無添加63話 遅咲き、春のパン祭り
俺たちが筋肉痛で苦しんでいた時、この巨大都市オールブルームでは歴史を変えるような衝撃的な出来事が各区で同時に起こっていた。
そう。
新しいパンの発売だ。
今までの常識を覆すような、柔らかく、そして美味しいパンの登場に街中の人間が度肝を抜かれた。
パン職人ギルドの工房には、普段とはまるで異なる芳醇な薫りに釣られた客たちが、何が売り出されるのかも分からないままに長蛇の列を成し、その正体が分かった後はその列が一層長く伸びたのだという。
主食用の丸パンは、噛めば噛むほど甘みが出てくると評判で飛ぶように売れた。
だがそれ以上に、甘くバリエーション豊富な菓子パンの存在が人々を驚かせた。
見たこともないようなパンは、食べたこともないような美味さで、パンとは思えないような柔らかさも相俟ってあっという間に完売となってしまったらしい。
本来であれば、教会が定めた日にまとめて作られるパンなのだが、この日は特別に二十四時間ぶっ続けでパンが焼かれることになった。
教会の偉いさんに俺のメッセージがちゃんと届いたのかねぇ。
鉄は熱いうちに打て。
出し惜しみせず全区民に新しいパンを食わせてやれ。
最初の勢いに乗って胃袋を鷲掴みにしてやれば、そいつらはこれから先ほぼ永遠にパンを買い続けてくれる。それも、これまでとは比べものにもならない頻度で――と、そう伝えておけとベルティーナには伝言しておいたのだが……ま、そこまでは伝わってないんだろうな、どうせ。
けれど、このパンの凄さくらいは理解したのだろう。
教会は出し惜しむことなくパンを焼き続け、新しいパンの誕生を祝うかのように盛大に新しい味を振る舞った。金はもちろん取ってたけどな。
そんな衝撃のデビューから一夜明けた今日。
俺たちの前には大量のパンが山と積まれている。
「『BU』内に存在するパン工房から融通させてきたぞ」
おのれの権力と財力を見せつけるかのように、偉そうに胸を張ってドヤ顔を見せつけてくるゲラーシー。今日もオールバックが決まっている。
「お前、老け顔だな」
「他に言うことはなかったのか、貴様!?」
二十代のくせに、なんかオッサン臭いんだもんよぉ。
威厳と老け顔は比例しないと思うぞ。
「こっちも大量に用意してきてやったぞ」
と、呼んでもいないリカルドも大量のパンを引っ提げて四十二区に顔を出していた。
「え、呼んでないけど?」
「テメェんとこのシスターを満足させるだけの量が必要だっつぅから協力してやってるんだろうが!」
「友好アピールしてポイント稼いで、いつかはエステラの家に泊まろうと? イヤラシイヤツだ」
「そんな下心はねぇわ! 誰が泊まるか、あんなヤツの家!」
泊まろうとして断られたヤツが何を言う。
こいつ、エステラに冷遇された後は決まって友好アピールしてくるからなぁ、なんとも分かりやすい性格をしている。
おかげでこっちは利用しやすいんだけども。
とかなんとか考えていると、ゲラーシーに形式上の挨拶をしていたエステラがこちらへやって来た。
「わぁ! リカルドも持ってきてくれたんだ。それもこんなにたくさん」
「お、おう。まぁ、これくらいの量は、俺の力をもってすれば用意するのは造作もないことなんだが、お前たちには必要だろ?」
珍しく素直な喜びを表すエステラに、リカルドは少々舞い上がっている。鼻の穴、膨らんでるぞ。
「遠慮なく持っていってくれていいぞ、ふふははは」
「うん。助かるよ。じゃ、受け取ったからもう帰っていいよ」
「いるわ! 最後まで!」
「えぇ……暇なの?」
「暇などここ数年感じたことないわ!」
いや、どう見ても暇だろ、お前。
しかし、まぁ。
少々歪ではあるが、エステラとリカルドは幼馴染らしい関係になってきたのではないだろうか。気軽に悪態をつけるくらいには。少々歪ではあるが、な。
「しかしまぁ、アレだ……何か困ったことがあれば頼れ。それくらいの時間ならいくらでも融通してやれる」
腕を組んで、空を見上げながら呟くリカルド。
それだけエステラのことを認め、心を砕いていると、そんな表明なのだろう。
それを聞いて、エステラがリカルドの顔を覗き込む。
「リカルド」
微かに口元が緩んで、笑みを漏らす。……というか、鼻から息が漏れていく……というか、まぁ平たく言えば鼻で笑う?
「だから、その兄貴ヅラはなんなの?」
「兄貴みたいなもんだろうが、俺は!?」
「あっははっ、おっこっとっわりぃ~★」
「テメェ、エステラ!」
拳を振り上げるリカルドに、エステラは薄い笑みながらも真剣な瞳を向ける。
「他区の領主である君に頼らなければいけないような危機的状況に陥らないようにする。それが、この区の領民の生活を預かるボクの使命だよ。四十二区のみんなを不安にするような状況にしない、仮にそうなっても他区に頼らなければ何も出来ないような頼りない領主ではいない、それがボクの領主としての責任だ」
これからも、イヤになるくらいトラブルは舞い込んでくるのだろう。
それでもいちいち慌てふためかない、しっかりと四十二区を支える領主になる。そんな意志が感じ取れる笑みでエステラはきっぱりと断言する。
そんなエステラの様子に、リカルドは振り上げていた拳を降ろして口角を持ち上げた。
「そうかよ」
「うん。それに、いざという時はオジ様とルシアさんに頼るから」
「他区の領主じゃねぇか、その二人!?」
「この二人はもう身内」
「俺も入れろよ、その身内に!」
「あっははっ、おっこっとっわりぃ~★」
「それヤメロ! イラッてする!」
リカルド。真意はどうあれ、十数年もイジメ続けてきた事実はそうそう簡単には払拭出来ないみたいだぞ。
尽くしなさい。貢ぎなさい。そして俺の糧となりなさい。
さすればいつの日か、エステラがほんのちょっとくらいはお前を見直してくれるかもしれなくもなきにしもあらずんばありもせずナリだ。
「で、ルシア。お前、パンは?」
「私はずっと四十二区にいたのだ。用意出来るはずないだろう。考えてから物を言え、カタクチイワシ」
分かってるよ。お前が昨日一日筋肉痛に咽び泣いて一歩も表に出ていないことはな。
気軽に二泊もしてんじゃねぇよ。二泊したなら自区の様子を気にして早朝にでも帰れよ。なに昼時までちゃっかり残ってんだよ。
「もう昼だぞ? 帰らなくていいのか?」
「帰るわ。パン祭りが終わったらな」
きっちり遊んで帰るつもりだぞ、この領主。
「ギルベルタが路頭に迷わないか心配だよ」
「仮にそうなったら、私が嫁にもらって生涯面倒を見てやるさ」
ギルベルタが路頭に迷う時はお前が破産した時だっつの。面倒なんか見られるか。
「それはそうと、ハム摩呂たんをどこに隠した? 今日からハム摩呂たんは陽だまり亭のお手伝いのはずだろう?」
「詳しいな、ルシア……」
「ふん。領主の諜報力を侮るな」
「発揮する場所選べよ」
ハム摩呂の勤務事情なんぞに諜報力とやらを割いてんじゃねぇよ。
ルシアの指摘通り、今この場所に陽だまり亭のメンバーはいない。
当然、お手伝いのハム摩呂もいない。
あいつらはこの後で合流する予定なのだ。
「それじゃあ、そろそろ始めようか、『遅咲き、春のパン祭り』を」
エステラの言葉に、ナタリアをはじめ給仕たちが会場に散りスタンバイを整える。
今回のパン祭りの会場は大広場だ。
大通り近辺の連中も「イベントがない」とぼやいていたからな。今回は大広場を貸し切ってパン祭りの会場とした。
丸一日かかってしまった運動会とは違って、今回は二~三時間程度で終わるイベントだ。大広場を占拠しても特に大きな問題は起こらないだろう。
パンは種類ごとに露店を構え、無料配布される。
店先でどれにしようかと悩まれては回転率が落ちる。
なので、どれが食いたいかを決めてからそれぞれの露店に並んでもらう。店の番をしている者はもらいに来た客にパンを渡すだけでいい。子供にでも出来る簡単なお仕事だ。
とはいえ、混乱は予想されるから給仕たちはピリピリしているけどな。
今回パンを提供してくれたゲラーシーとリカルド、双方から簡単な挨拶をもらい、最後にエステラが「存分に食べて楽しんでほしい」と締めくくってパン祭りはスタートした。
開会宣言と同時に露店の前に行列が出来る。殺到する人の波を整列させるべく声を張り上げる給仕たち。
すげぇ勢いだ。バーゲンか、はたまた初売りの福袋かというような勢いで人が露天に群がっていく。
それだけ、新しいパンが注目されているということか。
「この様子では、あっという間になくなりそうだな」
人々の勢いに、ゲラーシーが頬を引き攣らせる。かろうじて笑顔をキープしているが、圧倒されているのが隠し切れていないぞ。
「シスターを満足させるどころか、領民たちですら物足りないと感じるかもしれないな」
大量に、それはもう大量にパンを持ってきたゲラーシーだったが、それでもまだ見積もりは甘かった。
そりゃそうだ。何人いると思ってんだよ、領民。
それに、よく見れば四十二区の住人ではない者も大勢混ざっている。
おそらくは二十九区と四十一区の連中なのだろう。領主が参加するということで、エステラが広く門戸を開け放って迎え入れていた。
「うまー!」
「やばっ! これ、やばっ!?」
「どんだけー!」
などと、絶賛の声が上がって……つか、もうちょっとまともなコメントはなかったのか?
注目する場所を変えてみる。
「噛めば噛むほど口の中に小麦の香りが広がって……」
「まるで草原を吹き抜ける風になったよう」
「このメロンパンも、メロンの風味が生きていて、美味しいですねぇ」
なんか、ワインの評価みたいになってるが……とりあえず、メロンパンにメロンの風味はねぇよ。
「好評のようだね」
人々の反応を見て、エステラが満足そうに頷く。
「こんなにいい物をずっっっっっと隠し持っていたのかい、君は?」
「ふん。提供してやる謂れがなかったからな」
「感謝するよ、その『謂れ』が出来てくれたことに」
そうまでしてでも、俺はパン食い競争が――並んで揺れるおっぱいが見たかった!
「ベルティーナさんに、それにソフィーにシスターバーバラ。懇意にしているシスターが困っていたら、君は手を差し伸べずにはいられないもんね」
「はぁ? 俺が人助けでレシピを教えたとでも思ってんのか?」
「思うのは自由だろ?」
「自由だが不愉快だから訂正しろ」
「なら訂正するよ。ボクと、ボクの領地の民たちのためにありがとう」
「自惚れんな」
くすくすと笑うエステラ。
誰がお前のために骨を折ったか。そもそもお前は飛んでも跳ねても揺れないんだから、パン食い競争とは無縁の存在なんだよ。いわば、パンから最も遠い存在と言える。
「俺はまぁるくて柔らかいもんが好きなだけだ」
「ふふふ。なるほど、君らしい回答だね」
何がそんなにおかしい?
……にやにやすんな。
「けれど、これで教会も文句を言わなくなるだろうね。『外周区の売り上げが落ちたからなんとかしろ』って、無理難題を吹っ掛けられることもなくなりそうだよ」
売れなくなったんなら、自ら行動を起こせっての。
企業努力で乗り越えろってんだ。
まったく、施されて当然だと考えやがって。
そんな教会に逆らえないのが貴族というものだ。領主であればなおのこと。
特にエステラは、「外周区でパンが売れなくなったのは四十二区が妙な食い物を生み出し広めたせいだ」と遠回しに言われていたらしいから、この情報提供で大分立場的にも楽になったことだろう。
発案者は極秘でも、どの区からの提案であるか程度は教会の連中には分かる。教会の外部には漏れないが、内部の、特にイヤミを言ってくるようなお偉い方の耳には入ることだろう。
恩を売れたなら僥倖。まぁ、よくて『チャラ』ってところかな。
教会ならそんなとこが関の山だろう。どうせ。
なんにせよ、これだけ評判が良ければ『パンが売れない』なんて事態はもう起こらないだろう。
エステラがイヤミを言われることもなくなる。
「ありがとね、ヤシロ」
「感謝ならさっきしてたろうが、『謂れが出来たことに~』って」
「うん、それはもちろんだけど」
俺の前に来て、真っ直ぐに俺の顔を覗き込んでくる。
「君のおかげで、厄介な悩みが一つ解消されたんだ。だから、個人的に、君に、ありがとうと言いたかった。これはただのエステラとしてのお礼だよ」
そんなことを俺に言えば、恩に着せられてあとあと面倒くさい見返りを期待されかねないってのに……清々しい顔しちゃってまぁ。
「厄介な悩み……か。エステラ。菓子パンに豊胸効果は無……」
「もう。言うと思ったよ」
ぽすっと、エステラの拳が俺の胸にぶつかる。
ぶつかったまま、ぐりぐりと手首がひねられる。なんだよ、くすぐったいな。
「君は、人の感謝を素直に受け取る練習をした方がいいよ」
「うっせぇ……くすぐったいから、やめろ」
言って、エステラの手を払いのける。
そうだよ、くすぐったいんだよ。……そんな真っ直ぐな目で見られるのはな。いつもみたいに悪態でもついてろっての。
あくまで俺の野望の『ついで』でお前の悩みが一つ解消されただけに過ぎない。
ただの副産物だ。オマケだ。
いちいち有り難がるな。
「パン食い競争、すっげー楽しかったなぁ~っと」
「まだそんなことを言うのかい? いい加減『どういたしまして』って言ってごらんよ? ほら、この口でさ」
意地の悪そうな顔で言って、エステラが俺の両頬をつねって引っ張る。
やめろ、こら。
ほっぺたをみょぃんみょぃんさせんじゃねぇよ。
「「イチャイチャすんな」」
並んで立つリカルドとゲラーシーに、呆れたような顔で言われた。
イチャイチャなんかしてねぇわ。
エステラが一方的に絡んできてるだけだ。
ふん。
「あ、ルシア。メロンパンがあるぞ。二つほどもらってきたらどうだ?」
「やっ、やかましいわ! 二つも食べられるか、戯けめ!」
「いや、二つくらい食えるだろう」
「女は小食だからな」
ルシアの焦りの意味が分からないゲラーシーとリカルドがルシアの過剰反応に首を傾げる。
で、リカルドがまた余計な一言を零す。
「あぁ、またあれか。女特有のダイエットとかいう……」
「あ゛?」
ルシアの一睨みでリカルドが石化した。
怖ぇ。ルシア、石化睨みのスキルを習得してたのか。コカトリスみたいなヤツだ。
「……コカトリス」
「人を奇妙な名で呼ぶな、カタクチイワシ」
どの口が言う。
ルシアはダイエットなんか必要ないような体型ではあるが……まぁ、面と向かって「ダイエットか」はないよな。
石化したリカルドを見ながらゲラーシーがため息をついていた。
姉がいる分、ゲラーシーの方が女性の扱いはマシ、なのかねぇ? 知らねぇし興味もないけど。
無礼男を黙らせて、ルシアが人差し指を立ててご高説を垂れる。
「メロンパンはカロリーが高いからな。食べ過ぎるわけにはいかんのだ」
「ほぅ、カロリーなんて言葉をどこで覚えたんだ?」
「イメルダ先生のもとでだ」
「何があったんだよ、あいつの家で!?」
なに師事してんだ。
スタイルで言えば、(胸を除けば)ルシアだって全然負けてないだろうに。
「先生は四十二区に来てから胸が成長した実績の持ち主だからな。体型管理に関していろいろ教示を受けたのだ」
「いや、ルシアさん……ボクの区の人たちと仲良くなってくれるのは嬉しいんですけど、領主が一ギルドの令嬢に師事するというのはさすがに外聞が……」
「実は、この二泊の間に私も2ミリほど成長してな」
「えっ!? ヤシロ、本当!?」
「どれ……なっ!? た、確かに2ミリ成長している!?」
「イメルダ先生ー! せんせーい! 先生は何処ー!?」
「落ち着かれよ、ミズ・クレアモナ! 先ほどミズ・スアレスに言った言葉を思い出すのだ」
「……っていうか、服の上から目視で2ミリの変化に気付けるテメェが怖ぇよ、オオバ」
騒ぎ出すエステラに得意げなルシア、エステラを宥めるゲラーシーに驚愕の表情をさらすリカルド。
賑やかなヤツばっかだな、領主ってのは。
さて、領主のそばにいると俺まで同類だと思われるから、ちょっと会場を見て回るか。
「ヤシロー! クリームパン美味いぞー!」
「おー! 食い過ぎるなよ、デリア」
「あぁ!」
「ヤシロさん。今日のメロンパンもさくさくで美味しいです」
「ベルティーナはホントメロンパン好きだよな」
「さくさくのもはもはですから」
「食い過ぎるなよ」
「はい。まだ五厘目です」
そうか、一分目にも達してないのか……八分目までは遠いなぁ。
「あっ、ヤシロ~!」
「よぅ、ネフェリー。食ってるか?」
「うん。それより、モリーちゃん見なかった? さっき会場で見かけたんだけど……」
「あぁ、たぶんパーシーと一緒なんじゃないか?」
「パーシー君と? なんでだろう?」
「仕事だよ。ちょっと頼んでおいたものがあってな」
「お仕事……で、なんでパーシー君と一緒なんだろ?」
おーい、パーシー。
お前、仕事してないと思われてるぞー。
まぁ、実際モリーだけいてくれりゃ問題ないんだけどな。
「ぁ、てんとうむしさん!」
「よぅ。ミリィもメロンパンか」
「ぅん。さっきしすたーと一緒に並んだの」
「今度メロンパンの髪飾り作ってやろうか? 大きいの」
「もぅ、みりぃ、そんな食いしん坊じゃないょぅ」
ぽふっと、俺の腕を叩くミリィ。
ミリィがさり気ないボディータッチを!?
ど、どこでそんな高等女子テクニックを!? まさか、合コンとか行ってないよね!?
行っちゃダメだぞ、ミリィは、そんな爛れた空間に!
「ミリィさん、ジャムパンが空きましたよ」
「ぁ、しすたー。でもみりぃ、まだメロンパン食べてるから、ぁとにします、ね」
「では、お先にいただいてきます」
と、クリームパンを握りしめてアンパンをもぐもぐしながら歩いていくベルティーナ。
いつの間にハシゴしてたんだよ……さっきメロンパン食ってたと思ったところなのに。
「あいつだけファストパス持ってんじゃねぇの?」
「ふぁすとぱす?」
「優先券みたいなもんだ。気にするな」
用意してないんだからファストパスなんかがあるわけないんだし。
「あ、シスター。よければお先にどうぞ」
「あら、よろしいんですか?」
「気にしないでくださいよシスター」
「そうですよ、シスターにはいつもお世話になっていますから」
「さぁ、お先にどうぞ」
「二つじゃ足りませんものね、さぁ、お早く」
「お腹空いちゃいますもんね」
「みなさん、ありがとうございます。では、ご厚意に感謝して――みなさんに精霊神様の加護がありますことを」
なんか、チート技使ってないか、あいつ!?
ベルティーナの食いしん坊もすっかり有名となり、街の人間も協力的だ。
「パン二個なんて、シスターが餓死しちゃう!」みたいな危機感があるのかもしれないが……もうすでにメロンパンを平らげているので二個じゃないんだけどな。
「しすたー、すごぃ。人徳、だね」
「人徳、なのかねぇ……」
ミリィがキラキラした目でベルティーナを見ているが、果たしてそれは尊敬していいものなのだろうか。
まぁ、ベルティーナが好かれているから譲ってもらえてるんだろうとは思うけどな。
あれは、同情なんじゃ?
嬉しそうにもらったジャムパンに齧りつく姿からは、もう筋肉痛の影は見えない。
完全復活だな。
「ヤシロ。パウラや店長たちは来てないんかぃね?」
餌付けされるベルティーナを眺めていると、ノーマがやって来た。
人でごった返す会場をきょろきょろと見渡している。
「みんな自分の店にいると思うぞ」
「カンタルチカと陽だまり亭にかい?」
「あぁ。ちょっと頼みごとをしておいたからな」
みんなパン祭りを楽しみにしていたから、ちょっとは嫌がられるかと思ったんだが……仕掛ける側になることの方が楽しいみたいで快く了承してくれた。
特にパウラは意気込んでいた。
こういう時は、大抵陽だまり亭だけで準備して行動するからな。先陣を切ってサプライズが出来ることを大いに喜んでいた。
「パウラは隠し玉なんだよ」
「店長たちは?」
「秘密兵器だ」
俺がわざわざパンのレシピを無償提供したのは、なにも人助けのためだけではない。
というか、人助けなんか、この俺がするわけないだろうが!
すべては俺の利益のためだ!
まぁ、ついでに儲けられるヤツは儲けておけばいいんじゃねぇの。
こっちの邪魔さえしなけりゃ、どこで誰が儲けようが俺はとやかく言うつもりはない。
経済が回っている方が、詐欺師は活動がしやすいからな。
「何を企んでいるのか知らないけどさ……アタシにも声をかけてほしかったさね……」
ふくれっ面で俺の肩を突っつくノーマ。
いや、ほら。お前には運動会の翌日の朝食ですげぇ世話になっちまったし、あんま頼り過ぎるのも悪いかなぁって。
「……今回は部外者なんさね…………部外者」
なんでそんな拗ねてんの!?
いや、頼みごとし過ぎるのもちょっとどうかって思っただけで……あぁ、もう! 今度はちゃんと声かけるから! 膨れるな!
「ヤシロさん!」
人混みの中でもはっきりそれと分かる、張りのある声が聞こえた。
「よぅ、イメルダ」
「見てくださいまし! 『メロンパンとワタクシ』ですわ!」
メロンパンを空へ掲げ、ズビシィ! ――とポーズを取るイメルダ。
うん。見る価値がないので目を逸らしておこう。
「ちょっと! 見てくださいましな!」
「遊んでないでさっさと食えよ」
「食べていますわよ、十分に。それにしても凄い盛況ですわね」
「まぁ、タダだしな」
「確かに、タダでいろんな味を試せるのは嬉しいさね。売り出されるって言ったって、一つ50Rbじゃ、そうたくさんは買えないからねぇ」
ノーマが少しだけ難しそうな顔をする。
今回の新しいパンは、従来のパンを基準に値段設定されている。
柔らかい丸パンが30Rb、バターロールが35Rb、菓子パンは一個50Rbだ。
食パンは一斤で60Rb。半斤で30Rbとなっている。
高くて買えないというほどではないが、一般的な家庭ではそうそう毎日買い食い出来るような物でもない。
毎食後に500円のデザートを買うかっていうと、ちょっと躊躇うだろう。
もしくは、菓子パン一個で一食とするかと言われると、これもまたちょっと悩む。
そんな価格設定だ。
硬い黒パンが20Rbだったので、それよりも高くはなっている。だが、かつての高級品白パンが70Rbだったことを考えると、求めやすい値段であると言えるかもしれない。
それもこれも、中央区付近で販売される『高級パン』のおかげだ。
作り方はほぼ一緒。
ただし使う材料が異なる。
使う小麦粉は、貴族御用達の超一流の小麦粉を使用し、使う砂糖は当然貴族砂糖。そして、クリームパンに使用する牛乳や、ジャムパンの苺、アンパンの小豆なんかも、すべて貴族御用達の高級食材を使用して作られる。
そのためお値段もちょこ~っとお高めに設定されている。
聞いて驚け。
中央区で売られる高級メロンパンのお値段は、ずばり、1000Rbもするのだ!
メロンパンよ。お前、いつの間にマスクメロンに肩を並べる存在になったんだ?
ベルティーナの伝手で試食した(考案者への味の確認ということで送られてきたらしい)のだが、味はそこまで変わらない。しいて言えば、小麦の香りが芳醇だなぁ~というくらいか。
けれども、貴族とはその特別性と価格に価値を見出すものだ。
高価で希少なものであれば、それはそれは至高の美味と思い込んでくれる。
それこそ、貧民たちが食べている『貧民パン(貴族の間での蔑称)』などとは比べ物にならない美味しさなのだ――と、しっかりと思い込んでくれているようだ。
外周区でも似たようなパンが発売されていることは教会から発表されて王族や崇高な貴族様(笑)たちもご存じなのだそうだが――
「あんな安物で幸せに浸れるのだから、幸せよねぇ庶民は」
「まがい物で貴族のマネごとをしたいのでしょう、可愛いものじゃないですか」
「本物を知らないって、不幸ですわねぇ」
「いえいえ、本物を知らないからこそ幸せなのですわ、あのモノたちは」
「まぁ。それもそうですわねぇ、おほほほ」
――ってな具合で、勝手に哀れんでくれてこちらに攻撃をしてくることはなさそうだ。
むしろ、「本物を知っているワタクシ」に浸りたいらしく、貴族の奥様方は進んで値段の張る物ばかりを買い求めているとか。
おかげさまで、新しいパンは中央区でも飛ぶように売れまくっているのだとか。
原価はやはり異なるが、利率で言えば『貴族パン』の方が高い。つまり、貴族パンが売れれば教会は大儲けが出来てうはうはなのだ。
これで、外周区でパンの売り上げが多少落ちても文句は言われないだろう。
「しかし、気になりますわね」
掲げていたメロンパンに齧りつきながら、イメルダがパンの露店を眺めて呟く。
「菓子パンの人気は凄まじいものがあるのですが……」
と、イメルダが視線を向けた先にはあまり人が集まっていない丸パン、食パンの露店が。
バターロールは、甘過ぎる菓子パンを避ける大人たちにそこそこの人気を博しているようだが、主食となる丸パンと食パンの人気はイマイチだ。
「以前のパンと比べると、柔らかいし小麦の香りと甘みがしっかりして確かに美味しんだけどねぇ……やっぱり、菓子パンと比べちまうと見劣りしちまうんさよねぇ」
ノーマの意見がこの会場にいるすべての領民の総意といって、まず間違いないだろう。
もし、今回誕生したのが丸パンのみであれば、人々はその丸パンの柔らかさと甘さに感激し、長蛇の列をなして買い求めただろう。
だが、今回は菓子パンがある。
子供はもちろん、スイーツ大好きマダムたちも、ついつい菓子パンに夢中になってしまっている。
あぁ、なんてことだ、俺の失策だ、大失敗だー……と、思った?
だからこそ、隠し玉を用意しておいたんじゃないか。
貴族どもがまだ知らないパンの美味しい食べ方。
この情報もくれてやれば、こっちの新しい商売に口出しもしてこなくなるだろう。
「ってわけで、あの余っている丸パンと食パンを美味しくいただく秘密レシピを投入する。――パウラ!」
「ま~かせてっ!」
俺の合図に、火の点いた松明を片手に掲げてパウラが答える。
ホットな火を持ったイヌ人族のパウラ。
うん、別にダジャレじゃない。ダジャレではないが、俺が今から作ろうとしているのはまさにそれだ。
ちなみに、マグダには食パンとピーマンとベーコン、トマトソースとチーズを使った料理を、ロレッタにはハムとチーズと卵とレタスと食パンを使った料理を教えてある。
さぁ、『遅咲き、春のパン祭り』第二部の開幕だ。
あとがき
晴れた日にはうっすらと汗ばむような季節になり、
髪をくくった女性の首筋にぺたりとほつれ毛が張りつくのがとてもセクシーに見える季節が間もなくやって来ようかという昨今、
いかがお過ごしですか?
宮地です。
え?
あぁ、私ですか?
うっすら汗ばんだ女性の首筋に張りつくほつれ毛を堪能して過ごしております。
というわけで、
レビューをいただきました!
ヽ(〃≧∀≦)ノ☆゜'・:*☆
♪ヽ('∀')メ('∀')メ('∀')ノ♪
最近感想欄でも絡んでいただいている、[2019年 05月 28日 20時 22分]の方!
ある意味で物凄くオーソドックスな、いや、ダイナミックな訴えかけがスカッと心地よい、勢いのある構成が印象的でした。ヤシロの原点にしてこのお話が始まって駆け出し始めた頃を思い起こさせるような言葉のチョイスはどこか懐かしくもなぜか新鮮で、興味をぐぐっと引き寄せられるようで、一気に読み切ってしまえる速度感がよかったです。それでいて最後一行に遊びがあって、ラスト二行が映える構成となっていました。
キャッチーな言葉選びも相まって爽快な読後感を味わえるレビューでした! どうもありがとうございました!!
さて、久しぶりのレビューですので、
またウィキ先生のお力を拝借して『112』に関するお話を……ふむふむ、
西暦112年は、かの有名なガイウス・プリニウス・カエキリウス・セクンドゥスが亡くなった年だそうです。
誰やねーん!?(ノ ̄□ ̄)ノ┳⌒┫ ┻ ┣ ⌒┻☆)゜⊿゜)ノイテテェ!!
すみません、
意外といませんでした、
西暦112年に知り合いが。
一人くらいいるかなぁ、と思ったんですが。
じゃあ試しに『112枚』検索……っと。
犬のトイレシート、112枚入り。
……なぜそんな中途半端な枚数!?Σ(゜д゜ )
意外とないものですね、112に関するお話。
ちなみに、『異世界詐欺師~』の112話目では、
エステラが「む~~~~~~~~~あぁぁぁああああああああ…………っ!」
って、アザラシ化してました。
では、少し視点を変えてみて、
11月2日だったら?
11月2日はタイツの日です!
黒タイツはもはや女子の聖なる衣の一つですよね☆
あれはいいものだ……しみじみ。
そして、11月2日の誕生花は『ルピナス』花言葉は【母性愛】
……なるほど、ほとんどおっぱいですね。
ちなみに1月12日の誕生花は『庭薺』花言葉は【優美】
……なるほど、やっぱりほぼおっぱいですね。
同じく1月12日の誕生花『春山茶花』花言葉は【慎ましやかな人】
……なるほど、ちっぱいですね。
そんなわけで、ちっぱいなレビューでした!
(いや、ちっぱいなレビューではなかったはず!)
さて皆様、
実は私、ちょっと悩んでおりまして…………いや、出始めから汗ばんだ女性の色っぽさとかタイツはいいなぁとか花言葉は大抵おっぱいとか、そんな話ばっかりしていますけれども、
これでも悩んでいるんですよ、いえいえ、本当に。
この前、
本社の割と偉い方がうちの会社にお越しになりまして、
お名前くらいは聞き及んでいたんですが、何分偉い方なので、
私のような子会社の三下ド平社員風情がお目通り出来るような方ではなかったので顔すら覚えてなかったというか、一切興味がなかったというか、戦略的無関心といいますか……
とりあえず話した記憶もないような雲の上の方が来社されまして、
で、とりあえず目さえ合わせなければ挨拶もしなくていいかなぁ~と思っ……もとい、
ワタクシ如きが視界に入ること自体がお目汚しになるであろうと存在を消していたんですが、
その偉いさん、何を思ったのか私の方へ真っ直ぐに歩いてこられて、
それも、この上もなく嬉しそうな顔で、
で、にっこにっこした顔で私に「よぅ! サダオ!」って言うんですね。
……いや、誰だよと。
私の名前はサダオではありません。
「何ほざいてんだこのオッサン?」と口から出かけたのをなんとか飲み込んで、
理由を聞いたところ――
以前あとがきで書きましたあの事件、
メリーポピンズが空を舞う暴風雨の日の、「今あなたの後ろにいます」事件を、
その課長さん本人から聞いたそうで、それで、
偉いさん「あっはっはっ! それじゃあまるで貞○じゃないか! そうかそうか、宮地は○子なのかぁ。よし、サダオと呼んでやろう!」
と、そういうわけらしいのですが――
( ゜Д゜)/「いや、貞○ビデオから出てくるヤツだから! 霊違い、霊違ぁーい!」
って、割と強めに後頭部を叩いていいものかどうか悩んでしまって、
咄嗟に突っ込めなかったので
(;´▽`)「あははぁ(愛想笑い)」
って、中途半端な反応を……っ!
ツッコミの申し子と言われた私が!
ぬる~い反応を…………っ!
それからなんですよねぇ、
胃の上の方がずーんと重くて、夢にうなされるようになったのは……
(」゜□゜)」<私も権力者に「ちょろりん」とか言える図太い神経が欲しー!
と、そんな、
社会人なら誰もが抱いているであろう欲望を実現してくれるヤシロさん、
憧れます。
誰もが思っているはずなんです!
社長に「ここ一番で天然を発揮するな! ツッコミにくいねん!」と力強くツッコミたいと!
きっと言いたいはず!
なので、
今回の本編のようにヤシロが領主に囲まれながらも横柄な態度を取っているのは、
日本中のサラリーマンの夢と希望を背負っての行動なのです!
若者が「モテたい!」とか「認められたい!」という潜在的な欲求を抱いているように、
社会で戦うミドル世代シニア世代は胸に抱いているのです!
「すっごい上の上司にため口でツッコミたい!」
と!
少年、青年の皆様、いつか分かる時が来ますよ、きっと。
なんでしょうね、出世した人ほど天然が酷いんですよ、結構……
偉いさん「ところで、宮地は見たことある、貞○?」
私「本物ですか? ないですね」
偉いさん「あぁ、本物は俺もないなぁ……」
私「突っ込んで!? 本物いないから!」
――ってツッコミたいけど言えないので、結局
(;´▽`)「あははぁ(愛想笑い)」
……サラリーマンがこんなにつらいと思ったのは初めてでした。
貴族に逆らえない平民の気分って、きっとこんな感じなんでしょうねぇ……
というわけで、
ヤシロは我々の希望と欲望を一身に背負って、領主を思うがままに弄り倒しますよ!
夢と希望とほのかなエロスが詰まっている、
物語って、そうあるべきだと、私は思います!
ほのかなエロス(主におっぱい)がほんのり詰まったお話を今後も書いていこうと思います!
次回もよろしくお願いします。
宮地拓海




