無添加86話 トムソン一家と英雄と
店の前で、陽だまり亭から持ってきた木材を組み立てる。
事前に用意しておいた中央に七輪を組み込める穴の開いたテーブルだ。
組み立てるだけだから物の十分で完成した。それが三脚。
「ヤシロさん、炭の準備も整いました」
「よし。じゃあ、そろそろ始めるか」
テーブルを店内へ持ち込んで、適当に椅子を拝借する。
四人掛けのテーブルが三脚で十二席。
俺、ジネット、エステラ、ルシア、ギルベルタ、マーシャ、バルバラ、テレサ、モーガン、レーラ。それにレーラの二人のガキどもでちょうど十二人だ。
「あの……今日は、来てくれてありがとう、です」
「ありがとう、です」
二階にいるように言われていたガキどもも呼んで、席へと着かせる。
畏まった姉弟が母親に寄り添うように肩を寄せ合っている。
おそらく、他人が座ると緊張するだろうから、トムソン一家のテーブルにはモーガンを置いておく。
で、俺たちは……
「えーゆーしゃ! いっしょ!」
「ジネぷーは私と一緒だ!」
と、押しの強い二人に押されて、『俺、テレサ、バルバラ、エステラ』『ジネット、ルシア、ギルベルタ、マーシャ』という組み分けになった。
まぁ、肉を焼くだけだからどんな組み合わせでもいいんだけどな。
「エステラ、バルバラ、ルシア、マーシャが組になればよかったのに」
「それ、ボクの胃がストレスでやられちゃうから」
小皿をてきぱき配膳しながらエステラがこっちも見ずに突っ込んでくる。
ながらツッコミとか、ちょっと杜撰なんじゃねーの?
向き合いたくなかっただけかもしれないけどな。
「さり気にそばにいる、いつも、微笑みの領主は、友達のヤシロの」
「そ、そんなことないよ!? たまたまだよ! たまたま!」
ギルベルタにはがっつり食らいついていく。
ギルベルタが向きを変える度に正面に回り込んでいく執拗さだ。
もういいから、小皿並べろ。
「はい。まずはお肉です」
大皿に載せた肉をジネットが運んでくる。
厨房を借りて肉を切ってきてもらった。結構な量があったが、さささーっと手際よくカットしてくれた。
モーガンが手伝うと申し出たのだが、「こんな薄く切ったことはねぇなぁ」と結局辞退した。
「行き渡ったな?」
肉と小皿、自家製の焼肉ダレとカット野菜。
野菜も一緒に食わなきゃダメだろう、焼肉なんだから!
野菜の皿にはたまねぎにピーマン、にんじん、キャベツ、そしてトウモロコシが盛られている。
「ん? これ、とーちゃんのトウモロコシじゃねぇな?」
「それはスイートコーンだよ」
かつて、ウーマロが三十区の領主の館の修繕を請け負っていた頃にお土産としてマグダに買ってきたヤツだ。
あの当時は丸齧り出来るスイートコーンは希少で貴族の食べ物とか言われていたが、今となっては四十二区でも栽培しているポピュラーな一品になった。
ハムっ子農場の品種改良野菜の成功例の一つが、このトウモロコシだ。
ヤップロックの助言と協力もあってあっという間に増産に成功し、コストも可能な限り抑えることに成功している。
今ではアッスントが結構お手ごろな価格で取り扱っている。
「とーちゃんのトウモロコシの方が美味いと思うけどなー!」
「いや、食い方によって品種を変えてるだけだろうが」
どっちが優れているとかねぇんだよ。
ポップコーンやフリントコーンよりスイートコーンの方が焼肉には合ってるってだけだろうが、拗ねんなよ。
つか、お前んとこの畑で栽培してないだけで、監修はヤップロックなんだっつうの。
「おい、若いの。本当にこんな薄っぺらで食うのか? 肉ってのはもっとこう、がっついて、アゴがダルくなるくらいの歯ごたえこそが醍醐味だろうよ。それをこんなぺらっぺらのよぉ……」
「いいから、ちょっと黙って見てろ」
言って、俺はバラ肉を金網の上に載せる。
七輪のサイズに合うようにと、以前ノーマに作ってもらった金網だ。なんでも、表面に特殊な加工をしているから焦げ付きにくいらしい。……あいつ、手作業で日本の科学技術を超えたりしないだろな? 1/1000ミクロンの溝、とか、刻めるようになったりして……
ま、さすがにそこまでの技術はないが、金網の表面が波打っているため接地面が少なくなって焦げ付きにくくなっている。とはいえ、肉はさすがに焦げ付くけどな。何もないより随分マシだ。
「まずこうやって、自分が食べる分の肉を金網に載せて、じっくりと焼く」
「カタクチイワシ、もうよいぞ」
「まだ早ぇよ」
横から口を挟んでくるルシアを無視して肉を焼く。
じんわりと脂が浮き上がり、玉になった牛脂が金網を潜り抜けて七輪の中の炭へと落ちる。
じゅっと小気味よい音と共に、脂の甘く香ばしい匂いが煙と共に立ち上る。
あはぁ、美味そう。
「ほら見たことか、もったいない! 今の一滴分うまさが逃げていったぞ、カタクチイワシ!」
うるせぇなぁ……
俺は両面適度に焼くのが好みなんだよ。
「で、ひっくり返して――」
「あぁ、もう茶色いではないか!」
「やかましい! もう好きにしていいから自分で焼いて食え!」
「いや、貴様が焼き終わってから、本当の焼き方を教えてやろう。しかと見て学ぶがいい」
いいよ、お前のほぼ生だから……
「で、肉が焼けたら好みのタレにつけて、白飯にワンバウンドさせて……食う!」
んまーい!
「あぁ……うまぁ……幸せ」
「ご飯で食べたい方にはこちらの濃い口が、お子さんにはこちらの甘口が、お酒を嗜まれる方にはこちらの辛口がお勧めです」
ジネットが小瓶に分けたタレを紹介する。
今回はルシアもいるし、モーガンを今後も引き続き協力させる目的もあるしで、酒を用意している。
モーガンが好きだと言っていた辛口の酒だ。
「ふむ。では、肉の醍醐味をまったく理解していないカタクチイワシに代わって、私が正しい焼き方をレクチャーしてやろう」
そう言って、ルシアは大皿から牛バラ肉を一枚取ると、金網に載せて、さっ、さっと二度ほどあぶった後、自分の小皿へ載せた。
赤っ!
生っ!
お前は野生の獣か!?
「これをタレにちょっとだけつけて――つけ過ぎは愚か者の所業だ。ちょっとでいい。タレは美味いが、肉本来の旨みを堪能するにはチョイ付けが鉄則だ――そして、口の中へ放り込む。…………もぐもぐ……あはぁ、とろける美味さだ」
モーガンがごくりと喉を鳴らす。
あまりに美味そうだったからか……はたまた、好みだと言っていたルシアの『美味そう顔』が殊の外セクシーだったからか……
恍惚とした表情で食うからなぁ、ルシアは。ベルティーナの幸せ笑顔とは別種の、何気にちょっと艶やかな表情だ。
ちなみに、真っ赤なほぼ生肉を食うルシアを見て、もう一人の領主は眉間にしわを寄せて「くわっ!」って表情をしている。
なに、その顔?
威嚇なの?
「ルシアさんのは焼肉じゃなくて温め肉ですよ。ボクが本来の焼き方を披露してあげましょう」
「いや、いらぬ。エステラは肉の出涸らしを好む変わり者だからな」
「出涸らしじゃないですよ!? 余分な脂を落とすことで肉の繊維が持つ奥深い味わいが……!」
「そんな奥深くまで探索せんでも、表面に旨みが十分あるではないか」
「違うのになぁ~! なんでルシアさんはこの繊細な、味の向こう側を理解しないのかなぁ~!?」
肉の焼き加減について語るヤツは漏れなく煩い。
好きに焼いて好きに食えよ。
「あ、あの、陽だまり亭さん」
レーラが困惑したような表情でジネットを呼ぶ。
「どの焼き方が正しいんでしょうか? あの、お恥ずかしながら、私、主人のことは心の底から愛し、あの空の高さよりもはるかに理解しておりましたが……主人の技術に関してまでは理解が及んでおりませんで……正解が分からないのです」
ノロケをぶっこんでくるな。
「技術を盗もうと、主人の仕事風景をじっと観察していたのですが……働く主人が眩し過ぎて、まともに見つめることも困難で、見つめたら見つめたで、真剣な表情が素敵過ぎて見惚れてしまって……技術面にまで目が向かなかったんです! 仕方ないですよね、だって主人、素敵過ぎましたから!」
「え……っと、す、素敵な方だったんですね」
「はい! 分かってくださいます? さすが、本物を知っているプロの方は違いますね!」
こいつはジネットを何のプロだと思ってやがるんだろうか?
料理のプロは別に男を見極める目を養ってはいないぞ。
「ですので、正解を教えていただければ……」
「正解はありません」
ジネットはきっぱりと言い切る。
予想外だったのかレーラは目を丸くするが、ジネットの言うことは正しい。
正解などない。
正確に言えば、正解は人の数だけ存在する。
「で、でも、それじゃお肉が美味しく焼けないのでは……」
「美味しく焼く方法があるとすれば、ただ一つです」
レーラの不安を消し去るような満面の笑顔でジネットは断言する。
「みなさんで、楽しくわいわい食事をすることです」
レーラが目を真ん丸くする。
蠱惑的にも見える目の下のラインとのアンバランスさで、なんだか無性に可愛らしく見える。
隣で同じように目を真ん丸くしている娘、息子とそっくりだ。
「モーガン」
正解が分からず戸惑うガゼル親子に分からせるため、俺はモーガンにトングを渡す。
生肉を七輪に載せる際に俺は菜箸を使っていたが、モーガンにはトングの方が無難だろう。
箸を使えるヤツは結構いるが、使えないヤツも結構いる。
万が一モーガンが箸を使えない場合、無用な恥をかかせることになるからな。
「ちょっと焼いてみろよ。これが一番美味い焼き加減だって感じで」
トングを手にしたモーガンは戸惑った様子を見せていたが、すぐさま考えを切り替えたのか、自信に満ちあふれた表情へと変わる。
「ふん。しょうがねぇな。肉のプロフェッショナルが、本当に美味い焼き方ってのを教えてやるぜ」
カチン!
と、トングを鳴らして、モーガンが薄切りのバラ肉を挟む。
「とはいえ、こんな薄い肉は初めてだからなぁ」
「お? 怖気づいたか?」
「バカ言え! どんな肉であろうと、オレが焼けば美味くなる!」
いい具合に面白がって、モーガンが目を爛々と輝かせる。
七輪の上に手をかざし、熱量を確認する。
そしておもむろに肉を載せ、真剣なまなざしでその表面を睨みつける。
肉がじわりじわりと波打ち、表面にぷくぷくと脂が浮かぶ。
艶のある脂が光を反射して輝いて見える。
「よし、今だ!」
肉がひっくり返されると、金網の目から零れ落ちた脂が木炭の上で弾ける。
「これくらいでいいだろう!」
裏面は軽くあぶる程度で止め、モーガンが焼きあがった肉をじっと見つめる。
そして、一呼吸の後に口の中へと放り込む。
「うぉっ!? 美味ぇ! オレぁ、もしかしたら天才なんじゃねぇか?」
自分で焼いた肉が美味かったようで、自画自賛している。
「だが待てよ……これならもう少しサッと炙る程度でも…………よし、もう一度だ」
自分の中で何かを感じ取ったのか、モーガンが次の肉をつまみ上げる。
そして、七輪の中心部に肉を置いた――瞬間、七輪から炎が上がる。
「うぉおおぅっ!?」
「脂身の多い肉ばっかり焼くからそうなるんだよ」
言いながら、燃え上がる炎の上にニンジンのスライスを載せる。
脂が落ちない野菜は鎮火に最適だ。
焼肉屋に行くと氷なんかをくれることがあるが、この街には氷がないからな。
「こんな危険なことを客にやらせるのか!?」
「けど、ちょっと面白かったろ?」
「どこがだ!」
「でも、ほら」
と、俺たちのテーブルを指し示すと、モーガンの表情が険しくなった。
「ぶふっ! 初心者が絶対やるヤツだよね、アレ!」
「ふふん。モーガンよ、それが焼肉の洗礼だ」
「通る道、誰もが、焼肉を焼く者であれば」
「アーシもやったけど、ロレッタは何回もやってたよな、テレサ?」
「うん! ロレねーしゃ、なんども『ぼぉ~!』してた~!」
「くすくす~☆ 今の驚いた顔……くすくすくす~☆」
「えぇい、笑うな小娘ども!」
各人、それぞれ最低一回ずつは焼肉ファイアーを起こして「うひゃあ!?」とか悲鳴を上げていたからな。他人が同じ過ちを犯すのが嬉しくて仕方ないのだ。
「おそらく、モーガンも誰かを連れてきて同じ状態になったらそいつを指差して笑うだろうな」
「オレぁそんなこと……いや、まてよ……ぺぺの野郎なら、きっと滑稽な顔で驚きやがるに違いねぇな…………ふふ、奢ってやるって言やぁアイツなら絶対ついてきやがるよな……よぉしよし、……ふふふ」
ほらみろ、悪ぅ~い顔してやがる。
「こうやって、驚いたり笑ったり、『こうすると美味しいですよ』とか『こういうやり方もありますよ』とか教えあったり、焼いてあげたり焼いてもらったりして、楽しくわいわい食べるのが焼肉の美味しい食べ方なんです」
ジネットがレーラにそんな説明をする。
そして、トングを二つと菜箸を一つ手渡す。
「みなさんもやってみてください。きっと楽しいですよ」
ただし、火傷には十分気を付けて――と、注意事項を追加する。
レーラは戸惑いながらも、トングをガキどもに渡し、自分は菜箸を握る。
「いいかガキども。食う時は自分の箸、網に載せる時は口を付けない箸かトングで肉を掴むんだぞ」
焼肉にも最低限のマナーは存在する。
口を付けた箸で肉を掴むと不衛生ってこともあるが、生肉を触った箸を直接口へ入れるのは避けた方がいい。食中毒は怖いからな。
その辺は、今後焼肉をする者すべてに周知していきたいところだ。
「ひ、火が、出たら…………こ、怖い……」
トングを握りしめて顔を真っ青にする姉の隣で、弟が同じく青い顔でこくこく頷いている。
「だからトングなんだろうが。そんだけ離れてりゃ危なくねぇよ」
「あ……そっか」
トングの長さを見て納得した姉。
おそるおそる肉を掴んで、金網へと載せる。
載せたそばから肉が焼けていく。
「ほら、オックスもやってごらん」
「う、うん……」
オックスと呼ばれた弟も、おそるおそる姉のマネをして肉を金網に載せる。
……ガゼル人族なのにオックス(牛)って。
「そうそう、そこに、そっとね……はい、よく出来ました」
「あはっ、できた」
オックスが姉を見上げてにっこりと笑う。
姉は嬉しそうにオックスの頭を撫でてやっている。
とかなんとかしている間に、どんどん焼けていく姉の肉。
「焦げるぞ」
「へ? ぅぁああああ!? ど、どど、どうしよう! お母さん、お肉が! 私のお肉がぁ!」
「だ、だだだ、大丈夫よ、落ち着いて! こういう時はひっくり返せば――ファイアァァアアアー!?」
慌てて肉をひっくり返した瞬間に七輪から業火が立ち上った。
髪を逆立てて悲鳴を上げるレーラ。
オックスが慌ててニンジンスライスやキャベツを網の上に手掴みで放り込む。
火が収まった時、ガゼル親子は三人で身を寄せしっかりと抱き合っていた。
心臓の鼓動に比例して大きく見開かれる瞳。
それがふと歪み、次の瞬間に弾けるように笑い声が湧き上がってくる。
「あははは! 怖ぁ~い!」
「怖かったねぇ~!」
「そ、そうね。ちょっとね、でも……うふふ…………ちょっと楽しいわね」
心臓を押さえ、炎の熱を浴びた頬を撫で、前髪が焦げてないかと戯けて確認して、親子三人が笑い合う。
そんな光景を静かに見守る。
同じテーブルに座るモーガンも、口を引き結んで親子を見つめている。
なんだよ、モーガン? ちょっと泣きそうなのか?
家族同然に可愛がっていた男の最愛の家族。ずっと苦しんで行き詰まっていた家族が、今再びこうして笑い合っている姿に、うるっときちゃったのか? ん?
「レーラ、カウ、オックス」
モーガンが順番に親子の名を呼ぶ。
そして、ざりっとアゴ髭を撫でて、親子に顔をずいっと近付ける。
「どーしてくれる!? オレの肉が野菜に埋もれちまったじゃねぇーか!」
怒鳴ったぁー!?
えぇええ!?
なんでキレてんの、この人!?
「折角いい感じに育ててたのによぉ!」
肉を焼くことを『育てる』って言うな!
――って、いうか、勢いに押されてスルーしかけたけど、姉ガゼルの名前カウっていうのか?
こっちも牛じゃねぇか!
なに? 父親の職業にちなんだ名前にしたの? しちゃったの!?
ややこしいことこの上ないんですけども!
そういや家族で唯一トムソンガゼルじゃないヌー人族がトムソンって名前だったんだっけな、この家!
何この一家!? ややこしい!
「ほら、野菜退けろ! 肉が焼けねぇ!」
「ご、ごめん、モーガンおじさん」
「大人げないよ、ミスター・オルソン。子供のしたことじゃないか。目くじらを立てるのはやめたまえ」
「うっせぇ、領主の出る幕じゃねぇんだよ! オレは牛飼いだ! 肉には妥協をしねぇ!」
……の、割には肉の販路拡大が滞っていたようだが?
分厚く切ってかぶりつく以外の食い方の研究も疎かになっていたようだが?
目に付いたところだけに凝ったところで「妥協しない」ってことにはならないんじゃねぇのか? ん?
「カウ、オックス。こっち来い。ちょっとテーブルが狭くなるが、テレサと一緒に食えばいい」
「は、はい。あの、よろしく、お願い……します」
「します!」
俺が席を空け、カウの座っていた椅子を一脚持ってくる。
「ジネット、野菜をそっちで焼いてやってくれ」
「はい。ヤシロさんはどちらで召し上がりますか?」
「俺は別に食わなくていいよ。ここでこいつらに食い方を教えてやる」
陽だまり亭でそこそこ食ってきたしな。
俺が指導に回ると聞き、ジネットも俺に追随するようだ。
まぁ、ジネットは今間食を控えなきゃいけない時だしな。
「とりあえず、レーラもドンドン肉を焼いて焼肉を体験してみてくれ」
「は、はい……モーガンさん、お邪魔します」
「おう。だが、こっからこっちはオレの陣地だ。入るんじゃねぇぞ」
陣地って……
なんて器の小さい初老だ。
「カウさん、オックスさん。野菜は熱を加えると甘みが増しますから、こうやって焼いてあげると凄く美味しくなるんですよ。こちらのタレに絡めて食べてみてください」
焼いたキャベツを甘口のタレにつけて手渡すジネット。
オックスが一瞬眉根を寄せた。あ、こいつ野菜嫌いだな? 肉ばっか食っているタイプか。
まぁ、いいから食ってみろ。
しゃくっと音を立ててオックスが焼きキャベツを齧る。
「…………ぁ、まぁ~い」
「ホント、オックス?」
「うん! すごく甘い! お姉ちゃんも食べてみなよ!」
「死んでも、イ・ヤ」
姉の方が筋金入りの野菜嫌いだった!?
「よぉし、バルバラ。俺がカウを押さえつけるから無理矢理口にキャベツを押し込んでやれ」
「おう!」
「ちょっと待ってください! 食べます! 自分で食べますから!」
俺の本気度を肌で感じたのか、カウから泣きが入った。
俺の前で好き嫌いは許さん。
「うぅ……私、虫じゃないのに……」
虫じゃなくても野菜を食うわ。
「ぅ~…………あ~…………む……………………あまぃ……甘い!」
勢いに乗ってタレ皿の中のキャベツを一気食いするカウ。
口の周りにタレがべちゃべちゃついている。
「おい、子供たち! トウモロコシ食ってみろ。とーちゃんのじゃないけど、トウモロコシは美味いぞ」
「うん! ……トウモロコシって、どれ?」
野菜の山を見て首をかしげるオックスを見てバルバラが笑う。
「なんだよ、知らないのか? しょーがねぇな。アーシが焼いてやるからちょっと待ってろ」
「うん! ありがとう、お姉ちゃん!」
「おっ! アーシはお前の姉ちゃんか! いいぞ、姉ちゃんって呼んでも! お前も呼んでいいからな!」
オックスにお姉ちゃんと呼ばれて上機嫌のバルバラ。カウにも姉呼びを強要する。が、カウはちょっと引いている。
呼べと言われてすぐ呼べないよな。
「エビも美味しいんだよ~☆ よ~し、マーシャお姉ちゃんが焼いてあげよ~☆」
どこに対抗意識を燃やしたのか、面白がっているだけなのか、マーシャが水槽から車エビを引っ張り出してきて網の上に載せる。
すげぇ、贅沢。
こいつは海産物を広めたいだけなんだろうな。
もしかしたら、お姉ちゃんって呼んでほしいのかもしれないけれど。
俺たちのテーブルで野菜が、ジネットたちのテーブルで海産物が焼かれている間、レーラとモーガンはひたすら肉を焼いていた。
「コレもいい! が、まだ上があるはずだ! 今度はタレとの相性も考慮してみるか……」
「結構簡単ね……けど、本当にこれで美味しいのかしら……私は美味しいと思うけど……けど、でも…………」
肉の焼き加減と味の比較を延々と繰り返している。
そうやって研究するとどんどんハマっていくんだよな、焼肉って。
「あの、陽だまり亭さん!」
レーラがジネットを呼ぶ。
背筋を伸ばして、真剣な顔で。
「陽だまり亭さんのお勧めの焼き方ってありますか?」
「お勧めですか? 陽だまり亭というか、『わたしの』でよければお教えしますよ」
「是非お願いします!」
ジネットが移動して、レーラたちの七輪に肉を載せる。
「まず、片面をじっくりと焼きます。少し焦げるくらいでもいいと思います」
最も火力が強い七輪の真ん中に肉を載せ、暫し肉を見つめるジネット。
肉が反り返り、身が縮んできたところで素早くひっくり返す。
「そして、反対側はそれほど焼かず、余分な脂を落とすくらいで結構です」
焼けた肉を小皿へと移しレーラへと差し出す。
「濃い口のタレに半分食らいつけて食べてみてください」
「半分、ですか?」
「そうすることで、タレのコクと脂身の甘さと焦げの香ばしさが堪能出来るんです」
レーラが探るような手つきでジネット作の焼肉を口へ運ぶ。
「美味しい……! 焼き方でこうまで変わるんですね……」
「あくまで一つの例ですよ。正解はありません。たとえば……」
そう言ってもう一枚肉を焼き始める。
今度も七輪の真ん中に肉を置く。
その上に刻んだネギを少量載せて、塩を一つまみ。
肉の周囲が色付いたところで上からレモンを搾り垂らす。
ネギが零れないように器用に肉を巻いてレーラの皿へと移す。
「今度は何も付けずに召し上がってみてください」
「……あっさりしてるわ」
「タレの味に疲れた時には、こうやって味を変えるのも楽しいですよ」
にこにこと自信たっぷりにプレゼンをするジネット。
なのだが……それ、昼間に俺が好きだって言った焼き方じゃねぇか。それをお勧めにするなよ……ちょっと照れるだろうが。
ジネットは『自分が美味しいと思う料理』はあまり作らない。基本的に『誰かが美味しいと思ってくれる料理』ばかりだ。
……で、俺が好きな焼き方をお勧めにするって……俺のための料理みたいじゃねぇかよ。……ったく。あ~、暑い暑い。七輪のそば、暑いわぁ。
「おいしい!」
カウの歓声が聞こえ視線を向けると、口の周りにタレをべったりとつけて、トウモロコシをもっしゃもっしゃ咀嚼していた。
「だろぉ?」
「はい。トウモロコシって、美味しいです!」
「バッカ、カウ! 敬語とか、アーシにはいいんだよ。姉ちゃんなんだからな」
「うん! ありがとう、バルバラお姉ちゃん!」
カウがバルバラに懐いた。
そんなにトウモロコシが美味かったのか。
……そのトウモロコシとバルバラにはなんの関係もないのに。
ただ焼いただけで好感度うなぎ登りじゃねぇか。ズルくね?
「は~い、エビも焼けたよ~☆ 熱いから気を付けてね☆」
ご丁寧に、殻の剥かれた焼きエビがカウの皿へと移される。
焼いたエビを焼きタレで食うと、美っ味いんだよなぁ。なんだろうな、あのバーベキュー感? なんであんな美味いんだろう。
「んんっ!? すごい! 美味しい!」
「でしょでしょ~?」
「こういうのを食べてると、マーシャさんみたいになれるんですか?」
カウがガン見してる!
『マーシャさんみたいに』の『みたいに』の部分を!
俺が最もガン見するのと同じ場所を!
エビに豊胸効果ってあったっけなぁ?
けどまぁ、頑張れよカウ! 俺は応援しているぞ!
……遺伝的には、ちょっと期待薄だけども。
「なれるかもだし、なれないかもだね~☆ ……でさ、マーシャお姉ちゃんって呼んでいいんだよ?」
あ、呼ばれたいんだ。
そういえばマーシャの周りにいるのって同年代か変態ばっかだもな。
デリアとかエステラとかルシアとか脚フェチ半漁人とか。
さて、同年代と変態の境界線はどこだろうか?
どうやらマーシャも年下に慕われたいようだ。
飛び入りで海漁ギルドに入ったニッカのこと、かなり可愛がってるって言ってたしな。年下を侍らせたい欲でも持ち合わせているのだろう。
「お肉に野菜、何種類かの海産物があれば飽きることなく焼肉を楽しめると思いますよ」
海産物は、今はまだ割高になるだろうけどな。
けれど、そんなメニューを揃えておけば焼肉屋としては十分だろう。
アルコールは以前から仕入れていたようだし、あとは美味い白飯の炊き方を覚えれば十分競合他社とやり合える。
「どうかな、レーラ」
エステラが静かに言って、立ち上がる。
「ボクたちは決して押しつけるつもりはないんだ。でもね、カウやオックス、それに君自身もおそらくそうだと思うんだけれど……このお店を畳みたくないんじゃないのかな? ボクには、そんな風に見えるんだけど、違うかい?」
自分たちは選択肢を用意しただけで、あくまで決定権はレーラたち家族にある。
そんなスタンスでエステラが問いかける。
今すぐに決められなくても、こういうやり方もあるんだと知っておけば判断材料が増える。
いろいろな面から見て、考えて、最適であると思える選択をすればいい。
「決めるのは君たちだ。ボクたちは、ただお節介を焼きに来ただけだからね」
エステラがレーラに微笑みかけ、カウとオックスに視線を向ける。
カウとオックスは縋るような視線を母親へと向ける。
何も言わない。言ってはいけないとでも思っているのだろう。けれど、言いたいことが溢れ出している。丸分かりだ。そんな顔で、母親を見つめている。
やがて、その場にいる者すべての視線がレーラへと向かう。
みんなに見つめられて、レーラは俯く。
俯いて、小刻みに震える。
「皆様のお気持ち……本当に、言葉に出来ないくらいにありがたくて……嬉しくて…………泣きそうで…………ですが、あの……出来る、とは、思えないんです、その……私なんかに……」
焼肉は、やってみれば意外と誰もが焼くことにハマるものだ。
わざわざ店員を呼んで「焼いてくれ」ってヤツはそうそういないだろうから、『肉屋』としての技術がないレーラたちでもやっていけるだろう。
けれど、それでもレーラの表情は固い。
「確かに、お客さんが自分で好きなように焼いてくださるなら、それはもう本当に助かります。けれど……それでも…………」
レーラが俯き、ぎゅっと目を瞑る。
「自信が、ないんです……あの人のように……主人のようにお店を盛り立てていける自信が…………」
目の下の黒いラインに沿って、涙の粒が静かにこぼれ落ちる。
「あの人が……主人がヒレもロースも兼ね備えたTボーンステーキだとしたら……私は、加工品の素となる皮や工芸品の素となる骨にすらなれない内臓……なんの価値もない内臓みたいなものなんです。私一人じゃ……このお店を守れ……な……」
「バカヤロウ!」
涙し、俯くレーラを、バルバラが叱責する。
椅子を倒す勢いで立ち上がり、ずかずかと歩み寄る。
勢いそのままに、レーラの胸倉を掴み上げる。
「バルバラさん!? 乱暴はダメですよ!」
「下がっててくれよ、店長! こういうバカは、きちんと言ってやらなきゃ分かんねぇんだ! 分かってないことにすら気付いてねぇんだよ!」
止めようとしたジネットを睨むバルバラ。
ジネットがハラハラした顔で俺を見る。
確かに止めないと危険かもな。バルバラ、バカだし。
レーラの煮え切らない態度に業を煮やしたのだろうが、何をそこまでムキになっているんだ、あいつは。
「おい、バルバラ。いいから落ち着け」
「下がってろ、英雄! こういうバカは、きちんと言ってやらなきゃ分かんねぇんだ! 分かってないことにすら気付いてねぇんだよ!」
……ん?
デジャブ?
つか、なんだこの感じ? ……妙に、二の腕あたりがぞくぞくするんだが。
「おい、お前。今日初めて会って、ほんの十数分見ただけではっきり分かったけどさ……お前、バカだろう?」
眉間にシワを寄せて、バルバラが言う。
同時に、いや~な汗が俺の背中を伝い落ちていく。
……このバカサル女、まさか…………
「おい、オバサン。お前ぇは最っ初から最っ後まで、徹頭徹尾間違ってるぞ」
物凄い既視感あるー!?
つか、エステラが『会話記録』引っ張り出して当時の記憶をサルベージし始めてるー!
ジネットも「あれ? これ?」みたいな顔でこっち見てるー!
……ヤップロックのアホめ、何を、どこまで細かく言い伝えてやがるんだ……忘れろよ、もういい加減!
で、広めるな!
受け継ぐな!
「金が無くて、飯が食えないんだよな?」
「い、いえ、幸い、主人の残してくれたお金がありますので、食事は大丈夫…………」
「バレてるぞ。息子にも、しっかりとな」
食えてるつってんだろ!
聞けよ、話を!
っていうかさぁ!
状況が違うんだわぁ! その時と今回と!
「もう一回言ってやる、徹頭徹尾間違ってるからな!」
気に入ったところだけ繰り返すな! 決め台詞的な扱いやめて!
「お前ぇは父親だろうが!」
どう見ても母親だろうが!
「金がないなら、お前ぇが働くしかねぇだろう!」
だから働くつってんだよ、レーラは!
そして金はまだある!
「飯が一人前しか買えないってんなら、子供たちの分までぶんどって、まずはお前ぇの腹を満たせよ!」
家族三人、みんな満足してんの! いい加減分かって!
「んで、死ぬ気で働いて四人分の食費を稼いでみせろよ!」
一人増えたよー!?
誰の分!?
四人目は誰!?
「今我慢させた分、しっかりと贅沢させてやるのが父親のやるべきことだろう!」
満足してんだ、ガキどもは! 飯に関してはな!
で、母親! 丸覚えしか出来ないのか、お前は!? ははは、バカだなー! バカなら黙ればいいのに!
「違うか!?」
「違ぇわ!」
ついに言葉が出てしまった。
……ちっ、エステラが『会話記録』を見ながらめっちゃ肩を小刻みに揺らしてやがる。水没とかしてデータ全部ふっとべばいいのに。
「バルバラ……ちょっといいか?」
「下がってろ、英雄! こういうバカは、きちんと言ってやらなきゃ分かんねぇんだ! 分かってないことにすら気付いてねぇんだよ!」
「バカはお前だ!」
「痛い痛い痛い痛い! 英雄、指っ、指はそっちには曲がらねぇよっ!?」
非力な者でも達人に勝てる方法がある。
小指を握って逆に思いっきり曲げてやるのだ。さすがに小指一本でこっちの右手のパワーには敵わない。……デリアやマグダには効かないかもしれないけれども。
「違うんだよ! とーちゃんがな、間違っているヤツは、自分でその間違いに気付けてないからちゃんと教えてやらなきゃダメだって!」
「で、自分の間違いを指摘された時、お前はヤップロックに何をした?」
「息の根を止めて黙らせてやろうとした」
「実体験でダメな例を体験してんじゃん! そこで気付けよ!」
「けどアーシ、このオバサンになら勝てるぞ?」
「力でねじ伏せて言うこと聞かせるのが目的じゃないから、その一連!」
「そうだよ、バルバラ。ヤシロはね、そのセリフで人の心に訴えかけたんだよ」
「そういうことでもねぇよ、エステラ、バカ、この、エステラ、バカ!」
エステラが面白がって参戦してきたので「ハウス!」と椅子に座らせる。
ったく……「くくっ、ヤシロは照れると語彙力が乏しくなるから分かりやすいよねぇ」じゃねぇっつの!
言葉のファンタジスタだぞ、俺は。ばーかばーか、ぺったんこー。
「バルバラ。お前に二つ言いたいことがある」
「なんだ?」
「一つ。相手の状況や気持ちを汲み取れないのに自分の意見を押しつけるのは無責任だからやめておけ。恨みを買うことになるぞ」
「む……せきに……ん?」
『徹頭徹尾』の前に『責任』って言葉を覚えろ! 脳に刻み込め!
「バルバラさん。無責任とは、責任を負うこともしないずるい人という意味ですよ」
「おぅ、責任は知ってるぞ! 姐さんが最強のヤツだ!」
こいつ、デリアがよく言う「あたいは責任感が強いから!」を最強と捉えているのか……
強制翻訳魔法の力で意思の疎通は出来るんだが、言葉の意味を理解しているかがいまいちはっきりしないんだよな……こいつ、テレサを守る責任があるとか、そんな意味のこと言ってなかったっけな?
『オレ、頼りになる系っつの? そーゆーのマジヤバいから!』を『自分は責任感が強いです』って翻訳している可能性もあるんだよな……融通利き過ぎて逆に不便になってないか、強制翻訳魔法?
あぁ、まぁいいや。
「とにかくだ、バルバラ。ずるい姉になりたくなかったら、無責任な発言には注意しろ」
「おう! アーシは責任最強の姉ちゃんになる予定だからな!」
……うん。まぁ、たぶん無理なんじゃね? 知らんけど。
「で、もう一つ」
人差し指を立てて見せ、それをバルバラの鼻の頭に「ぐりぃいんんんんっ!」と押しつける。
「……そのくだらないセリフをそれ以上広めるな。な?」
「痛い痛い痛い! 乱暴はダメだって、シスターと姐さんが言ってたぞ、英雄!」
うん、説得力なし!
よって聞く必要もなし!
「バルバラさん……だったわね」
俺から逃れ、涙目をこするバルバラに、レーラが歩み寄る。
目の前まで来て、バルバラの手をぎゅっと握りしめる。
「私、目が覚めたわ! 心、打たれました!」
打たれちゃったかぁー!?
あいたたたぁー!
「あなたは、私の英雄よ」
新たな英雄の誕生である!
……って、やかましいわ!
新たなってなんだよ!? 俺、認めてねぇわ、俺が英雄だってこと!
じゃあくれてやるよ、英雄の称号!
おめでとうバルバラ、今日からお前が英雄だ。
「アーシの言葉じゃねぇよ。こっちの英雄がアーシのとーちゃんを救った時に言った言葉なんだ」
「こちらの方が…………、英雄様」
増えちゃったー!?
俺を英雄と呼ぶ人口が着実に増えている! 由々しき事態だ!
ヤップロックに損害賠償を請求したい! しなきゃ! してやるんだからね!
「これまで、どこかに逃げ道がないかって縋りついていましたが……今の言葉で、私、決心しました」
すっと背筋を伸ばし、レーラが真正面を見つめて宣言する。
「私、お店をきっぱり畳んで外に働きに出ます!」
思惑と真逆の結果に行きついちゃったー!?
「子供たちの幸せのために、お金を稼ぎます!」
「ちょっと待とうか、レーラ! 一度落ち着いて!」
エステラが慌てて立ち上がり、レーラの肩を掴んで強引に着席させる。
「子供たちの顔を見てごらんよ」
「子供たちの?」
そうして、ガキどもの顔を窺がうと……あ~ぁ。すっげぇがっかりした顔してやがる。
そりゃそうだ。
「どうしたの、あなたたち? 母さん、これからいっぱい働いてお金稼ぐわ。そうしたら、またみんなでこんな風にお肉を食べましょう。ね?」
「…………」
「…………」
俯いて頬を膨らませる姉弟。
ぱんぱんに膨らんだほっぺたをして、俺を睨んでくる。
えぇ……俺のせいにされるの? この流れで?
「お前さえ余計なことを言わなければ」って? それ、とばっちりもいいところだぜ……
はぁ……ったく。
「レーラ。世の中ってのはな、金がすべてじゃないんだぞ?」
「『精霊の……』……っ!」
「落ち着いてください、エステラさん!?」
「あぁ、ごめんジネットちゃん! つい……思わず……手が勝手に……」
「世の中所詮金だよなぁ! なぁ、領主様よぉ!?」
「ヤシロさんも落ち着いてください! 大丈夫ですよ。エステラさんも、ちょっと驚かれただけだと思いますし!」
ちょっと驚かれたのが不服なんですけど!?
「レーラさん。お金は、確かに大切です。ですが……」
ジネットがカウとオックスを見つめて、そして店内をぐるりと見渡す。
「お金よりも大切な物がありますよね、お子さんたちにも。そしてあなたにも」
実際、レーラは「店を辞めたい」とは言っていない。
ただ自信がないのだ。旦那が繁盛させていた店を同じように経営する自信が。
まぁ、同じようには無理だろうが――
「わたしも、陽だまり亭とそこで一緒に働いてくださっているみなさんが何よりも大切なんです」
いつの間にか、ジネットの大切な物の中に従業員が組み込まれていた。
あいつの一番大切な物は陽だまり亭。そう信じて疑う余地などないと思っていたのに。
いつの間にか。
……入っちまってたか、そっか。
「そしてそんなお店へ来てくださるみなさんが、とても大切です。陽だまり亭はわたしにとって、なくせない、かけがえのない場所なんです」
そして、「ね?」とレーラに問いかける。
「レーラさんにとって、お子さんたちにとって、このお店はそういう場所なんじゃないですか?」
「そうだよ!」
「お店なくなるのヤダ!」
たまらず、ガキどもが声を上げる。
切羽詰まった顔で、諦めないでほしいと母親に訴えかける。
「けど、このままじゃ、あなたたちに迷惑がかかるのよ? ずっと苦労をしなきゃいけなくて、好きなことも出来ないような毎日になるかもしれないのよ?」
「いいもん!」
「いーもん!」
立ち上がり、駆け出し、母親にしがみつく。
「お母さんとずっと、お父さんのお店を守っていくんだもん!」
「お父さんと、お母さんと、お姉ちゃんと、ずっと一緒だもん!」
家族と一緒に。
レーラは、こう思っていたのかもしれない。
『主人のいなくなったお店を続けるのは困難だ』と。
けど、ガキどもにとっては、いなくなってなんかなかったんだな。
あいつらの父親は、この店の中にちゃ~んといるんだな。
あのカウンターの中に。
調理場に。
フロアに。
ジネットがたまに、客席に座ってカウンターを見つめているように。
このガキどももこの店の中に父親の姿を見ていることがあるのだろう。
なくせねぇよな、どうしたってよ。
「レーラ」
両目に涙をいっぱい浮かべてガキどもを抱きしめるレーラ。
本音がダダ漏れだ。
本当はどうしたいかなんて、聞かなくても分かる。
だから、背中を押してやる。
ほんのちょっとだけ押してやるから、自分で決めろ。
腹括って自分で決断しなきゃ、またどこかで立ち止まってしまうかもしれないから。
「お前はさっき、自分と旦那を比べてたな。旦那がヒレもロースも兼ね備えたTボーンステーキだとしたら自分は内臓だと」
「……はい。私には、なんの価値もありませんから……」
「なら」
ドン!
と、陶器のツボをテーブルに載せる。
ジネットとエステラの顔が輝く。
結末が見えたのだろう。いい顔をしている。
「お前に思い知らせてやる。内臓が持つ、無限の価値ってヤツを」
ジネットに目配せをすると、黙って頷き、準備を始めた。
「さぁ、モツパーティーの開催だ!」
あとがき
え~っと、すみません。
また焼肉です。
いえ、
焼肉の話を書くじゃないですか。
焼肉食べたくなるじゃないですか。
焼肉食べるじゃないですか。
美味しいじゃないですか。
感動するじゃないですか。
感動って、物語を生み出すじゃないですか。
焼肉の話、書いちゃうじゃないですか?
以降、エンドレス……
焼肉、恐ろしい子っ!?
というわけで、焼き宮地です。
今回もこんがりとジューシーにお届けしたいと思います。
まぁ、お届けするというか、おとぼけするんですけどね☆
……うん。違う。
そういうことじゃない。
言えばいいってもんじゃない。
そういうことじゃないと言えば、
私、関連会社の機材関連のメンテナンス事業の一環で不具合調査というものをやっておりまして、
要するに、どこが壊れているのかを調べる(解決はしません、調べて悪いところを洗い出すまでです)お仕事をしているんですね。
電源が入らないのは、コードが断線しているのか、基盤が悪いのか、スイッチが悪いのか、本当は電源は入っているけど動作していないだけなのか……などなど。
で、原因を突き止めるんですが、
困るのが『動作不安定』という申告。
動くんだけど、たまにおかしい。とか。
ある条件下の時に不具合が起こる。とか。
こっちのボタンは利くけど、こっちのボタンを押した後利かなくなる。とか。
プログラムのバグから、電気系統のエラー、基盤の劣化等々、
あらゆる事象を想定して悪いところを探し出すんですが、
とある会社の担当者が注文書の申告欄に
『動作不安定』
としか記入してこないんですね。
普通に動くんです。
なのに、何かをすると、何かしらの不具合が起こる、らしいんです。
でも、こっちはそれが確認出来ない。
詳しく「○○の時、○○すると、○○になる」と丁寧に記入してくれれば、
現象を確認して、どこが悪いかを調べられるんですが、そこまでたどり着けないことがほとんどなんです。
なので、その担当者さんに、
「症状の発見が困難になるので、もっと丁寧に記入して申告してください」とお願いしたんです。
で、今回依頼があった注文書に――
『動作が、不安定です』
(」゜□゜)」< そうじゃなーい!
(」゜□゜)」< 私の求めてる『丁寧に』はそれじゃなーい!
言葉って難しいですね。
句読点までつけてくださった気遣いにだけは感謝を示しておきました。
言葉って難しいと言えば……
昔、
携帯電話の修理工場でバイトしていたことがあったんですが、
お客さんの申告する不具合を実機で再現させて悪いところを洗い出すという、
……今とまったく同じような内容の仕事だな!? えっ、私バイト時代から進歩してない!?
…………ま、まぁ、内容の複雑さとか雲泥ですし、うん、きっと成長してるよ……どきどき
とにかく、そんな仕事をしていたんですが、
企業の人じゃないと、結構変な申告が多くてですね……
お客様「充電が切れたら電話がかけられなくなった!」
私「充電してください」(^^;
お客様「電話で口論になり、ムカついて床に叩きつけたら壊れた」
私「でしょうね」(^^;
お客様「誰からも電話がかかってこない」
私「それは携帯の不具合ではなくて…………」(;_;)
いろんな方がいました。
中には、
お客様「心霊写真を撮ったら携帯が呪われた」
という方も……いや、真剣に。
なんでも、知らない電話番号からかかってきたり、
電話していると受話器から「ぅう…………」ってうめき声が聞こえたり、
設定していない時間にアラームが鳴ったりするそうで…………
私「ウチでは無理!」(ノ ̄□ ̄)ノ ┫:・'.::
あと、
お客様の申告が
『画面が汚い』
というもので、
当時主流だった折り畳み携帯をパカッて開けると、
待ち受け画像がお客様の自撮りで、お顔のアップがどーん!
うん!
確かに汚……いやいや、とんでもない!
私「お、お客様はとってもチャーミングですよ!」ヽ(´Д`;≡;´Д`)丿 アワワ
お客様「画像じゃなくて、この辺のドットが荒れてんだわ。とりあえず責任者呼べ」
違いました……
ちょっと怒られました。
言葉って、やっぱりきちんと正しく伝えなければうまく伝わりませんよね!
たとえば――
「君の大きなおっぱいが好きなんだ」
「おっぱいの大きな君が好きなんだ」
文字は一緒でも、伝わり方が全然違いますものね!
片や最低の発言ですが、もう片方は…………あれ? なかなか最低な発言かも?
そうじゃなくてですね、
漠然とした、ぼや~っとした表現では
『伝えたつもり』と『ちゃんと聞いたつもり』にお互いがなって
真意が伝わらないことがあったりするので、
きちんと明確に、大切なことは言葉にする方がいいと、
そう思うんですよ。
たとえば――
彼女「ねぇ、私のどこが好き?」
彼氏「全~部☆」
な~んて、漠然とした表現だと
本当に好きなのかちょっと疑わしいですよね?
伝わりきっていない気がしませんか?
なので、そういう時はもっと具体的に――
彼女「ねぇ、私のどこが好き?」
彼氏「おっぱい、他多数!」
このように、具体的にどこが好きかを伝えた方がより一層…………最低になっているような?
あれ~?
いや、でも、「他多数」ですよ?
いいところいっぱいですよ!?
愛の深さが伝わりませんか?
伝わりませんかぁ……
でも彼女のおっぱいの素晴らしさはなんとなく伝わりました?
なら八割方伝達に成功したといっても過言ではないでしょう。よかったよかった。
ビジネスの面でも、プライベートな面でも、
言葉足らずにならないようにご注意くださいね。
「ウチの姪っ子超可愛い! すりすりはふはふしたい!」
とか言うと、もう問答無用で犯罪者ですけども、
「ウチの姪っ子超可愛い! すりすりはふはふしたい! 叔父として!」
と言えば、ギリ犯罪者です。
ギリギリのラインまで迫れますので、言葉の大切さがよく分かっていただけると思います!
言葉は正しく使いましょう。
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




