握手しませんか?」
俺を助けるつもりで提案したジネット。
だが。
「……私から、あの人の温もりを奪うおつもりですか? やはり陽だまり亭さんはあの人のことがっ!」
「すみません、差し出口でした!」
ジネットが素直に謝った。そして俺の背後に身を隠した。
多少は学習したようだ。こーゆー人に絡まれたら即撤退するべきだということを。
ジネット、その握手は悪手だったな。
「れーらおかーしゃ、ちれぃちれぃ、のほうが、きもちぃ、ぉ?」
「違うのよテレサちゃん。あの人の温もりの方が尊いの。むしろ、あの人に汚されている感じが服従感があって逆に気持ちいいのよ」
「よし、一旦ガキどもを避難させようか」
なにを口走ってやがるんだ、この駄母は。
「まいったね……解決策が見出せないよ」
「このままじゃ、会計システムがどうとか言う前に悪評が蔓延して即倒産だ」
「不衛生なのは、困りますからね」
三人寄れば文殊の知恵などと言うらしいが、こんな突飛な事例の解決案なんぞ、何人集まろうと出てきはしない。
少なくとも、俺はこんな危険物の取り扱い方を心得てはいない。
危険物取扱者免状甲種を有しているこの俺がだ!
「やっぱり、ヤシロ爆弾が効果覿面だとボクは思うけど?」
「そしたら俺、カウとオックスのパパになっちゃうぞ」
「そ、それは困ります! あぅっ、あの、その……ヤシロさんは陽だまり亭の大切な従業員ですし、その……マグダさんもロレッタさんも寂しがりますし……」
大丈夫だ。
何を言われようが、俺にレーラは扱いきれない。
仮にロックオンされても死ぬ気で逃げ切ってやるさ。
しかし、人助けのつもりで腕を掴んだ男に結婚を迫ったような女だしなぁ……触るな危険って札を貼っとけよ、全身に。
「誰か、アレの犠牲者になってくれそうなヤツはいないものか……」
「あの、ヤシロさん……犠牲って……」
「ベッコとかどうかな?」
「えっと、……エステラさん?」
ベッコかぁ……
まぁ、ベッコならどこにいても自分の仕事が出来るだろうし、どうせこの先恋人が出来る予定もないし、構わないっちゃ構わないんだが……
「カウとオックスが可哀想だろう、さすがに」
「確かにねぇ……」
「あの……ベッコさんやレーラさんの意志もありますし」
あはは。ジネットはしょーもないところを気にするんだな。
そんなもん、あってないが如しじゃないか☆
なんてことを思っていると――
「御免くだされ~」
噂をすれば、まさかまさかのベッコがひょっこりとトムソン厨房へ顔を出した。
え、なんで?
お前がこっちの方に用事なんかないだろうに。
まさか、運命? ベッコお前、この危険物と結婚する運命にあったんじゃね?
「やぁ、やはりこちらでござったか! 探したでござるよ、ヤシロ氏」
「俺?」
「うむ。少々ご相談したいことがござった故、用事の途中と知りながらお邪魔させていただいた次第でござる」
ベッコの用件は、ハロウィン飾りの中に含まれていたチーズやカボチャのクオリティを見た他区の飲食店関係者が「ウチの店を象徴するオブジェとして飾りたいから制作してくれないか」という依頼を持ちかけてきたという内容だった。
……他区からも結構来てたんだな、見物客。
「あれは、源流を辿れば陽だまり亭の食品サンプルでござるから、まずはヤシロ氏の意見と許可を――と、思った次第でござる」
「あ~、そういや食品サンプルの権利ってどうなってたっけ?」
「一応、陽だまり亭が占有している……ということにはなっているけど、主張する気はないんだろ? 君も、ジネットちゃんも」
「わたしは、別に。ヤシロさんにお任せしています」
「俺も別に……つか、四十二区の店が食品サンプルのマネしないのって、もしかして陽だまり亭が権利を持ってると思ってるからなのか?」
「そうだよ。月額料とか必要なのかって問い合わせが過去数度来たことがあってね」
「その時はなんて答えたんだ?」
「『ヤシロに聞け』ってね」
「……俺のところには一件も問い合わせが来てないんだが?」
「みんな、君と金勘定の話をしたくないんだよ、きっと」
ふっ……凄まじい信頼度だな。
俺、四十二区の連中からぼったくったことないんだけどなぁ。
あぁ、もちろん、この先ここぞって時にぼったくるために、だぞ?
その割には、危機感を抱かれてるってわけか。多少は成長したってことなのかねぇ、ここの連中も。
「解禁してやれよ。いろんな種類のサンプルがあった方が面白いだろう?」
「食品サンプルの権利に興味はないのかい?」
サンプル一つにつき使用料なんかを取ることになれば、その都度いちいち契約書を作成することになるんだろ?
クッソメンドクセェわ。
それに、すでにイメルダが無尽蔵に作らせてコレクションしてるしな。
遡って金を請求とか、現実的に不可能だ。
「権利を主張しないと、見様見真似で模倣品が氾濫することになると思うよ?」
「いいじゃねぇか。二流品が増えれば、ベッコの作品の凄さが浮き彫りになるだろう? また弟子志願者とか出てくるんじゃないか、ベッコ?」
「いやいや。拙者の弟子はモコカ氏だけで十分でござるよ。しかし、ヤシロ氏にそこまで認めてもらえていると思うと……面映ゆいでござるな。でゅふふ」
奇妙な笑いを漏らすな。
ただでさえ見た目がソッチ系なのに。
今度一回オタ芸を仕込んでみるか……映えるだろうな。
「ふむ。では、四十二区の飲食店をはじめ、蜜蝋サンプルを欲している人々からの依頼を優先して受け、その後他区からの依頼を受けることにするでござる。やはり拙者も四十二区の者故、他区に先んじられるのは面白くないでござるからな」
ベッコは自区愛が強いようだ。
自分を認めてくれたこの街に強い思い入れでも持つようになったのだろうか。
「あ、あのベッコさん……でしたら、わたしも一つお願いしたい物が……」
「ジネット。英雄像を発注するつもりなら、同時にお前の胸像を発注するぞ?」
「うきゅ!?」
「ヤシロ……君が言っているそれは、『胸の像』と書いて『きょうぞう』と読むんだよ、一般的にはね」
どっちだって同じだろうが!
どちらも胸から上を象った像だ。
その『上』が首方面か乳首方面か、ただそれだけの違いだ。
「それはそうとさ、ベッコ」
「なんでござるかな、ヤシロ氏?」
「お前って、子供と未亡人が大好きだよな?」
「前者はともかく、後者はほのかな悪意を感じる表現でござるな」
んだよ。
『団地妻』とか『昼下がり』とか『熟れた果実』とかが好きな口だろう、どうせ?
「拙者の理想とする女性はノーマ氏でござる故、そういったものには惹かれぬでござるよ」
「その割には、ノーマにアプローチしねぇじゃねぇか」
「ノーマ氏は誰か一人が独占出来るような御仁ではござらんよ。ノーマ氏は、国の宝でござる」
なるほど。
ノーマファンってそういう発想なんだな。だからノーマに好意を持つ男がノーマの周りをうろついたりしないのか。
好意を持たれれば持たれるほど距離を取られるとか……ノーマ、気の毒にな。
「あの揺れるお乳は国宝級でござるっ!」
「そんな物を宝と崇める国は滅びればいいよ」
「いや、エステラ。その考えはどうだろうか?」
「うるさいよ、そこの乳バカ二人。そんなに好きなら、二人で大乳の神でも祀る宗教でも始めればいいんじゃないのかい?」
「「ナイスアイディア!」でござる!」
「真に受けるんじゃないよ」
「もう……お二人とも。ダメですよ」
乳揺大乳の神、いや、乳揺大乳神――うん、これだな!
「大乳神様ー!」
「だまれ」
「でたな、平乳無!」
「刺すよ?」
貴様さては天下を統べて天上の神たる大乳神様に楯突く気だな!?
無礼千万!
大乳神様の怒りに触れて縮むがいい!
――というわけで、
「ベッコ。お前の巨乳好きは宗教だから、ここは我慢して控えめバストの未亡人を娶れ」
「理解も共感も承諾も出来ぬ話でござるな!?」
んだよぉ!
もういいから、お前がレーラに抱きついて「汚れたぁあ!」って叫ばれながら風呂に叩き込んでこいよぉ。
それで多くの客が救われるんだ。お前の人生が犠牲になるくらい安いもんだろ?
「あそこで蹲ってる女と握手してきてくれないか?」
「あそこで……おぉ、レーラ氏でござるか。いやはや、拙者には無理でござるよ」
ちっ!
こいつも知っていたのか、レーラの異常性を!
「拙者、生前のボーモ氏が如何にレーラ氏を溺愛されていたか、骨身に染みるほど聞かされておった故、お二人の邪魔立ては勘弁願いたいでござるよ」
「ん?」
「なんでござるかな?」
「お前……ボーモ知ってんの?」
「うむ。拙者が誰にも認められない中、ボーモ氏が拙者を勇気づけてくれたのでござる」
まさか、そんな意外な繋がりが!?
「『俺は芸術のことはよく分からんが、夢を叶えたいってお前の瞳は好きだ。奢ってやるから肉を食っていけ』と、なんとも男気溢れる御仁でござった」
「じゃあ、レーラとも面識があるのか?」
「拙者がボーモ氏にお会いするのは、大抵営業中のこの店でござったからなぁ……レーラ氏にはガン無視されっぱなしでござったよ」
「面識、ないのかよ!?」
「レーラ氏は、ボーモ氏以外には目もくれぬ御人でござるからな」
くそっ、イノシシより猪突猛進な生き様しやがって。
顔見知りとしての説得は無理か……
しかし、待てよ?
ボーモと面識があるってんなら……これは使えるかもしれないぞ。
「ベッコ。食品サンプルの権利を放棄してお前の好きなように取り引き出来るようにしてやるからさ、代わりにちょっと頼まれてくれないか?」
「無論でござるよ。こちらに見返りなどなくとも、拙者はヤシロ氏の頼みを断るつもりはござらんよ」
「んじゃあよ……」
そうして、俺はトムソン厨房衛生化計画に画期的な一手を打つ。
これで、万事上手くいくはずだ。
それから十一分後――
「あはぁ! 素敵っ! 素敵過ぎます! 最高です! あぁ、あなたっ!」
レーラがボーモの肖像画に縋りついていた。
面識があるなら、ベッコは寸分違わぬ本物そっくりな肖像画が描ける。
等身大ボーモのバストアップを絵にしてもらったのだ。所要時間わずか十分。あとの一分は、俺がちょっと手を加えた。
「レーラ。そんな汚れた体でボーモの肖像画にくっついていいのか?」
「はっ!? そ、そうですね……でも、手を洗うのは……」
「そんな汚れた姿をボーモに見られてもいいのか?」
「はぅ……っ! あ、あなた……見ないでください……!」
隠すんじゃなくて、見られてもいいように洗えっつってんのに……しょうがない。
「レーラ、これを見ろ」
俺は、ベッコが描いた肖像画にあとから付け足した『ある物』を指差して言う。
「ボーモが言ってるだろ、『手を洗って、清潔にするんだぞ』って」
「あぁっ!? 本当だわ! あの人がそう言っているのなら、私、今すぐ清潔にしてきます!」
猛ダッシュで二階へと駆け上がっていくレーラ。
お湯を沸かす時間さえ惜しんで、水で全身をくまなく洗い清めてくることだろう。
俺が付け加えた『ある物』とは、マンガに親しんだ者にはお馴染みの『吹き出し』だ。
ボーモの口元からぽわんと伸びる吹き出しの中に、『手を洗って、清潔にするんだぞ』という文字を書き込んでおいた。……こっちの人間にも通用するんだな、吹き出し。しゃべってるように見えたらしい。
「しかし、お見事でござるな、ヤシロ氏。遠目で見れば吹き出しがまるで目立たないでござる」
「背景に上手く溶け込ませたからな」
背景の一部に見えるような色合いと形状で書かれた吹き出し。
知らない者はきっと見落とすだろう。
折角の肖像画に吹き出しが付いていたら、間抜けだもんな。
「しかし、レーラさんを動かしただけでなく、店の雰囲気までグッと引き締まって見えるよね、この肖像画」
「はい。まるでボーモさんがカウンターに立っているようです」
さすがと言うべきか、ベッコの描いた肖像画はまるで生きているようなリアルさだ。
初代店主の肖像画が見守る店内。
それだけで、店が息を吹き返したように活き活きとして見える。
「見ててね、お父さん! 私、頑張るから!」
「僕も頑張るから、また会いに来てね、お父さん!」
ガゼル姉弟にもいい影響が出ているようだ。
飲食店に腕のいい料理人の写真が飾ってある店は、日本でもいくつも存在した。
その人物の顔を見るだけで、「なんかこの店美味そう」と思ってしまうのが人間だ。
ボーモの肖像画は、食いに来る客にもいい影響を及ぼすだろう。
しかし、颯爽と『ひらひらしたもの』が現れて……俺のこめかみに鈍痛が……
「身を清めてきました、あなたっ!」
「レーラさん!? どうしたのさ、その格好!?」
「主人と結婚する時に贈ってもらったドレスです! 主人に見られているなら、オシャレしないと……てれてれ」
「あの、レーラさん……素敵なドレスなんですけれど……それで調理を? 煙の匂いが付いちゃいますよ?」
「じゃあ、すぐに新しいドレスを新調しなきゃ!」
「いやドレスじゃなくってさ……」
「汚れてもいいドレスを!」
「えっと……どうしましょうか、エステラさん?」
「どうしよう、かなぁ……?」
影響が出過ぎなヤツもいた。
……もういっそのこと、『ドレスの料理人』とかいうイロモノ路線で攻めるしかないんじゃね? 暴走したレーラを止めるのは不可能だって、今日一日で嫌というほど分かったしよ。
「エステラ、ウクリネスに言って、邪魔にならないドレスでもデザインさせてやれよ」
「えぇ~……でもまぁ、それが一番平和かもね………………お金はボク持ちじゃないよね?」
せこいな、領主様は。
そんなに払いたくないなら、レーラの『おめかし資金』から調達しとけよ。
どうせ、旦那のための自分磨きには糸目を付けないタイプだぜ、そいつ。
「袖口と足回りをどうにかすれば、フリルエプロンのように機能的で可愛らしい物になるかもしれませんね」
「ジネットちゃん、一緒に行って意見聞かせてもらっていい?」
「はい、喜んで」
ジネットに縋りつくエステラ。
ウクリネスもエステラも、厨房に立つことはなさそうだしな。プロの目から見た意見を聞くといろいろ発見もあるだろう。
「かうしゃー、おっきゅすきゅん!」
ボーモの肖像画を見つめているガゼル姉弟に、テレサが声をかける。
瞳に、強い意志を滾らせて。
「おとーしゃ、みてぅ、から。けいさん、がんばろーね!」
「「…………う、うん……」」
目、逸らしたー!
って、おいこら。お前らのために会計を簡単にしてやったんだろうが。この表くらいはさっさと使いこなせるようになれ。
「じゅーるーべーのおさらが、はちまい、だったら?」
「「はちじゅうるーべん!」」
「にじゅーるーべーのおさらが、ろくまい、だったら?」
「「ろくにじゅうるーべん!」」
「よし、ちょっとこっちに集まれガキども。……駆け足!」
ガゼル姉弟は掛け算の意味をはき違えている。
というか、理解しようという気概が見えない!
お前ら、そのまま自分本位に生きていると…………母親みたいになるぞ!
いいのか!?
あんな人間になっても!
嫌だろ!?
俺は嫌だ! あんなのが増えるのは!
「というわけで、今日は開店までの時間…………みっちり勉強を教えてやるから、そこに座れ。…………返事は?」
「「は…………はぁい……」」
「ぁい! あーしも、おべんきょー、すゅ!」
ただ一人元気のいいテレサ。うんうん。テレサはいい娘だなぁ。あとでお菓子でもあげようかなぁ。いいこいいこしてやろうかなぁ。
教師が依怙贔屓したくなる気持ち、よく分かるなぁ。
「ヤシロ。教え子に手を出さないようにね」
「出すか、こんな未発達どもに」
「あの……発育のいい娘にも……ダメ、ですよ?」
教え子にはぁはぁしちゃう教師の気持ちは分からんな。
ガキよりも、狙うはPTA!
子持ちのママさん! なんかいい響き!
…………あ、こいつらの母親ってレーラとウエラーか……ないわー。
「じゃー、べんきょーするかー」
「あぁっ、なぜか急激にヤシロさんのやる気が!?」
「アホなことやってないで、ボクたちがウクリネスのところに行っている間、きちんと教えてあげるんだよ。いいね」
「へいへーい」
「『へい』は一回!」
「エステラさん……『はい』でなくていいんですか?」
エステラがジネットを引き連れて店を出ていき、ベッコは「では、四十二区で食品サンプルを欲している人物を探してくるでござる!」と元気に帰っていった。
というわけで、肖像画の前でクルクル踊るレーラと、テーブルの前でうな垂れるガゼル姉弟と、いいこのテレサが残った。
「んじゃ、勉強を始めるか」
「「はぁい」」
「ぁい!」
とはいえ、基礎を教える必要はない。
会計に必要な部分だけをピンポイントで覚えればいいのだ。
「きちんと覚えられたヤツには、キャラメルポップコーンと綿菓子をご馳走してやろう」
「がんばります!」
「ます!」
「ましゅ!」
ガキはこうやって釣るに限る。
……テレサは、頑張らなくてももう出来てるけどな。
「ケーキも付けば、もっと頑張れます!」
「ます!」
「ましゅ!」
「……てめぇら……はぁ、分かった。食わせてやるから、死ぬ気で頑張れ」
「「はいっ!」」
「ぁい!」
こうして、開店までのわずかな時間、ヤシロお兄さんによる算数教室が開催されたのだった。
……その間、レーラはずっと踊ってた。…………気が散るっつの。
あとがき
昔は当たり前のようにどこででも見かけたのに
最近はめっきり見かけなくったものって、ありますよね。
電話ボックス
駄菓子屋さんの前の筐体ゲーム
地面に落ちているプルタブ、BB弾
虫カゴをぶら下げた少年たち
そして、
ドラゴン○エスト4コママンガ劇場
昔はどの古本屋さんに行ってもズラーって並んでたのになぁ!
ちょっと読みたいなぁ、とか思ったら全然売ってなくてびっくりですよ。
電子書籍にもなってないんですもの!
定価で買う気満々ですよ!
電子化、オネガイシャッス!
――と、私信に公共の場所を使う、宮地です。
最近見なくなったといえば、
今はもうないんですかね?
昔、お菓子屋さんでアイスが入っていたあの蓋付きの冷蔵庫。
ガラスの蓋の上から覗いて、選んで、決まったら蓋を開けて、取って、閉める。
半開きだと店のオッチャンに「きちんと閉めりゃー!」って怒られるという、あのタイプの冷蔵庫。
大体のお店で、ブロック塀が一個置かれてるんですよね。
小さい子供が覗き込めるように。
で、中学生くらいですかね?
ブロックを使わなくなってしばらくたったころ
「懐かしい~、アイスでも食うか」って迂闊に近寄って
ブロックに足を「がっ!」ってやって地味に怪我をするんですよねぇ。
私、部活の練習試合の一週間前くらいにそれで足首捻挫しまして。
どんだけアイスに夢中だったんだって話なんですけども……
だって、あの頃はね!
まぁ~るいゴムの中にバニラアイスが詰まっていて、ちょこっと出っ張った先端からちゅうちゅう吸って食べる
おっぱいアイス……もとい、たまごアイスがあったんですもの!
私が子供の頃は「ボンボン」とかいう名前だった気がするんですが、
ちょっと前に「恐竜のたまご」みたいな名前で売ってまして
まぁ、どんな名前になろうが
おっぱい的な形状の先っぽからミルク味のアイスをちゅうちゅう吸うおっぱいアイスですよ、ヤツは。
で、調べてみたら、
『おっぱいアイス』って、まんまの名前の商品もあるのだとか!
ふははは、ついに正体を現したな!
その潔さ、しゅき☆(〃・ω・〃)
まぁ、なんで急にそんな昔語りをしているかといいますと――
売ってないんですよぉ、おっぱいアイス(;_;)
近所のコンビニに!
製造元さん。
是非また作ってください。大量に!
毎日二つずつ買いますよ!
どんなに寒くても、きちんと二個ワンセットで!
子供が食べないなら、大人向けにすればいいじゃない!
今の流行を取り入れて、パッケージに萌え~な美少女のイラストを添えてっ!! 二個入りでっ! A~Iまで、各種サイズを取り揃えてっ!!
……あ、そこまでするとコンビニでは買えなくなりますね……むむむ。
こうして、手に入らなくなってから
それらが当たり前に周りにあふれていたことが如何に幸せだったのか、痛感しますね。
そんな後悔を繰り返さないように、
今、私の周りにあるものに感謝しつつ、
それらを大切にしていきたいと思います。
ここに立ち寄ってくださる皆様、
大好きDA・ZE☆
――と、秋の夜長にちょっとセンチメンタルな気分になってしまった宮地なのでした。
――薬屋さん
ヤシロ「なんつーかさ。『当たり前』って、幻想なんだよな」
レジーナ「なんなん? 急に哲学っぽいこと言い出して。どんな毒キノコ食べたん?」
ヤシロ「食ってたら、まず解毒剤を求めてるわ」
レジーナ「ほんなら、どないしたん?」
ヤシロ「いや、周りにいっぱいあってさ、あるのが当たり前だって錯覚して、大切に出来てなかったものがな……今はどこに行っても見当たらなくて……なんでもっと一秒一秒を大切にしなかったんだろう……ってさ」
レジーナ「なんや、自分……、もしかして、亡くなった両親のことでも思い出して……?」
ヤシロ「いや、ブルマだ!」
レジーナ「はいぃ~い?」
ヤシロ「運動会の時は360度、見渡す限りブルマだらけだったんだよ! 右を見ても左を見てもブルマ! 生足、生ふともも、はみパン!」
レジーナ「はみパンは指摘したりぃ~や。…………まさか、ウチはしてへんかったやろな?」
ヤシロ「お前は白衣を着て後ろからの視線をガードしてたじゃねぇか! 反則だ!」
レジーナ「なんのルールがあんねんな、あんなもんに……。せやかて、ウチかて結構サービスしたったやないか、生ふともも」
ヤシロ「そうなんだよ! ハロウィンでさ、『生ふともも、ひゃっほ~い!』って大はしゃぎしてみたけどさ、よくよく考えたらブルマの方が露出度高いじゃねぇーか、ミニ丈浴衣よりも!」
レジーナ「なんで怒られてんのん、ウチ?」
ヤシロ「あの時は、周りにいろんな生脚があって、お前の生脚はトータルで48分57秒くらいしか見てなかったんだよなぁ」
レジーナ「『くらい』っちゅう割には細かい数字やな……『見過ぎ』と怒るべきか、『全然見られてへん』とへこむべきか、『しょーもなっ!』って呆れるべきか悩むなぁ……しょーもなっ!」
ヤシロ「だから俺は思ったんだよ。これから先、もし道端におっぱいが落ちていたら――」
レジーナ「落ちてへんけどな」
ヤシロ「見逃さずに持ち帰って、大切に保管しようって」
レジーナ「だから、落ちてへんっちゅうのに」
ヤシロ「もしどこかで落ちているおっぱいを見かけたら声をかけてくれな」
レジーナ「聞きぃや! 落ちてへん!」
ヤシロ「それ、俺のおっぱいだから」
レジーナ「ネコババやで、それ」
ヤシロ「もしかしたら、七個集めると願いが叶うかもしれないし!」
レジーナ「誰か、片乳だけ落とした人がいやはるんやなぁ」
ヤシロ「今日は、それを伝えに来たんだ」
レジーナ「何しに来とんねん」
ヤシロ「じゃ、レジーナ! ブルマ、よろしく!」
レジーナ「え? なに? なんの流れで? よろしくてなんなん!? ちょう、待ちぃて! よろしくてなんなん!? なぁ!?」
体育の授業、もっと真面目に受けておけばよかった!
真面目に、ガン見しておけば…………っ!
……あ、それ、真面目に授業受けてねーや★ てへっ☆
皆様、
今、当たり前にそばにあるものを大切にしましょうね。
(ブルマの話なのに綺麗にまとめてみたりするこの努力を評価してください!)
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




