無添加55話 棒を引く者たち
「ホントか、ママ!?」
「あぁ。狩人に二言はないよ」
棒引き開始直前、メドラがウッセに『賭け』を持ちかけた。
「あんたらが、アタシ個人よりも多く棒を獲得出来りゃあ、特別訓練を免除してやろう」
「うぉぉおお! マジか!? よぉおし、やってやろうぜ野郎ども!」
「「「うぉおお!」」」
「ただし、アタシが勝ったら特訓が『猛特訓』にレベルアップするからね」
「「「「…………」」」」
負ければ死……
さぁ、どうする狩猟ギルド?
「い、いや、ここで引いたら、それこそ俺らは特訓が必要な腰抜けになっちまう!」
「そ、そうっすね!」
「折角ママがくれたチャンスだ」
「そうですよ、やってやりましょうぜ!」
ウッセの一言で、狩猟ギルドの闘志に火がついた。
ウッセたちは賭けを受けるそうだ。
「いいか野郎ども! 五人がかりでママを抑え込めばいいんだ! 出来ねぇ話じゃねぇ!」
「そうっすね! オマケに、選手への攻撃は禁止されている!」
「ってことは、まかり間違っても死にゃあしない!」
「こんな安全な条件でママとやりあえる機会はそうそうないですぜ!」
「これでママに勝ったら、四十二区支部に箔がつくってもんだ!」
「そうだ、野郎ども! こいつは、ママと真正面からやりあえるチャンスだ!」
「「「「そうだ! 直接攻撃さえなければたぶん死なないし! ちょっとしか怖くない!」」」」
威勢がいいのか腰が引けてるのか……
「ふふん。よく賭けに乗ってきたね。もしここで賭けに乗れないなんて腰抜けなことを言っていたら、たった今から超猛特訓を開始していたところだったよ。ふはは、命拾いしたね、あんたたち!」
「「「「「…………あはは」」」」」
乾いた愛想笑いしか出てこなかったか。
かっさかさだな、今のお前らの顔。
「それじゃ、全力でぶつかってきな! 楽しみにしてるよ」
どしーんどしーんと、怪獣が選手待機列へと去っていく。
ウッセたちが冷や汗を流しながらも、鋭い眼光でその背中を睨みつけている。
「やってやろうぜ、なぁ、みんな!」
「「「「おう!」」」」
なんだかんだと、こいつらも狩人なんだな。
危険な狩りほど燃えてくるらしい。
と、メドラがこっそりとこちらに視線を向ける。
小さく手を上げて合図を送っておく。
これが俺とメドラの賭けだ。
メドラ一人と狩猟ギルド五人。どちらが多く棒を獲得出来るか。
青組と黄組の得点を競うものではない。あくまで、メドラ個人と狩猟ギルド五人との対決だ。
もちろん、俺は狩猟ギルドの勝利にベットしている。
まぁ、連中が勝てるとは思ってないけどな。
重要なのは、メドラと狩猟ギルドの連中が『棒引き』という競技の結果とは別の勝負に夢中になることだ。
もし、エステラやナタリアがウッセたち狩猟ギルドに加勢したら、それは狩猟ギルドの得点にはならない。
そういう条件だから、ウッセたちは狩猟ギルドとしてしか行動しないだろう。
青組の団結力はこれで壊滅だ。
同時に、メドラを五人がかりで封じてもらう。
完全に封じることは出来ないだろうが、まったくの自由にさせてしまうよりかは遥かにいい。
メドラがその気になれば、一人で50本全部の棒を獲得することだって出来てしまうのだ。
それを抑え込んでもらう。
互いに足を引っ張り合い、互いに潰し合え。
「上手くやったつもりでいるのかな?」
涼しげな表情をしたエステラが俺の前に現れる。
何もかもを見透かしたような顔で。
「君の思惑通りに事が運べばいいね」
「さて。なんのことかな」
「目に付くものばかりに捉われていると、足を掬われることになるかもしれないよ」
「忠告か?」
「いいや、警告さ」
薄く笑って、そして真剣な表情をみせる。
「トップは譲らない。ボクのプライドにかけても、ね」
現在、総合トップの青組。
この競技で引き摺りおろされるようなことはしない。そんな宣言か。
「精々頑張れよ。こっちはこっちでベストを尽くすまでだ」
「君の口から出た言葉でなければ、素直に聞き入れられただろうけど……警戒させてもらうよ。十分にね」
言いたいことだけを言って、エステラが去っていく。
ナタリアが随分と真剣な表情をしていた。青組の状況を理解して本気を出す……なんて決意をしていなけりゃいいんだが。
ふと見ると、パウラとノーマがこちらを見ていた。
笑っているのか怒っているのか、なんとも判別しにくい表情だ。
あいつらも、俺がメドラ封じの一手を打ったことに気が付いている様子だ。
『メドラさん一人封じただけで勝てるつもりなの?』
なんて、そんな声が聞こえてきそうな顔だな。
赤組は引き続き『打倒白組! 追い越せ青組!』とシュプレヒコールを挙げている。
きっと万全の態勢でこの競技に挑むのだろう。
「英雄!」
白い鉢巻をぎっちぎちに結んだバルバラがやって来る。
「勝てるよな?」
期待するような目。
ここまで俺が何かを企み、実行してゲームを動かしていた。そんな風に思い始めたのかもしれない。
だが、実際結果は残せていない。
そんなヤツに期待なんか寄せんじゃねぇよ。
「やってみなけりゃ分からねぇよ、そんなもん」
「なんだよ! 勝つって言えよぉ!」
「勝ちたきゃ、勝てるように頑張れ」
「おう! アーシ頑張るぞ!」
バルバラには何も伝えていない。
こいつの場合、あれこれ考えると体が止まるだろうからな。
お前は自由に動けばいい。
せいぜい、引っ掻き回してくれ。
「ヤシぴっぴ。こっちの準備は整いやがったですよ」
モコカ、そしてイネスとデボラがやって来る。
給仕チームで個別のミーティングを行っていたようだ。
「こちらも、とりあえず役割分担を終えました」
ソフィーが男衆を引き連れて報告に来る。
ヤンボルドにカブリエルにマルクス。ソフィーも含めて力自慢の四人組だ。
「……時は満ちた」
「作戦通りにやってやるです!」
マグダとロレッタも気合い十分というところだ。
「よし、それじゃあみんな。相当厳しいミッションだが、よろしく頼むぞ」
「……皆の者、出陣」
マグダの号令に従い、選手が待機列へと向かう。
マグダ、ロレッタ、イネス、デボラ、モコカ、ソフィー、ヤンボルド、カブリエル、マルクス、そしてバルバラ。以上十名が白組の代表選手だ。
俺は参加しない。力やスピードで狩猟ギルドやデリアたちに敵うわけがないから。
俺はここから戦況を見て指令を出していく。ソフィーもいるし、秘密の伝達も可能だ。
リベカは、ちょっと危険なので外しておいた。
メドラ対狩猟ギルドが行われるしな。巻き込まれ事故で怪我なんかされたら、俺がいろんな方面から恨みを買いかねない。
「おねーちゃーん! が~んばるのじゃー!」
「「「みんな~! 勝って~!」」」
かわいい隊を引き連れて、リベカが声援に熱を入れる。
ここが天王山だと、理解しているのだろう。
そうだリベカ。応援に力を入れてくれ。作戦通りに。
腕を組み、余裕の表情を浮かべて他のチームを睥睨する。
こっちは全然焦っていない、余裕綽々だと見せつけるように全身でアピールする。
追い詰められたのはそっちだぞと、無言のメッセージを送っておく。
エステラやノーマがこちらをじっと見つめていた。
なんだよ。俺は出ないぞ?
当然だろ。こっちは『優勝』を見据えて動いてるんだ。目先の勝負になんか構ってられねぇんだよ。
なりふり構わずやってやる。
まぁ、精々頑張ってくれ。そうでなけりゃ、こっちが困る。
隣を見れば、ルシアが俺と同じポジションにいた。
出場はせず、全体を見渡して指示を出す位置に陣取っている。
視線が合うと、挑発的な笑みを向けられた。
そっちも精々頑張ってくれ。白組のためにな。
参加選手が出揃い、入場門からトラックの中へと移動を開始する。
青組は、エステラとナタリアを筆頭に、ウッセを含む狩猟ギルドが五人、牛飼いが二人に、牢屋を守る兵士が一人という布陣だ。ガッチガチに手堅い布陣ではあるが、狩猟ギルドの五人がほぼ動けないとなると実質半分の人数で戦うことになる。さぁ、どうするエステラ。
黄組は、パウラとノーマに、怪物メドラ、それから金物ギルドと飲食店から元気のいい人材を投入している。メドラばかりが目立つが、機動力のウェイトレス軍団とパワーの金物ギルドの乙女たち、バランスのいい布陣だ。パウラの勝ち誇ったような表情、相当自信があるようだな、この布陣に。お手並み拝見といこう。
そして赤組は、デリアとミリィとイメルダにギルベルタ、それから川漁ギルドと木こりから数名ずつが参加している。こっちは機動力というよりパワー押しのような布陣だ。この中でギルベルタがどう立ち回るか、注目すべきはそこだな。
「おーっほっほっほっ! ワタクシの華麗なる棒捌き、とくとご覧に入れますわ!」
……うん。イメルダは別にいいや。
けど、参加したってことは目立てる自信があるのか。まぁ、こちらもお手並み拝見といくか。
「それでは、選手の皆様は自軍の陣地内へ入ってください」
給仕の声が響き、選手の準備が整う。
その上で、再度ルールの確認が行われる。
選手への攻撃は禁止。危険な妨害は禁止。敵陣地の棒を強奪する行為も禁止。
さらに、棒が破損した場合得点はなし。要するに強引に奪い合って折ってはいけないというわけだ。そうしておけば乱暴な行為は自ずと減ってくれるだろう。
そうしてもう一点、棒を放り投げて陣地に入れるのは禁止となっている。
いち早く棒のもとへ向かい、すべての棒を誰も手出しが出来ないくらいに空高く放り投げて陣地に落下させる――そんな作戦を取らせないためだ。メドラ辺りならそれくらいの芸当をやってのけるだろうからな。
棒は、陣地まできっちりと持ち運んでもらう。
「以上、ルールを守って競い合ってください。では――よぉーい!」
――ッカーン!
鐘が鳴り響き、各チームの選手が陣地からわっとあふれ出していく。
白組の選手が一斉に散らばっていく。
徒党を組むのではなく、一本でも多くの棒に触れるよう指示してある。
「ちっ! プランBだ!」
「「「「へい!」」」」
やっぱりな。
狩猟ギルドが勝利するために取り得る作戦は二つ。
最初に荒稼ぎをしてメドラとの差を広げるか、もしくは最初からメドラの妨害に走ってポイントを取らせないか。そのどちらかしかないのだ。
各チーム十名の選抜選手、合計四十人に対し棒は五十本。
全員が一本ずつ棒を手にしたとしても、最初はフリーになる棒が十本ある計算になる。
棒が投げられない以上、どうあっても棒と陣地の往復に時間がかかる。単純な計算では五人いる狩猟ギルドの方が圧倒的に有利なのだ。――妨害さえ、なければ。
だから俺たちが妨害してやった。
白組は分散し、片手に一本ずつ棒を持たせた。
十人で二十本。
最初の作戦は、フリーの棒を敵に渡さない事。
カブリエルやヤンボルドたち力自慢の連中が棒をがっちりと抑え込んでくれれば、狩猟ギルドといえど荒稼ぎは出来なくなる。
当然、白組以外の連中もポイントを稼ごうと躍起になっている。
狩猟ギルドの独壇場にはならない。いや、させない。
そうなれば、連中が取るべき手段は自ずと絞られる。
五人がかりで怪物メドラを抑え込む。
それこそが、俺たちの望む最たるものなのだ。
「陣地には帰さないぜ、ママ!」
二本の棒を持ったメドラの前に、三人の狩人が立ちはだかる。二人は後方に回り込んでいる。
「ほぅ。攻撃を諦めて守りに徹するのかい? 狩人としては随分と消極的じゃないのかい、あんたたち」
「いいや、ママ。そいつは違うぜ」
ウッセがメドラの前へと一歩踏み出し、そして一気に詰め寄る。
「こいつは、総攻撃だ!」
「ママを狩れぇ!」
「やっちまえぇ!」
「「うぉぉおおおお!」」
五人の狩人に襲い掛かられたメドラ。しかしメドラは少しも焦ることなく、体の動きだけでそれをいなしていく。
マタドールのようにひらりひらりと突進してくる狩人たちをかわし続ける。
「まだまだ、そんな動きじゃあアタシを捕らえることは出来ないよ」
確かに、指一本触れられていない。
しかし、メドラもまた陣地へは近付けていない。
ある種の膠着状態が続く。
「よし、お前ら! ママを抑え込んでおけよ! 俺が一本棒を取ってくる! それでママを抑えこみゃあ、1対0で俺たちの勝ちだ!」
「「「「へい!」」」」
ウッセが残りの四人に指令を出して対メドラ戦線から離脱する。
メドラを抑え込めばウッセを妨害する者はいない。……わけはなく。
「させないさよ!」
「ちぃ! 金物ギルドか!」
ノーマがウッセの掴んだ棒に手を掛ける。
直径20センチの頑丈な木の棒がミシミシと音を上げる。
「こっちはテメェに構ってる暇はねぇんだよ! その手を離せ!」
「そっちの事情なんか知ったこっちゃないさね。欲しけりゃ奪ってご覧なよ、アタシからさぁ!」
「ちぃっ!」
ノーマお得意の相手の力を受け流し逃がす動き。柔よく剛を制す。
長い棒を器用に動かしてウッセを面白いように翻弄するノーマ。デリアとの特訓のおかげなのか、力押しの相手とは相性がいいらしい。
ウッセ的には厄介な相手だろう。
「時間を食うわけにはいかねぇ!」
さっさと見切りをつけて、ウッセが棒から離脱する。
そして、ノーマよりも与しやすいと判断したのか、そばにいたバルバラの持つ棒へと狙いを変えた。
「おっ、なんだよ! これはアーシんだぞ!」
「たった今から、俺のなんだよ!」
ウッセは掴んだ棒を、バルバラの力が入らない方向へと回転させる。
ウッセが握り込むように棒を右回転させれば、向かい合って棒を持つバルバラの手首は外側に開く。それでは力が入らない。
その一瞬、力が逃げた隙に一気に棒を抜き去り、ウッセが自軍へと駆け戻る。
「あっ! 待て、お前! ズルいぞ!」
慌てて追いすがるバルバラだが、何度棒を握ってもウッセの巧みな棒捌きによって振り払われる。
ウッセもしっかりと柔よく剛を制すの精神を体得しているようだ。ノーマを避けたのは、ノーマの技術が高過ぎてまともにやり合えば時間を取られると判断したからなのだろう。
普段から魔獣を相手に、自分はもちろん仲間の命を預かる立場のウッセ。即断力と潔さはさすがだ。
バルバラでは相手にならないだろうな。
「よし! 一本獲得だ! 今戻るぜ野郎ども!」
「くそぉ! もう一回アーシと勝負しろぉ!」
「また今度な!」
バルバラをかわして、ウッセがメドラと戦う仲間のもとへと帰っていく。
バルバラが猛追するが、まるで相手にされていない。眼中にないという扱いだ。
「おっ、おサルの娘。あんたも来たのかい?」
ウッセについて自分の前にやって来たバルバラに対し、メドラが笑みを浮かべる。
「折角来たんだ、この棒が欲しいならくれてやるよ」
と、両手に一本ずつ持った棒をバルバラの前へと差し出す。
バルバラが手を伸ばすとサッと棒が引かれ、バルバラの腕が空を切る。
「ふっ。どうした? いらないのかい?」
「ん……にゃろう!」
ムキになったバルバラが我武者羅に手を出すが、メドラはギリギリ掠らないくらいの絶妙な動きで棒を操る。
完全に遊ばれている。
もちろん、青組の狩人たちもただそれをボーっと見ているわけもなく、五人がかりでメドラの持つ棒を奪取しようと試みているのだが、全員まとめていいように翻弄されている。
「っしゃあ! 掴んだぜ!」
狩人の群れを隠れ蓑にし、突如飛び出したバルバラがメドラの持つ棒に手を掛ける。
「へぇ、やるねぇおサルの娘。けど……!」
「へっ!?」
だが、メドラがわずかに手首を返しただけで、バルバラの体はぽーんと浮き上がり弾き飛ばされていった。
「今のは攻撃じゃあないよ。あのおサルの娘の力の方向を変えてやっただけさ。要はおサルの娘の自爆だね」
確かに、メドラの言う通りだ。今のは棒でバルバラを弾き飛ばしたというより、突っ込んでいったバルバラの体が、その勢いのまま飛んでいったという感じだった。
あれだな。合気道みたいなイメージだ。
器用に逃げ回るメドラの棒を捕らえるには一瞬の、研ぎ澄まされた爆発的スピードが必要とされるが、その速度で突っ込めば自身の勢いで吹き飛ばされてしまう。
あんなもん、攻略法なんてねぇじゃねぇか。
「どうした、ボウヤども。動きが鈍くなってきたじゃないか。もう降参かい?」
「まだまだぁ!」
「アーシだって、諦めねぇえええぞぉ!」
「はははっ! おサルの娘が一番元気だね!」
メドラが棒を振り回す。
その風圧でバルバラとウッセたち狩人が吹き飛ばされる。
やっぱ、メドラは人類ってカテゴリーに入れちゃいけないヤツなんだって。
「それじゃあ、陣地に帰らせてもらうよ」
「待ぁ…………てぇ!」
這いずり、起き上がり、メドラの持つ棒へと飛びつくバルバラ。
凄まじい執念だ。
だが、気持ちだけでは覆せない差というものがある。
「いい目だね、おサルの娘。あんたはもっともっと敗北を知って、そして強くなりな。そうすりゃ、名前くらいは覚えてやるよ」
「うるせぇ! お前なんかに名前を覚えてもらわなくて結構だ!」
「はははっ! 敗北の前に、身の程を知るこったねっ!」
「うわぁっ!」
メドラが棒を軽く引き、勢いよく突き出す。
それだけで、バルバラの体は紙のおもちゃのように地面の上を転がっていった。
「はぁ……っ! はぁ……っ! はぁ……っ!」
大の字で倒れ込むバラバラ。夥しい量の汗が噴き出している。
バルバラは、もう立ち上がれないだろう。
改めて戦況を確認すると、ほぼ勝負はついていた。
「……ソフィー、最後の仕上げだ。全員に伝達を頼む」
小声で呟くと、ソフィーがこくりと頷く。
仕上げの一手間を伝え、それを出場選手へと伝えてもらう。
バルバラが立ち上がれないくらいに疲弊しているのは都合がよかった。
メドラが持つ棒が最後の二本だ。
それ以外の棒はすべてどこかの陣地へと運び込まれている。
「さぁ、そろそろ決着の時間だ。最後の悪あがきをしてごらんよ!」
「くそぉおお! 突撃だぁ!」
「「「「ぅぉおおおおおおお!」」」」
「ふん、捨て鉢かい。落第点だね」
メドラの体がブレて見え、忽然と消える。
突進していった狩人たちが目標を失い、味方同士で激突して折り重なるように地面へと沈む。
あんな巨体がどこに消えたのかと思ったら、マグダが空を見上げていた。
マグダの視線を追いかけて空を見上げると、その遥か先にメドラが浮かんでいた。入道雲みたいな巨体が空を飛んでいる。
棒を放り投げるのは禁止だが、棒を持ったままジャンプすることは禁止されていない。
そして、メドラの跳躍力を考えれば、あの巨体は間違いなく黄組の陣地まで到達するだろう。
もはや誰にも止められない。
そう思った矢先。
「逃……げる、なぁあ!」
バルバラが猛ダッシュからの大ジャンプでメドラの持つ棒へ手を掛けた。
空中で力任せに引っ張られ、メドラが驚いたような表情で振り返る。そして、凄く嬉しそうに口角を持ち上げた。
着地した時、二本の棒のうち一本は完全に黄組の陣地に入っていたが、バルバラが掴んだ棒は半分以上が陣地の外に出ていた。
競技は続行。
最後の一本の奪い合いだ。
「大した根性だね。褒めてやる」
「そんなもんいらねぇ! 棒を寄越せ!」
「あんたにゃ無理な話さ!」
「……なら、マグダが加勢すれば?」
「なっ!?」
バルバラの背後からマグダが飛び出し、直径20センチの棒にしがみつく、そして全身を使って棒を回転させる。
重機を使ってもびくともしそうにないメドラの腕が反り返るように持ち上がる。
「……バルバラ、引いてっ」
「ぅらぁぁああああ!」
バルバラが全身を使って全力で棒を引く。
だが、棒はピクリとも動かなかった。
「惜しかったねぇ」
マグダ渾身の奇襲でメドラに隙を作ることは出来たが、それが決定打とはならなかった。
もう一人、イネスかデボラがいてくれればなんとかなったかもしれない。
如何せん、バルバラに残された体力がなさ過ぎた。へたへたと地面に座り込んで、激しく肩を上下させている。
あれでは、強奪は不可能だ。
「マグダの判断は悪くなかった。あんたがウッセのボウヤたちと共闘していれば、一本くらいは取られていたかもねぇ」
「……仮定は所詮仮定。その条件であってもやはり取れていなかったかもしれない」
「まぁ、そりゃそうさ。けどね、アタシは嬉しいんだよ、あんたの成長と――」
メドラのデカい手がマグダの頭を撫でて、そしてバルバラの頭に覆いかぶさる。
「こんな無鉄砲な若い娘に出会えたことがね」
鬱陶しそうにメドラの手を払いのけるバルバラ。
悔しさが勝ってメドラの称賛が素直に受けられないらしい。
「その悔しさ、忘れんじゃないよ」
言って、メドラが棒をマグダに手渡した。
「褒美だ。持って帰りな」
「……けど」
「あんたらの頑張りは棒一本分の価値がある。アタシがそう判断したんだよ」
「……分かった。もらい受ける」
マグダがラスト一本の棒とバルバラを抱えて白組陣地へと戻っていく。
隙だらけのマグダを狙う者は誰もいなかった。
もしいたとしても、メドラや給仕長ズに妨害されていただろうけどな。
「はぁ……はぁ…………くそぅ……!」
奥歯を噛み締めるバルバラ。
お前は気付いてないんだろうな。
お前の頑張りを見て心を打たれたヤツが周りにたくさんいるってことに。
なかなか大したもんだったぞ。根性だけはな。
だってよ。
本当は動く予定がなかったマグダが思わず助太刀に向かっちまったんだからよ。
マグダも大の負けず嫌いだからな。お前の悔しさに共鳴したのかもしれないぞ。
マグダを動かしたんなら、そりゃあ十分な戦果だ。胸を張ればいい。
まぁ、今は精々悔しがっておけよ。
マグダが白組陣地に入って、フィールドの棒がなくなった。
競技終了だ。
給仕が各チームの陣地に駆けていき、棒の獲得本数をカウントしていく。
俺たちの賭けは、メドラとウッセたち狩猟ギルドがそれぞれ一本ずつ獲得したのでドローだ。
もしかしたら、メドラが気を利かせてドローにしてくれたのかもしれないけどな。
なんだかんだと、自分のギルドの構成員には甘いからな、メドラは。ウッセたちも敢闘賞ってところなのかもしれない。
「獲得点数の集計が終了しました」
給仕の声が上がり、選手が全員注目する。
「一位は黄組、19本!」
わっと黄組から歓声が上がる。
黄組はメドラ以外のメンバーで効率よく棒を獲得していた。
「残念だったわね、ヤシロ」
パウラが勝ち誇った顔で俺の前までやって来る。
その隣には、悠然と歩くノーマがついている。
「メドラさんを封じたつもりだったかもしれないけど、逆だったんだよ。メドラさん一人で狩猟ギルドを封じていたんだから!」
「青組が大人しかったおかげで、こっちは随分とやりやすかったさね」
うっすらと汗をかいているノーマとパウラ。
相当走り回って獅子奮迅の活躍をしたのだろう。
その証拠に――
「――ノーマの体操服に谷間汗染みが出来ている」
「どこ見てんさね!? あんたはもっと現実を見るんさよ!」
「そうだよ、ヤシロ。白組、大変なことになっちゃうんだから」
「じゃあね」と、短い言葉を残してパウラとノーマは去っていく。
「続きまして、第二位は赤組、15本!」
ルシアが声を枯らさん勢いで指示を飛ばし、ギルベルタが上手く潤滑油と緩衝材の役割を果たし、パワー押しの赤組は黄組に次ぐ高成績を残していた。
ルシアが直々に選手に激励の言葉をかけている。
相当嬉しかったようだな。こっちにイヤミを言いに来るのも忘れてすごいはしゃぎようだ。
「見ましたこと!? ワタクシの華麗なる活躍を!」
イメルダも、なんか活躍していたらしい。物凄く誇らしげだからきっと何本かゲットしたのだろう。
そういえば木こりでチームを組んで東奔西走していたっけな。
「そして三位は青組、9本!」
狩猟ギルド五人を欠いて半分の五人で健闘した青組。
ナタリアが黄組と赤組を上手く牽制し、エステラを中心としたチームが一丸となって地道にポイントを稼いでいた。
やはり、ここで狩猟ギルドを潰していなかったら青組の独壇場になっていたことだろう。
「最後になりますが、最下位は白組、7本です!」
白組からは、なんの声も上がらなかった。
ただ、ジッと――
選手たちがジッと俺を見つめていた。
俺は何も言わない。
口にする言葉を持っていない。
俺の指示で選手は動いた。
棒を『獲得する』ことよりも『獲得させない』ように動けと。
狩猟ギルドとメドラをぶつけて潰し合いをさせろと。
その結果が、これだ。
「身に沁みたかい、ヤシロ」
エステラが汗を拭きながらやって来る。
想像通りの結果を得て、俺に高説を垂れに来たのだろう。
「人を落とそうと穴をたくさん掘れば、いつか自分がその穴にハマってしまうことがあるんだよ」
他人の足を引っ張ることに躍起になって、自分たちの得点を疎かにした。そう言いたいのだろう。
敵を潰せば自分たちが自然と伸し上がれるなんて勘違いだと――そこまで思っているかどうかは分からんが、そういうことを言いたいのだろう。
「ごらんよ、ヤシロ。総合得点の集計結果が出たようだよ」
すでに暗算して結果を把握しているのであろうエステラが、自信に満ちた顔で得点ボードを指差す。
「ボクは約束通りトップの座を守った。そして君は――自分の掘った穴にハマってしまったようだね」
表示された得点は――
青組 3630ポイント
黄組 3580ポイント
白組 3380ポイント
赤組 3480ポイント
白組が最下位であることを明示していた。
あとがき
あとがきですわ!
イメルダ「ワタクシの活躍が一切記されていませんでしたわ!」
というわけで、
イメルダ嬢へ謝罪の意味を込めて、
今回のあとがきはイメルダ口調で書かせていただきますわ!
そういえばワタクシ、
先日おっぱいがぽぃんぽぃ~んな美少女に出会ったんですのよ、おほほほ!
イメルダ「やめてくださいまし! 酷く侮辱されている気分ですわ!」
ご本人様からクレームが来ましたので普段通りに。
気が付けば4月も残すところあとわずかとなり、
平成が終わっちゃう~なんて話があちらこちらで口々に言われておりますが、
平成といえば様々な物が誕生し、そして消えていった時代でした。
一番大きく変わったのは、やはり消費税導入でしょうか。
100円の物が100円で買えなくなったのは、その時代の庶民にとっては物凄い出来事だったことでしょう。
そして、消費税誕生と入れ替わるようにして消えたのがボディコンギャル。
パンツを見せながらお立ち台で腰をくねくねさせていたお姉さんたちがいなくなってしまい、
日本の景気は一気に悪くなったと言えます。
これはつまり、パンツが見られなくなった日本男児の働く意欲が急降下して不景気を招いたと推察されます。
その後誕生したルーズソックス。
「だらしない」「汚らしい」などと当時の大人たちはルーズソックスにあまり良い印象を持っていなかったようですが、ルーズソックスを好む当時の女子高生ギャルたちがこぞって超ミニのスカートを穿くようになったことで、ルーズソックスと超ミニスカはセットと認識され、ルーズソックスも「ある種可愛いかも☆」という認識が生まれ、それから女子高生が牽引する流行音楽は音楽業界全体の売り上げを爆上げし、現在も残るCD売り上げ記録の上位ほとんどがその時代に生み出されたものであったりします。
ミリオン、ダブルミリオンが当たり前、トリプルミリオンだってバンバン出ちゃうまさに音楽業界の絶頂期。それを支えたのが他でもないルーズソックス&超ミニスカの女子高生。
つまりこれは、パンツが見えそうだからCDが売れたという証左であります。
そうして時は流れ、オタク文化の象徴とも言われた『絶対領域』がサブカルチャーの枠外へと飛び出し、アイドルや一般人にまで浸透してあちらこちらで素敵な太ももがお目見えした2010年代。
残念ながら、その時代は不景気のあおりを受けて株価や失業率では暗いニュースが多く流れていました。
太ももでは、景気は回復しなかった……男性諸君の元気は回復してましたけれど!
しかし、同時期にもう一つの流行が徐々に市民権を得はじめ、絶対領域とは別の地域で着実にその地位を固めつつありました。
それが、――見せパン!
派手系ギャルがローライズジーンズの中から黒や紫の紐パンをチラつかせていた時代から徐々にスカートの下から裾を覗かせ、時にはめくれやすいスカートの下にドロワーズのような丸っこい見せパンを穿いて『あえて見せる』エロかわ路線へと移行していった昨今、景気は回復し、日経平均株価が上昇し、失業率が低下し始めました。
それもこれも、みんなパンツのおかげなのです!
こうやって並べて書くと、
もしかしたら消費税もパンツがなにか関係して発生したんじゃないかと思えてきます。
…………うん。
パンツにこじつけたくて絶対領域とか見せパンの流行り廃りは時期が前後している気がしますが、細かいことを気にしてはいけません。
要は、パンツは尊いということなのです。
みなさん。
春です。
突風にお気を付け遊ばせ☆(物凄く期待を込めた瞳で☆)
というわけで、
棒引きで頑張ったイメルダさんの活躍をここでピックアップ――
イメルダ「パンツの話の流れでのスポットライトは御免蒙りますわ!」
そんな……
照明さんがこぞってイメルダ嬢のブルマにライトを当てていたというのに……っ!
現場監督「ダメです! イメルダ嬢、はみパン、見せパン、共に確認出来ません!」
宮地「くそ……っ、日本の景気は、ここまでか……っ!」
皆様、不景気に備えてタンス預金をっ!
いや、元号が今まさに変わろうかというちょっとした祝賀ムードに溢れたこの時期ですから
きっと景気はよくなっていくと、そう信じたい!
つまり、
近い未来、来月あたりに大きなチャンスが到来するはずなのです!
パンツがお目見えする、明るい未来が!
盛大なるパンチラのチャンスが――!!!!!!!!
……あ、すみません。
今急激に素に戻りました。( -_-)すーん
ちょっとはしゃぎ過ぎました。
お詫びして訂正いたします。めんごめんご。
というわけで、棒引きでのイメルダさんの活躍はご本人様NGなので、
こちらのお話を――
メドラ「すまなかったね。勝手に棒をくれちまって」
パウラ「ううん。メドラさんがそうしたいって思ったんなら、それでいいと思う」
ノーマ「あんたが狩猟ギルドを抑え込んでくれたおかげで、こっちは大量得点出来たんだからねぇ。感謝してるさよ」
メドラ「そう言ってもらえると気が休まるよ」
パウラ「けど、よかったの? ヤシロと賭けをしていたんでしょ?」
メドラ「あぁ、そのことかい。……いいんだよ、これで」
ノーマ「あんたがそう言うんなら、アタシらはもう何も言わないけどね」
メドラ「……(だって……)」
――夜の外森
――暗黒の森の中でたき火の炎が揺れている
メドラ「ダ、ダーリン。闇は怖くないかい? ま、まぁ、どんな魔獣が出てもアタシがダーリンを守ってあげるから安心して眠るんだよ」
ヤシロ「こんな暗闇の中じゃ……魔獣が怖いな」
メドラ「じゃ、じゃあ……あの……手、でも、つ、繋ぐ、かい?」(どきどき)
ヤシロ「バカ……メドラ」
――そっとヤシロの手がメドラの手を掴む
メドラ「――っ!?」
ヤシロ「お前のせいだからな」(ぐぐーっと顔を近付けるヤシロ)
メドラ「へ……えっ!?」(あたふたっ)
ヤシロ「俺が怖がっていたのは……俺の中の魔獣だ。こんな暗闇の中でお前と二人っきりでいて……お前を食べちゃいたくなる魔獣を、俺は抑える自信がなかった」
メドラ「ちょっ、ダーリン!?」
ヤシロ「お前が悪いんだぜ……手を繋ごうなんて言うから……」
メドラ「ダ、ダメだよ……こんなところで……魔獣もいるし……」
ヤシロ「俺がついてる。怖がるな……メドラ」
メドラ「ダー……りん」
――キャメラさん、意味深い星空へ映像をパーンアップ
ダーリン「やだもう! 怖いのはあんただよ! ダーリンの魔獣~! きゃ~!」
パウラ・ノーマ「「いや、怖いのはメドラさんだよ……」あんたさよ……」
メドラさん、ここ一番でヘタレて夜のお泊まり特訓を棒に振っちゃったんですね。
でもこういう、いざという時にヘタレちゃう乙女な女子って可愛…………いや、メドラはないな!?
というわけで、再び最下位の白組。
どうしたヤシロの毒!?
という感じで次回へ続きます。
次回もよろしくお願いいたします。
宮地拓海




