無添加67話 河原とお腹とお手伝い
「デリアさん、助けてください!」
「うぉわ!? なんだ!? モリー? なんでこんなところにいるんだ?」
河原でデリアを見つけるや否や、モリーがそのきゅっと引き締まったウェストに抱きついた。
「……ほ、細いぃぃ……っ!」
抱きついたままの格好で、モリーが唇をぎゅうぅうっとすぼめる。
まるでデリアの腰が物凄くすっぱいみたいに。
「なぁ、ヤシロ? どうしたんだ?」
「あぁ、いや……なんというか」
「……陽だまり亭は、魔窟なんです……」
うっすら涙目で、モリーが拳を握る。
本日の陽だまり亭は、朝からずっとドーナツを揚げ続けている。
教会のガキどもをはじめ、近隣のガキどもを集めてドーナツパーティーが開催される予定なのだ。……いや、俺が企画したんじゃないぞ。「練習で作ったドーナツが余りそうだからガキどもに処分させればいい」とは言ったが。ついでに、「それでも無理そうならそこらのガキをかき集めてくればどうとでもなる」とも言ったけども、それだけだ。なので、決して俺が企画したわけではない。
――と、そんなわけで、厨房からはとめどなく甘い香りが漂い続けていたわけで、そんなところで働いているとついつい、な。
「あんドーナツが美味しいんですぅ!」
「ん? あぁ、あれ甘くて美味いよな! ……で、なんで泣いてんだ?」
甘い匂いにつられて、モリーが食べたそうな顔をするとだな、それを目敏く見つけたジネットが「おひとついかがですか?」って悪意なく完全善意の固まりで勧めたりするわけだ。でも一応モリーは遠慮するんだけども、匂いと善意と食べたい欲求の波状攻撃に最後は陥落してしまい、ついつい一個、二個、三個と食べてしまったのだ。
「美味しいけどっ、お肉になるんです!」
「ん? あんドーナツがお肉に? なに言ってんだモリー?」
モリーの切実な叫びは、残念ながらデリアには届かなかった。
デリアはカロリーとか気にしたことないだろうしな。
「デリアさんって、甘いものがお好きなんですよね?」
「おう! 大好きだぞ! 毎日食ってる!」
「なのにどうしてそんなに痩せてるんですか!? ウェストなんか、こんなに!」
再びしがみつくモリー。
ちょっとズルくない?
「え、どれどれ?」
「ぅゎはぁああ!? ヤシロはダメだぞ! なんか、ダメだってエステラとかノーマが言ってた!」
「他人の意見に左右されず、自分を信じるんだ、デリア!」
「あたいも、なんかダメな気がする!」
「ちきしょー!」
デリアが恥じらいを覚えてしまった。
出会ったころは、あんなにも無防備だったのに……っ!
「昔はよかったなぁー!」
「ヤシロさん、なんだかオッサンくさいですよ」
モリーが乾いた目で俺を見る。
「で、結局なんなんだよ?」
「それはですね……」
困ったような表情で、ジネットが現在のモリーの状況を説明する。
もはや保護者の立ち位置だ。
「モリーさん、少しお腹がいっぱいになってしまったので、お腹ごなしに適度な運動をデリアさんに教えていただきたいそうなんです」
濁したねぇ。
オブラートにオブラートを重ねて元の表現を包み込んで元の姿が分からないくらいだ。
「腹ごなし?」
「いや、デリア。シェイプアップ体操を教えてやってほしいんだ」
「はい! デリアさんのような体型になれる方法を教えてください!」
「シェイプアップ体操とあたいみたいになれる方法……ん? どっちを教えればいいんだ?」
そうだよな。
デリアみたいな体型になるにはシェイプアップ体操じゃ無理だもんな。
本格的な川漁を教えるかお手軽な体操を教えるか、悩んじゃうよな、デリアの場合。
「……シェイプアップ体操では、デリアさんみたいにはなれないんですか?」
じとっとした目が俺を見る。
いやぁ、モリーは聡いなぁ。……ダイエット商法の真実を見抜いたような目で見るのやめて。
「あの、確かにデリアさんのスタイルは川漁でのお仕事の賜ではあるんですが、デリアさんの体操は本当にシェイプアップに効果があるんですよ。ロレッタさんたちも短期間でダイエットに成功されましたし」
ジネット必死のフォローである。
そんなジネットを見て、デリアが不思議そうな顔を見せる。
「店長がこんな時間に来るなんて珍しいな」
現在、時刻は午後の二時前後。
本来なら、遅い昼食を取りに来る職人や、少し早い三時のおやつを食べに来るマダムがチラホラいて、ジネットは午後のティータイムに向けての下ごしらえをしたりしている時間なのだが……
「……今日は、もうほとんどドーナツばかりでして」
やや硬い笑顔でジネットが言う。
そう。昨日のインパクトが強烈過ぎたのか、今日は朝からドーナツしか売れていないのだ。
あんドーナツにカレードーナツ。他、クリームやジャムドーナツを買いに来る客ばかりだった。
常連の大工どもも、カレードーナツを大量に買い込んで帰っていく始末。現場で見せびらかしながら食うんだそうだ。
朝飯を食いに来た大工どもは、ウーマロの口から漂う微かなチーズ臭に「ピザトーストを食ったのか!?」と詰め寄ったりしていたが、「ピザトーストなんか食ってないッス。オイラはただ、ピザを食べただけっすよ、ピザを」と、ものすっごい自慢げに語られて「棟梁ばっか、いつもズルい!」と歯噛みしていた。
「ヤシロさん! どうして棟梁だけは開店前の陽だまり亭に入れるんですか!?」とかいうクレームも来たのだが……言われてみれば、アイツなんでさも当然みたいな顔して開店前の店内に紛れ込んでたんだ?
いかんな。すっかり関係者枠に入れてしまっている。
今度から別料金取ろう。あ、あいつ払うな、普通に。マグダへの課金は惜しまないヤツだし。
話は逸れたが、そんな感じで朝から新しいメニューばかりが注文され、ジネットの出番はほとんどなかったのだ。
温度調節や揚げ加減を朝のうちに散々練習していたマグダとロレッタが「「折角覚えた(です)から」」と、きらきらした目でジネットに訴えかけて、ドーナツ類は二人でかわりばんこに調理していた。
おかげで、今日はジネットがフロアで接客を担当していて、常連たちに珍しがられていた。
昔はジネットも接客をしていたが、最近は厨房にこもっていることが多くなったからな。「珍しい」とか「ラッキー」とかいって好意的に受け入れられていたのが印象的だ。
さほど頻繁には来ないウッセが、今日に限って昼飯を買いに来ていたが、ありゃあ絶対ジネット目当てだったな。
あの揺れる乳マニアめ。あいつにだけは拝観料を請求してもいいと思う。
売れるのがドーナツばかりで、その多くが複数買いの持ち帰りだったせいもあり、店に客が滞在する時間も今日は極端に少なかった。
大工たちみたいに自慢したいってヤツらもいたし、職場で飯を済ませて時間を節約したいというヤツもいた。
いつもなら、時間がない時は陽だまり亭に行くのを諦めているなんて客が「ドーナツなら持って帰れるからね」と顔を出したことはよかったかなと思えるが、それでも、全体的に客の滞在時間が減れば当然接客の仕事も減る。
モリーとジネットは昼のピーク時にも結構ヒマを持て余していた。
「ジネットの見立てでは、今日は夕飯まで料理は出そうにないんだと」
「はい。この後はケーキを召し上がる常連の方が数組見えられて、それからは少し客足が落ち着いて、夕方お肉料理がいくつか出るかなぁ、という感じだと思います」
その読みは、俺も正しいと思う。
新しい物好きの四十二区民がこぞってカレードーナツなんかを買っていったが、昼にパンだったので夕飯はがっつり食いたくなるだろう。
そんな気がする。
ジネットはそうなることを予想していたようで、朝の仕込みをほとんどしていなかった。カレードーナツの中身を仕込んでいたくらいだ。
予想は的中し、想像通りに事が運んでいる状況ではあるが……料理が出来ないジネットは少し寂しそうに見えた。
なので、一緒に連れてきたのだ。
こういう機会はあまりないし、一過性のブームが過ぎればまた外出しにくくなるかもしれないし、な。
「痩せたいならノーマの料理を習えよ。運動も大切だけど、食い過ぎはよくないぞ」
と、甘い物を好きなだけ食っているナイスバディが言っている。
説得力ねぇよ。
いや、そのとおりなんだけども。
「ノーマさんのお料理は、お昼に習うはずでした……」
暗い表情でモリーが言う。肩を落とし、背中が丸まっている。
「はずって、ノーマのヤツすっぽかしたのか?」
「いえ! きちんとお昼前に来てくださいました……ただ……」
「ただ、なんだよ?」
「……お昼前にあんドーナツを四つほど食べたから、おなかが全然空いてなくて……」
ノーマが陽だまり亭のドアを開けた時、視界に飛び込んできたのは、口の周りに粉砂糖をいっぱいつけた、あんドーナツを頬張ったモリーの姿だった……というわけで、ノーマから「デリアのところで限界まで絞られておいでな……ね?」と、黒ぉ~い笑顔で言われてしまったというわけだ。
「ダイエット料理……それはそれでどんな味なのか楽しみにしていたのにっ!」
「なぁ、ヤシロ。モリーって、意外とバカなのか?」
「仕事で関わっている分には、出来た妹なんだけどなぁ」
私生活がちょっと残念なんだよなぁ、意外と。
あと、意志が弱い。
貧乏で食えなかった反動なのか……単純に自分に甘いのか。
甘いのかもなぁ、砂糖工場の工場長だから。
「あ、でもヤシロ。あたい今日、四十一区のヤツらに体操教える日だぞ?」
「あぁ、本当はそれに参加しようと思ってたんだが……」
これ以上陽だまり亭にモリーを置いておくと、来た時よりも丸く太ましくしてしまいそうだったんでな。
せめて、来た時よりも少しでも軽くして帰してやりたいじゃないか。
「川漁で何か手伝える仕事はないかと思ってさ」
「おぉ! それは助かるよ。実は今朝オメロを特訓したら寝込んじゃってさぁ」
「……なにやらせたんだよ?」
「ん? 騎馬戦の特訓だけど?」
「来年に向けて!? 気が早いなんてもんじゃないな!?」
「だって、ウーマロに勝たなきゃだしさぁ!」
「あんまりやり過ぎると、オメロ死んじゃうぞ」
「あっはっはっ! 大丈夫だよ、オメロは無敵だから」
いやいや。天敵のお前が言っても説得力皆無だから。
「オメロさんって、デリアさんにしごかれている割には、結構ふっくらした体型してますよね?」
「あぁ、あいつ結構筋肉あるのに丸い体してるんだよなぁ。鍛え方足りないのかな?」
「いや、たぶん種族差だろう……鍛え足りないことは絶対ないから」
デリアのそばにいて、一番被害を受けてるんだ。過剰なことはあっても不足はない。絶対ない。
「はっ!? ヤシロさん、もしかして私のお腹周りも……種族差の可能性が……?」
「それで納得出来るなら別に俺は構わないけどな」
「…………出来ません。すみません、ちょっと現実逃避しました」
モリーは、きちんと現実に戻ってこられるいい娘だ。
まぁ、今日一日で若干見方が変わってしまったけどな。
「というわけで、デリア。悪いけどモリーに手伝いをさせてやってくれないか?」
水はまだ少し冷たいが、水の中での運動はカロリーを消費しやすい。
陽だまり亭にいるよりはいい運動になるだろう。
「じゃあオメロの代わりに、三時のおやつ作りを頼む!」
「何やらせてんの、副ギルド長に!?」
あっれぇ~?
あいつが丸いのって、種族差とかじゃない可能性もあるの?
デリアの分の甘い物を作って、味見とかしてたりするのか? デリアに合わせて甘い物食ってたら、一般人はすげぇ太るぞ。
「あの……すみません、おやつは、ちょっと……」
甘い物から逃げるためにここに来たのに、ここでも甘い物を作らされたりしたら……モリー、絶対食うからな。
うん。確信出来る。モリーは意志の弱い娘!
「んだよぉ、じゃあ甘い物どうするんだよぉ」
「代わりに、陽だまり亭からあんドーナツをお持ちしますので、ね?」
「おぉ! あんドーナツかぁ! いいなぁ! あたい、あれまた食べたい!」
「ですので、モリーさんに何かお仕事のお手伝いを」
「じゃあオメロの看病を」
「あの、体を動かすお手伝いは、何かありませんか?」
「ん~……」
この季節の川は流れが速い。
特に、こいつらプロが仕事をする場所は水深が深くなったりするところもあり、素人には危険だ。
だからだろう。デリアはあまりモリーを川に入れたくない様子だ。
「デリア。川漁ギルドの連中に課している特訓でもいいぞ。軽くモリーを鍛えてやってくれないか?」
「あぁ、それでいいなら構わないけど……結構厳しいぞ?」
「是非お願いします! 私、この弱い心を鍛え直したいんです!」
うむ。鍛え直しなさい。
鍛え直して、俺の理想のモリーに戻ってください。
「んじゃあ。おーい! 見習いー!」
デリアの声に、河原から三人の少年が駆け寄ってくる。
どいつもこいつもあどけない雰囲気の残るガキばっかりだ。ケモ耳や尻尾が生えているところを見ると全員獣人族のようだ。
デリアの号令にピシッと背筋を伸ばして集合する。
「モリーにお前らの仕事を手伝わせてやってくれ」
「え…………いいんですか?」
「女の子なのに……?」
少年たちが困惑の表情を見せる。
そんなにハードなことさせてんのか? いや、オメロの処遇を見てるとなんとなく察しはつくが……
「私、どんなことでも耐えられます! ちょっとつらくてもやってみたいんです! お願いします!」
勢いよく頭を下げるモリーに、少年たちは困ったよう互いの顔を見合う。
デリアは「へぇ、ウチに欲しいなぁ」とか言いながらモリーを好意的な目で見ている。
「それじゃあ……一緒にやりましょう、か?」
と、少年の一人がモリーに声をかけ、モリーは「はい!」と返事をする。
嬉しそうなモリーの顔を見て、少年たちは少々複雑そうな表情ではあるが笑みを見せた。
これだけのやる気を見せれば、無下には出来ないのだろう。
「それで、何をするんですが?」
「漁のための下準備です」
そう言って、少年が腰にぶら下げたカゴの蓋を開ける。
興味深そうにそのカゴを覗き込むモリーに、少年はカゴの中身を取り出して見せる。
そいつは、げじげじしていて、うにょうにょしていた。
「ゲジミミズです。魚のエサにするのでたくさん獲ってくださいね」
そいつは、ざざ虫みたいな節くれ立った足を持ち、げじげじのように全身に毛が生えた、ミミズのような長さと『うにょろん感』を併せ持った、女子が悲鳴を上げそうな生物だった。
「ぃにゃぁぁあああああああ!?」
そして案の定モリーが悲鳴を上げた。
いきなり顔面の真ん前にアレは、きついよな。俺でも声出るわ。
ただし例外はいて、ジネットは「あ、ゲジミミズさんは水場に多いですよねぇ」なんて笑顔でうにょろ~んとした生き物を見ていた。
あんなもんにまでさん付けしなくてよろしい。
「モリーさんは、虫さんが苦手ですか?」
「い、いえ……ミミズは、畑仕事で慣れているので……好きではないですけど、まだ大丈夫なんですが…………そ、それは、なんか、物凄く凶悪というか……」
「何言ってんだよモリー。こいつは魚の食いつきがいいんだぞ」
「すみません、私魚じゃないんで良さが理解出来ません……」
「じゃあ、捕まえるのは自分たちがやりますんで、手伝いだけお願いします」
少年にそう言われて、ジネットの背中に隠れたモリーが「そ、それなら……」と涙目でカクカク頷く。
すると少年は河原に点在する高さ1メートル級の岩を指差す。
「あぁいう岩の下にたくさんいるので、頑張って持ち上げてください」
「サイズ、間違えてませんか!?」
「警戒心の強い虫なんです。美味しいから、敵も多くて」
「お、美味しい……ん、ですか?」
「あ、魚や鳥にとっては、ですよ」
屈託なく笑う少年たちに、モリーの顔が盛大に引き攣る。
あぁ、獣人族でもどん引きすることってあるんだ。
マグダなら片手で持ち上げそうなサイズだなぁとか思ってたけど、パウラやネフェリーには無理かもなぁ。
「モリー。それが出来るようになれば痩せるぞ」
と、デリアは言うが、んなアホな。
「分かりました! やります!」
と、モリーがやる気になったが、んなアホな。
「どうしよう、ジネット。残念な娘しかいなくてツッコミが追いつかない」
「えっと……女の子の悩みは大変なんですよ」
だから命がけなんですって? んなアホな。
「それじゃあ、自分こっち待ちますんで、お姉さんはそっちお願いします」
少年の一人とモリーが岩を持ち上げて、他の二人がゲジミミズを獲るらしい。
「お姉さん…………あはぁ」
と、その前にモリーが『お姉さん』という響きにうっとりしている。
妹だしな。憧れでもあるのかねぇ。
いつの日か『先輩』と呼んでくれる後輩が出来たらねこっ可愛がりしそうな気がする。モリーも結構ネフェリーと同じ性質を持っているんじゃないだろうか。気が合うかもな。
「それじゃあ、お姉さんに任せてください!」
すっかりやる気になったモリーが、岩を抱えるように腕を回す。
岩を挟んで向かい合った少年と視線を合わせて「せーの!」と掛け声を揃えて岩を持ち上げる。
ズズズ……と、ゆっくりと大岩が持ち上がり、岩の下に身を隠していたゲジミミズたちが驚いて一斉に逃げ出してくる。
ぞわっと這い出してきたゲジミミズの中の一匹が、岩のそばで踏ん張るモリーの足の上をカサカサうねうねと通過していく。
「ぅひゃぁぁあああああああああっ!」
肌を撫でる感触にモリーが特大の悲鳴を上げて、抱えていた大岩をぶぅん! ――と放り投げる。
「やだ! 取って取って取って!」
なんて大騒ぎしているモリーを見ているヒマもなく、俺は大空に放り投げられた大岩を必死に視線で追っていた。
だってこの軌道――
「こっちに投げるな、モリー!」
頭上から振ってくる大岩に身がすくむ。
咄嗟に逃げなきゃいけないのに一歩が出なかった。
砂利に足を取られて走りにくい。あんな大岩、受け止めることも弾き返すことも出来ない。
だから、俺が選べる選択肢は一つしかなくて、大岩に背を向けてまぶたをぎゅっと閉じた。
「あっぶねぇなぁ、もう!」
あわや直撃か、という寸前で、デリアが大岩をキャッチしてくれた。
片手で。
「大丈夫かヤシロ、店長も?」
1メートル×2メートル×50センチくらいの岩を片手で持って、デリアが俺たちの顔を覗き込んでくる。
なんて頼もしい。
筋肉って、そこまで強化されるもんなんだね。すげぇよ、獣人族。
「すまん、デリア。助かった」
「なぁに。よくあるからな、こういうことは」
よくあるのかよ……
「それより、店長大丈夫か? なんか一言もしゃべらなくなったけど」
デリアはそう言って、俺の腕の中で固まるジネットに視線を向ける。
いや、違うんだ。
まず説明させてほしい。
急にでっかい岩がこっちに向かって飛んできてだな、自分一人なら横っ飛びでなんとか回避出来るんじゃないかなぁとは思ったんだが、俺の隣には四十二区でおそらくトップ3に余裕で入る鈍くささを持ったジネットがいたわけで、俺が回避してもジネットは確実に回避出来ないと分かりきっていたわけで、だからといってジネットを抱えて飛び退くには時間が足りないというか、俺の筋力がちょっと不足していたというか、だからってジネットを突き飛ばして俺だけが犠牲になるのもおそらく後々大変なことになるというか、万が一それで俺に何かあったらジネットはきっと一生それを引き摺るに違いなくて、じゃあどうするんだってなった時に残されていた選択肢がジネットを庇うってのしかなかったというか…………とりあえず一言だけ言わせてほしい、下心などなかったと!
「ジネット……大丈夫、か?」
「は……はぃ…………あの……いい匂い、です」
おぉーっと、大変だ。全然大丈夫じゃなさそうだ!
「店長、なんか顔赤くないか?」
と、ジネットのおデコに手を当てるデリア。
その前に、その片手で持ってる巨大な岩を下に置こうか?
頭上でふらふらしてんの、超怖いんだわ。
とか思っていると、岩の裏に張りついていたゲジミミズがぽとりと落下していった。――ジネットの胸の谷間に。
「何しとんのじゃこの虫ー!?」
習性なのか、警戒心からか、岩の下から表に出されたゲジミミズは狭い隙間を求めてどんどんとジネットの谷間へと潜り込んでいく。
「ぬゎゎあにしとんのじゃぁあああこの虫ぃいいいいー!?」
怨嗟、十八倍増しである。
あの虫は万死に値する!
悪・即・潰!
握り潰してやる!
罪深きムシケラめぇぇええ!
「ジネット! 今すぐ取ってやるからな!」
「ふにゃぁあああ!? ヤッ、ヤシロさんはダメです! じ、自分で出来ますから!」
両腕で俺の両肩を押して腕を突っ張るジネット。
抱っこを嫌がる室内犬みたいになっている。
なぜだ!? 親切なのに!
物凄く羨ましいだけなのに!
俺もあの隙間に住み着きたいのに!
「店長、そのまま動くなよ」
「へ?」
軽~く言って、デリアが何の躊躇いも見せずにジネットの胸の谷間に手を突っ込んだ。
「ひにゃぁぁあああああ!?」
二度ほど「もぞ、もぞ」っとして、すぽっと引き抜かれた手にはしっかりとゲジミミズが摘ままれていた。
「おい、見習い! これもしまっとけ」
「ちょっと待て、デリア。それ、俺にちょうだい!」
「ヤシロさんっ!」
違うんだ!
谷間に挟まった虫が欲しいんじゃない!
俺はあの大罪を犯した虫に厳正なる処罰を科してやらなければ気が済まないのだ!
せめて、ヤツがオスかメスか、それだけは調べなければ! それで刑罰が変わるからな!
「デリア、そいつオス? メス?」
「ゲジミミズはオスもメスもいないぞ?」
「クッソ、雌雄同体!」
どうしてくれよう、このやり場のない怒り!
「ギルド長、あの……」
少年が心配そうな声でデリアを呼ぶ。
何事かとそちらを見ると、少年三人が蹲るモリーを取り囲んでいた。
「どうした、モリー?」
「あ、あの…………せ、背中の筋が……っ」
どうやら、巨大な岩を放り投げたせいで筋を違えたらしい。
あるある。
火事場の馬鹿力的に凄いパフォーマンスを発揮した直後に体が悲鳴を上げること。
モリー。
今日のお前、すっごく面白残念なことになってるぞ。
なんだろう。
ダイエットって、人をアホっぽくしてしまうのかな。
思考が短絡的になってる気がする、どいつもこいつも。
「なんだ、筋違えか」
手に持っていた大岩を元あった場所に、あったとおりにそっと置いたデリア。
え、何かこだわりあるの? 元の景観を崩しちゃいけないルールでも?
「ならあたいに任せとけ。治し方知ってんだ」
そう言って、にこにことモリーの肩を抱くデリア。
その瞬間、少年たちの顔からざっと血の気が引いていった。
「あ、あの……っ、ギルド長……!」
「ギルド長の治し方って……!」
「そのお姉さん、素人さんなので……!」
一体なんの素人だというのか……
一つ言えることは、俺はそのジャンルのプロには死んでもなりたくない。詳しくは知らなくても、絶対なりたくない。
「大丈夫大丈夫。オメロにもよくやってやってんだ」
あぁ……オメロに対する感じかぁ。
どうしよう、止めようかな。モリー死んじゃうかもしんないし。
「あの、デリア。モリーはか弱い女の子だから、オメロ的なヤツは――」
「じゃあ、いくぞー! ふんっ!」
「いたぁぁぁあああああああああああああっい!」
止める間もなかった。
すまん、モリー……
この日、何度目かのモリーの絶叫が河原にこだまして、河原の遠くの方から川漁ギルドの面々が全員揃ってこっちに向かって土下座して謝っている姿がなんとも印象的に網膜に焼きついた。
そうか。
誰も止められないのか。
……本気で開催した方がいいかもしれないな、パワハラ講習会。
「どうだモリー? 治ったろ?」
「……はい」
モリー、声、出てないよ!
「筋は、もう痛くないんですけど…………筋以外が全部痛い気がします……」
「あはははっ、モリーは大袈裟だなぁ」
いや、絶対大袈裟じゃない。
俺、この先一生、デリアの前で筋を違えない。心にそう誓った。
「え~っと、モリー……デリア流シェイプアップトレーニングなんだけど……」
「すみません、ヤシロさん……体が、動きません」
だよねぇ。
「じゃあ、初心者向きの、俺が考えたシェイプアップ教室が夕方からあるから、それをバルバラと一緒に受講するか」
「ヤシロさん考案なら……信用、出来……ます」
そうかそうか。
さすがモリーは頭がいいな。
もう学習したんだ。……デリア流は危険だと。
「デリアさんが教える『ヤシロさんのシェイプアップ体操』で、お願いします」
「おう、それなら簡単だから子供でも出来るぞ、きっと」
あはは。デリア~?
普通の大人が息切れしてしばらく立てなくなるくらいの難易度なんだけどなぁ~? 伝わってないのかなぁ~?
危険だなぁ~、講師変えようかなぁ~?
「ヤシロさん……正確な難易度は?」
「ネフェリーがバテるくらいだ」
「まぁ、それくらいなら…………体調が戻れば、きっと」
そんな前向きなモリーではあるが、切実に、この後二時間くらい休憩させてほしいと懇願された。
断れなかったよね、うん。
「それはそうとさ、店長」
「は、はい?」
いまだ、谷間ずっぽん事件の尾が引いているジネットが少し赤い顔で首を傾げる。
「店長、なんか柔らかくなったか?」
「えっ!? まさか、またおっぱいが成長を!?」
「し、してませんよ!?」
「ちょっとよく見せてみなさい、ジネット!」
「ダメです! もう! ヤシロさん!」
胸を両腕で隠して腰をかがめるジネット。
えぇい、くそぅ!
サイズが分析出来ない!
「あぁ、いや、胸っていうか…………腹?」
「………………へ?」
赤い顔をしていたジネットの顔色が、微かに悪くなった。
「なんかさぁ、店長さぁ……」
言いながらジネットに近付いていくデリア。
そして、隣に並び立つとおもむろにジネットのお腹をぷにっと摘まんだ。
「ちょっと太ったか?」
「――ぃっ!?」
声にならない悲鳴を上げて、ジネットが目を見開く。
そしてバッと背中を向けて、自分のお腹をさすさすぷにぷに確認して……栗色の髪が一瞬逆立った、気がした。
ぎぎぎ……と、錆びたブリキの人形みたいな動きでデリアの方へと顔を向けるジネット。
震える唇は少し血色が悪くなっていて、か細い声がそこから漏れていく。
「デリアさん……体重計とか、ありますか?」
「おう。ウチに来てくれりゃ貸すぞ。今から行くか?」
「…………はい。きっと、ウチの体重計だと……一人だと……怖くて乗れない気がしますので……」
「んじゃ、みんなでウチ来いよ」
友達を家に呼べるのが嬉しい。そんな笑顔のデリアと、売られる仔牛みたいな顔のジネット。
あぁ、このままデリアの家に行ったら、もうちょっと面倒くさい事態になるんだろうなぁなんて、そんな確信めいた予感が胸の奥に広がっていく。
「モリーはどうする?」
「……すみません、おんぶを……」
「へいへい」
モリーをこんなゲジミミズの住処に放置は出来ないからな。
俺は満身創痍のモリーを背に負って、河原を後にする。
「すみません、私がこんな体で……」
「それは言わない約束だろ、おとっつぁん」
「えっと……よく分からないですけど……重ね重ねすみません」
背中で小さくなるモリーに気にするなと声をかけてデリアの家へと向かって歩き出す。
対照的な顔をしたデリアとジネットの背中を見つめながら。
あとがき
谷間に腕を突っ込んで、お腹が柔らかかった……?
どこまで潜り込んだんだ、蟲!?
そんなお話でした。
モリー好きの皆様、申し訳ございません。
残念化が加速しております……っ!
でも大丈夫!
きっと痩せたら元の真面目なモリーに戻るはずです!
皆様の中にも経験者がいると思うのです!
ショートケーキ、ギュッて握って小さくしたらカロリーなくなんじゃね?
みたいな残念思考が芽生えてしまう、そんな経験が!
ダイエットしている時って、人は誰しも残念になるものなのです!
夜中に食べると太る? バッカ、AM2:00は朝飯前だ!
とか!
栗ってむしろ野菜じゃね? えっ、じゃあモンブランってお惣菜!?
とか!
豆は体にいいんだから、あんこはどんなに食べても太らない。太るわけない!
とか!
……ありますよね?
今のモリーはそんな状態なのです。
そして、メインヒロインが泣きました。
少年漫画の綺麗どころなメインヒロインには無縁の皮下脂肪!
でも残念! 少年漫画じゃないんです!
ジネットさん、ダイエット参戦です。
……筋肉痛になるな。
いや、その前に物凄い揺れるんだろうなぁ……愉しみ☆
さて、
前回は自動更新でTwitterも出来なかったわけですけれども、
実はワタクシ、
秘境に言っておりました。その名も、地元!
生まれ育った町へと数年ぶりに行ってきました!
いやぁ、
Wi-Fi飛んでない、飛んでない。
屋外なのに圏外って、びっくりしちゃいました。
え?
山に登ってたとか地下にいたんじゃないかって?
いえいえ。
信用金庫の前にあるバス停で、ですよ。
割と平地だったんですけどねぇ、
「えっ、嘘でしょ!?」
画面、二度見しましたねぇ。
私が住んでいたころは、そんなことはなかったような……あぁ、あの頃携帯電話なんかありませんでしたね。
さすが、
グー○ルアースでモザイクになる町。
日本政府に隠蔽された秘境。
舐めてましたね。
で、用事を終えた後、
久しぶりに昔遊んだ場所とか、よく歩いた道を歩いてみたんです。
ほとんど変わってなくてちょっと嬉しかったです。
東京では考えられないんですけど、
田舎だからなんでしょうね、
小学校にフェンスがないんですよ。金網でした。ボールが飛んでいかないように。
なので、小学校の前通るとグラウンドが見渡せるんですよ。
低学年くらいの子供たちが駆けっこしてました。
思わず「まーぜーてー!」って言いそうでした。
ちょっと言いました。
私「まーぜー……」
先生「……チラッ」
私「……ごーはーんー♪」
さすがに、生まれ故郷でご厄介になるわけにはいきませんものね。
即興のまぜご飯の歌を口ずさみながら通り過ぎましたさ。
びっくりしたのが、
マンションが出来てましてね!
駅もセ○ンイレブンもないような(けどロー○ンは4つある!)
そんな田舎にマンションですよ?
ほぼ全世帯が土着の土地持ちみたいな田舎町ですのに!
他所からわざわざ……何をしに?
気になって、帰ってから調べてみたんですけれど、
そんなマンション見つからなかったんですよねぇ。
……幻覚?
いや、むしろそっちの方が納得出来ますが。
で、マンションは見つからなかったんですが、
ネットに昔住んでいた家の近所に売り物件があったので見てみました。
庭付き一軒家、二階立て5SLDK
駐車スペース二台分
土地面積200m² 建物面積150m²
800万円!
ん~、高いのか安いのか……
だってね?
・最寄りのスーパーまで、徒歩33分
(」゜□゜)」 < 徒歩圏内じゃねぇー!
・最寄駅まで、バスで38分(バス停まで徒歩20分)
(」゜□゜)」 < 小一時間ー!
・町立保育園まで、徒歩47分
(」゜□゜)」 < 子供には酷だよー!
ちょっと気になったので調べてみました。
その保育園、
送迎バス、ございません!
(」゜□゜)」 < ないんかぁーい!
私、よくこの町で育ったな。
中学まではコンビニもなかったですからね。
商店街は18時には閉まりますし、
祝日、休みますし。
保育園、小学校、中学校の運動会や文化祭の日、休みますし!
(」゜□゜)」 < 一族総出で見に来てないで、働いてー!
最初に、中学校のそばにロー○ンが出来たんですね。
で、そのちょっと向こうにファ○マが出来まして、
さらにその奥地にロー○ンが出来まして、
数年後そのファ○マが潰れてロー○ンになりまして。
Σ(゜д゜ ) オセロか!?
残念ながら、
タピオカ屋さんはまだ進出していませんでした。
狙い目ですよ!
町民総出で買いに行きますよ、きっと!
穴場をお探しの店長さんは、是非!
あぁ、すみません。
故郷に行ったせいか、ちょっとノスタルジックに浸ってしまって、
あとがきがしんみりしてしまいましたね。
(」゜□゜)」 < しーんみりー!
次回は楽しいお話を探しておきます!(多少盛ってでも!)
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




