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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
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407/821

無添加62話 朝の教会で

「みゅう……」


 教会の談話室で、ベルティーナが鳴いていた。

 いや、泣いていた。


「……体中が、痛いです」


 ベルティーナも、一日遅れることなく翌日の筋肉痛に悩まされていたようだ。

 まだまだ若いんだなぁ、ベルティーナ。


 筋肉痛で立つのも座るのも歩くのもつらいというベルティーナは、「こんな格好で失礼しますね」と一言謝り、ずっと椅子に腰掛けている。

 その周りを取り囲むように、心配そうな顔をしたガキどもが群がっている。

 このガキどもは誰一人として筋肉痛になってないんだろうな。


「大丈夫かいね、シスター」

「ご心配をおかけしてしまって……大丈夫といえば大丈夫ではあるんですが……」


 心配顔のノーマたちに苦笑を向けて、そして眉毛を八の字に曲げる。


「腕が痛くて、ご飯が食べられません……」


 ベルティーナにとってはそれが一番つらいことらしい。


 ナタリア率いる豪華給仕長軍団の働きにより、朝食は素早く、温かく、的確に配膳された。

 ベルティーナに群がるガキどもを席に着かせて飯を食わせる。

「シスターに食べさせてあげる」と名乗りを上げるガキが何人もいたが、それはベルティーナが許さない。

 自分のためにガキたちの飯が後回しになるなんて、この母親が許すわけがないのだ。

 なので、当然のようにベルティーナが甘える相手は絞られる。


「ジネット、申し訳ないのですが、食べさせてもらえませんか?」

「すみません、シスター。そうしたいのは山々なんですが……腕が、上がりません……」

「…………みゅう」


 こういう時はいつもジネットがベルティーナを助けていたが、そのジネットも今日は酷い筋肉痛で身動きが取れない。

 ベルティーナと並んで椅子に腰掛けているのがやっとだ。

 同じ方向を向いて微動だにしない似た者母娘は、まるで雛人形のようだった。どっちも女雛だけどな。


「しょうがねぇな。俺が食わせてやるよ」

「ヤシロさんが、ですか?」


 本当なら、給仕長たちの方がこういうのは上手いんだろうが、ベルティーナ自身が他所の区の人間に迷惑をかけたくはないだろうし、ナタリアあたりに食べさせてもらったりしたら……介護に見えちゃいかねないしな。ほら、給仕服のエプロンがヘルパーさんを髣髴とさせるし。


「いいんですか、本当に?」

「俺なら気兼ねしなくていいだろう? それに、力仕事は男の役割だしな」

「力仕事だなんて、うふふ」


 いやいや、ベルティーナ。笑ってるけどさ、……何往復すると思ってんの? 器と口の間をさ。


「マグダはジネットを頼む」

「わたしは平気ですよ。自分で……」

「……つんつーん」

「きゃああああ! ……つ、突くなんて、酷いですマグダさん……」

「……マグダが食べさせてあげる」

「お……お願い、します」


 触れられるだけで悲鳴が漏れるくらいの筋肉痛なら、大人しく食わせてもらって筋肉を休めてやれ。

 なけなしの筋肉が擦り切れちまうぞ。

 筋肉とクーパー靭帯は大切にな。


「ロレッタはガキどもの面倒を頼む」

「任せてです!」

「デリア、パウラ、ネフェリー」

「おう!」

「なに?」

「なんでも言って」

「ロレッタはたぶんやらかすから、そのフォローを頼む」

「「「了解!」」」

「みなさん酷いですよ!? あたしまっとうに職務をこなせる系女子ですから!」


 ベルティーナとジネット。ガキどもの心の拠り所であるツートップが体調不良で動けないこの状況だ。頼れるお姉ちゃんがたくさんいれば不安も多少は紛れるだろう。


「それからノーマ」

「分かってるさよ。給仕長たちと一緒に料理の番をすればいいんさね?」

「いや、赤ん坊がいるからおっぱいを」

「出ないさよ!?」

「ついでに、ノドが渇いたから俺にも」

「だから出ないさ……出たとしてもあげないさよ!」


 そっかぁ、適材適所だと思ったのになぁ。


「ヤシロさんっ」


 すぐ目の前でベルティーナの頬が膨らんだ。

 可愛らしい顔で怒ってみせるベルティーナ。


「へーいへい。懺悔代わりに精々奉仕させてもらうよ」

「もう……。お願いします」


 これで、多少は罪悪感や遠慮みたいなもんが減ってくれればいいけどな。

 まずは煮物をと思って箸を持ったら、ひんやりと冷たかった。


「ベルティーナ、寒くないか?」

「はい。平気ですよ」

「いや、ダメだ。動けないんだからすぐに体が冷える。おい、ガキども。ひざ掛けとストールを持ってきてやれ」

「「はーい!」」


 今朝は随分と冷える。

 室内にいるとはいえ、広い談話室は肌寒い。防寒はしっかりとしておくべきだ。

 あと、体を温めて血行を促進してやった方が筋肉痛は早く治るらしいしな。


「あと、ジネットにも貸してやってくれ」

「いえ、わたしは」

「頼んだぞ、ガキども」

「「はーい!」」


 こんな時の遠慮なんぞ総スルーだ。

 年長のガキ(男)と、しっかり者の少女が二人でぱたぱたと駆けていく。

 ちゃんと率先して動いてるな、感心感心。


 ダッシュで戻ってきた二人からひざ掛けとストールを受け取り、ベルティーナとジネットにかけてやる。

 肩にストールを羽織らせて、ひざ掛けを腰辺りまでしっかりとかける。


「ありがとうございます。とても温かいです」


 椅子に身を預けてひざ掛けをしている姿は、まるでお婆ちゃ……いや、なんでもない。

 そうだな、今度ロッキングチェアでも作ろうかな。

 いや、深い意味はない。

 ベルティーナは若いベルティーナは若いベルティーナは若いベルティーナは若い。

 だからそんな「ん? 今何か言いました?」みたいな目で俺を見つめないでくれ。何も言ってないし、何も思ってないから。


「ところで、ヤシロさんは大丈夫だったんですか? 筋肉痛は」

「あぁ。迎え筋肉のおかげでそれなりに動くようになったよ」

「迎え筋肉?」


 きょとんとするベルティーナに気にするなと言っておく。科学的根拠もないしょーもない戯言だ。


「ふふ。でも、ヤシロさんに甘やかしてもらえると、ちょっと得した気分になりますね」

「あ、それはわたしも思いました」

「ジネットもですか?」

「はい。……えへへ、今日は髪の毛を梳かしてもらっちゃいました」

「まぁ、それはズルい。私は今朝、悪戦苦闘したんですよ」


 母娘でそんな会話をして、「ズルいです、ヤシロさん」と俺を非難してくるベルティーナ。だから、今こうして飯を食わせてやってるだろうが。特別大サービスなんだぞ、これは。

 まったく。享受しているサービスを実感出来ないなんて、なんたる贅沢者だ。

 これは少々お仕置きが必要だな。


「さて、おにぎりはどうするか……箸で丸ごとは無理だし、小さく切るのも難しいな」

「では、手掴みで構いませんよ」

「いいのか?」

「ヤシロさんの手なら、気になりません」

「じゃあ、俺の指に着いた米粒までぺろぺろしてくれるのか?」

「そ、それは……ご自分でどうぞ」


 身動きが取れないので顔も背けられず、恨みがましそうにぷくっと頬を膨らませる。

 可愛らしい抵抗じゃないか。


 いいかベルティーナ。

 他人に助けてもらったなら感謝をしなさい。そしてその感謝は可能な限りきちんと返しなさい。価値のある物か、それに相当する情報か奉仕でな。

 さぁて、どんなお返しをしてもらおうかなぁ。


「おっはよーございまーす!」

「おぁよーござまーす」


 お、あのアホな声と舌ったらずな声は――予想通りバルバラとテレサだった。


「はぁ~、いい匂いだなぁ。シスターいますかー……って、なにやってんだ英雄?」


 談話室に上がり込んできたバルバラが、ベルティーナの介助をする俺を見て目を丸くする。


「おはようございます、バルバラさん、テレサさん」

「おはようございます、シスター」

「おぁよーじゃます、しぅたー!」


 ほぅ、バルバラのヤツ、挨拶が出来るようになったのか。


「実は、私が筋肉痛で動けないのでヤシロさんに食事の手助けをしていただいているんですよ」

「あぁ、筋肉痛な! とーちゃんとかーちゃんも今朝うんうん唸ってたよ。今日は畑仕事休むんだって」


 残念。

 敬語はまだまだ習得出来ていないようだ。


「バルバラさん、お食事はされたんですか?」

「ん? あぁ、いや。まだなんだけどさ」


 ジネットの問いに、バルバラは頭を掻いて困った顔をした。


「かーちゃんが動けないから朝飯が作れないんだよなぁ。で、シスターなら何か食べる物持ってないかって思ってさ」


 バルバラが言うには、運動会で食べたようなパンがあれば分けてもらえないかと相談しに来たのだそうだ。

 こいつには、簡単な料理すら出来ないだろうからな。

 だが、パン食い競争で提供したようなパンはまだ世に出回っていない。

 教会にあったとしてもカッチカチの黒パンが精々だ。


「しまったよなぁ……こんなことなら、昨日の料理持って帰っときゃよかったぜ」


 バルバラには、まだいざという時に頼れる人間の選択肢が少ない。

 教会は、テレサを預かってくれたりする場所なので比較的頼みやすいと思ったのだろう。


「でしたら、ご一緒に召し上がっていかれますか。マグダさんたちがたくさん作ってくださいましたので」


 ジネットが動かない体でにっこりと微笑む。

 マグダや他の連中も特に異論はないようで、そうすればいいみたいな空気を出している。


「いいのか?」

「はい。シェリルさんたちの分は、あとで器にうつして持って帰ってあげてください」


 時刻はまだまだ早朝だ。

 トットやシェリルはまだ眠っている時間だろう。

 テレサが早起きなのは、バルバラと朝の挨拶が絶対にしたいからなんだと、以前ベルティーナが教えてくれた。本人がそう言っていたらしい。

 あと、朝の畑仕事に間に合う時間にバルバラを起こすのもテレサの大切な仕事なんだとか。……起こされてんじゃねぇよ、姉。

 そんなわけで、テレサは朝に強いのだそうだ。


「んじゃあ、食わせてもらうか、テレサ?」

「うんー! 食うー!」

「こら、二人とも。『いただく』ですよ」

「……はい」

「ぁい!」


 ベルティーナの指摘に素直に従うバルバラとテレサ。


「『いただく』もらうか」

「もらぅー!」

「そうではなくて……う~ん、難しいですね」


 素っ頓狂なバルバラの解釈に、ベルティーナは苦笑を漏らす。


「バルバラ。『ご馳走になろうか』だ」


『ご相伴にあずかる』までは、こいつには荷が重いだろうと、当たり障りのない言葉を選んで教えてやる。


「『いただく』はどこ行ったんだよ? お前はバカなのか、英雄?」

「……飯食わさずに叩き出すぞ、このサル頭」


 お前にだけはバカとか言われたくねぇわ。

『馬鹿』って字すら書けないバカのくせに。


「バルバラさん。ヤシロさんのおっしゃったとおりに言い直してください」

「は~い……え~っと、『ご馳走になろうか』テレサ」

「ごちしょーになぅます!」


 うんうん。

 自分でアレンジ出来る分、テレサの方が言葉遣いは理解していそうだ。

 やっぱ、テレサの方が頭がいいんだな。現時点ですでに。


「では、召し上がってください。わたしたちは動けないので、こんな格好で失礼しますが」

「店長も筋肉痛なのか」

「はい、お恥ずかしながら」


 ナタリアがバルバラとテレサの分の食事をよそいに向かう。

 その間に、テレサはガキどもの輪の中に、バルバラはこちらの輪の中に入ってきた。


「店長とシスターが動けなくて、英雄はシスターの手伝いをしてんのか?」


 ん?

 何が言いたいんだ、こいつは?


「英雄は店長ばっかり贔屓にしてるから、店長が好きなのかと思ったのになぁ」

「「へっ!?」」


 俺とジネットが揃って驚きの声を漏らす。


「けど見た感じ、シスターのことの方が好きそうだな」

「「ふぁっ!?」」


 今度は俺とベルティーナが同じように声をあげた。


 こいつ、なに言ってんの?


「アーシさ、実は昨日、『好き』って感情を知っちまってさ……へへ」


 などと、耳まで真っ赤に染めながらも得意げな照れ笑いを見せるバルバラ。

 いや、知ってるから。ここにいる全員がその瞬間見てたから。


「で、好きって、アレだろ? どんどん大きくなったら結婚するヤツだろ?」


 とは限らんが、まぁ、広義的にはそんなもんかねぇ。


「かーちゃんととーちゃんも、好きがすごくすごく大きかったから結婚したんだ。昨日もな、とーちゃんが張り切り過ぎて肩が痛いって言ったら、かーちゃんが飯を――あ、ご飯を食べさせてあげてたんだ。今英雄がしてるみたいな感じで」


 指差してそんなことを言われて、背中に謎の汗をかいた。

 ベルティーナも「にゅっ」と変な声を漏らして、落ち着きをなくす。

 ちらちらと視線が行ったり来たりしている。


「だからアレなんだろ? 英雄はシスターが好きで、いつか結婚するんだよな!? アーシ、そういうの、もう知ってんだ!」


 どーだ!

 と言わんばかりのドヤ顔で胸を張るバルバラ。

 そうかそうか。

 お前は『好き』を知って浮かれまくってるんだな。

 覚えたての言葉が使いたくて仕方ない精神状態なわけだ。


 だがな……



 TPOを弁えろや。



「バルバラさん」


 俺が箸を置いて、「さ~て、どう料理してやろうか」と考え始めた頃、筋肉痛で身動きが出来ないはずのベルティーナがすっくと立ち上がった。


「ことの真偽に関わらず、口に出すべき言葉かどうかを考えてから発言をしなさい――と、以前も教えましたよね?」

「……あっ」


 思ったことはなんでも口にするバルバラ。

 そうかい、俺らが知らないところですでに注意を受けていたのか。

 にもかかわらず、バルバラはベルティーナの前で同じ轍を踏んだと。

 まぁあれだな。


 恋なんぞに浮ついた気持ちでハッピー全快暴走なんかした報いだな。


「……懺悔室へお越しください。朝食の前にお話いたしましょう」

「いや、あの……ご、ごめんなさ……」

「さぁ、早く」

「…………っ!?」


 ベルティーナの見せる女神のような微笑みにバルバラが言葉を失う。

 まぁしょうがない。ベルティーナの浮かべていた微笑みは、神々しさではなく禍々しいオーラを放つ破滅の女神の微笑みだったもんな。


 空腹も筋肉痛も後回しで、バルバラを引き連れたベルティーナが談話室を出て行く。

 こういう時は動くんだな、体。プロ意識か……照れくさ過ぎてこの場から逃げたか……


「さ、俺も飯食お~っと……」


 ベルティーナが逃げたせいで、このいや~な空気を俺一人で背負わされる羽目になった。

 いや、チラッと視線を向けると、ジネットもな~んか居心地の悪そうな顔をしていた。

 ……まったく、あのアホサル女。

 TPOをしっかり叩き込んでもらってこい。

 PTAじゃないぞ! TPOだぞ!


 ……ったく。






 それから小一時間の時間が過ぎ、イネスとデボラは自区へと帰っていった。

 今日も普通に仕事があるからな。

 ギルベルタとナタリアはここでそれぞれの領主と落ち合うのだそうで、談話室でのんびりとお茶を飲んでいる。珍しい光景かもしれないな、こいつらが寛いでいる姿は。


 マグダとロレッタはノーマたちを連れて陽だまり亭へ戻った。

 ジネットがまだ動けないので開店準備を引き受けてくれたのだ。

 今日は下ごしらえが出来ないのでお好み焼きメインの屋台DAYにすることになった。


 金物ギルドと生花ギルドは、今日は午後かららしく朝のうちは手伝ってくれるらしい。

 川漁ギルドは、今日は休みなんだとか。


 飲食店や一部のギルド以外は、今日はのんびりするようだ。

 丸一日運動会やった翌日だからなぁ。

 陽だまり亭も休めばいいのに……


「疲れている時は外食がいいと、ヤシロさんも言っていたじゃないですか」


 運動会の後は外食で済ます家庭が多い、疲れているから。

 そんなことを言ったっけなぁ。

 とにかく、ジネットは休むつもりがないらしい。


 それはカンタルチカも同じで、パウラは朝食の片付けが終わったらいそいそと帰っていった。

 ネフェリーも、養鶏場の朝の仕事は両親がやってくれたらしいが、生き物の世話に休みなんてものはないと帰っていった。


 で、俺とジネットはというと、開店準備をマグダたちに任せて教会に残っている。

 開店までに少しでも筋肉痛を和らげるために談話室で休憩をしているのだ。体をさすさす、筋肉の回復を待つ。さすさすさすさす……


 空は徐々に明るくなり始めていた。


 それからしばらく静かな時間が続き。


「まったくもう、バルバラさんは……」


 もぐもぐと味の染み込んだジャガイモを咀嚼しながらベルティーナがむくれている。

 まだ尾を引いているらしい。

 懺悔室から戻ってきたベルティーナは、朝食をナタリアに食べさせてもらっている。俺の介助はやんわりと拒否された。

 ま、気持ちは分かるよ、うん。


 あそこまで表立って『好き』だの『結婚』だのって話題を振られることなんかなかったろうからな、敬虔なアルヴィスタンのベルティーナは。照れくささが他人の数倍に感じられるのだろう。


 で、バルバラはと言うと――


「ぐず……っ、くすん…………もぐもぐ」

「よしよし、おねーしゃ、なかないのぉ、かなしい、ないぉ」


「……うん……もぐもぐ……」

「おぃしぃ?」

「…………うん……ぐすっ」


 泣きながら朝飯を食い、妹のテレサにずっと背中をさすってもらっていた。

 めんどくせぇ姉だな、おい。

 アレが仮に俺の実の姉だったら、庭に深い穴を掘ってそこへ落とし、這い出してこられないようにその上に立派な桜の木でも植えてるだろうな。毎年桜を見上げる度に思い出してやるよ、「あぁ、俺にも姉がいたんだっけなぁ」って、一年の内で一週間ほどだけ。


「トットさん、無事に帰れたでしょうか?」

「大丈夫だ。トットは、そこのアホサルよりずっとしっかりしてるから」


 帰ってこないバルバラを心配してトットが教会にやって来たのが二十分ほど前。

 ちょうどバルバラが懺悔室に閉じ込められている最中で、事情をなんとなく察したトットが「あぁ、そっか……どうしましょう、か?」みたいな気を遣った顔で必死に笑おうとしていた。

 なので、あのアホな姉と一緒じゃなきゃ帰りそうもないテレサはここに置いておいて、飯だけ持って帰るように言って、荷物を持たせて先に帰したのだ。

 トットが帰るころにはシェリルも起き出すだろう。

 温め直すのはトットには難しいかもしれないな。ま、冷めても美味いけどなノーマの煮物は。


「ぐす……ぉいしぃ…………ごはん、ありがとう、てんちょう……えいゆぅぅううううううっずびぃ~!」


 汚い汚い! 洟をすするな!

 あぁ、だからって垂らすな! おにぎりにかかる! あぁ、もう!


「泣くか食うかどっちかにしろ!」

「……食ぅうう……」


 ……この教会、食欲優先するヤツ多くない?


「ほら、洟かめ」

「ん……手、塞がってるし……」

「っとに、もう……」


 おにぎりを両手で持っているアホのバルバラ。

 一個ずつ食えよ。誰も取らないかr……いや、確保しておかないとベルティーナが食い尽くすか。なんてサバイバルな教会だよ。

 仕方がないので、くしゃくしゃっと丸めて柔らかくしたちり紙を広げてバルバラの鼻を摘まむ。

 ほれ、「ぷーん!」ってしろ。


「ん……ぶびぃぃいいい!」


 ……とはいえ、もうちょっと躊躇いは持ってろよ、女子。全力だな。


「ベルティーナのお説教は怒ってるわけじゃないから、もう泣くな。反省して次から気を付ければいいだけだから」

「……うん」

「俯くな。また洟が垂れる」

「…………うん」

「ほら、また洟……」


 顔を上げたバルバラの、湿って光る鼻先をちり紙で拭ってやる。

 お前はもう上を向いていろ。垂れてくるから。


「えぃゆう……やさしぃ……」

「今頃気付いたのか。俺ほど優しいジェントルマンはそうそういないぞ」

「……けど、アーシ…………どんなに好きになられても、英雄とは結婚、してあげれない……」

「はぁ!?」

「ごべっ…………ごべんなぁああ……!」

「なんの話だ!?」

「やさしいの、好きだからだろぉぉお? ごべんなぁぁああ!」


 このアホサル……っ!


「ヤシロ様。昨日からバルバラさんに振られまくりですね」

「振られてねぇから! ノーアクションなのにリアクションがバンバン投げつけられてるだけだから!」


 告白まではいかなくとも、せめて俺が好意を寄せてからにしてくれ、俺を振るのは!

 応募してないオーディションから不合格通知もらっても身に覚えがなさ過ぎてきょとんとしちゃうから!


「ごめぇぇん、えいゆぅぅうう……おぃしぃいいいい、おにぎりぃぃぃいいい!」


 並列で語んな、アホサル。


 この煩わしい泣きサルをどうしようかと思っていると、教会の窓からチャラいタヌキがぬっと顔を出した。


「おぅ、あんちゃん! 昨日は楽しかったなぁ、マジで!」


 窓を開けてパーシーがチャラい顔とチャラい声であいさつを寄越してくる。


「いやさ、陽だまり亭行ったらこっちだって聞いたから……って!? え、なんなん? どしたん?」


 泣きながらおにぎりを頬張るバルバラを見つけてパーシーが狼狽する。

 つか、気付くの遅ぇよ。お前、もしかして視野狭いの?


「あれって、昨日の……えっと……」

「バルバラだ」

「そう、バルバラさん」


 こいつ、『親友』とか言っといて名前覚えてなかったな?

 なんてヤツだ。人を自分の恋路の踏み台としか見てないんじゃないのか? 最低だな。いつか刺されろ。


 そんな、女の敵パーシーがバルバラのそばの窓を開けて声をかける。


「なぁ、バルバラさん。バルバラさん」

「ぐず…………へ?」


 涙で世界が滲んでいたバルバラは、そこにいるのが誰なのか一瞬分からなかったようで、ぼろっと大粒の涙が零れ落ちた後でようやく相手の顔を視認した様子だった。


「………………ぇ」


 か細ぉ~い声が漏れて、尻尾がブワッと毛羽立って、ぞわぞわぞわっと全身が波打った。


「へぇぇええええええええええい!?」


 なんだ、そのロックフェスのボーカルみたいな悲鳴は。


「おはっ。つか、どしたん? 泣いてんの?」

「なっ、泣いてなんか……っ!」


 ずっとテレサと二人で生きてきたバルバラは、姉としてしっかりしなければという意識が強いのか、咄嗟に見え見えの強がりを口にして、慌てて涙を拭おうとして――両手に食べかけのデッカイおにぎりが握られていることに気が付いた。


「ぅひゃああ!? ち、ちがっ! これは、あの……あ、アーシ、食いしん坊じゃない!」


 なんだその弁解。

 どこを心配してんだ。


「あはは。なんなん、それ? マジウケる」

「…………ぁう」


 パーシーに笑われてずどーんと落ち込むバルバラ。

 失恋したかのようなどん底フェイスをしている。


「いいじゃん。美味しそうにいっぱい食べる娘、オレは好きだぜ」

「――っ!?」


 どん底から一瞬で昇天し、この世の春を謳歌フェイスに変わるバルバラ。……極端だな、こいつの表情筋。


「で、なんかあった?」

「な……なにも」


 自分の頬を指して「泣いてるよね?」とジェスチャーを送るパーシーに、バルバラは手の甲で拭って必死に涙の痕を隠す。

 泣いている理由は言えないもんな。シスターに怒られたから、なんて。


「あ、そだ。ちょっと、こっち来て」

「へ……ぅ、うん」


 ちょこちょこっと手招きするパーシーに素直に従うバルバラ。そろそろと、ゆっくり窓際へ近付く。

 と、ぽんぽんと、パーシーの手がバルバラの頭を叩く。


「なんもないなら、泣く必要ないっしょ?」

「――っ!?」


 よしよしと髪を撫でられて、バルバラの涙が完全に引く。

 目を白黒させて半開きの口から「もはっぁあああああ~」っと熱を帯びた息が漏れ出していく。視認出来たらなら、その息はきっと真っピンクだったろう。


「もう涙止まった?」

「……(こくこくっ!)」


 声が出ないのか、バルバラは必死に首を上下に振る。


「んじゃ、もう笑えるね?」

「……(こくこくっ!)」

「んじゃ、笑ってて」

「……(こくこくっ!)」

「約束な」

「……(こくこくっ!)」

「あんたが泣いてっと、オレ心配しちゃうからさ」

「………………きゅっ」


 変な音出ましたけどー!?

 なに? バルバラ、なんか喉の奥で小動物でも絞めた?


「涙は女の子の大切なジュエリーだから、無駄遣いすんなし、マジで」

「………………ぷしゅ~」


 空気漏れてるよー!?

 どっか穴開いたんじゃない!?


「あ、そんでさ、あんちゃん!」


 ぱたりと倒れたバルバラを見て「よし、泣き止んだ」とか呟いた後、パーシーが俺の前に戻ってくる。

 いやいや、お前しばらく俺のそばに来んな。知り合いだと思われたくない。


「あんちゃんに頼まれてたもん、とりあえず試作第一号を作って持ってきたぜ」

「本当か!?」

「マジだって。……あぁでも、これでいいのか、ちょっと自信なくて」


 まぁ、試作だしな。

 しかし、パーシーの持ってきたソイツはなかなかにいい出来栄えだった。


「運動会の翌日にもう試作品を持ってくるとは、やるな」

「あんちゃんが言ったんじゃんか。『明日に間に合えば褒美を、間に合わなければ折檻をくれてやる』って! マジ死ぬ気で頑張ったっつーの!」

「ははは。真に受けたのかよ、あんな冗談を」

「冗談言ってる顔じゃなかったっしょ、アレ?」

「冗談だよ。『褒美』の方は」

「いや、そっちだけかよ!? 『折檻』だけマジだったん!? 怖ぇわ、マジで!」


 冗談だ、冗談。

 きちんと俺の望むものを作ってきてくれるなら、相応の褒美をくれてやる。



 とりあえず、『遅咲き、春のパン祭り』には特等席で招待してやるよ。




 さぁ、もう一儲けさせてもらおうかな。んふふ。







あとがき




どうも、昭和生まれの17歳

宮地です。


なので、え~っと…………昭和77年生まれです。

西暦で言うと2002年、ですかね? ……ね?

あぁ、そうそう。2002年生まれです。


……ソルトレイクオリンピックの時に生まれた子がもう17歳だと!?

「タマちゃ~ん」って叫んでたお子様たちはもう成人!?

ヌーブラをいち早く取り入れた当時のセクシーギャルたちのおっぱいは今!?


あぁ、そうか……うん、うん、懐かしいなぁ、生まれたてでしたよ、そういえば。うんうん。


私「ヌーブラ、いいねっ!」(←産声)



そんなハイティーンな私ですが、

ふと中学時代を思い出すことがありまして。


えぇ、実質4年ほど前の話なんですが、

当時は携帯もありませんでねぇ、

4年前なんですけどね!


思い出した理由というのが、ツナマヨおにぎり!


と言いますのも……



当時、よく夜に家を抜け出して友人とおしゃべりしたりしてたんですよ、

携帯とかなかったので!


最初は近所の公園とか自販機の前(明るいから)とかだったんですが、

中学生のころ、我が町に革命が起きまして――


私の地元って、ぐ○ぐるあ~すでモザイク処理されるくらい山の中にある田舎町なんですけども、

そんな田舎町に、コンビニが出来たんです!!

24時間営業の!


皆様よくご存じの青い看板の!


もう、町中の人間が殺到しましたよね。

町民全員集合か!? っていう混雑ぶり。


(  ̄▽ ̄)ノ「か○あげくん!」

(  ̄▽ ̄)ノ「か○あげくん!」

(  ̄▽ ̄)ノ「か○あげくん!」

(  ̄▽ ̄)ノ「か○あげくん!」

(  ̄▽ ̄)ノ「か○あげくん!」

(  ̄▽ ̄)ノ「か○あげくん!」

(  ̄△ ̄)ノ「か○あげくんホット!」

(  ̄▽ ̄)ノ「か○あげくん!」

(  ̄▽ ̄)ノ「か○あげくん!」


ウチの町だけで、一体何羽の鶏が犠牲になったことか……っ!


そんな、町のランドマークと化したコンビニですから、

夜のおしゃべりの舞台はもっぱらコンビニの駐車場になりました。

明るいところに引き寄せられるんですよね、

きっと私の中に蛾かなんかの血が流れてるんでしょうね。

青い光見ると「ぱしー!」ってなった時のトラウマが……私、蛾からの転生者かもしれません。



余談ですが、

狭い田舎町のことなので、

店員さんもほとんどが顔見知りか、顔見知りの親族で、


「あ、○○さん、こんちわ!」

「おぅ、こんちは~」


みたいな対応で「いらっしゃいませ」って言われた記憶がないんですよねぇ……いいのかなぁ、フランチャイズ的に。まぁ、誰も気にしてませんでしたけれども。


そうそう。

狭い田舎なので町の人じゃない人ってなんとなく分かるんですよ。

なので、高校とかで出来た彼女とかを連れてコンビニ行くと


「○○が彼女連れてコンビニ来てたぞ」


って、すぐに噂が広がるという…………酷い魔窟っぷりでして……ははっ(自嘲)

そんな町だから、私は『あえて』


あーえーてー


恋人作らなかったんですけどねぇ!

噂とか? 煩わしいし? そーゆーの困るし?

えぇ、あえてですけど?

むしろ全然あえてですけどね!



……皆様、泣いてくれてありがとうございます。(ノ_;)



いやいや、で、ですね。

夜中のコンビニの駐車場にナカマと一緒にタマってたわけなんですよ、

ほら、私、ワルだったので。

当時、ちょ~、ワル、だったので!


私「なぁおい。今度の古手川の授業の点呼の時、みんな裏声で返事してやろうぜ(ニヤリ)」

ナカーマ「「「こいつ……真性のワルだ……(ごくり)」」」


――後日


古手川「宮地」

私「はいっ(裏声)」

古手川「仲間」

ナカーマ「はいっ(裏声)」

古手川「こらーおまえらーふざけるのやめろー(裏声)」

ナカーマ「「きゃっきゃっきゃっ!」」


……学級崩壊って、あぁいうことを言うんでしょうね。

恐ろしい。

我がことながら、身震いするような恐ろしさを感じます。



あぁ、そういえばコンビニでバイトしてた三つ年上のお姉さん(女子高生)に一目惚れした友人がいて、

意味もなくコンビニに付き合わされたことがありましたっけねぇ……


お姉さん「温めますか?」

友人「……はぃ」


――レンジ「ちーん」


友人「……俺さぁ、お弁当の温かさって……愛……だと思うんだ」

私「レンジの力だよ。開発者に感謝して食えよ」

友人「このご飯粒が白いのも、愛の……」

私「精米機の開発者にも感謝だな」


そんな友人が中学二年の時に、

そのコンビニに、お姉さんが他所の町の男を連れて来店していたという噂がっ!

ほら、田舎町なので噂が物凄いスピードで!


友人ショック!

っていうかお姉さん、バイト先に彼氏連れてくるかね?

いや、他に行くところがないのは重々承知しているんですけども!

他所の町の人に「なんで真っ赤なパンツ売ってんの?」ってお菓子屋さんとか、「賞味期限が昭和55年のボ○カレー!?」みたいなのが売ってるスーパーとか連れて行きたくない気持ちはよく分かりますけども!

唯一のオシャレスポットであるコンビニしか選択肢がないのは分かりますけれども!


で、友人がショックを受けるかなぁ~とか

落ち込むかな~とか

ヘコむかなぁ~とか思っていたら……ヤツ、暴走しちゃいまして。

コンビニに行って、レジに立つお姉さんに、


友人「俺の方が好きです!」


とか言っちゃって、


お姉さん「いや、そんなこと言われても……でもありがとね」


って、頭ぽんぽんってされて、


友人「……優しい失恋、だよな(涙『きらり~ん』)」


って遠い世界の住人になっちゃったりして

……そういえば、そのころからコンビニに近付かなくなったなぁ、その友人に気を遣って……なんというかこう、「友人の傷が癒えるまでコンビニは控えようぜ」みたいな雰囲気が………………何やってたんだ、昔の私たち!?



いや、そうではなくて、

ツナマヨですよ! ツナマヨ!


中学生男子なら心当たりがあるかと思うんですが、

それくらいの年齢になると、無性にツナマヨにハマる時期があるんですよ。ね?

ツナマヨ最強か!? ってくらいに。


『ツナマヨ』と『てりやき』のブームは全男子に一度は訪れるものなのです。

そればっかり食っちゃうのです。


で、そのコンビニでツナマヨおにぎりを買ったらですね、

「温めますか?」とか言われまして。


はぁ?

ツナマヨを、温める?

何言ってんだ? 大丈夫か?


と思いながらも、「ノー」と言えないワル中学生だった私は


私「お願いしますっ☆」


って言っちゃって、

レンジの中でクルクル回る(当時は回ってたんですよ、レンジ)おにぎりを見つめて

「あぁ……ツナが生温かくなる~……」ってはらはらしていたんですが、


実際食べてみたら!


これが!


美味いんですよ!



びっくりしまして!


え、なに、あの店員さん転生者!?

ってくらいに、こんな簡単な一手間でここまで美味くなる!? って感激しちゃって。


それからはもう、

我が町でちょっとしたホットツナマヨブームですよ。

コンビニにはレンジ待ちの長蛇の列が。

そして町から消えるツナマヨ。



そんなことをふと思い出しまして、

そういえば大人になってからマヨとか照りとか、

重いのは避けるようになってたなぁって思って、

ツナマヨももう十数年食べてないなぁって…………まぁ、ツナマヨにハマっていた中学生時代は4年前なんですけども!


で、久しぶりに食べようかなって思ってコンビニで買って、

レジで


私「これ(ツナマヨおにぎり)、温めてください」


って言ったら


美少女店員さん「……はぁ?」(怪訝そうな顔)


思わぬご褒美を……いや、怪訝な顔をされてしまいまして。

そっかぁ、最近の子たちは温めたりしないのかぁ……帰って温めよう、うん。


と、そんなことがあったんですよってちょっとしたエピソードを書こうと思ったら脇道に逸れ過ぎて長くなってしまいましたすみません。



次回は、また他所の領主様が四十二区にやって来ます。


次回もよろしくお願い致します

宮地拓海

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